氏族メシヤ聖殿連合 大分聖殿

先生が迫害を受けながら、160か国の宣教基地を造ったとするならば、あなたたちは160か国にあたる家庭基盤、160軒の家庭を収拾しなければなりません。そうすることによって同じ結晶体になるのです。結晶体になったその位置を獲得した場合には、これは一塊になった結晶体と同じく皆一つになるのです。これは公式になっています。だから160軒には、ヤコブ家庭の12数、モーセの72長老の失敗、イエス様の120門徒の失敗が入っているのです。・・・みことば

阿南信義

法廷闘争勝利の恩恵

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法廷闘争勝利の恩恵 


真のお父様のみことば  1984年4月1日



このような統一教会に対し、共産党も反対し、ユダヤ教も反対し、キリスト教も反対し、全体が反対して完全にサタン側になってしまった中で、文先生は一人で七六年までこれらと闘ってきたのです。こうしながら共産党によって滅びると思っていたアベル圏のアメリカが、誰によって生き返るかといえば、統一教会の神主義、レバレンド・ムーンによって生き返る道しかありません。これがたった一つの道であるといえる世界的時点に至ったことを知らなければなりません。

 法廷闘争というのは、イエスがユダヤにおいて十字架につけられたと同じように、民主世界において世界キリスト教文化圏が十字架につけられたのと同じです。イエスが十字架につけられた時は、ユダヤ教とローマが分裂し、弟子たちすべてを失ったのですが、この度の法廷闘争を中心としてすべてが一つに合わされるのです。反対をしていたすべてのキリスト教が一つとなり、全米国と民主世界が一つとなれる運動圏へと向かってくるのが、丁度この時点であることを知らなければなりません。

 そして四十の団体が先生を支持する立場にあります。言論機関などすべてが、米国の政府も今や統一教会を必要とする段階に入ってきたのであります。一つになれる運勢に入ってきたのです。




イエス様はユダヤ教が反対した法廷闘争によって、十字架にいかれ復活の摂理を勝利されました。真のお父様はキリスト教の反対する法廷闘争を通して長子権復帰のたたかいを勝利されました。

1978年のとき、真のお父様はアメリカ議会のフレーザー委員会に勝利され、その恩恵を日本の与えてくださるため、埼玉県神川村に3000名のシックを集めて、1610双の祝福をなされました。神様は勝利の恩恵を絶えず与えてくださいます。


そして今、三代王権二代王様は家庭連合の反対による法廷闘争を勝利され、すべてを一つにすることのできるアベルの長子権復帰勝利の段階に立たれておられます。

私たちはその恩恵の中で、氏族的長子権復帰、父母権復帰、王権復帰ができる最高の時を迎えていることを感謝し邁進していきたいと思います。


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地上で真の父母様三代王権に侍ることの意義

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地上で真の父母様三代王権に侍ることの意義

真のお父様のみことば  1984年4月1日 第25回父母の日



本来、堕落していなかったならば、地上で先になされてから、それが霊界に反映されるのが本然の公式なのです。しかし、これが逆になってしまっているのです。では、この場がどれほど重要な場であるか? 皆さんは、この世で生活していた習慣とか風俗とか、自分が知っている今までの伝統的知識とかそういった基準や、観念を持って今までみ旨に接して来たということ自体、どれほど申し訳ないことであったかということをこのような場において感じなければなりません。歴史始まって以来数千年間、神様のみ旨と、それに応える人間との間には距離があったのです。

 霊界に霊人となって行ったとしても、直接神様の前に出ることができないのであります。再び地上人を通して行かなければならないため、それがどれほど困難で、恨みであるかを皆さんは知らなければなりません。そのような霊人体が神の前に行くには、地上において真の父母に侍ることなくしては、神に侍ることができないということを霊人たちは知っています。そのような道を経なければならないことを考えるとき、この地上にその霊人たちが復活して、皆さんのような肉身を持った人となったなら、どれほど努力することでしょう。どれほど父母様と一つとなるために苦労するか、それを知らなければなりません。

