阿南信義

監獄の中から蕩減復帰の道を開拓

赤い花


監獄の中から蕩減復帰の道を開拓

真のお父様のみことば



 それで、皆さんは下りて行きますか、下りて行きませんか。(「下りて行きます。」)泣きながら下りて行きますか、笑いながら下りて行きますか。(「笑いながら下りて行きます。」)相続権はどこで継承されますか。希望のないところで継承されますか。希望のあるところで継承されるでしょう? (「はい。」)「最後まで忍耐して、辛抱する者が救われる」と言われているでしょう?


 それで、イエス様は霊界に行って、地獄の底に行って、三日間、受難の道を克服しなければならなかったのです。イエス様はノア以後の、霊界を中心として、彼等の所願を成就してあげることができなかったのです。霊肉を中心として、勝利の起点を持たなければなりませんでした。それで、彼等を中心として道を開いておかなければ、讒訴を受ける立場に入って行くのです。道を作らなければならないのです。それ故に、イエス様は霊界の地獄に行って開拓し、道を開いておいたのです。そこに行って、そのようなことをしなければなりません。


 先生もそうでした。先生は北に行って何をしたのでしょうか。このような原則を知っていたので、監獄に入って行ったのです。イエス様は監獄で滅んだのでしょう? それで、先生も怨讐に追われた道を元返して行く時には、監獄を探し求めて行ったのです。私は平壌の刑務所で、手錠をかけられ、刑罰を受けている間にも、誰々に会うという約束を受けたのです。「向こうに行けば、イエス様の三大弟子のような人に会うだろう」という約束を受けたのです。復帰の運勢圏内においてそうしなければ、道が合わないのです。従って、手錠をつけて監獄に入る道も、最高の希望の道であったということです。その時、そこで出会った人々が今日、皆さんの前に出て証をする人々です。


 こういう人に会うであろうというその希望を持って、監獄を探し求めて入って行ったのです。希望の中で探して行って、絶望の中で探して行ったのではありません。私がそこに入って行ったので、そこで道を作って、その苦労の功績を通じて、その門が自動的に開くようにしなければならないのです。そうしようとすれば、完全に蕩減しなければならないのです。




お父様が監獄にいかれた心情をもって、家庭連合のシックを伝道しなければならないと教えられています。家庭連合からの伝道は厳しいと思ったり考えたりしがちですが、かってともに戦った懐かしい兄弟たちの姿を思い起こしながら蕩減復帰の原則を遂行していきたいと考えます。



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阿南信義
Posted by阿南信義

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