家庭聖殿拡大 大分聖殿

家庭教会は、神と真の父母が人類に与えた最高の贈り物です。それは過去において未来においても、けっして存在しない最初のものであり最後のものです。あなた方は家庭教会の贈り物を受けました。それを果たすことによって、あなた方は真の息子・娘になるのです。家庭教会は、あなた方自身を真の息子・娘にする容器なのです。 みことば

阿南信義

イエス様の三大試練からみた韓氏オモニと家庭連合の堕落




マタイによる福音書第4章
:1)さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。 :2)そして、四十日四十夜、断食をし、そののち空腹になられた。 :3)すると試みる者がきて言った、「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」。 :4)イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。

:5)それから悪魔は、イエスを聖なる都に連れて行き、宮の頂上に立たせて :6)言った、「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。『神はあなたのために御使たちにお命じになると、あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』と書いてありますから」。 :7)イエスは彼に言われた、「『主なるあなたの神を試みてはならない』とまた書いてある」。

:8)次に悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華とを見せて :9)言った、「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう」。 :10)するとイエスは彼に言われた、「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。 :11)そこで、悪魔はイエスを離れ去り、そして、御使たちがみもとにきて仕えた。



イエス様は第二次世界的カナン復帰路程を出発するときにサタンより三大試練を受け、それを退けました。
①石をパンにかえよ。
②宮の頂上から飛び降りよ。
③自分を拝め。

原理講論を通して、そのことがどのような意味をもっていたかを明確に知ることができます。(後編第二、第三節イエス中心とする世界的カナン復帰)
イエス様は完全にそのサタンの試練を勝利して、新たな出発をなされました。


お父様が聖和された後の韓氏オモニの行動はどうであったでしょうか。
①お父様のみことばを改ざんした。
②一人娘、独生女であることを主張。
③家庭連合を天の父母様教団とした。





①みことばを改ざんしたこと。
八大教材教本のみことば、特にその中の天聖経をお父様は11回訓読され、永遠の経典と遺言されました。そのみことばを改ざんしたという事実はサタンの業でしかできないことです。「石をパンに変えた」ことになりました。お父様の神聖なみことばにサタンが侵入することができ、改ざんしたものを信じる人間はサタンが主管することのできる条件となりました。メシヤのみことばを否定し、神様の人類に対する救いの摂理をも破壊するという天宙的な罪をつくりました。

②一人娘を頑固に主張する。
お父様のみことばからまた復帰原理からみても、男性がメシヤであり、エバは堕落圏から復帰するのが絶対的な原理です。宮の頂上におられるのは真のお父様であり、再臨主メシヤであるにもかかわらず、その位置を奪い取る一人娘の立場を主張しています。韓氏オモニの語っている内容をみるとお父様の心情を語る内容はなく、自分の血統をほこり、自分につなげようとするサタンの意図でしかありません。韓氏オモニを一人娘と信じる者はサタンの第二試練に屈したことになります。

③栄華を見せ、自分(母なる神)を拝めと。
今年4月に天の父母様教団にするという発表をみて、いよいよここまできたかと思いました。
神様を天の父母様という背景には自分(韓氏オモニ)を母なる神であることを認めさせ、天宙すべてを主管するための動機であることは明らかです。人類を永遠の天国に導くために神様お父様の苦労と犠牲によって与えられたところの家庭連合の名称と実績をすべて奪いとるサタンの業です。
そして、母なる神となって独裁体制をしいてシックを奴隷化した地獄の体制を整えて人類の救いの道をふさぐようになりました。
家庭連合のシックの皆様はサタンの第三試練にも敗北したことになります。




二代王様はイエス様と同じようにサタンからの三大試練を受けられて、勝利し越えて、アメリカ摂理に立たれておられます。孤独な立場で勝利された心情圏を相続せねばと思います。

サタンの三大試練を越えられた二代王様と一つとなることによってしか、神様のみ旨を果たすことはできません。まず、真のお父様のみことばを絶対的に守り、第一試練を越え、再臨主メシヤを王とする三代王権に侍り、決してサタンに屈することのない実体的な基盤を早急に確立することが重要と思います。

サタンの三大試練を受けて堕落した第三イスラエルの蕩減を全世界が受けるという大患難を迎えている現実の世界の状況です。

終末の時は誰もが三大試練を受けるとお父様は語られておられます。我々も注意しながら、神様のみ意とひとつとならねばと思います。




みことば   1994.10.9 絶対信仰と絶対愛
イエス様の荒野四〇日断食祈祷と三大試練

 アブラハムが祭物を失敗することによって、夢うつつの時に「おまえの後孫は四〇〇年の間、異邦の僕になる」と言われたのです。そのような祭物の失敗が、国権回復の過程を経るときにおいて、石板を割ることが生じ、モーセが荒野で銅の蛇を上げるようになったのです。そのようなことが、イエス様が十字架にかかり得る条件的な権限を、サタンに全部引き渡してしまうようになったのです。そのことを知らなければならないのです。

 それを引き渡したがゆえに、イエス様が荒野で四〇日断食をして立つようになるとき、試練を受けるようになったのです。石は何でしょうか? 石でもってパンになるようにして食べなさいというのです。荒野の先祖たちのすべての讒訴条件をかけて、「歴史的な解放を成し、その歴史を蘇らせて、主人になった者だと考えてはいけない」というのです。

「モーセも、おなかの空いた群れを引っ張ってきて石板を割った。だから、主人の立場に立ってはいけない。パンを願って、モーセが石板を割ったことを反対の立場で蕩減復帰しようとせずに、石をパンに変えて食べなさい」というのです。それは何を意味するのでしょうか? 滅びゆく民族を代表して立てたのに、歴史をかけて試練したのです。それを知っていますか?

 その次には、イエス様を高い宮の頂上に立たせました。イエス様は大祭司長として来られたので、宮の王です。宮の頂上に連れていって「不信するイスラエルの国から追われて、宮の頂上から落ちる様は何か」という話です。違いますか? 「行く所がなくて、荒野に出ていって飢えている、みじめな姿である。それは宮の頂上から落ちたそのものである。悔しく無念なことではないか? 今、宮の頂上に上がって、祭司長の責任を果たすことができますか?」という話です。

 そのとき、イエス様が何と言いましたか? 主なるあなたの神を試みてはならないと言いました。神様は宮を通じて息子を訪ね、解放を求めるがゆえに、解放権限を中心として世界のすべての宗教を統一し、天の一つの足場とするのが決定的なのに、あざけるなというのです。「神様の摂理の道を行く私に何ということだ? 私が宮の頂上を取ろうとするのに、なぜ妨害するのか? このよこしまなやつ!」とサタンを一掃したのです。そうであるといって、イエス様がサタンを引っ張り回すと思いますか? 一か所で幻想を描いて、天地を代表した立場で一問一答したのですが、ここで引っ掛かれば、すべての歴史的な条件の実体対象として来られたイエス様は没落してしまうのです。

 三つ目は何ですか? サタンは高い山に行って、イエス様に天下の栄光のすべてのものを見せてあげながら、「私にひれ伏すように」と言ったのです。それに対してイエス様は「この邪悪な者、そのような試練をするのか? 天下の主人は神様であり、キリストなので神様の前に敬拝せよ」と命令したのです。サタンは、過ぎし日のすべての失敗を掲げて打つのです。このような話をなぜするのでしょうか? 歴史時代に代表者として来たなら、彼(イエス様)を立てるために歴史を編んできたすべての過ちは、自分自身で蕩減しなければならないという話です。先生の話も同じです。

 先生が話したすべてのことが標題になって、皆さんが実体対象者として勝利の覇権者になって、天がそれを中心として万国を駆けることのできる千里の馬のような自分にならなければなりません。そうではなく、み言に引っ掛かるようになるときは、許しがないというのです。千万倍の蕩減路程が訪ねてくるという事実を知らなければならないのです。何の話か分かりますか? これは歴史的事実です。




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昨日、「防御と創建の目的と万物復帰の意義」の講義をズームで中継して行いました。





