阿南信義

復帰されたエデンの園を再復帰される二代王様

TN清平の近く
TN清平の近くの風景



真のご父母様のみことば   1978年10月14日  (興南解放28周年記念)



韓国・清平・天聖山

 皆さんが、今、一緒に座っているこの山の名前は、もともと長楽山でしたが、先生が天聖山という別の名前を付けました。チョン(天)という字に、聖なるソン(聖)という字です。ソンという字は、何のソンの字ですか? (聖人の「聖」の字です)。そのように天聖山と名前を付けたのです。それから、ここから皆さんの目に見えるあの大きな山々は、先生が全部、新しい名前を付けたのです。分かりますか? 

世界の人々が崇める観光地にすべき清平

 今から十年前、あの清平湖を中心として、この清平の地形がいいことを知り、土地を買い始め、今まで買い続けているのです。清平湖を中心として、私たちの修練所の場所がどこにあるのか分かるでしょう? その場所は本来、家を建てることのできる敷地は少しもありませんでした。そこには水に溺れて死んだ文氏の墓が一つあり、小さな谷に桑の木が十五本ほどしかなかったのです。

 しかし、その周辺があまりにもいい所なので、清平全体の山野をずっと回りながら見てみると、そこが清平の中央に当たる地帯でした。それで、仕方なくそこにテントを少し張り、土地を買い始めて、あの修練所をつくり、今まで土地をたくさん買ってきたのです。

 そうして、ここを今後、国際修練所にして、全世界の若者たちがここにきて修練を受けることのできる本場、世界本部のような所をつくろうと思うのです。分かりますか? 清平の谷というアメリカ村、イギリス村、ドイツ村、全部そのようにすれば、世界の人たちがこの場所を誇りに思うことができ、世界の人たちが崇める一つの観光地にもなるだろうと思うのです。

清平修練所周囲の美しい景観

 皆さんは景色の眺め方を知らないので、いくら見ても同じに見え、自分の裏山のようだと考え、山道を登っても"ただ登るのが困難な道だ"、"ああ、くねくねと曲がっている"くらいに考えるかもしれませんが、ここは本当にいい所です。先生は有名な国にはほとんど、数十カ国にわたって皆、行ってみましたが、これほど美しいところはないのです。そのうえ、私たちの修練所の前の向こう岸に行けば、天遊荘という平べったい私たちの別荘があるのですが、その裏へいって上に登れば、本当に絶妙な所なのです。この地域全体が、牡丹の花のようになっているのです。

 皆さん、平壌の北にある山を牡丹峰というでしょう? その牡丹峰が、なぜ有名なのかというのです。牡丹の花というものは、花びらがぐるっと取り囲んでいるのですが、その中の黄色い部分がつぼみの中で調和を醸しだし、ついには種を生むのです。牡丹峰が有名な理由は、牡丹峰が有名な理由は、牡丹峰が、そのような牡丹の花の形をしている山であるからです。それと同様に、この天聖山を中心とした地形も、そのようになっています。この山を越えれば、全く風情がないのです。登っていけば、おかしな形になっているのです。

 けれども、この山々の屏風のようにして、この前に連結されたすべての山野は、本当に牡丹の花のようになっているのです。一度、見てみなさい。遠くの山々がぐるっと取り囲み、私たちの修練所に全部被さってきているのです。
 そのことも素晴らしいのですが、また、川の水が流れているのに、私たちの修練所の前庭から眺めてみると、川の水が流れているということが分からないのです。どこから流れてきて、どこへ流れていくのか分からないのです。一度、見てみなさい。川の水が入ってくる道も分からないし、出ていく道も分からないし、湖のように思えるのです。そして、私たちの修練所から眺めれば、景色がそれこそ絶品なのです。湖畔と山野が調和した美しい所なのです。本当に、ここは世界に誇るに値します。

 ですから、ここは今後、世界的な遊覧の地としても名前が残りうる所です。以前から、私たちが世界的な活動をしているからには、このような場所が必要であると思っていました。このような景色のいい所に来て、学生たちが山を眺めたり、野を眺めたり、修練をしてこそ、高尚な考えをするようになるのです。

