阿南信義

大分聖殿日曜礼拝「お迎えする心情」

真のお父様のみことば

天聖経   天一国主人の生活 第一章創造の原動力は神様の真の愛



本来、心と体は、離そうにも離すことができず一つでした。人間の心は神様の心であり、人間の体はその心を包む器でした。ところが、人間の堕落が人間の体を悪魔に差し出したのです。それから、人間の体は悪魔の僕になりました。

 人間の良心は、神様を代表する心です。良心は、自分のために存在するのではありません。天の義のために存在します。良心は、常に善に向かって走ろうとします。ここに体は反抗します。体は、自分だけ楽をしようとし、利己的であり、本能的要求によって肉欲を表そうとします。良心は、この体を叱責して心に順応させようとします。ここに、常に血を流す葛藤と闘争が一つの体の中で起きるようになります。

 しかし、神様を自分の中に迎え入れなければ、誰も自分の体を征服することはできません。ただ、神様の真の愛と真理の力を中心として、主体である心は、対象である体を率いて神様と一体理想をなすようになっています。これが宗教のいう完成した人間です。

神様を中心として、神様はお父様であり、私たち人類の先祖は息子、娘でした。その真の愛が出てくるためには、神様と一つにならなければなりません。一つになるのが原則です。一つになるための原則とは何かといえば、従順にすることしかないという結論が出てきます。神様が人と一つになる日には、神様のものが私のものであり、神様であり私であり、私であり神様だというのです。神様と一つになり得るのは真の愛だけです。


 真の愛と和合すれば、彼は神様の体になり、細胞になります。神聖な神様の肢体になり、一体のようになって永遠に愛を呼吸し、愛を食べて生きることができるのです。そのような世界を天国といいます。真の愛を中心として一つになったことを、聖書は話さなかったのです。「わたしは道であり、真理であり、命である」(ヨハネ一四・六)、そこには愛が抜けています。

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 真の人とは、真の愛で暮らす人です。真の愛は、与える愛であり、永遠にセンターのために生きるという愛です。これが神様の核心です。真の愛は、神様の愛です。神様を永遠に愛そうとすれば、私は真の愛の所有者になるのです。









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阿南信義
Posted by阿南信義

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