 その霊人が復活するために、父母様と一つになることができる道があるとしたら、いかなることをしてでも、冒険、冒険、冒険を経てでも自ら進んでその道を行こうとするでしょう。その霊人たちは、地上世界で父母に侍っている統一教会の信者はそのようにならなければならないと見るのです。

 数千万回死んだとしても、自分という意識があってはならないのです。天のみ旨、自分が行かなければならないその目的のためには、自分の意志、自分の観念、自分の主観を持つことはできないのです。それが何の話かわかりますか? キリスト教は今日の再臨時代を迎えるまでにどれほど犠牲の代価を払ってきたことでしょう。

 み旨を中心として見る時、統一教会の信者たちには、自分を中心とした考えを持つ者と、み旨を中心とした考えを持つ者との二つのタイプがあります。それは本来ありえないことです。それで神は統一教会においてこのような二つの種類の人間がいることを警告しているのであります。
 これらを考えるとき、我々の立場がどれほど重大な立場であるかを皆さんは知らなければなりません。





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大分聖殿2022年4月3日の日曜礼拝

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大分聖殿2022年4月3日の日曜礼拝


真の父母の日の意義について



真のお父様のみことば  1977年4月18日



 第十八回目の「父母の日」というこの意義ある日にあたって、私たちはいま一度、私たちの使命は何か、私たちは今どこに立っているかを深く認識しなければなりません。堕落によって人間は自己中心的になり、自己を中心として愛を求め、サタンの血統に生きるようになってしまったのですから、私たちがサタン圏から解放されるためには、まず私たち自身が、自己中心の人間から脱却しなければなりません。そうすることによって、私たちは善なる天使界に相当する立場に、立つことができるのです。

 次に重要なのは愛によって霊の子女を生み殖やすことです。霊の子女を育て、一人前に完成させることによって、あなた方もまた、完成した立場に立つことができるのです。このような霊の子女を少なくとも三名立てたとき、それを基台としてあなた方は、自分自身の肉の子女を生み殖やすに値する者となれるのです。

 神が、エデンの圏でアダムとエバを創造された時、神は一人で人間を創造されたのではなく、天使の助けをかりて、天使と共に人間を創造されました。同じように再創造である復帰の過程においても、私たちが自らを再創造するためには、神の助けと天使の助けを共に必要とします。そしてこれらの助けによって初めて私たちは、自分自身を、完成したアダムへと再創造することができるのです。そうしてのちに、自ら自身の子女を再創造することになります。

 これらの過程を通過するには、七年間が必要です。それゆえに、あなた方が完成に至るためには、三段階を通過することになるのです。第一段階は、堕落したサタン世界から分別することによって、復帰された天使の位置に立ちます。第二は復帰されたアダム、エバの位置に立つ段階です。さらに第三は、子女を生むことによって父母の立場に立つ段階です。子女がなければ父母となることはできません。








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歴史的真の父母の日を迎えて

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歴史的真の父母の日を迎えて

真のお父様のみことば 1977年4月18日 第18回父母の日 ニューヨークにて



 霊界は天使界に相当しますが、本来天使は、アダムの僕としてアダムに従うものとして造られたものです。だからアダムが行く所にはどこへでも、霊界がついてくるのです。この意味で先生は、今や全霊界を背後に従えているわけです。したがって神は、先生を中心として、この地上に新しい主権を宣言したことになり、これからはこの主権に反抗する者たちは、かえって損害を被るようになるのです。

 アメリカは偉大なキリスト教国です。しかし、もし、アメリカが、この天の主権に反対するようなことがあれば、アメリカはその時から衰退せざるを得なくなることでしょう。これまで二〇〇〇年間発展してきたキリスト教が、一九六〇年ごろからこれまでの約二十年間に、著しく衰退してきた最も根本的な原因は、実にキリスト教が、この新しい天の真理と主権に反対するようになったからです。キリスト教がこれを改めない限り、今後キリスト教文化圏がますます衰退していくのは避けられない運命です。

