阿南信義

真の父母様の清平を取り戻すTN清平の建設


清平の開拓3
TN清平で精誠を捧げておられるシックの皆様


真のご父母様のみことば


1997年3月10日  清平祈祷院聖殿起工式における御言
  韓国・清平祈祷院

清平は人類の心情的故郷

 きょうは一九九七年三月十日、統一教会において新しい訓練道場、精誠をささげる聖殿、さらには、天と地が連結される一つの心情的世界を出発する起源地、一つの宮殿といえる建物の起工式をもつことは、歴史的なことであり、天の摂理史において何よりも重要で、記録される日です。

 皆さんが知っているように、この清平聖地は私にとって、忘れられない所です。修練所を中心として整備し始めたのが、今から三十年前です。だれも知り得ない統一教会という、ささやかな教団をつくって、「ここを世界的な摂理史において、世界万民があがめることのできる超宗教的、超理想的な基地をつくる」という話をしました。

 それだけではなく、「今後、世界の人たちが、一つの故郷の地としてあがめ奉ることのできる所である」ということを話したのです。今から三十年前を考えれば、感慨深いものがあります。
 三十年間で、統一教会は一躍、世界的な大宗団になりました。いかなる民族、国家もこれを遮ることのできない超宗団になり、世界の注目を受ける中心宗教の立場になりました。これは、人間の力によって成されたのではなく、神様を中心とした摂理的因縁の中で成されたものです。

 それゆえ、このように発展した統一教会は、今日このような盛況を呈したのが一つの限界線ではなく、これを出発として無限な世界にまで発展し、歴史的、摂理的にも神の助けが共にあることをよく知っています。
 それゆえ、願わくはこの清平の地は、世界の祖国の故郷の地、人類の心情的故郷の地、天地があがめることのできる勝利的な創造理想を完成させて、天地に連結して神様の心情をこの地上で解き明かして、解怨成事し得る所とならなければなりません。

 世界の故郷の地として備え、神聖な地として祈祷してきたことが、今、本格的に出発できる時点に至ったということを考えるとき、感慨無量です。
 それゆえ、この祈祷院周辺を中心として、八百万坪に該当する土地を買いました。山からこの周囲のすべての土地は、私たちの未来のすべての信仰者たちの祖国の故郷となることのできる基地になっています。
 百八十五か国に私たちの基地があるならば、百八十五か国のあらゆる歴史的伝統を展示できる、歴史的な基地として清平を準備しました。

 それだけではなく、その基地で各国のすべての文化を背景として、天との関係を結ぶための修練所、あるいは、教育の場を用意するために、準備した地として祈祷したものが、歴史的な事実として連結され得る、世界版図を統一教会が構築したということは、驚くべき勝利の結果だと見ています。

 この立場に立つまで、四十年の歴史を経てきながら、真の父母という名前を持ち、真の父母の理想というみ旨を持ち、世界の舞台に出て独り戦ってきたのですが、迫害と受難の道が多くありました。
 けれども、その受難の道は、ある見方をすれば、今後、統一教会員を世界人として、世界に誇り得る人々として、あるいは、民族、国家、世界を越えて誇ることのできる人々をつくるための試練期間だと考えながら、今まで来ました。

 今日の統一教会が、受難を経ながら発展してきたという事実は、どのような国家の歴史にも見ることのできない歴史を残しています。
 世界史的な迫害を受けながら、克服するのが難しい中にいながら、世界的な舞台へと発展させて、世界に影響を与えることのできる時代を迎えたという事実は、それこそ驚くべき歴史です。

 どこのだれも想像し、理解することのできない歴史的な因縁を残したことは、その背後に真の父母のみならず、神様を中心とした霊界の数多くの霊人たち、宗教界を中心として霊界に行っている聖賢、賢哲、さらには、天使世界や神様のみ旨を追求し、協助するあらゆる霊たちが、時と場所を超えて協助したために、このような勝利の結果を持つことができたのです。
 私たちはもう一度このような事実を、心から感謝しながら、今日発展していく未来の天運とみ旨の方向に対して、歩調を合わせられる新しい決意を誓うこの場にならなければなりません。

 そのようにすることによって、今まで協助した以上、天運が私たちとともにあるので、私たちの行くすべての道は、一瀉千里(イルサチヨルリ=物事が一気に進むこと)、萬事亨通(マンサヒヨントン=万事が思うようになること)、無不能通(ムプルヌントン=何にでも通じる)という結果をもたらすことでしょう。

 そのようなものを、目前に眺めて進んでいるということを知り、「成すすべてのことは勝利に終わる」という決意とともに、未来の出発をすることのできる新しい価値の創建を、称賛できるこの時間となれるようにお願いします。
 この地は個人的に見るとき、霊肉を中心として天地と協力した立場で、個人が出生した基地となることができ、家庭が出生できる心情的基地、さらには、国家、世界、天地が出生できる心情的基地、地上天国、天上天国を建設できる心情の基地になることのできる、驚くべき基盤に立っているということを感謝しなければなりません。

精誠をささげる者

 きょうの祝賀されるこのすべての環境的条件を、天の前にいっそう高く輝かせて、今まで統一教会が経てきながら、試練の中で克服してきた内容以上の実践をすることのできる立場に立つならば、跳躍ではなく、飛躍的な垂直的発展をすることのできる時代がやってきているのです。

 み旨を中心とした世界は、今日、統一教会時代に入っています。その時代に、このような聖殿を中心として、世界の若者たちを集めて教育し、また、祝福家庭が修練を受けて世界へと前進できることが、この清平の地で成されるということは、大韓民国の全地を代表して誇ることのできる所であり、民族、国家を中心としても誇るのみならず、アジア全人民、あるいは全人類、世界が誇れることであることを深く知って、ここに加担した一員として、天の前に記憶され得る自分自身となり、祝福された家庭だという驚くべき事実を知らなければなりません。