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田舎暮らしのすすめ

田舎暮らしのすすめ

今は田舎暮らしが求められているのではないかと思います。世界的大流行となっている武漢コロナウイルスはどれだけの拡大をするのか予想することのできない状況です。

今日も畑にいき、鍬を手にして夏野菜の苗床の準備をしてきました。近くの山は新緑がきれいな時期です。小鳥のさえずりも聞こえてきます。神様の創造の愛にふれることができます。都会で生活していた時には感じることのできなかった感動を毎日感じます。

神様はモーセ路程で教えてくださっています。摂理が延長するときには荒野路程となっています。荒野に行くことによってサタンを分立することのできる環境を神様は与えてくださいました。

二代王様は荒野からアメリカを世界を動かされています。田舎から摂理に参加することができる環境を神様は準備してくださっています。





みことば   人間の生と霊魂の世界

先生は将来ここに農場をつくって、世界の食口たちを連れてこようと思います。皆さんが年を取って六十歳、七十歳になれば、自然の中で万物を育てながら、子供を育てるのと同じような心情を体恤し、神様の創造の心情圏を体恤するのです。そうしてから霊界に行けば、高い霊界に行くことができるのです。ですから統一教会で苦労した人は、晩年に農場に連れていって別荘で自給自足させる計画なのです。それが理想郷です。先生はそのような大きい構想をもっています。
             
 六十を越えれば下野し、故郷の農村に帰って土地を耕し、霊界に行く準備しなければなりませんが、その準備が忙しいのです。ですから精誠を尽くして先生のように農村に埋もれながら、農村を指導できる、このような責任を果たさなければなりません。ですから、趣味産業、趣味生活をやり終えて霊界に行ってこそ、高い霊界に行くことができ、情緒的な人になって霊界の舞台を活用できる皆さんとなるのです。どうですか。
             
 満六十歳まで仕事をしますが、その後は公的活動時代から解放されます。しかし、三年間は公的に無報酬で仕事をするのです。霊界に行くためには報酬を願ってはならないのです。霊界に行くための訓練をするのです。実績があれば七年まで延長するかもしれません。それでは、何歳まで。六十七歳、六十歳で終わって七年もできるというです。霊界に行くことができる基盤を中心にして……。そのようになれば、どこに行っても誇ることができるのです。統一教会の基盤をもって逝けば「ああ功臣様が来られたのですね」と言って、先生の代わりに接待を受けるかもしれないのです。「ため」に生きるその基盤を通して霊界に行くと考えるとき、そのような年輪が必要だというのです。「アーメン」と言わなければならないでしょう。




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「防御と創建」の目的と万物復帰の意義

「防御と創建」の目的と万物復帰の意義

防御と創建の目的
①2020.10.14鉄杖自由祝祭の準備を二代王様とともにする。
②真の父母様記念館の完成は人間の責任分担。
③アベルの長子権のための真の父母様記念館は神様の重要拠点。
④真の父母様のために侍りたい万物の心情を復帰。


亨進二代王様は10.14の鉄杖自由祝祭に対してアメリカと世界を相手にして準備しておられます。私たちは二代王様と心情をともにしながら、三代王権と一つになる歩みをすることが最重要な課題であると思います。
「防御と創建」に参加することはそのことにつながります。


万物復帰の意義
①堕落の根源である自己を中心とした所有欲を捨て、神様の愛を相続する。
②堕落した人間を復帰し、再創造するために万物が必要。
③万物は真の方によって主管を受けたい。
④万物をサタン世界から取り戻して、自己を再創造する。






①堕落の根源である自己を中心とした所有欲を捨て、神様の愛を相続する。

みことば 1982.2.6 完全なる理想の実現 
悪の根源と始まりは、自分のために何かを所有したいという方向を誤った欲望からでした。エバとエバの愛は神とアダムと全宇宙のものでしたが、天使はエバの愛を自分の満足と慰めを得るために求めました。堕落は自分のために所有しようとする欲望から起こったのです。これはまた、復帰が始まる基点ともなります。人々は自分勝手な所有欲を捨て、それを正しい方向に向けることを学ばなくてはなりません。

したがってすべての欲望を自分中心におく“私”という観点は、自分の最大の敵であります。悪の根源は自分の中に存在しているのです。自分自身が直面する戦いはまずサタンにあやつられている“私”という観点から始まります。ではどうしたらわがままな“私”を取り去ることができるでしょうか。それは神と世界を何よりも愛することを学ぶことによってのみ可能です。自分が所有したいと思うものは神の愛のみ、また所有されたいと願うのも神の愛によってのみである、と言い得るに違いありません。あなたがたが万物復帰に行くとき、あなたがたは自分の所有感覚を改める最良の最も実際的な訓練を受けているのです。

あなたがたはその日の実績のすべてを神と神の目的のために捧げています。迫害されながら万物復帰をすることは自分をより早く訓練することになります。この観点からすれば、あなたがたが耐えている苦労は良いことでしょうか。それとも悪いことでしょうか。

万物復帰1

万物復帰2


②堕落した人間を復帰し、再創造するために万物が必要。

みことば 1984.7.10 祝福子女修練会
 蕩減路程。万物復帰はなぜするの? 罪悪の世界にいる人間も復帰しなければならないけれど、万物も天の前へ返さなければなりません。私を再創造するという人間の責任分担があるために、神様の所有物が必要であり、そのために万物を復帰しなければならないのです。

堕落した人間を再創造するためには、神様は、神様の所管内にある万物が必要だと言うのです。つまり、私を再創造することができる、神様だけが所有することのできる万物がなければなりません。ところが堕落したために、すべてサタンの万物になってしまいました。だから、万物を神様の前に返してから、その万物を通じて、初めて私を再創造することができるというのです。そういう物質を神様の前に捧げることにより、私を再創造した条件を立ててくれるというのです。そのための万物はどこからくるか? すべての家、すべての人々の所へ訪ねて行って、一つ一つ精誠を尽くして、すべて分配してもらうのです。それが何で表示されるかと言うと、お金で表示されるというのです。それを絶対に自分が所有してはいけない。それは、完全に天へ返さなければいけません。一文も自分が手をつけてはいけないというのです。先生はそのような蕩減条件を立てておいたというのです。


 世の中の万物条件を全部捜して立てておいてから、神様の前に三年半の間、心と体で精誠を尽くさなければなりません。そこではあらゆる冷遇を受け、涙も流し、あらゆることをするのです。逃げ出したいときも我慢し、あらゆることを全部受け入れなければなりません。唾を吐きかけられ、足を蹴られても、そこに精誠を尽くし、その場で天の心情を中心にして、君たちが受け入れれば、その家が祝福されるというのです。

その家が、万物を感謝する心で提供するとしたら、祝福されるというのです。神様が干渉することができる圏内に入るというのです。何人かが神様の干渉することができる圏内に入ってくると、地上が清くなるというのです。君たちを再創造することができる物質的な起源が何もないので、このようにして神様の前に捧げて、私を再創造することができるアダム・エバの地を造らなければなりません。そのような物質的な条件を立てるために、万物復帰をするというのです。

万物復帰3


③万物は真の方によって主管を受けたい。

みことば 1989.6.4 万物の日と所有権
今や万物は無言のデモをしています。「私たちは本然の所有者のもとに帰りたい」と。万物は神様に抗議して、「どうして私たちを創造なさったのですか、そして正当でない所有者の暴政と奴隷という位置のもとで私たちを苦しませるのですか」と言います。
 歴史を通して、多くの人々が万物を搾取してきました。万物がそれを望まなかったにもかかわらず、万物を食べ、多大なる悪事を行うために利用しました。ですから、万物は神様に抗議し続けて、「どうして人間と万物を切り離して下さらなかったのですか。そうすれば、不当に私たちは創造の歴史を通じて、惨めに苦しむ必要はなかったのです。どうして私たちが苦しまなければならなかったのですか」と言います。万物と人間の間に何が起こっているのか、生きた人間の魂の中で知っている、あるいは理解している者は誰一人いません。

