阿南信義

伝道の方策

清平の開拓4
セーブアメリカキャンペーンはTN清平建設摂理を含んでいます


真のご父母様のみことば  1977年4月1日



 私は今までたくさんのスピーチの中で、伝道に関するあなたがたの質問に答えてきました。しかしながら要約して言えば、あなたがたは霊界を動員しなければなりません。私は一言もしゃべらずに伝道します。私が刑務所にいた時、私は言葉を使わずに多くの人々を伝道しました。なぜならば霊界が私を証し、彼らは自分から進んでやってきたのです。


 我々は神を模範にすべきです。神は数千年間チャンピオンであります。神は負けたことはありませんが、絶えず戦いを挑まれてきました。これは神の摂理の様式であり、神は絶えず戦っています。我々に対する反対は、ついには何の反対もなくなる日が来るまで続けられるでしょう。あなたは自分の州のチャンピオンになる覚悟がありますか? もし大きな反対がくれば、あなたは荷物をまとめて教会を去りますか? もし誰も反対しない場合は、州知事の所に行って彼と議論すべきです。もしあなたが戦うならば、僕の僕のような弱い敵を相手にしてはなりません。最も強い敵に挑戦しなさい。たとえあなたが最初から負けたとしても、あなたが企てたその記念は残ることでしょう。


 もし我々が1-1-1(一カ月に一人が一人を伝道)を達成することができないとするならば、それでも我々は歴史的な責任を負うということができるでしょうか。このことを深く考えてごらんなさい。もしあなたがたが私と同じくらいの責任感と危機感をもっているならば、あなたがたは1-1-1伝道をすることができるでしょう。あなたがたは伝道している時、路上で本当に泣き出したことがありますか。あなたがたは眠らないで祈ったことがありますか。私は私の厚い衣類がびしょ濡れになるぐらい神に談判し激しく祈りました。このようなことは何度もありました。そうしたことがなければ私と皆さんとは何ら違いがありません。我々は同じ量の食事を取り、同じ二十四時間を過ごしているのです。


 伝道者として皆さんは人々のために涙で祈るぐらいの深い関心をもたなければなりません。皆さんは自分をそのようにさせるために努力しなければなりません。しかしながら比較するためには、私の体験というものがなければ、あなたがたの進歩はそれほどではないでしょう。もしもあなたがたの中の勤勉なメンバーの中の一人が、どこかに行って夜中まで帰らなかったと仮定してください。皆さんは彼が戻るよる祈りながら、本当に寝ないで彼のために泣きますか? もしあなたがそのようにして彼が次の日戻って来たとしたら、彼もまた眠れない夜を過ごしたとあなたに打ち明けるでしょう。


 あなたがたは単に信仰生活を過ごしているにすぎません。それは涙を伴い、確実に霊界と結び付くものでなければなりません。もし皆さんがこのようなことを体験しなかったとしたら、皆さんの信仰生活は改められなければなりません。皆さんが祈る時、自分の中から深い感動が湧き上がることなく、寒さを感じるようなことがありませんか? もし皆さんがそのような状態にあるとしたら、皆さんは蜜を吸う蜂を引き付けることのできない花のようなものです。人々は神があなたがたと共にいるということを感じる時に、人々は彼らの人生があなたがたの人生とかかわりをもつことを願って、あなたがたのもとに集まるでしょう。皆さんは自分の心の中心に神の存在を感じなければなりません。もし皆さんが霊的にこのことを維持し続けるならば、人々は集まり、皆さんの中に平安を見いだすことでしょう。毎日考えなくても皆さんは誰が訪問して来るか、どんなことが起こるかがわかるようになるでしょう。皆さんがそのような心を広げていくならば、伝道がどんなに面白くなるかを想像してみてください。このような理由であなたがたは深い熱心な祈りをしなければならないのです。


 あなたがたが祈る時、神の霊が本当に近くにあるという感覚をもたなければなりません。そのような祈りの後は霊的な勝利に満たされて安心感を与えられるでしょう。私はこうしなさいとあなたがたに言うことはできますが、最も大切なことはあなたがたが自分で祈りの必要性を感じることです。あなたがたはお腹が空(す)けば食べたくなります。同様にもし祈らなければ落ち着かないというぐらい、祈りの必要性を感じなければなりません。そのような衝動と祈る必要性を何度も感じた時にあなたは意義深い祈りを体験することができます。