 この祝福家庭を中心として、氏族復帰、国家復帰、世界復帰という、なくてはならない因縁を連結させることのできる、心情的基地だということをすでに知っています。
 個人は家庭のために、家庭は氏族のために、氏族は民族、民族は国家のために投入し、さらに投入することによって、より輝く地上・天上天国が目の前に展開されるということを知り、実践躬行することによって、私たちが必ずやこれを完成し、真の父母とともに国家を収拾し、世界を収拾しなければなりません。

 堕落して偽りの父母によって失った、すべての世界を再び真の父母の前に奉献させて、全体を収拾し、すべての国家と人類とともに、地上世界のみならず、天上世界にいる天使世界と霊界に行っている先祖たちと一つにならなければならないのです。
 そのようにして、すべて真の父母の名前の前に献納して、全人類を勝利圏に立てて、神様の前に再び復帰してさしあげずしては、私たちが願う理想的実践基盤が地上に築かれないということを私たちは知っています。

 それゆえ、そのことを総合的に収拾することができ、その心情的なものを総合的に再建して、未来の発展的要因の動機とすることのできるこの基地こそ、驚くべき基地であることを知らなければならないのです。
 清平を心に置いて祈祷するとき、祈祷する心、精誠をささげることが、ここで役事される大母様と忠母様、大兄様と興進君に劣ってはなりません。

 皆さんの家庭において、このようなことを相続して、より一生懸命に精誠をささげるようになれば、皆さんの先祖たちが精誠をささげる基盤と連結されることによって、家庭で精誠をささげるその家庭を、協助することのできる世界的開門時代が成立するという事実を知らなければならないのです。

 ここで精誠をささげるありとあらゆる食口たち以上、各家庭で精誠をささげることによって、天運をその家庭から国家へと拡大させることのできる運動が成されるということを知らなければなりません。
 清平で役事するすべての先祖たちと、現在ここで精誠をささげる先祖たちに負けないように、祝福された家庭が一つになって一生懸命に精誠をささげることによって、皆さんの家庭が志す、すべてのことが一躍世界的に拡張されることが、約束されているということを知らなければなりません。

 より精誠をささげて、清平を自分たちの故郷、自分個人の故郷のみならず、一族の故郷、自分の民族と世界の故郷として引き継いで、祝福の基台を万民に連結させる先祖たちとなるようにお願いします。
 このような使命をより完熟させるためには、この聖殿を建てるにおいて、私たちの心と体をいかに投入させるかが問題です。起工式が問題ではありません。この建物を建てる期間、皆さんが精誠をささげることによって、事故も起こらず、あらゆることが順調に整備されて、設計した設計者の構想以上の建物になるのです。

 この建物自体が、統一家の精誠をささげる神髄として現れることになるなら、ここにたくさん関係して、たくさんの人たちが天運を引き継いで、祝福を自分の一族、一国を分けてあげることのできる基盤になるということを知って、精誠をささげる者となるように願います。

 ここで皆さんが相続すべきものは、真のご父母様の伝統です。どんなに精誠をささげたとしても、自分勝手に精誠をささげてはなりません。摂理史的観点を通して、公式的観点を通して精誠をささげなければならないということを知らなければなりません。
 そうなれば、真の父母という言葉は簡単な言葉です。真の父母は、本来どこで生まれなければならなかったでしょうか? この真の父母は、創造前の神様の心の世界から始まった言葉です。

 神様が創造したすべての理想は、真の父母を中心とした愛、理想を標題としてつくられたので、「真の父母」とは創造前から神様が願った言葉であることを知らなければなりません。
 ところが、堕落した偽りの父母が現れることによって、この真の父母理想が完全に破壊されたのです。人類歴史は、六千年ではありません。数千万年です。創造理想を失ったものを再び探して、本然の立場に復帰するための再創造歴史の中で、責任者として立てられたのが真の父母です。

 真の父母を探し出すために、神様の摂理路程において、数多くの人々が犠牲になり、数多くの宗教を立てて摂理してこられました。
 宗教の中には天使世界の宗教、カイン的宗教、アベル的宗教、庶子的宗政、養子的宗教、庶母(めかけの母)的宗教、養父母的宗教、それから、真の母の宗教、真の父の宗教が現れました。

 このように無限な宗教が世界に現れましたが、すべての人々は、宗教がなぜそのように多いのかを知らなかったのです。そのすべての宗教の最後の目的は、世界を真の父母のみ旨と連結させるための一つの方便的な立場で、民族と国家を超えて数多くの宗政を立て、蕩減という犠牲の歴史を通して引き継いできたのです。

 最後には、これがキリスト教を中心として旧教と新教に分かれました。新教、旧教が神様の摂理の全体のみ旨を合わせて、世界を指導する責任を持ってきたあらゆる宗教圏を統合して、一つの国、平和の世界を築かなければならないのです。
 一つの平和の世界を築こうとするみ旨を完成させようとするその中で、数多くの宗教が現れたのですが、その主流宗教が何かと言えば、キリスト教でした。

 キリスト教は何を教えたのかと言えば、真の父母と愛を教えたのです。イエス様が新郎だということを教えてくれ、神様が父母であり、人類が兄弟であるということを教えてくれました。
 家庭的理想を中心とした内容を全面的に備えたのがキリスト教だったので、神様が理塚とする家庭を全面的に完成させることのできる内容を教えてくれたのです。それで、数多くの宗教を越えて、キリスト教だけが世界を統一したのです。






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