 歴史を通して、この大宇宙の中でただ一人だけがそれを理解しているのです。それがレバレンド・ムーンです。神の日、父母の日、子女の日という最も重要な日に、万物の日を同じランクに加えたという先生の驚くほどの叡智に対して、万物は喝采を送ります。実状を理解してくれたレバレンド・ムーンに対して、万物は感謝し、真に喝采を送ります。ですから万物はレバレンド・ムーンとそれを支える教会員である統一教会員たちに感謝せざるを得ないのです。統一教会員たちに対しても万物は「私たちを理解し、正当に扱って下さってありがとう」と言います。(拍手) 

統一教会員たちが全員万物復帰をする時、万物は万物復帰をしているメンバーたちは金持ちの所へ行くべきではないことを知っています。それは金持ちはサタンによって占有されてしまっていて、自由ではないからです。彼らはサタンの奴隷です。一方、中間所得、あるいは低所得の人々は比較的自由なので、万物は「彼らの所に万物復帰に行きなさい」と言います。統一教会員たちはそのことを例外なく経験しています。低所得の人々の所へ行くと、すべてを与えてくれたのです。

万物はこの傾向が、低所得者から中間所得者へと上昇し、今、中高所得者が与え始めるようになると、確実に終末がとても近付いていることを悟ってきています。万物は知っていたのです。ですから、共和党が計画を立てて、総力をあげて実行する政党の時には、レバレンド・ムーンはその活動を支援するために、特別の万物復帰チームを送ります。すると万物は、「イエス。私たちは全員米国を真っ直ぐに立て直すために協力します」と言います。そのような時がくれば万物は喜んで行います。


④万物をサタン世界から取り戻して、自己を再創造する。

みことば 1983.6.5 私を中心とした父母と子女と万物世界
 堕落してすべてを失ってしまいました。そこで万物の条件も立てなければなりません。統一教会が万物の条件を立てるのは再創造するためです。サタン世界になってしまったので、神の側には何もありません。神側に何もなくては、アダムとエバを再創造することができません。神はアダムとエバを先に創造しましたか、万物を先に創造しましたか? (万物です)。では万物をサタン世界に行って、取り戻してこなければなりません。世界代表を中心とした所に行って、世界代表した精髄を取ってこなければなりません。そこにおいては、すべての国が反対します。そのようにサタンが反対する中において、仕方なく探してきました。
 

本来、すべての万物の所有は、真なる愛をもつ人がするのが原則です。「君(サタン)は真の愛をすることができなかったけれど、私は真なる愛をしたので、このものを私に渡してくれなければならない」と言うときには、サタンも仕方ありません。サタン世界の所有として愛する以上の愛する心で愛さなければなりません。それで十一条、サタン世界でも十一条の代わりに(税を収めています)。三掛ける三は九で、これが三段階(黒板使用)、十数は神側に入り十一条に対するものを取り戻してこなければなりません。

万物復帰4


その意味において、サタン世界から取り戻してこなければなりません。人類を愛し、世界を愛し、神を愛するにおいて、君(サタン)よりは優れているという立場に立って、取り戻してこなければなりません。精誠を尽くしてそうするのです。それは万物において、条件を立ててやったことであって、全体ではありません。全体の核心、種を取り戻してこなければなりません。条件というのは種です。それを取り戻してから、初めて自分自身が再創造されるのです。自分を通して再創造するにおいて、万物が必要です。万物を愛するうちに、万物を愛する本然の私になります。





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今日のみことば訓読礼拝

今日のみことば訓読礼拝

今日礼拝を捧げながら、改めて摂理の重要性と蕩減という問題を考えさせられました。

毎週、訓読礼拝を行っていますが、今日は1993年6月にお父様がアラスカで日本の幹部に日本語で語られた「救援摂理史の主流責任」のみことばを選ばされました。

1992年4月から女性時代を迎えるようになりました。その翌年に日本に対して具体的にお父様が語られた内容ですので、今までも重要だと思い何度か訓読していました。

堕落圏からエバを復帰するというみことばはたくさんあります。
さらには、第二次世界大戦の時、日本はサタン側の国家的エバの立場でした。まさに堕落圏のエバ国家でした。

韓氏オモニが堕落圏から復帰されたように、日本もまさにサタン側の堕落圏にいくしかない国でありながら、神の復帰摂理の中において国家的エバという祝福をいただくことになりました。

1992年から2000年までの7年期間はその祝福を実体化しなければならない重要な期間でしたが、結果として天の願いに応えきる内容ではなかったといえます。


現在、復帰されたエバの立場だったものがメシヤに反逆したことを通して、世界人類は大患難の試練を受けています。そしてサタン側の国家的エバの立場の中国が勢いを増し、世界の覇権を握ろうとして、世界が大混乱となる様相となっています。

「救援摂理史の主流責任」のみことばから天の人類に対する方向性は何かということを、明確に知ることができます。そのみことばを守らなければならないときが今であることを今一度知って決意せねばと思います。









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堕落圏からエバを選び復帰するのが救援摂理

堕落圏からエバを選び復帰するのが救援摂理

2020年4月1日に韓氏オモニが世界平和統一家庭連合の名称を天の父母様教団に変更するという暴挙にでました。他の団体がどのように名称を変えようと関係ない立場ではありますが、再臨主真のお父様の救援摂理を理解することなく、偽メシヤ一人娘を盲信している家庭連合のシックの皆様が哀れで仕方ありません。




みことば  1993.6.4 救援摂理史の主流責任

救援摂理史の主流責任について、いつも考えなければなりません。堕落した人間が救われていくべき道があります。個人から家庭、氏族と八段階の道です。その主流の第一は長子権、第二は父母権、第三は王権、第四は皇族権です。このことをいつも考えなければなりません。

 宗教は全て否定の道を行くようになっています。人類を救う道は元に帰る道であり、それが宗教です。カイン・アベルが完全に一つになって、ここに長子権が復帰されるのです。長子権が復帰されるには母が必要です。神様を中心としてこれが一つになって、父です。エバ、アダムそれから神様、これが復帰です。原則に従っていけば天国に入るはずであったのに、反対になってしまったので、逆に皆復帰していかなくてはならないのです。この基準が長子権です。いくらカインとアベルが一つになったとしても母がいなければなりません。エバを中心としてカイン・アベルが堕落してしまったので、復帰も母が必要です。

第二次世界大戦がそうなっています。日本と連合国家、サタン側と神側、蕩減しながら反対に切替えさなければなりません。これが再臨主、真の父と一つになることによって父母権です。父と神様が一つになることによって王権です。長子権・父母権・王権です。神様を中心としているから、本来の王権です。






主流責任4


みことば 1983.6.5 私を中心とした父母と子女と万物世界

メシヤは男性であります。それでアダムにかたどってエバを造ります。メシヤは堕落した世界に来てエバを探さなければなりません。サタンが奪っていったからです。そのために新郎を迎えるまで、女性たちは歴史時代においていつも苦痛を受け、蕩減の道を歩むようになります。そして真なるメシヤと一つになって、永遠に変わることのない男性に出会って、絶対的な本然の愛の中で、爆発的な愛をこの地上に再現させて、ここで夫婦の因縁を結ばなければなりません。


みことば  1988.4.17 中心者よ強くあれ

来られるメシヤは男性でなければなりませんか、女性でなければなりませんか。(男性です)なぜ男性でなければならないのですか。女性だったらどんなによいことかと思いませんか。私、文総裁のような人はメシヤが女性として来たならばその女性と結婚するのですけど。それはどんなに良いことかと思うのです。その女性と結婚すれば功を立てなくてもすべてのものが私のものになるからです。愛には参席権、同位権、相続権があるので女性のものは私のもので、私のものは女性のものであるからです。そうでしょう。ですからメシヤが女性として来たならば統一教会文総裁が苦労をなぜしなけれならないでしょうか。


