阿南信義

地上で真の父母様三代王権に侍ることの意義

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地上で真の父母様三代王権に侍ることの意義

真のお父様のみことば  1984年4月1日 第25回父母の日



本来、堕落していなかったならば、地上で先になされてから、それが霊界に反映されるのが本然の公式なのです。しかし、これが逆になってしまっているのです。では、この場がどれほど重要な場であるか? 皆さんは、この世で生活していた習慣とか風俗とか、自分が知っている今までの伝統的知識とかそういった基準や、観念を持って今までみ旨に接して来たということ自体、どれほど申し訳ないことであったかということをこのような場において感じなければなりません。歴史始まって以来数千年間、神様のみ旨と、それに応える人間との間には距離があったのです。

 霊界に霊人となって行ったとしても、直接神様の前に出ることができないのであります。再び地上人を通して行かなければならないため、それがどれほど困難で、恨みであるかを皆さんは知らなければなりません。そのような霊人体が神の前に行くには、地上において真の父母に侍ることなくしては、神に侍ることができないということを霊人たちは知っています。そのような道を経なければならないことを考えるとき、この地上にその霊人たちが復活して、皆さんのような肉身を持った人となったなら、どれほど努力することでしょう。どれほど父母様と一つとなるために苦労するか、それを知らなければなりません。

 その霊人が復活するために、父母様と一つになることができる道があるとしたら、いかなることをしてでも、冒険、冒険、冒険を経てでも自ら進んでその道を行こうとするでしょう。その霊人たちは、地上世界で父母に侍っている統一教会の信者はそのようにならなければならないと見るのです。

 数千万回死んだとしても、自分という意識があってはならないのです。天のみ旨、自分が行かなければならないその目的のためには、自分の意志、自分の観念、自分の主観を持つことはできないのです。それが何の話かわかりますか? キリスト教は今日の再臨時代を迎えるまでにどれほど犠牲の代価を払ってきたことでしょう。

 み旨を中心として見る時、統一教会の信者たちには、自分を中心とした考えを持つ者と、み旨を中心とした考えを持つ者との二つのタイプがあります。それは本来ありえないことです。それで神は統一教会においてこのような二つの種類の人間がいることを警告しているのであります。
 これらを考えるとき、我々の立場がどれほど重大な立場であるかを皆さんは知らなければなりません。





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