阿南信義

サタンを屈伏する秘訣


二代王様1


サタンを屈伏する秘訣

真のお父様のみことば  1971年8月28日



 それでは、ここで下りて行くようになる時、どのようにしなければなりませんか。つかんで伸びなければなりません。それではゴムの紐を伸ばして引っ張って、一番下に行って、パッと放せばどうなりますか。それは限界線まで上がって行くのです。そのようになっているのです。

 そういうことを考えた男がいるとすれば、神様は逃げられるでしょうか。目をはっきり開けて眺められるでしょうか。考えてみてください。神様に神経があるとすればそこにすべて集まりますか、集まりませんか? 心臓があるとすれば、心臓がどきどきしますか、しないですか? 神様が得意になることならば、得意になると言わないでしょうか。神様がいいといって眺められないでしょうか。「それ、もう一度してみなさい」と言わないでしょうか。この場にいれば、サタンがどれほど好むでしょうか。サタンは「下がって行け」と言うけれども、神様は希望を持って見られるというのです。そういう何かがあるというのです。

 宇宙の心情を相続して、天国の所有権を備えた一つの波動が天地の間に起こらなければなりません。大きな音を出そうとしたら、振幅が大きくなければならないというのです。そうしてこそ、長い間続くのです。そのようになれば、幅広く行きなさいというのです。神様が、世界で幅が一番広い方ではないでしょうか。神様が好きなものを好きだと言うことも一等です。

 私が千回万回死ぬ、そのような峠の道においても、死なないで立ち上がるときには、神様はどれほど喜ぶかということを考えてみましたか。従って、イエス様も「死なんとする者は生き、生きんとする者は死ぬ」と言われたのです。それでは、そのような立場がどこにあるのか。それは話すことがでなかったのです。そのようにして、神様のために下がるようになれば、それほど、より高い所におられる神様が放っておかれるでしょうか。それを今はっきりと知らなければなりません。

 ここで終わりましょうか、続けましょうか? (「続けてください。」) 家庭の話までしようとすれば、何時間かかるかしれません。しかし、これは必要なことです。先生が心霊世界で闘ってきた公式路程を教えてあげるのです。適当に話すのではありません。このようになっているのです。今に見てください。

 このように下りて行って、回らなければなりません。ただ単に、その場に立っていていいでしょうか。(「回らなければなりません。」) ただその場にいれば、どれほどいいでしょうか。このように下りていって、かえって希望を持って、もう一度上がって行くのです。これが復帰です。

 そうするには、どのようにしなければなりませんか。サタンよりも優れた者にならなければなりません。サタンよりも劣っていては復帰できないのです。サタンの本質は何かといえば、自分を高めることです。これを屈伏させる本質は何ですか。(「低くなることです。」) 自分を低くすることです。従って、自分を犠牲にすることが原理です。





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