みことば  1972.4.23 メシヤと我々

この使命を果たすべき存在がメシヤである。メシヤ、メシヤ、メシヤ。だから神様も、絶対メシヤが必要である。堕落した人間も絶対メシヤが必要である。この環境から抜け出るには、メシヤなくしてはできません。そうなったら、そのメシヤはどういうお方か? 霊界のすべての完成と、地上のすべての完成にも責任を持たなければならない。霊界、地上界すべての完成に責任を持たなければならない。この責任を成すという目的基準が、統一思想でいえば、統一教会の名称を借りれば、これが天宙完全復帰という言葉である。このようなメシヤが地上に来られるには、霊界を統一せずしては地上を統一することができないからです。

 堕落は何か?霊界から始まった。だから霊界において一つの方法で治める、その基準、絶対的主権、主管権、これを持って来られるお方がメシヤである。そういう立場で、霊界を統合し得るその内容を持って来られるならば、神様の秘密、サタンの秘密を、すべてを分かって地上に来られるのである。それで地上に来て、いっぺんに地上を占領してしまうのではない。一人ひとりからである。子供が生まれる時には、ふたごもあるけれど、それは非原理に近いものである。

 ふたごの子供があった場合には、復帰自体においてカイン・アベルとか、エサウ・ヤコブというふうに、歴史の重大事件の復帰原理を延長させるために生まれてきたといえば、それでいいよ。一人ずつ生まれてきたので、お母さんも一人、お父さんも一人ずつ生まれてきたので、一人から始めなければならない。その一人を中心として、もし男がメシヤだったら、どの一人を誰から始めるかということが問題である。前にも言ったように、男は?男は女のために生まれてくるんだ。だからこのメシヤというものは、こういう天宙の中心の核として来られるお方は、男で来るか、女で来るかということが問題だよ。

 男に聞けば「はーい、男で来る」と言う。女に聞けば「はーい、女で来る」と言う。なぜか?男は実際何もやるものがない。体としては何もやるものがない。女は、体としてはお乳をやるんだね。子供に飲ませ、食べさせるんだけれど、男には何もやるものがない。何かあるの?そういう立場から見た場合に、男より女?男のメシヤが来たらいいか、女のメシヤが来たらいいか? 
 
では、女のメシヤが来たらいいの?日本の場合には天照大神は女か男か?日本人はよく知っているんじゃないの?(女です)。日本人から言えば女で来たらいいじゃないの?これはおもしろい。世界中でそんな国はたくさんはない。そういう血統を受け継いだから、日本人は女といえばもてはやされるよ。男で来たらいいか?女で来たらいいか?男は欲張り、最高の欲張りだ。かなえられなかったらみな一人で取ってしまう。それは、女にすれば男がいいかもしれない。男にすれば、男がいいだろう。(笑い)

 神は原理の神だ。神がメシヤをよこすには、原理に従ってよこすしかない。まずもって、そのメシヤたる者は原理を中心として完成した者である。原理を、専門的な原理を中心とした者でなければならない。そうなるんですよ。原理によってつくられた一人だから、原理を中心とした思想を持って来なければならない。そうすると神自体も原理から見た場合、男が初めや?女が初めや?(男です)。どうしてか?女から子供が生まれてくるんだよ。なぜ、男だ?聖書に書いてあるから信じて?(神様が男だから)。なぜ神様が男か、女か?見たのですか?(笑い)

 そうかどうか分からない。実験してみなきゃ分からないよ。さあ男か、女か? 人間は何が主体か? 今度アメリカやヨーロッパへ行って質問されたのもそれなんだよ。何で男が主体ですか?(お父様がメシヤだから)。お父様がメシヤかどうか分からないよ。(原理を解かれました)。原理が間違っているかもしれないよ。そういうと限りがないよ。実験しないと分からないよ、しないうちはそういうことを言うなというんだね。

 問題はそこなんだよ。人間は人間として生まれてくる時は、女か男に生まれてくるけれども、男が先か、女が先か?そもそも人間は何から生まれてくるや?それは男から生まれるようになっておる。人間の子供の種は、女から生まれるんじゃない。男から生まれるようになっているのです。分かりました?原因の出発点は男から、神様から見ても、男を中心としなければ原因の主体性を立たすことができない。男を中心としなければならない結果になっているから、男のメシヤが来なければならない。女は何か?畑だ。女が主体にはなりません。男が主体である。先にあった。人間の生まれるその種は女にあるんじゃない。男が先にある。だから原理的に見た場合には、男が主体者にならなければならない。

 もう生まれつき良く教育されているから、日本の女は男に絶対服従するようになっている。家庭から、社会から、国家からそうなっている。よくよく従うようになっている。アメリカは反対だね。東洋は女が一番下であり、西洋は女が一番上であるというんだね。反対でなければ平均がとれない。先生、驚いたよ。西洋に行けば、なぜ左手を専門的に使うや? 東洋では左手を使ったら片輪みたいに思うんだけれども、西洋は左利きが多い。寝るのも東洋人はあおむけで寝るが、西洋は真下を向いて寝る。呼ぶのもこういうふうに呼ぶ。よくよく釣り合うようになっている。中心から見た場合には、これは反対だ。だから一つにならなければならない。

 ここにも西洋の食口たちが来ているんだけれども、彼らも先生が必要だよ。だからメシヤは神様も仕方なしに、男をよこさなければならないし、人も男を望まなければならない。だから男が来るんだ。男が来る。男のメシヤは何を求めてくるのか問題である。何を求めて来る?女を求めて来る。気持ち悪いんだけど女を求めて来る。女と思えば、気持ち悪く思ったらいけません。
 だからメシヤは、この地上に来られる時には堂々たる男として来られる。天下いずこに来られてもそれに逆らう者なし。神様もほれた男である。歴史的聖人も、それは希望の的の男である。これは万民、世界三十四億の現世の人間は、その姿に一度会い、一度話し、共に行動したいというような望みの的のお方である。未来はそこから新しい尺度が始まる、出発の基点である。それがあって、すべての価値が生まれてくる。その基準あってすべてがその中心を取るようになる。それが確立するにしたがって、勝利が決定されてくる。

 しかし、素晴らしいお方であっても、それは人間に違いない。目も二つであり、口も鼻も、君たちとそっくりだ。君たちがメシヤに似ているのではなく、メシヤが君たちに似ている。メシヤは人に違いない。人は人だけれど、その内容が違う。その内容は何かというと、立体的内容を持っている。それが違う。堕落した人間は、堕落圏の平面的内容しか持っていないが、メシヤは立体的内容を持っている。心情においても立体的だ。それが違う。あんたたち平面がいいの、立体がいいの?立体的でなければ永遠に回ることができない。そういうふうになっているのです。

 メシヤが地上に来られて果たすべき使命は何か?サタンを屈服させなければならない。サタンを屈服させて悪の主管圏を打破してしまわなければならない。占領してしまわなければならない。これはメシヤが来られる第一の責任である。
 メシヤが来られるその使命は何かというと、我々は悪主管圏に包囲されている。ねらわれている。この鉄条網をいかにして切るか。あんたたちは切る道もない。それにはまだ番頭さんが立っている。その番頭さんと戦って、勝てる力を持った人は、この世の中にはいない。だから解放を成し得る主体の主人をもって、そういうとりこになっている防壁を一挙に覆して、そして番頭さんを処分してしまえば、すべて解決してしまうのです。だからもう牢屋なんか、問題じゃない。最後には何か?番頭さんだけ。これを追い出してしまえばすべては解決する。それで問題は、サタンを追放するためにこの地上に来る、サタンの主管圏、悪の主管圏を奪還して、善の主管圏の設立のため来られるお方がメシヤです。

 メシヤは男として来られるのですが、地上での第一の目的は、女のために来られるのです。





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日本はカインアベル問題のどこが間違ってきたのか

日本はカインアベル問題のどこが間違ってきたのか

真のお父様は今まで何度も日本のカインアベルは間違っているということを指摘されておられます。どこが間違っていてどのようにすべきであったのかをみことばから考察したいと思います。




みことば  1993.6.4 救援摂理史の主流責任(日本幹部に日本語で語られたみことば)

