阿南信義

 天一国合衆国憲法に基づいた家庭と聖殿



天一国合衆国憲法


真の御父母様のみことば 


神様王権即位式 2001年1月13日

今から、守るべき鉄則とは何かというと、一番目は、いかなる死ぬような出来事があったとしても、血統を汚してはいけない、ということです。何の話か分かるでしょう? 全員、分かったのなら、二度も言ったら忘れてしまいます。分かりますか?
 二番目は、人事処置を間違ってはいけないのであり、人権を蹂躙してはいけない、ということです。男性であれ女性であれ、黒人であれ白人であれ、皆、平等です。人権を差別せず、人権を蹂躙してはいけないというのです。
 それゆえに、責任者……。ここに統一教会の責任者たちが集まっていますね? 自分がどこどこの教区長であれ、どこどこの国家メシヤであれ、自分と気が合えば人事処置をせず、気が合わなければ人事処置をする、そのように自分勝手にすることはできません。

 教区長よりも、国家メシヤよりも、善なる先祖を持った人が、いくらでもいるのです。何代もたたずに、大統領になることができるような人の首を切ってしまえば、自分の先祖がすべて、がたがたっと崩れていくのです。ですから、先生は、人事処置をあまりしません。上の方にいる人たちについては、くじ引きをするのです。分かりますね?

 人権を蹂躙してはなりません。ですから、先生は、黒人だ何だと差別したり、大学を出たとか、そのようなことですべてを決めるのではありません。人権を正しく指導する真の愛を持って、ために生きる愛を持って暮らす人が、主流です。天地創造は、そこから始まりました。その主流思想を、すべて流してしまうことは、許すことができません。罪の中で二番目の罪です。分かりますか?
 三番目は何かというと、公金を盗んではいけない、公金を自分勝手に使ってはいけない、ということです。この三つです。
 監獄に入ってみると、そこにいる人の七〇パーセント以上の人が、これらのことゆえに監獄にいるのです。分かりますか? 血統を蹂躙すること、これは男女問題です。人権を蹂躙し、そして、金銭問題です。そして、権力問題です。お金と知識と権力が、怨讐なのです。分かりますか?
           
 天の国の憲法第一条は何かというと、「血統を汚してはならない」ということです。血統を清く保存しましょう。純潔の血統を永遠に守りなさい、ということです。
 今、祝福を受けた、その血統は神様の血代なのですから、神様の愛と神様の生命によって受け継いだものを、今までの堕落世界の習慣性に浸った行動で汚してはならないのです。分かりますね? それを守ることができますか?
 男性女性を問わず、横にいる人が夫婦ならば、お互いに見詰め合い、いなければ一人でも良いので、間違いなく守ることができる夫婦、完全に血統を汚さないという人は、目を閉じて決意してください。神様だけを見て、力いっぱい手を挙げて、万歳! (「万歳!」)

 きょうの記念日を忘れてはいけません。分かりますか? 分かりますか? 夫婦でけんかしても、「正月十三日、十三数!」と言えば、体の力が抜けて、ぐたっとならなければなりません。
 西洋では、「十三」と言えば、最も悪い数です。それは、十二か月の十二数に、その中心点、中央数を加えた数です。中央に十二か月が入っていれば、天地の道理が、循環しなければなりません。しかし、これがないので、すべて混乱し、逆理的混乱世界になっているのです。これを正すということが、天が願っていることなのです。

 ですから、それを知ったならば、千回、死ぬようなことがあったとしても、これを守らなければなりません。この時間を、鉄のような決意をする時間として受け入れるのです。手を下ろしてください。分かったでしょう?
 二番目は、「人権を蹂躙してはならない」ということであり、三番目は、「公金を盗んではならない」ということです。それは、国家財産横領です。

 どこかに行って、ビルから金塊が落ちてきたとしても、それを使えば、横領です。それを自分勝手に使うことはできません。それは、公的な“公金”です。何のことか分かりますね?
 先生は、皆さんが金品を持ってきても、受け取りません。お母様を通して受け取ったとしても、わたしは使いません。それは、毒薬よりも、もっと恐ろしいのです。あの世に行って、がちっと引っかかってしまうのです。

 きょう、この中で引っかかる人がいれば、全員、悔い改めなければなりません。今年(陰暦二〇〇〇年)が終わる前に、です。分かりますか?
 最も恐ろしいこと、憲法の第一条とは何かというと、「純潔な血統を守らなければならない」ということです。汚してはいけません。
 ですから、女性たちは引かれていく素地が多いので、いつもナイフやカミソリを持っていれば、相手の手につかまれた所の近くを、「ええい、どうにでもなれ。」と言って、切ってしまうのです。そのようにすれば、助かるのです。それでもだめならば、自分の首を切るのです。それくらいの心構えが必要です。このように、純潔を守ることは、生命よりも貴いことなのです。

 さあ、理想的な夫婦ならば、自分の夫や妻が、他の男性や女性と、このようにするのを喜びますか? 黒人はどうですか? 白人はどうですか? 白人! どうですか?
 あなたの妻が、他の男性の横に行ってもよいのですか? 横に座っているのは、あなたの妻ですか? 違いますか? 妻ではないですか? 妻ですか、夫ですか? なぜ、そこに座っているのですか? どこに行ったのですか? 夫はどこに行ったのですか? 
 分かりますか? 一番が何ですか? 純潔! 二番は何ですか? 人権乱用禁止! 三番は何ですか? 公金横領禁止です
 きょうのこの記念日に、天の国の王権を維持するために、皆さんが王圏の前に民となるために、また、父母となるために、妻子となるために、兄弟となるために、これが絶対に必要なのです。

 それゆえに、兄を無視することはできません。弟の体が不自由だからといって、弟を無視することはできません。親戚を無視することはできません。世の中は、すべて無視するでしょう? 知識があって、有名大学を出たという人は、高卒の人でも無視してしまうのです。これは、人権蹂躙になるのです

 それから、公金です! 国家財産の横領、これは罪です。公金です。先生のポケットにお金があれば、いくらであっても抜き出して使おうとするのは、公金横領です! これは、すべて犯罪です。
 ここにいる郭錠煥氏も、予算を申請すれば、“いくら使います”という中に、何パーセントかは、自分が必要とするものを含めて請求するのです。
 さっともらって、それが余り、「これは、私が使います。」と、報告すれば、かまいませんが、そのままにしておけば、問題が起きるのです。引っかかってしまいます。行く道が、茨の道になり、鉄条網が張られるのです。分かりますね?

