阿南信義

第四次アダム圏時代宣布1997年9月11日



第四次アダム圏時代宣布
   1997年9月11日


 一九九七年九月十一目、早朝七時、米国・イーストガーデンにて、真の子女様と教会の指導者三十余名が参加する中、「第四次アダム圏時代」の出発が宣布された。



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第四次アダム圏時代の出発

 今日は何日ですか? 九月十一日です。今日から「第四次アダム圏時代」が出発します。第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムには蕩減が必要でした。しかし、第四次アダム圏時代には蕩減が必要ではありません。そのため、第四次アダム圏時代に入っていくには、安息圏と解放圏が必要です。迫害のない時代に入っていきます。悲しみのない時代に入っていくのです。


 第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムは、神様の恨を抱いてこの地に来ました。そのような恨を第四次アダムにまで抱かせてはなりません。第四次アダム圏時代には、定着時代に入らなければなりません。第四次アダムを中心とした本然的家庭から、天国が始まるのです。「第四次アダム圏時代」とは、アダムとエバが堕落しないで完成し、理想家庭を築いたという、そのような時代圏を言います。ここには堕落や蕩減や復帰といった概念は存在しません。神様の理想が実現する本然の時代を意味するのです。


 第四次アダムは、第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムを代表したアダムです。第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムには迫害がありましたが、第四次アダム圏時代からは、迫害ではなく栄光が、悲しみではなく喜びが、蕩減ではなく理想と歓喜があるのです。この第四次アダム圏時代において、国を探し、世界を探し、天宙を探し、天宙の中に解放圏と安息圏を備えて、神様をお迎えしなければならないのです。第四次アダムから、はじめて安着が始まります。ですから、この家庭から栄光のうちに祝福が天宙まで連結するのです。その時から、はじめて地上天国が出発するようになるのです。


栄進様と亨進様の祝福の意味

 そのような意味において、今回(九月六日)、栄進君と亨進君の二家庭の祝福が、重要な意味をもつのです。真の父母の家庭の中で、一番最後に生まれた二人の息子が祝福を受けるとき、絶対的に真の父母と一つになったのです。自分という概念がありませんでした。すべてを真の父母に委ねたのです。解放された第四次アダム圏時代の理想家庭が出発してこそ、地上天国が始まるのです。そのためには、すべての祝福家庭が、神様の理想と栄光を顕現する、本然的な家庭の出発をしなければなりません。


 地上では祝福を受けた家庭が、真の父母と縦的な関係における第四次アダムの資格をもちます。真の父母を中心とした第四次アダム圏時代は今日から始まるのです。どのようにしてこれを氏族、民族・国家を超えて、世界と天宙にまで連結させるのかということが私たちの課題です。第四次アダム圏時代にふさわしい家庭を築くようになれば、それ以上先生は必要ありません。第四次アダム圏時代に入るとき、はじめて神様と真の父母の安息圏が訪れ、安着できるのです。


何よりも血筋が重要

 第四次アダム圏時代には何よりも血筋が重要です。いかに純潔な血筋を守って保護するかということが最も重要なのです。安着する家庭とは何でしょうか? 嘆きの峠を越えて第四次アダム圏時代に入っていくことを意味します。それゆえ、自分の家庭から世界の天国家庭を奉献するということが、第四次アダムの使命であるということを知らなければなりません。ですから、真の父母は安息圏が必要なのです。第四次アダムが、勝利した第一次アダム、勝利した第二次アダム、勝利した第三次アダムとなれば、霊界から神様がこの地上に臨在せずにはいられなくなるのです。そのような家庭をつくるために、「家庭盟誓」を暗唱し、成約時代の核心となる「三つのみ言」を読み、「み旨の道」を読み、「祝福と理想家庭」を読みながら、自分と自分の家庭の生活を点検しながら生きなければなりません。


 第三次アダムとして来られて第四次アダム圏時代を開いた先生が、お母様一人を探すためにどれほど苦労してきたかを知らなければなりません。お母様を探そうとして家庭がびっくり返り、想像もできないほどの迫害を受けました。息子を奪っていった泥棒、夫人を奪っていった泥棒、夫を奪っていった泥棒、家庭を奪っていった泥棒、国を奪っていった泥棒、世界を奪っていった泥棒と言われ、多くの迫害を受けてきたのです。ありとあらゆる噂を立てられたのです。先生は公義を中心とした迫害世界の大王でした。家庭という家庭が文総裁を消し去ろうとする、恐怖と迫害の歴史があったのです。


