阿南信義

イエス様の奇跡とみ旨の実践

すいせん4
近所の畑のふちに咲いていたすいせん


イエス様の奇跡とみ旨の実践


真のお父様のみことば  1972年7月16日



 イエス様の奇跡のようなものも、同じです。病人のために祈祷するときも、そうです。三つの心に通じなければなりません。神様の心に通じなければならず、私の心に通じなければならず、物の心に通じなければなりません。病気になった人を見れば、体がやつれたのを見て、自分が痛みを感じ、この病人を神様が見れば、どれほど息が詰まるでしょうか。

こうして、父母の心情で哀れに痛ましく思いながら、病人という思いではなく彼をつかめば、一遍に病気が良くなるというのです。
 
 彼を病人と思うより、失った息子、娘、あるいは十年、千年の間探した息子、娘に会ったような愛の心がここに覆われて、その環境を越えることのできる心情の因縁が起これば、すぐに病気が良くなるというのです。

 奇跡は、特に変わったことではありません。それを同化させることのできる立場、「彼は私であり、私は彼である」という立場、創造原理どおりに二つが一つになるところには、神様が臨在されるのです。

 神様が臨在されれば、再創造の運動が起こるのです。私の願いがどんなに大きくても、再創造の能力が加えられてこそ、新しい結果が成されるのです。原理が、そのようになっています。





こちらの道にきて数年たった1975年ごろ、100日修練会に参加しました。たしか幹部養成のための修練会であったと思います。それは原理教育、経済実践、伝道実践と三段階にわかれ、その段階ごとに試験があってひとつの基準を通過しなければ、何日経っても前に進めない企画の修練会でした。

第一段階は原理テストで80点以上必要でした。原理講論の各章ごとに原理試験があります。例えば「産業革命の原理的意義を書け」とか。それは原理を暗記しなければ答えることが出来ない内容で必死に勉強した記憶があります。それは一発で通過しました。

二段階目は経済復帰のための営業実践です。その基準は7日間、一箱7000円の人参茶を4箱以上連続で毎日販売し続けるという企画でした。私はその時は勝共を担当していたので経済復帰実践はしておらず、商品知識や営業方法も知りませんでしたので、たぶん通過するのは難しいのではと周りはささやいていました。

それでどうしたらこの期間を通過することができるかと考えたときに、前の日の夜の時間、次の日戸別訪問で回る地域をあらかじめ巡回しながら祈って回るということを思いつきそれを毎日、夜9時ごろから続けるようにしました。夜の時間は自由時間でしたので。

神様に「明日はこの地域を回ります。4人以上は必要ですので、どなたがその人なのか教えてください」とひとり夜の住宅街を祈りまわっていました。しかし最初は難しく中々4箱以上の販売がうまくいきません。

夜の時間祈って回っていて、神様が準備してくださっているというワクワク感があるので、朝の出発は何か希望がありました。どなたが今日は待っていてくれるのだろうかという思いですので、楽しい気持ちになっていました。神様が準備してくださっている方に出会えるという希望感です。

中々売れない期間が1週間ぐらいたってからその4箱が売れるようになりました。そして7日間連続その基準が続いて、経験がないから難しいのではと言われていた2段階目を通過することができたことがあります。


その時、教えていただいたことは神様の心で愛するということでした。神様に対するわずかな祈りを捧げたことで神様は私の心を動かして下さり、肉体を通して現象化してくださって、結果を与えてくださるという体験を得たことは信仰生活の中で大きな財産となりました。

その2段階目を勝利できたのは奇跡でした。神様と完全にひとつとなれば奇跡はおこると実感したしだいです。「神が臨在されれば、再創造の運動がおこり結果となる」ことを確信してみ旨に向かっていきたいと思います。



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