あなたたち、日本の責任者はアベル圏ですか。今までの日本の観点と違うのは、アベルが言った場合には絶対服従する、そうはいきません。絶対服従するカインの立場を通過しなければなりません。その先頭に立って、主人を失い、父母を失い、先生を失った神様の三大主体権に立った、その主体権の責任を身に付けることなのです。

 アベルを中心として、アベル自体は親の代わり、主人の代わり、先生の代わりをします。今まで日本の指導者は間違っていました。アベルが言ったら絶対服従するのですか。絶対服従する内容は誰が提供するのですか。カインが提供するのではありません。そこに座って命令するようなアベルではいけません。血を流して万民のために犠牲になる道です。

 先祖の道は後孫にとって恐ろしい道です。すべてアベルのせいです。日本の責任者たち、イエス様の先頭に立った兄さんの使命を行っていますか。アベル圏だから兄さんでしょう。上の幹部たちが下の弟たちを犠牲にするのですか。それは反対です。あなたたち考えてみなさい。今まで勝手なことをやって来ました。日本から、エバ国からこれを訂正しなければなりません。そうしないと将来大変なことになります。






主流責任3


今までの統一教会の中において、現在の家庭連合においても本部教会と家庭教会(氏族的メシヤ)の位置づけはアベルとカインとし、主体と対象の立場でアベルに従うことを常としてきています。
その位置づけはまったく神様の摂理ではなく、逆にその救援摂理を破壊するためのサタンの業であることに気が付かなければなりません。




みことば  1993.6.4 救援摂理史の主流責任

日本で統一教会から離れた者が、サタンの戦略で入って来て、サタンも統一教会に入れさせて、引っ張って反対の基準を作るのです。これは怨讐の怨讐です。そうなれば、一家族、一族全体まで、後孫まで引っ掛かります。恐ろしいことです。売国者の後孫は、国、歴史が批判するのです。自分の先祖が引っ掛かり、自分の後孫が引っ掛かります。霊界に行ってみなさい。






お父様はみことばでサタンが反対の基準を作っているということを語られています。1976年10月にメシヤが世界的長子権を勝利してから、家庭教会(ホームチャーチ)摂理が始まっていますが、サタンが逆の論理を展開し、教会本部を中心とする独裁体制の中で氏族的メシヤが主流責任を全うできないようにしてきました。



主流責任1



みことば 1993.6.4 救援摂理史の主流責任

 はっきりと教えます。救援摂理史の主流責任、中心的な責任です。流れの主流がないといけないのです。あなたたちの生涯の主流責任です。復帰摂理史の主流責任、神様が責任を持って、先生が責任を持って来てこれを果たしました。子女たる者は、その道を辿って行かなければなりません。これは、苦労と犠牲の道を涙ぐみつつやって来たのですが、あなたたちはそうではありません。氏族だけ治めればよいのです。分かりましたか。


 自分の家族メシヤを作りなさい。イエス様を神様が送ったように、先生は地上の神様の立場で氏族的メシヤを送りました。それはイエス様を送ったことと同じです。イエス様の家庭はアダム家庭を復帰すればよいのです。分かりましたか。氏族は地上圏内にきちんとまとまっています。逃げることができません。十人いれば十人で、乱暴な権限を振るった場合には、その全てが、その弟たちに服従しなければならないのです。時代的にそのような天運に立っています。こう見た場合に、あなたたちは統一教会の教会長をするべきですか、氏族的メシヤをするべきですか。教会の責任者をするべきですか、氏族的メシヤの使命をするべきですか。(「氏族的メシヤです。」)氏族的メシヤをするべきです。





お父様は氏族的メシヤの使命を成就することが主流責任であると明確に語られています。主流責任とは責任の主流であり、責任の中心であり、最も重要な責任使命であることを知ることが重要です。


みことば 1993.6.4 救援摂理史の主流責任

先生の責任としては、キリスト教と統一教会の関係において長子権を復帰することです。それが父母を中心として、だんだんに家庭問題を問題視するのです。それから家庭を中心として国という王権です。国がいくらあっても、王権があっても、皇族権がなければなりません。それは、世界と万民の前に、一つの主流を中心とした、王権を中心としての本家の伝統なのです。皇族権というのは、本家と相対的な家族を連結することであり、それによって、全てが一つになってくるのです。


 なぜこのような公式的な道を行かなければならないかというと、創造がそのようになっているからです。救援摂理は復帰摂理、復帰摂理は再創造摂理、再創造の公式的な過程は何かというと、環境には環境を使って、必ずプラス・マイナスがあるのです。プラス・マイナスが神様と一つになる、それは何によってですか。真の愛によってです。カイン・アベルの問題です。真の愛でなければ行く道がありません。投入して忘れる、投入して忘れる。このような思想的根底的な内容を越えないとサタンの分別はできません。それは第二次的問題になります。第一次的な問題は投入して忘れることです。





主流責任2


氏族的メシヤを主体として教会本部を対象とした位置づけの中で、その主流責任を成就できるようにすることで天の皇族圏を拡大することができます。それによって天一国の理想を全うすることができることになります。

神様の創造の業を氏族的メシヤの使命を成就する過程の中で、相続することができます。間違ったカインアベル観の中では、サタンの罠にはまるだけで、神様の創造の心情を受け継ぐことはできません。
神様、お父様の思想は投入して忘れる、投入して忘れるという真の愛の継続的な実践でありますので、そのことを実体的に展開することのできる氏族的メシヤの使命を成就したく思います。




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家庭教会氏族的メシヤ摂理を破壊し地獄をつくる韓氏オモニ

家庭教会氏族的メシヤ摂理を破壊し地獄をつくる韓氏オモニ
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2020年4月5日に日本の家庭連合の会長の徳野氏が「真のお母様のメッセージ」というビデオで家庭連合の名称を「天の父母様教団」に変えることをユーチューブで発表しています。

それを見て感じたことは。
・人類の悲願である地上天国の建設を完全にふさいでしまった。
・お父様が救援摂理として完成させた家庭教会氏族的メシヤ摂理を完全に破壊した。
・サタンが偽メシヤ母なる神を中心として独裁体制を確立して家庭連合シックを奴隷とした。


同時に、改めて家庭教会氏族的メシヤ摂理の重要性を理解して実体的に展開しなければ天宙的な総蕩減を人類は受けることになることを痛感しています。




◆みことば 1996.11.1 家庭連合定着と蕩減解消宣布式
「世界平和家庭連合」が定着し、真の父母が完全に勝利したことを……、真の父母に侍り、絶対家庭における孝子となり、忠臣となり、聖人となり、聖子となることができる、そのような愛で一体となった息子、娘となるとき、神様の全権を相続することができるのです。
世界平和家庭連合定着ということが、歴史時代の宿願であったということを思うとき、真の家庭の王的夫婦、真の国の王的夫婦、真の世界、真の天宙の王的夫婦の権威をすべて備え、神様の息子と娘としての全権をこの地上に受け継ぐことのできる、このような事実を宣布いたしました。


◆みことば 1997.4.8 世界平和統一家庭連合時代の開幕宣布
真の父母を中心として血統転換をさせ、新たに天側に移動していく基盤が「世界平和統一家庭連合」なのです。その家庭連合をいつ結成しましたか? 一九九六年につくりました。

 この家庭連合をつくれば、エデンの園の家庭でアダムに対して守れなかったすべての約束を完成することができるのです。それで、一九九三年に「真の父母と成約時代」が宣布されたのです。その次は「真の父母と成約時代の安着」ですから、移動することはできません。歴史以来、全人類を代表した父母の家庭が、完全に安着したので、サタンもどうすることもできないのです。





2013年に赤色の天聖経がでてきて、驚きました。

家庭教会氏族的メシヤの摂理は家庭教会が主体で中心として位置付けています。「家庭教会は天国の基地」だからです。ところがその赤の天聖経は、家庭教会と教会(本部)との関係性を真逆にしていたからでした。

1981年1月1日にお父様が教会と家庭教会の関係性を具体的に語られていました。教会は事務所のようなもので、天国の鍵は家庭教会であり、それは天国の基地となるという内容が明確に語られていたので、その関係性をとても納得し、本来の天の願いであると確信していたところでした。