 だから結論としていうならば、もしキリスト教が、悔い改めて真理を受け入れるならば望みがありますが、そうでなければ、もはや希望がないのです。また、アメリカについても、もし悔い改めて真理を受け入れるならば希望があります。そうでなければ、今後ますます衰退していかざるを得ないことになるわけです。こういうことを聞くと、中にはそれはあまりに大言壮語である、と思う人がいるかもしれません。またこういう言い方を好まない人がいるかもしれませんが、こう言わざるを得ません。先生は真実をありのままに語っているにすぎないのですから。
 
七年路程
 しかしながら、私たちは統一教会だけが栄えて、他の人々が滅んでいくことを願ってはいません。それは神のみ意{こころ}ではないからです。神はあなた方に、この天の主管圏からこの世界に出ていって、そこに住む人々を救うために命を懸けて努力せよ、と命じておられるのです。だから先生もあなた方に、この世界に出ていって人々を救え、と命じざるを得ないのです。あなた方は、先生が歩んだと同じ路程を歩まなければなりません。先生は、この道を三十年以上歩んできましたが、あなた方もまた、安易な道ではなく、苦労の道を歩まなければならないのです。なぜなら、まだ蕩減条件を十分に立てていないからです。

 ではその蕩減条件をを十分に立てているかどうかを証明するのは誰かというと、それはサタンなのです。ですから、サタン世界に出ていって、サタンから蕩減条件が十分であることを証明するサインをもらってきて、それを神様に見せるのです。サタンが認めてこそ初めて、神様も認めることができるのです。こういうことから神には何の力もないかのように見える時があるのです。神は、何よりも人間自身が努力して、サタンに勝利してくるのを待っておられるのです。

 あなた方が先生についてきたいと思うなら、安易な道を選ぶべきでしょうか、それとも苦労の道を選ぶべきでしょうか。苦労して、神様と先生を愛するのと同じくらい、そしてサタンに認められるくらい、サタン世界を愛さなければならないのです。そのようにして初めて、神様からも神様を愛した、と認められるのです。しかしあなた方が、神様と先生以上に世界の人々を愛したとしても、神様も先生も決して不平は言いません。神様御自身がそうなるようにあなた方を導いておられるのですから。

 私たちが神様の前に出るためには、二つのものが必要です。第一は、霊の子女であり霊の子女をもつことによって、あなた方は霊界を解放することができます。第二は肉の子女であり、肉の子女をもつことによって、地上界を解放することができるのです。この二つを得るために、あなた方もサタン世界に出て行って闘わなければなりません。ですから普通、統一教会に入ってから最初の三年間は、霊の子女を復帰するために邁進しなければならない時であり、祝福を受けてからの約三年間は、肉の子女を得るための準備をする期間となります。

 ですから全部で七年間の路程を行かなければならないのです。天地創造のために七日間の路程があったのと同じ意味で、統一教会の食口は七年間の路程を行かなければなりません。三十六家庭であろうと、教会長であろうと、単なる会員であろうと、この原則には変わりありません。この路程を通過しない者は、先生に従う者としてふさわしくないのです。先生は今なお苦労の道を歩んでいるのです。

 今日、先生ほど真剣に、神のみ旨を考え、それを実現しようと努力している宗教家がほかにいるでしょうか。神のためには何ものをも恐れず、すべてを懸けて、神のメッセージを宣べ伝えようとしている人。それがレバレンド・ムーンその人なのです。





第63回真の父母の日をアメリカでの法廷闘争の勝利をもってお迎えできたことの恵みを感謝しつつ、これからの路程をどのように歩むべきかを祈り考えるものです。

父母の日のみことばを探しているときに1977年4月の第18回父母の日のみことばを知ることができました。真のお父様がダンベリーで訓読されたみことばが「み旨と世界」のみことば集として発行されていますがその中にあるみことばです。