 先生は、絶対にそれを使いません。献金されたとしても、それには手も出しません。それでは、どのように暮らすのですか? 自分でお金を稼いで暮らすのです。車が必要ならば、そのためのお金を稼ぐことができるのです。分かりますか?

 ですから、一番目は、「純潔を守りなさい!」です。分かるでしょう? 特に西洋の食口たち。どのようにして、純潔な血統を維持するのか、ということです。では、二番目は何ですか? 「人権保護」です。人権を保護し、三番目は何ですか? (「『公金横領禁止』です。」)
           
 あなたたちは、働きもせずに、“ああ、先生が一月に一度ずつ、一週間に一度ずつ、家に来てくれればよい。”と思うでしょう? かわいそうな統一教会の教会員は、何人にもならないのに、どうして、ここに来て、補ってあげるのですか?
 ここに、問題を抱えた人たちが来て、規則も守らずに、楽な所に行って寝ようとするのは、すべて横領です。公的な環境を破壊します。国家財産を横領することと同じだというのです。分かりますか? 恐ろしいのです。
 そのように生きる人は、いくら、うまくやろうとしても、できません。そのように生きてみなさい、というのです。いくら神様の前に祈祷しても、伝道できません。人が門の前に来ても、戻っていってしまうのです。

 負債を負う人は、すべての天下が嫌います。分かりますか? あなたは、負債を負うのが好きですか? 父親が負債を負うのが好きですか? あなたの親族の中で、金キム氏なら金氏の家門の中で、問題を起こして、負債を負うことを好む人が、どこにいますか? 後から捕まえて、逆さまに刺し込まれるというのです。そのような時が来るのです。
 この三つです。分かったでしょう? この三つです。一度、数えてみてください。内心で決意したことを、一つ、二つ、三つ。一つ、二つ、三つ。一つ、二つ、三つと、何度も数えてみてください。そのようにしますか?

 純潔の平準化、人権の保護、それから国家財産を横領しないこと、すべてを理解して、それが習慣にならなければならないでしょう? 口さえ開けば、目さえ開ければ、そのような言葉が出てくるようにしなければ、そのような正しい行動はできません。もう、すべて話し終わったでしょう? 一所懸命に話したので、十時に終わるようになりました。

 さあ、これだけはしましょう。分かりますか? これに付け加える話をするとすれば、わたしが生涯、愚かな人や、ありとあらゆる人を連れて生きてきたので、何らかの事情がないでしょうか? 皆さんが生きていくにおいて、何らかの事情がないでしょうか? そのような事情が多いはずです。
 しかし、そのような法に引っかからないようにしようと努力すれば、抱えているすべての事情に、すべて打ち勝つ人になるので、先生が言わなくてもよいのです。アーメン! (「アーメン!」)終わりました。

 さあ、それでは、どのようにしなければなりませんか? どのように生きていくのですか? 幸福に暮らさなければならないでしょう? 一人で生きていくことを、「幸福に暮らす」と言うのですか? (「共に生きなければなりません。」)共に生きるのですが、幸福に暮らすことの中には、何があるのですか? 神様の公式法度として立てられたものの中で、幸福に暮らすことができるのです。

 それでは、どのような環境、どのような人たちとともに暮らせば、「幸福に暮らしている」と言えるのですか? 簡単です。それも三つです。父子関係、夫婦関係、兄弟関係。兄弟関係は、夫婦の前では子女になるのです。ですから、子女関係であり、兄弟関係です。
 それゆえに、自分の家庭を中心として、父と母がいて、それから、自分たち夫婦がいて、息子、娘がいるので、兄弟関係と、そして、父母の前に自分がいれば、兄弟関係と同じように、親族の四親等、八親等が、すべて自分に連結されてくるのです。
 ですから、父子関係、夫婦関係、子女関係です。これが連結されれば、兄弟関係は、自動的にできるのです。「子女関係」の代わりに、「兄弟関係」と言ってもかまいません。分かりますか? これが、彼らと一つになって、幸福に暮らさなければなりません。

 幸福に暮らすためには、幸福に暮らすことができるように指導しなければなりません。お互いが手本にならなければなりません。それが、“幸福に暮らす”ということです。手本になっていなければ、それは、不幸せに暮らしているということです。負債を負っているのです。父母の前に、夫婦の前に、子女の前に手本となるように暮らせば、幸福に暮らすことができるのです。

 では、幸福に暮らせば、どのようになりますか? 天の国の王がいて、地上の王がいれば、その王たちが幸福に暮らす家庭を訪問する日が……。毎年、年の初めに訪問しなければなりません。分かりますか? その国で最も幸福に暮らす家庭を表彰する時が来るのです。

 この三つさえ……。今から、この法において、天下にいかなる無念なことがあったとしても、この法に背かず、死の境地、逆賊が押し寄せて死ぬことがあったとしても、これを守っていくならば、間違いなく、天の国の皇族圏に入り、どこに行っても自由、統一、解放の家庭となるのです。





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