天一国は家庭が主人となり、主体の立場であること、そして教会の位置は対象の位置であることを明確に語られておられる重要なみことばでありましたので、記憶していました。

ところが赤色の天聖経を読めば、家庭教会が事務所ということに変わっているではありませんか。前後を読めばだいたい同じことであるにもかかわらず、肝心な家庭教会に対する位置が全く逆に記されていることに、驚き、不信をもつこととなりました。その点が私が家庭連合を退会するに至った最初の理由でした。




 
◆みことば 1981.1.1「家庭教会は私の天国」ワールド・ミッションセンター 
ここで、先生は同じような状況にいます。先生は地上天国の鍵を与えなければなりません。すると、その鍵を与えた後、私はイエス様のように十字架へ行くのでしょうか。(いいえ)。それをすでに確保したので、違う方向へ、違った状況へと向かって行くのです。大きな希望と期待をもって、より高い次元の働き、すなわち完全な天国へと向かって行きます。イエス様が地上を去ったとき、彼は自由に、思い通りに、また帰ってくることはできません。この点でも私は異なっています。弟子に鍵を与え、地上を去った時、また戻って来たければ戻ってくることもできます。

私が戻ってくるときは、統一教会に戻ってきますか。それともホーム・チャーチに戻ってきますか。(ホーム・チャーチ)なぜですか。教会は家庭のための、社会のための事務所のようなものです。それはちょうど中間のようなもので、事務所です。しかし、ホーム・チャーチは神が働くことができる所、父母様が働くことのできる所、息子、娘がすむことのできる所、一生涯ともに暮らすことのできる所です。真の兄弟がそこに住み、真の氏族がそこに住みます。それがホーム・チャーチです。

 

●天一国経典天聖経(赤色) 第一節家庭教会の摂理的意義 P941
3 先生は、統一教会の教会員に天国の鍵をあげるのです。先生は、死ぬために十字架に行くのでしょうか。死ぬために行くのではありません。希望をもって、より高い所に行くのです。イエス様は、行って帰ってくることができず、何千年の間、来ませんでしたが、先生は、行けばいつでも来ることができ、思いのままに行ったり来たりできるのです。

帰ってきてからは、統一教会を訪ねていくのではなく、家庭教会を訪ねていかなければなりません。先生が訪ねるべき所は家庭教会ですが、家庭教会は神様が臨在できる所であり、父母様が臨在できる所であり、息子、娘が暮らせる所、一族が暮らせる所です。家庭教会は、家庭のための社会的事務所です。




真のお父様の天国建設のプロセスは家庭教会から出発するということをはっきりと理解しなければならないと思います。家庭教会と教会本部との関係は主体と対象、内外、原因結果、縦横の関係で展開されてこそ、天一国主人の家庭を中心とした天国が地上に実現するようになります。
その思想と理念をサンクチュアリは絶対に死守しなければ、家庭連合と同じ道をだどることになってしまします。




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大患難のとき、神様の所有となる

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みことば
「神様の所有と人間の所有」1958.11.9

 私たち人間の堕落によって被造物は主人を失いました。万物もそうであり、私たち自身もそのような立場に置かれています。堕落することによって人間は神様に絶対的に所有されることができず、また、万物とこの世界を絶対的に所有することができずにいます。そして今日まで、絶対者であられる神様も、造った万物を自信をもって主管することができずにいらっしゃるというこの悲しい事実を私たちは知らなければなりません。

 それゆえ、今までの歴史路程は、一人の主人の前に所有されるための路程であったというのです。時代を超え世紀を超えて、今日までその目的を成し遂げるために、波瀾と曲折の闘争歴史を経てきたという事実を私たちは念頭に置かなければなりません。


 神様は救援摂理という標語を立てて、御自身に従おうとする人に対し、「この世のものをみなもって私のために生きなさい」と言うことはできなかったのです。このような神様の悲痛な事情を私たちは感じなければなりません。人を万物の主管者の立場に立てるべき神様でありながら、所有しているものをみなもって御自身に従いなさいと勧告することのできない神様の事情を、私たちは感じなければなりません。


 イエス様がこの地に来られた目的は何だったのでしょうか。神様が所有できる国、神様が所有できる人、神様が所有できる万物を回復するためでした。またイエス様が主張した主義とはどのような主義だったのでしょうか。イエス様の主義は「自己を犠牲にし、民族と世界と宇宙のために奉仕しよう」という主義でした。宇宙のために多く奉仕し、多く犠牲になった人はその宇宙の主人公となるのです。


 それでは、私たちが神様に所有されるためには、どうすればよいのでしょうか。神様のために涙をたくさん流さなければなりません。神様の悲しみを自分の悲しみとし、神様に代わってその苦労を担った分、神様の所有となり、神様の代わりにサタンの讒訴を受けた分、神様の所有となるのです。したがって皆さんが行い、忠誠を尽くした分だけ、神様に所有されるのです。


 歴史は今日の私たちに警鐘を鳴らしています。過ぎし日の先知先烈(預言者と義人)の歩みは、私たちの生活に働きかけ、その精神は私たちの思潮を背後から調整しています。ここから離脱する人は、天法によって大手術を受ける時が必ず来るのです。

 それでは、神様がその地を取り戻し、地の人を取り戻して、天のものとされたのちにはどうなるのでしょうか。神様の生命を自分のものとして誇ることのできる日を迎えなければなりません。神様の理念と、愛の全宇宙と、人類の前に誇ることのできる日を迎えなければなりません。


 イエス様も福音のみ言を強調し、安息の重要性を強調しながら二千年、摂理歴史の曲折の中で戦いの歴史を抱いてきましたが、勝利の栄光の一日を迎えて父の前に誇り、万民と共に安息しようとされたことはありませんでした。このように神様とイエス様が安息できない立場にいらっしゃるので、私たちも安息することができないのです。

 それゆえ、安息の日の前には戦争が起こり、安息の日の前には苦痛があり、安息の日の前には死があるのです。これを覚悟して越えて初めて、私たちは安息を味わうことができるのです。イエス様が十字架ののちに安息の一面を感じたのも、そのような道をたどったのちのことでした。


それでは、今、私たちは何を所有すべきなのでしょうか。安息の園、幸福の園、善の園、愛の園、理想の園を所有しなければなりません。しかしこれを所有する前に、私たちはまずサタンに打たれ、天にも打たれなければならないのです。イエス様も、サタンと天に打たれました。ユダヤ教のパリサイ人がイエス様を追い立てたのと同時に、ローマ人たちも追い立てました。その次には、イエス様が十字架で亡くなる時、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ二七・四六)と切実に祈祷されたことを考えると、神様からも捨てられたのです。


 終わりの日には大患難が来るといわれています。この時には自己を中心として所有しようという思いが強い者、自己を中心として楽に生きようと行動する者は、強く打たれることでしょう。これが大患難です。しかし人間にこれを経させて覚醒し、大審判を通過させようという神様であられることを思うと、私たちは神様に感謝しなければなりません。

 もしこれがないとすれば、真のために生き、真のために死のうとする人は哀れです。したがって死の墓で残る群れが、安息の園の主人公になるのです。


 今、この時代は神様の再創造理念を成就すべき天宙時代です。このような時に、新しい安息の園をつくる天の勇士となるためには、まず、サタンが干渉できる要素をすべて出してしまわなければなりません。そして天国にあるすべてのものを神様の前に集め、神様を慰労してさしあげなければなりません。そのためには、天のために歩まれたイエス様や、六千年の間み旨のために行った人が歩んだ道以上の困難な道が皆さんの前に横たわっていたとしても、勇ましく歩んでいくことのできる心情をもたなければならないのです。


 イエス様はどうして地獄を主管することができたのでしょうか。もし、善なる面でだけ神様のみ旨に責任をもち、神様のために亡くなったとすれば、天国は主管できても地獄を主管することはできません。イエス様は悪なる環境の中でも自らの節義と気概を守り、天的な基準を立てたがゆえに、地獄までも主管できる基準に立ったのです。