真の父母として勝利されたお父様がどのような意義をもつ「真の父母の日」あるかを語ってくださっています。父母として勝利するために霊の子女、肉の子女が必要でありそのことの重要性を理解するとともに、勝利して「真の父母の日」を迎えられた三代王権二代王様は国家的世界的カインアベル統一に向かわれ決意をされておられますので、私たちは皇族圏としての実体的なカインアベル統一の闘いを決意し実行すべき重大な時を迎えていることを痛感いたします。




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この世とは異なった生活様式

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 この世とは異なった生活様式


真のお父様のみことば 1977年4月18日 歴史的父母の日



 この世は、すべてが自己中心的にできています。だから、私たちがこのサタン世界から自らを解放するためには、百パーセント、絶対的に、この世とは異なった生活様式、すなわち、自己中心的な生活ではなく、神中心の生活をしなければなりません。そうすることによってのみ私たちは、このサタン世界から自らを解放することができるのです。

 あなた方が伝道に出かける時、もし、「ああ疲れた。自分はどうもこの仕事には向いていないから、どこかで休んでいよう」などと考えたとしたら、それはとても神を中心とした考え方であるとはいえません。多くの人が、「統一教会のメンバーはよく働く」というかもしれませんが、神の立場からすれば、まだまだ決して十分とはいえません。

 たとえあなた方がこれまで忍耐して一生懸命頑張ってきたものとしても、ここで音をあげてしまって、“ああ、もう疲れた、もう自分の道を歩もう”と考えたり、さらには、神や統一教会のことを悪く考えるようになったりしたら、サタンはここぞとばかりにあなた方の中に鉤を見いだして、引っ掛け引きずり込もうとするでしょう。

 だからもし、疲れ果てて、もう駄目だと思ったら、“神様、あなたは私よりも、もっと苦しんでおられます。主は私よりももっと苦しんでおられます。私が今このようにして、いるだけでも感謝であります。命ある限り、体の中の血が最後の一滴になるまで、私はあなたのために行きます”というように考えるのです。

 あなた方がこのように考えて感謝するならば、背後にいるサタンは、あなた方を捕らえる鉤を見つけることができず、あなた方も、イエス様と同じようにサタン圏を乗り越えて、神と完全に一つになることができるのです。

 これが神の基本的な原理なのです。だから、苦労が多くなればなるほど、困難が多くなればなるほど、私たちがサタン圏から解放されて、神の主管圏に近づきつつあるしるしである、ということをはっきり知らなければなりません。





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神様を探す方法

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 神様を探す方法

真のお父様のみことば  天聖経 真の父母と祝福



皆さんは、神様を探す必要はありません。それよりは愛が必要だというのです。この愛さえもてば、神様は自然に私のところに来るということです。私に捕らえられるというのです。ですから神様を探す方法は、世界人類を兄弟と思い、神様のように父母のように愛して行動することです。

 そうすれば、すぐに神様は私のところに来るというのです。それで宗教では愛を語っているのです。しかし、このことが成されなかったために、今日、統一教会はこれを再び復帰するために、このようなことをせざるを得ないということを知らなければなりません。祝福はこの場で受けますが、一つになり、これを中心として拡大さえすれば、この宇宙は皆さんのものになります。




今、神の摂理は統一教会からサンクチュアリにに移行しています。神の愛を探し神様と父子関係を結び、祝福を得る道はここにしかありません。神様が祝福を与えたいにもかかわらず、破滅の方向に向かっている人類の姿を見られる神様はいかに深刻でしょうか。
真の愛を探し、祝福を与える行動を徹底することでしか神様を解放して天一国を創建することができないことを確認する次第です。