 日暮れ時の山の頂、山の一番高い峰に沈む夕日であるとか、朝の高い峰に昇る朝日であるとか、その中を飛んでいる鳥であるとか、その中で働く人たちの風景であるとか、それらすべてが調和をなすときに、われ知らずにぼんやりとして、夢想圏内にあって空想もし、夢も描くのです。こうすることによって、若者たちの気概が大きく上昇するというのです。そうして、未来に一度、この水に乗って大西洋を渡り、あの山を越えて、ヒマラヤ山とインドの国を通り……。このように夢をいくらでも連想させていくことのできるあらゆる材料になるのです。

 景色のいい所を人が好むのは、新しい考え、新しい夢を描くことができるからです。飛んでいく鳥が、あるいは飛んでいく鶴が一枚の絵のように調和すれば、詩も詠むようになり、また青い湖に小舟が一そう浮かべば、詩も詠むようになり、またうれしくなれば、われ知らずに立ち上がって、拍子を合わせて、踊りも踊るのです!そうすることのできる環境的与件を備えた所が、今、皆さんがそのことを理解できずに、ぼんやりと座って、「日が沈むから帰らなければならない」と思っている、この場所なのです。
 こうして、ただ急ぎ足で、この美しい所を観覧もせず、鑑賞もせず、そのまま皆さんがいってしまえば、一九七八年十月十四日というきょうこの日、天聖山のこの野原に来て、この地を訪問した意義がないということを知らなければなりません。分かりましたか? 

 ですから、歩き方を知っている人や見かたを知っている人であるなら、この小道を一度、行ってみなさい、どうなのか。ここを見れば、あの山からずうっと繋がって、洪川江に上がっていく風景が本当に美しいのです。どうか、行くときに一度、印象深く感じて、「ああ! もう一度清平に来て、見て回らなくてはならない」と考えてみてください。先生が清平にいてもいいし、いなくてもいいから、お弁当をつくってきて、訪ねてみてほしいのです。

 そうして、一人座って、あるいは夫人がいるなら夫人とでもいいし、新婦がいるなら新婦とでもいいし、息子がいるなら息子とでもいいし、娘も連れてきて、「ここは私たちの先生が愛する所だ」と言うことができるのです。このように子女たちの教育もすることができるのです。

 それから、今度来たときには、「あの峰が神仙のようなので神仙峰だ」と言い、「あれはどうこうなので天聖山だ」と言い、「あの山はどうこうなので金某山」と言い、「お父さん山もある」と言って、自分の名前も一つ付けて帰りなさいというのです。(笑い)分かりましたか、何の話か? 

清平の自然の中で南北統一の夢をたっぷり育もう

 そのようにすることができなければなりません。苦労をし、しがない生活をしてはいますが、そのような人知れぬ不遇な境遇であっても、余裕ある理想を描いて夢を持つということは、若い人たちには絶対必要なのです。理解できますか、できませんか? 

 皆さんがご存じのとおり、韓国は本当に山河が美しいのです。美しい所です。先生は今回、二年半ぶりに韓国に帰ってきましたが、韓国の地は、どこに行っても嫌にならないのです。アメリカのような国は、走れば嫌気が差します。平原ならば果てしなく平原であり、砂漠ならば果てしなく砂漠です。何か、丘一つないのです。平らな、平べったい所に、乾いて固くなっているような草すらも生えないのです。

 それを見れば、……。どの道も行けば行くほど、全部景色が違っていて、いくら走っても嫌にならないのです。そのように、国全体が錦繍のように美しい自然(錦繍江山=韓国の別名)、美しい山河なのですが、その中でもここが一番美しい所なので、先生が好むのです。分かりましたか? 

 ですから、どうか帰る前に一度ずーっと鑑賞し、皆さんが帰ってからも、清平のために祈祷をしてあげなければなりません。今後、若い青年男女たちが世界から飛んできて、修練を受けることができるように飛行場もつくらなければならないのです。飛行場をつくることができないのならば、ヘリコプターに乗って、全部ここと往来しなければなりません。ですから、今後、清平のあの高い山を通じて全部登っていき、帰ってくることのできる道を中心として、美しい修練所をつくろうと思うのです。分かりましたか? 

 皆さんがこのような意義ある所に来たということを知り、今、南北解放の希望の夢とともに、世界を指導する新しい希望の中で自然をいっぱい味わい、疲れていますが、無事に帰ってくれるようお願いします。アーメン。





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