 神様は、サタンをも神様の仕事をしたという基準に立たせるために、六千年間耐えてこられました。皆さんが、悪を中心として動いてきた人をみな、善で屈服させる日が大審判の日なのです。そういう立場に立って神様に誇ることができる人は、大審判を越え、神様の所有となることでしょう。


 皆さんは来たるべきその一時を迎えるにふさわしい心的基準ができているでしょうか。そのためには、皆さん自身がまず神様のものにならなければなりません。私の主観も神様のものであり、私の生命も神様のものでなければなりません。さらには、家庭や社会をはじめ、私たちがもっているすべてが神様のものとならなければならないのです。


 それでは今日、終わりの日に置かれた私たちはどうすればよいのでしょうか。「そういう父の悲痛な事情、曲折の心を私たちに知らしめ給え」と切に願うべきです。そしてさらには、自分のすべてを捧げてまでも蕩減の道を行かなければなりません。これが終わりの日の聖徒が行くべき道です。そのような所を探し求めて先に越え、勝利すべき、世界的な運命の道に置かれた私たちなのです。

 聖書では終わりの日には七年の大患難が来ると預言されています。今後試練と試験を嫌って避ける者は、天国へ行くのは難しいでしょう。しかしこのような時を喜んで、「どうか来たらしめ給え。たとえ私の生命が途絶えることがあったとしても、七年の大患難を越えさせ給え」と言うことができる息子、娘が現れることを神様には願っていらっしゃるのです。

 そうなれば六千年歴史をはじめとして、天国と神様の心情まで所有する者になることができるのです。そうして私たちが話して要求すれば、いつでも神様が応じてくださるような所有的な存在、すなわち神様に代わる絶対価値的存在として立つことができるのです。

 そうなって初めて、父は私たちのことを誇り、私たちは苦労された父の前に謹んで敬拝を捧げ、慰めてさしあげることのできる日が来るのです。










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家庭教会がなくては天国に入ることはできない


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みことば  「信仰の三子女と本然の家庭基盤」1983.5.13 

だから、霊の子は絶対に必要である。霊の子を中心とするその父母たる祝福家庭は、それは五パーセントではあるんだけれど、各自において世界的蕩減基準を立てていかなくてはならない。先生の立場からいえば、先生はもうずうっと根から幹を中心として、穂先までつないだところの生きた木になっている。

だから、今苗が生えだしたらすぐに大きくなるようになっているんだね。 それで、枝の方向には同じ木が横になっているんだけれど、それらをみな一つの根から、幹から、穂先につなぐような組織体制が必要である。それを我々は、「ホーム・チャーチ」(家庭教会)というんだね。

だから、家庭教会がなければ、その元の木とつながることはできません。元の木とつながることができないものは、天国とつながることはできません。だから、家庭教会がなくては、天国に入ることができないという結論になる。分かりました?

 先生は生涯かけて、世界的蕩減条件を立たせた。先生が九五パーセントを払ったので、あとはあなたたちが五パーセントの蕩減条件を立てることによって、親子関係が決定されるというんだね。そこに初めて、入籍という問題が出てくる。あなたたち、いつかは入籍しないといけないだろう。天国への入籍は、霊界に行ってからやるのではありません。地上の完全なるアダム一族において、天国の入籍は決定されるべきである。その入籍の基盤はまだまだできていません。

 だから、一国を中心として早く入籍の基盤を世界的に準備しなければなりません。早くつくらなければ、世界は滅亡してしまう。分かりました? あなたたちは入籍しているの?(やっていません) 。今から、先生ははっきりした天の憲法をつくらなければならない。そういったたくさんの問題が残っている。だから、世界のために先生はいかに内的に焦っているか。一日も、一瞬も休む暇がありません。







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真のお父様の世界平和統一家庭連合を破壊した韓氏オモニ

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みことば
世界平和家庭連合定着と蕩減解消宣布式

   一九九六年 十一月一日


失われた出発、アルファで失ってしまったので、その失ったものを今回、オメガで取り戻して合わせなければなりません。ですから「世界平和家庭連合定着」です。地上に定着するのです。様々な壁があったのを一気に崩して、八段階が平面になったのです。誰がその道を築いたのですか? 真の父母であるレバレンド・ムーンが、今まで一生をかけて築いてきたのです。

 ですから、レバレンド・ムーンと一つになりなさいというのです。神様は創造するとき、絶対信仰で創造しました。絶対愛ゆえに、絶対服従で創造したのです。絶対信仰・絶対愛・絶対服従です。自分というものはありません。ですから、それが門の入口です、天国と地獄に行く門の入口なのです。

 レバレンド・ムーンの公式名、神様が制定した名前が「真の父母」です。このように、八段階で上がっていくべきすべてを、蕩減法によって平面にしたのです。それで、世界的家庭を編成するのです。三百六十万双が祝福を受けるのです。



「蕩減解消」は何によってなされるのでしょうか? 自分の親以上に真の父母に侍って、新たに真の父母によって祝福を受けることによって、はじめて真の父母の勝利圏を子女が相続できるようになるのです。真の父母であるがゆえに、その父母の勝利した内容を息子と娘に相続できる権限は、サタンも神様も否定することができないのです。それが「蕩減解消」です。

 「世界平和家庭連合」が定着し、真の父母が完全に勝利したことを……、真の父母に侍り、絶対家庭における孝子となり、忠臣となり、聖人となり、聖子となることができる、そのような愛で一体となった息子、娘となるとき、神様の全権を相続することができるのです。

 皆さんはこれを知らなければなりません。旧約時代があり、新約時代があって、成約時代があるのです。旧約時代には完成することはできませんでした。すべてを知りませんでした。どうしてアダムとエバが堕落し、どうしてアダムとエバが追い出され、どうしてノアの洪水審判が行われ、どうしてアブラハムがイサクを殺そうとし、どうしてイサクの妻リベカが夫と長男のエサウをだまして、次男のヤコブに恵みが与えられるように祈り、どうして神様はその妖女のようなリベカを愛したのか……すべてが未知だったのです。

 すべて失敗しました。モーセとイスラエル民族のカナン復帰路程は、四十年の失敗の記録です。ユダヤの歴史が失敗したその理由は、イエス様が十字架で亡くなったからです。しかし、なぜそうなったのかという事実を知らずにいるのです。旧約時代の失敗を解消できず、新約時代の失敗を解消することができなかったのです。

 旧約を立てたのも家庭を探し求めるためであり、新約を立てたのも家庭を探し求めるためです。イエス様が送られたのは、国家的代表の王となって、その国の家庭を探し出すためでした。再臨主も世界の王権をもって、世界の家庭を探し出すために来られるのです。家庭です、家庭なのです。

 世界平和家庭連合定着ということが、歴史時代の宿願であったということを思うとき、真の家庭の王的夫婦、真の国の王的夫婦、真の世界、真の天宙の王的夫婦の権威をすべて備え、神様の息子と娘としての全権をこの地上に受け継ぐことのできる、このような事実を宣布いたしました。

 旧約も新約も完成しなければなりません。それから、成約時代が来なければなりません。成約時代は世界的時代であるだけに、世界的圏内でアダム家庭で失った長子圏を復帰しなければなりません。アダムは長子としての役割を果たせませんでした。それから、真の父としての役割も果たせませんでした。真の王にもなれなかったのです。

 これを代身して、世界的な版図圏内で世界中の家庭を対象に、アダム家庭と同じ長子権、天国に入れる真の父母権、天国の王権を失ったので、その資格者を再び合わせなければなりません。そうして、そこに合格することによって、真の父母の勝利的全権を受け継いで、子女としての道理に従って入っていくことができるのです。

 ですから、男性にしろ女性にしろ、レバレンド・ムーンの後ろにくっついて、死んでも放してはならないのです。このような脅迫がどこにありますか? 脅迫ではありません! 本当の事実というものは、机を叩きながら命令するのです! 嘘でないならば、レバレンド・ムーンがそのように命令できるというのは、妥当な結論です。このような膨大な内容は、偽者には分かりません。本物だから分かるのです。