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無知は死の影であり破滅の要素である

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無知は死の影であり破滅の要素である


真のお父様のみことば  原理講論 総序



堕落人間にとって、「知ること」は命の光であり、また蘇生のための力でもある。そして、無知は死の影であり、また破滅の要素ともなるのである。無知からはいかなる情緒をも生じ得ない。また、無知と無情緒からはいかなる意志も生ずることはできないのである。

人間において、知情意がその役割を果たすことができなくなれば、そこから人間らしい、人間の生活が開かれるはずはない。人間が、根本的に、神を離れては生きられないようにつくられているとすれば、神に対する無知は、人生をどれだけ悲惨な道に追いやることになるであろうか。

しかし、神の実在性に対しては、聖書をいかに詳しく読んでみても、明確に知る由がない。ましてや神の心情についてはなおさらである。それゆえ、この新しい真理は、神の実在性に関することはいうまでもなく、神の創造の心情をはじめとして、神が御自身に対して反逆する堕落人間を見捨てることができず、悠久なる歴史の期間を通して彼らを救おうとして心を尽くしてこられた悲しい心情をも、我々に教えることのできるものでなければならない。




昨日はこちらの聖殿の世話人会を行い12名の世話人が集まり、心情交流しました。月に1回か2回ほど定期的に行ってきています。それぞれが近況を報告する時間がとても貴重です。その中に神様の証しが多くありお互いに復活することのできる時間です。

今回は私が自作製本したみことばの冊子を準備しました。「祝福に関するみことば」を三編をあつめて冊子としました。天聖経の中にある祝福に関する内容で「真の父母と祝福」、「祝福の意義と価値」、「四大心情圏と三大王権」をB5サイズで作成したものです。120ページになります。それを集った世話人の方々に手渡し若干の説明をしました。

私たちは真の御父母様から祝福を受けている立場ですが、どれほどその価値を理解しているのかと自問するときに不安を覚えます。
天の立場から真のお父様の心情からそれを明確に理解しなければ、祝福を周辺に拡大することが出来ないと思わされ準備することにしました。特に神の祝福を奪われてしまった家庭連合の方々を伝道するためには真のお父様の心情から強烈に伝道する力を得なければなりません。

祝福に関して無知であっては伝道することができないからです。



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会議の後は持寄りの食事会。様々な情報で盛り上がりました。



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神が存在することを実感でとらえる

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神が存在することを実感でとらえる

真のお父様のみことば  原理講論 総序


 それでは、全人類が、一つの真理により、一つの兄弟姉妹として、一つの目的地において、相まみえるようになるとすれば、そこにおいて築かれる世界とは、どのような世界なのであろうか。この世界こそ、悠久なる歴史を通じて、人生の両面の無知から脱却しようと身もだえしてきた人類が、その暗黒から逃れでて、新しい真理の光の中で相まみえ、一つの大家族を形成していく世界なのである。ところで、真理の目的は善を成就するところにあり、そしてまた、善の本体はすなわち神であられるがゆえに、この真理によって到達する世界は、あくまでも神を父母として侍り、人々がお互いに兄弟愛に固く結ばれて生きる、そのような世界でなければならないのである。

 自分一人の利益のために隣人を犠牲にするときに覚える不義な満足感よりも、その良心の呵責からくる苦痛の度合いの方がはるかに大きいということを悟るときには、決してその隣人を害することができないようになるのが人間だれしもがもつ共通の感情である。それゆえ、人間がその心の深みからわき出づる真心からの兄弟愛に包まれるときには、到底その隣人に苦痛を与えるような行動はとれないのである。まして、時間と空間とを超越して自分の一挙手一投足を見ておられる神御自身が父母となられ、互いに愛することを切望されているということを実感するはずのその社会の人間は、そのような行動をとることはできない。

 したがって、この新しい真理が、人類の罪悪史を清算した新しい時代において建設するはずの新世界は、罪を犯そうとしても犯すことのできない世界となるのである。今まで神を信ずる信徒たちが罪を犯すことがあったのは、実は、神に対する彼らの信仰が極めて観念的であり、実感を伴うものではなかったからである。