 それを達成するためには、皆さんが特に祈りにおいて蕩減条件を立てねばなりません。祈りに最もふさわしい場所は、山などの自然の中です。私は真冬に毛布一枚を肩に掛けて雪の中で座って祈りました。私は、もし眠ってしまったら凍え死んでしまうということを知っていたので、熱烈に祈りました。これは私の路程ですが、今日の統一教会のメンバーの中にはこのような貴重な体験をしようとせず、ただついて来るだけのメンバーがたくさんいます。多分皆さんはこれは大事なことだとぼんやりと悟ってはいるのですが、まだそのことを深く理解していないのです。皆さんが会議の後、自分のセンターに戻ったならば、最初にすべきことは祈りです。


 私が困難に状況に直面する時は、霊的な環境はたった一つの出口もないほど真っ暗てす。そして私はどのようにしてすべての問題を解決しようかと考えます。このような時には私は自分自身の生活を忘れて最も真剣に祈ります。そして私が祈る時、私がそこから抜け出る道が徐々に開けてきます。このような時に、皆さんは天に属する解決と、自分に属する解決と、地獄に属する解決をいつも見極めなければなりません。この三点をいつも区別しなさい。


 朝、目を覚ました時、あなたが最初に考えるべきことは、天に挨拶を捧げることです。その日あなたがしようとしていることを神に報告しなさい。あなたが朝約束したすべてのことをその日のうちに完了した時は、大きな勝利感を味わうことでしょう。体験を通してのみ、皆さんはそのことを深く理解することができます。


我々は霊的な恩恵を受けるために祈りを捧げます。祈りは皆さんが毎日しなければならない霊的な食事のようなものです。私は今、祈りにおいては熟練しているので、ある方法で自分を主管し、数秒後に真剣な祈りの結果を得ることができます。ほんのちょっとの間真剣に考えた後、私が私が行こうとしている会合の雰囲気や、人々が内的な基台をもっているかどうか、また準備された人々であるかどうかがわかります。献身的な心をもった人は、数千人の中にいても目立つものです。


 人々の霊的なエネルギーが強い時は、会場全体を燃やし尽くす火がともされます。もしあなたがこのようにする方法を見いだすならば、眠れないことは問題ではありません。霊界はいつもあなたの近くにあります。私はこの話を続けることができますが、皆さんは余りその中に巻き込まれると、ある深い空虚感に囚われるかもしれません。祈りをそのように強調することは皆さんの忙しいスケジュールと矛盾するようにみえるかもしれません。しかしそれでも皆さんはこれらのことを実行すべきです。我々はいつかは霊界に行くのだから、そのことを理解することは大切なことです。


 もしある人が神様よりも誰かを深く愛したことがあったとすれば、彼は統一教会に入った後その基準を覆して、神様と真の父母に対する、より深い愛を培わなければなりません。この深い愛の感覚は霊界の協助を受けるための一番の近道であります。皆さんが涙を流さざるを得ないほど強い私の愛情の虜になる時に、皆さんは即座に霊界と通ずることができます。特に姉妹たちはこのような体験をしています。もし皆さんがそのような体験を三、四回するならば、皆さんは直ちに霊界と通じることができるでしょう。


 皆さんの目標はできるだけ神に近づくことでありますから、皆さんは私と共にいることを切実に願わねばなりません。皆さんは私に会いたいと願うならば、眠れない夜や空腹の日が何日続こうと、それらを克服することができなければなりません。皆さんが肉体を克服する時に、霊界はすぐそばにあり、皆さんを協助します。瞑想に耽ったり祈ったりしている人が突然に私の人生の意義――どうして私が数千年の後に征服し難いそのような距離をもしながらやってきたか――を悟るかもしれません。


皆さんの気持ちは霊界に反映され、それから他の人々に伝わります。もし皆さんが伝道している人を本当に愛するならば、彼はこの広い地球上で、その愛がある所以外に行きたいと思う所はどこにもありません。いったんあなたがこれらのことを感じることができるならば、あなたは霊界と通じているのです。皆さんはこのような方法で他の人々と関係をもつように、自分を訓練しなければなりません。この世的な出来事と同じように霊的なものを欺くことはできません。例えば、怒りは霊界に非常な妨害をもたらします。


 皆さんの立場は、たとえ皆さんが価値のないものであっても、地上で最も高い存在である神を愛する特権を与えられた立場であります。皆さんは自分を愛する神の愛に浸り、神が皆さんを抱擁しているのを感じることができるならば、皆さんは最も幸福な人となることができます。神があなたを愛する瞬間は完全な幸福の瞬間であり、あなたが体験する最も幸福な時間であります。純金のようにあなたは何の抵抗ももたなくなり、神のすべての愛があなたに注がれるでしょう。




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