 「世界平和家庭連合定着」を歓迎する人、それから「蕩減解消」して、自由自在に天下のどこにでも行ける解放された人になりたい人は、両手を上げて歓迎しましょう!(拍手)


祈祷
 愛するお父様……、恨多き復帰時代を役事してきた天の無念さをよく知っているこの息子が、ここ南米ウルグアイに来てこのような役事をするようになりました。

 あなたがいなければこのようなことは歴史上にあり得ませんでしたが、あなたがおられたがゆえに自分の国と家庭を捨てこの地に参り、このような役事をするようになったことが、あなたの恵みであったということを考えますとき……、最終着点において勝利の標的を定めたあなたのみ旨を知ったがゆえに、今までこの闘いを続けておりますから、お父様……、祝福してくださいませ。

 世界平和家庭連合定着ということが、歴史時代の宿願であったということを思うとき、真の家庭の王的夫婦、真の国の王的夫婦、真の世界、真の天宙の王的夫婦の権威をすべて備え、神様の息子と娘としての全権をこの地上に受け継ぐことのできる、このような事実を宣布いたしました。

 ここにいるすべての人々の心を鑑定してくださり、この道がいかなる道であるかを心深く考えながら、残されたみ旨の前に時間を競って天の前に祝福を受けて解放者となり、ご父母様の後に従う家庭となること、個人になることを願って恨を抱いてきたエデンのその壁を崩し、イエス時代のすべての壁を崩し、第二次大戦以降の壁を崩し、再びこれを回復して、万民の解放圏を祝福の恩賜として与えることのできる、驚くべきこの日を迎えさせてくださいましたことを感謝申し上げます。

 一九九六年、十一月一日午後一時を中心とし、すべてを代身して、このような「世界平和家庭連合定着と蕩減解消」を中心とした、宣布式を挙行いたしますので、お父様……、受け入れてくださいませ。

 アダムとエバの失敗をイエス様の家庭を通じて、イエス様の国、イエス様の民族、イエス様の国家を通じて解怨成就できなかったことを、今、真の父母を中心とした統一教会を中心として、アダム家庭の失敗、イエス家庭の失敗、ユダヤ民族の失敗、キリスト教の失敗、すべてを総蕩減して勝利の覇権・権限をもって、万民が共に一つの家族、一つの兄弟の血筋を受け継ぐことのできる直系の子女の因縁をもって、天の眷属となり得る特権を天地に附与することを願いますので、お父様……、祝福してくださいませ。

 天で成されたように、地でも成されますように。地上で成された真の父母の願いが、天国のお父様の願いであるということを知っておりますから、この場に万民解怨成就、蕩減解消の日と定めまして、これを宣布いたしますから、受け入れてくださいますようお願い申し上げます。
(二八〇-四七、九六年十一月一日)




みことば
世界平和統一家庭連合時代の開幕宣布
   一九九七年四月八日

 キリスト教は責任を果たせませんでした。ゆえに、その次元を超え、キリスト教の祝福が万民の前にすべて委譲される時代に入ったということを、皆さんは知らなければなりません。世界基督教統一神霊協会ですが、神霊というのも結局、真の父母を中心として地上に家庭的メシヤの基準が定着する時には終わるのです。神霊の実体をこの地上に迎えて生きるべき人たちが、真の父母の継承者たちなので、その真の父母は、霊的完成と地上完成を代表した家庭の出発から、国家出発、世界出発、天宙出発を代身し得る、一つの模型的な基台になるということを皆さんは知らなければなりません。

 したがって、今後残る名前は何でしょうか? 世界基督教統一神霊協会の時代は過ぎ去りました。それは闘わなければならないのです。キリスト教を統一しなければならないのです。統一するためには闘いを経なければなりません。平和の基準がありませんでした。闘争的概念を中心として、サタン世界に引継・委譲していく過程にあるため、平和という概念もなく統一という概念もないのです。キリスト教を統一する時代は既に過ぎ去ったのです。

 長子権復帰、父母権復帰を完成したので、イエス様がイスラエル圏に着地し、ローマ帝国という世界舞台に移っていけるはずだったその基盤を、統一教会において長子権復帰、父母権復帰、王権復帰時代に移行していくことによって、すべてを回復したのです。ですから、キリスト教の統一だけではありません。世界統一時代に移行したのです。

 ですから、今日この第三十八回の「真の父母の日」を中心として、統一教会という名称はなくなり、世界平和統一家庭連合とするのです。四月十日からこの名称を使うのです。

 堕落によって植え付けられたために、終わりの日には堕落のその実が、普遍的に世界人類の家庭で結ばれるのです。実が結ばれるにあたって、サタンもどうすることもできません。取り返しがつかないのです。神様もどうすることもできません。ですから主人がいません、主人がいないのです。

 今、統一教会が教えているのは復帰路程における血統復帰、その次は何ですか? 二つ目は所有権の復帰です。神様は主人になれませんでした。血統を中心として人間を失いました。その次に物を失いました。その次に何ですか? 心情圏の復帰です。一族が生きることのできる環境と、人と、天の伝統をすべて失ったのです。

 心情圏というのは七代先祖、一族のことを言います。氏族的メシヤの使命を果たすことによって、その一族というのは自分の所有圏、自分の血族ではありません。神様に帰らなければなりません。神様の血族となって所有権をもたなければなりません。この地は自分の地でも、一族の地でもありません。この宇宙の地なのです。宇宙の主人となり、宇宙の先祖となるためのものなのです。

 ですから、自分の一族に対する血統問題、一族に対する所有権問題、一族に対する心情圏が問題ではありません。神様を中心として宇宙の心情圏へと拡大しなければならないのです。そのような大転換を標準として統一教会は進んでいるのです。心情圏復帰とは何かというと、氏族的メシヤ圏の確立です。そこでは血統転換、所有権の転換がなされなければなりません。人を失い、万物を失いました。ですから、人と万物を取り戻さなければなりません。人と万物を取り戻して一つに結び、「この地上の私たちが生きた地が、神様の所有圏となり、神様が活動できる生活の基台となり、神様の心情的な対象圏となりましたから、神様の前にお捧げします。天のものと致します」と言わなければならないのです。

 氏族さえ編成すれば、民族が自動的に編成され、国が自動的に編成されるのです。七代になれば何家庭になりますか? ヤコブのときは一族です。系列的な出発です。その次にモーセ時代は民族時代であり、イエス時代は国家時代です。国家を編成しなければならないのです。すべての家庭の目的は国を探し求めることです。そうではないですか? 家庭があれば自然に国が形成されるでしょう?

 個人時代、家庭時代、氏族時代、民族時代、国家時代、世界時代、天宙時代、神様時代、この八段階を越えていかなければならないのです。この縦的な歴史を横的にすべて展開し、サタンのすべての蕩減条件、サタンが残した壁や穴をすべて埋めなければなりません。そうして水平にしなければなりません。

 ですから、先生は今まで多くの団体をつくりました。すべてをつくったのです。つくっておいて、そのままにしておいたものもあります。縦的にすべて橋をつくったのです。コンクリートの家を建てるには、まず、コンクリートで水平な基盤を固めるための基礎が必要です。一階、二階をすべてコンクリートでつくれるようにするためなのです。ちょうどそれと同じです。さまざまな団体をつくりましたが、時が満ちるまで横的に結びつけませんでした。

 今は横的に結びつける時になったのです。今はどのような時かというと、一週間だけみ言を聞いて祝福が受けられる時なのです。内容は簡単です。血統復帰、所有権復帰、心情圏復帰、一族が一つになって天に戻っていくのです。

 真の父母は何を持って来るのでしょうか? 何も持っては来ません。神の血統圏と愛、それが財産です。神の息子、娘の種を持っているのです。エバ国家はそれを全面的に受け入れなければなりません。それは世界的な復帰です。日本民族が氏族的使命を完遂し、韓国と世界をひっくり返さなければならないのです。
(二八三‐一九、九七年四月八日)





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