 神が存在するということを実感でとらえ、罪を犯せば人間は否応なしに地獄に引かれていかなければならないという天法を十分に知るなら、そういうところで、だれがあえて罪を犯すことができようか。罪のない世界がすなわち天国であるというならば、堕落した人間が長い歴史の期間をかけて探し求めてきたそのような世界こそ、この天国でなければならないのである。そうして、この天国は、地上に現実世界として建設されるので、地上天国と呼ばれるのである。



「初代教会の愛が消え、資本主義の財欲の嵐が、全ヨーロッパのキリスト教社会を吹き荒らし、飢餓に苦しむ数多くの庶民たちが貧民窟から泣き叫ぶとき、彼らに対する救いの喊声は、天からではなく地から聞こえてきたのであった。これがすなわち共産主義である。」

キリスト教の腐敗堕落により共産主義が台頭し、悲惨な共産世界が出来てきました。そして今、家庭連合の腐敗堕落によって、プーチンはウクライナを侵略して人々を虐殺し、世界を戦争と混乱を呼び起こし地上の地獄を形成しています。


その本質的根本は家庭連合内部の者たちが「神に対する信仰が極めて観念的であり、実感を伴うものではなかったから」と言わざるをえません。
今私たち聖殿教会は原理にかえり、観念的ではなく実感的な神様との一体化をなして、アベル圏の拡大でサタンの勢力を押し込めなければならない重要な使命があることを痛感しています。



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精誠を尽くす

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精誠を尽くす

真のお父様のみことば  1992年8月27日



「精誠」という言葉がありますね。同じことを千回万回、心を尽くし、反復しながら、私を良くすると同時に、世界まで良くするために影響を及ぼすというのです。良い品物を作ろうとすれば、どのようにしなければなりませんか。素人が工場に入って行って、一回教えてもらって、学んで作ったからといって、それが良い品物になりますか。千回万回、精誠を尽くさなければなりません。

 「原理の御言を中心として精誠を尽くす人」というのは、原理講論を毎日、読んで、読んで、読むのです。朝に読んで、昼食時に読み、夕方に読みながらも嫌にならない事が精誠です。同じことを千回万回繰り返すのです。

 南北統一は直ちにできないのです。四十年かかったのです。四十年間、一日も絶えることなく、一日に三食ご飯を食べる時、眠る時、いつでもそれを繰り返さなければなりません。繰り返すにあたっては、四十年前に初めて精誠を尽くした時からだんだんさめてくるようではいけません。千回したとすれば、千回だけ皮がむけなければなりません。皆さんは、原理講論を何回読んでみましたか。




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大分聖殿2022年3月27日の日曜礼拝

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四大心情圏

真のお父様のみことば 1992年8月27日



 神様が天使長を先に愛されたために、アダムが完成したとすれば、アダムも、神様が天使長を愛したのと同じ位置で、天の国に連れて入って行くのが本然の基準です。神様が天使長を愛したように、アダム自身も天使長を愛して、連れて入って行かなければならないというのです。

 誰が先に天国に入るのかといえば、アダム・エバと共に天使長が入るのです。それでは、アダム・エバの結婚式を誰が準備するかというと、アダム・エバがするのではありません。下僕達が、新居も宴会の準備も全部してあげなければなりません。そのようにしてあげれば、嫁をもらったアダムはどれだけ有り難く思うことでしょうか。アダムは、自分の相対を捜し求めるのに協助してくれた天使長を愛するようになるのです。

 本来、堕落しなかったとすれば、長子を先に愛さなければならないのです。原理がそうなっているのです。長子が先に愛されなかったのが問題だというのです。長子権を復帰するためには、次子として完成したアダムが、息子・娘を中心として、息子・娘以上に愛したという条件を立てるのです。そうすることによって、義父の立場でも、長子の位置を捜し求めて入って行くことができるのです。それをはっきりと分からなければなりません。










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