 先生は誰なのかというと、迫害時代の王です。理想家庭を中心とした地上天国を築かなければならなかったので、善を中心としてそのような迫害に耐えなければならなかったのです。そうして、先生はついに地上天国と天上天国をつくれる段階にまで至ったのです。サタン世界を超える地獄の王であり、天国の王となったのです。そうなればすべては終わるのです。


天地父母天宙安息圏宣布を宣布

 それで、今朝、「第四次アダム圏時代」の出発を発表するのです。皆さんが第四次アダムとして真の父母のように、イエス様のように、天を愛し家庭を愛さなければならないのです。そのような思想が、皆さんの頭に事実としてぎっしりと詰め込まれなければならないのです。今日、第四次アダム圏時代を発表するまで、先生がどれほど苦労したかを皆さんは知らなければなりません。先生に対する迫害の歴史が四十年間続いたという事実を知らなければなりません。その中で勝利し安息圏を発表したということは、驚くべきことなのです。縦的な八段階と横的な八段階の六十四段階を完全に越え、天地父母天宙安息圏を宣布したということは途方もない事件なのです。


 復帰の公式がそうではないですか? まずは環境を創造しなければなりません。環境には必ず主体と対象があります。その主体と対象は、投入して忘れてしまうことを反復することによって、対応的な相対関係を結んで発展していくのです。復帰するためには、世界からカイン圏がなくならなければならず、全人類が祝福を受けなければなりません。そうして、世界中に祝福を受けない家庭がないようにしなければなりません。皆さんは行く先々で祝福してあげなければなりません。その祝福がどれほど素晴らしく、どれほど尊いものであるかを知らなければなりません。祝福を受けずしては、新しい世界に入っていくことはできません。そこで功績を立てる家庭は、メシヤになることができます。個人的メシヤ、家庭的メシヤ、氏族的メシヤ、それから国家的メシヤになれるのです。勝利的な第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムの基盤の上に、勝利的な第四次アダムが安着するようになっています。それで、第四次アダム家庭が定着するようになるのです。


 皆さんは祝福を受けるとき、サタンやサタン世界から迫害を受けてきたことと思います。復帰の過程にあるのですから、避けるのではなく、前に乗り越えていかなければならないのです。迫害を飛び越えていかなければならないのです。何としてでも越えていかなければならないのです。そのようにして、第四次アダム家庭が出てくるようになるのです。私たちが行く道は、第四次アダム家庭の完成です。私たち祝福家庭の出発点と行く道は、あまりにもはっきりとしています。第四次アダム家庭の完成なのです。「第三次アダムならば第三次アダムでいいのに、また第四次アダム家庭とは一体何なのか?」と思うかも知れません。しかし、第四次アダム家庭から解放が始まるのです。迫害がないのです。


 ここイーストガーデンでも、粛清ではなく、すべてを皆追い出すのです。真実に家庭的に奉仕できるイーストガーデンとして出発しなければなりません。家庭時代に入っていくのです。息子や娘も、自分の家庭で育てなければなりません。そうでなければ、自分の赤ん坊をおばあさんとか、おじさんとか、一人暮らしの人のところに連れていって、食べさせてもらい、面倒をみてもらうようにするのです。


 赤ん坊の面倒も、自分の母親だとか、親戚とか、一人暮らしのおばさんに頼みなさい。今後は、子供の面倒を見させるのに、若者や若夫婦を使ってはなりません。若い人たちは国に奉仕しなければなりません。自分の家庭に奉仕してはならないのです。ですから、家庭から脱落した人、家庭において孤独な人、親戚の中で独身生活をしているおばさんや、おばあさんのような人たちを、自分の家庭のために使わなければならないのです。


 それゆえ、そのような人たちを連れて生活しながら、皆親戚のように生活しなければなりません。「召使い」という概念はありません。「お手伝いさん」という概念はないのです。家族の一員として、一緒に生活しなければなりません。息子や娘、孫たちもそうです。自分のおばあさんだとか、おばさんだとか、一人暮らしの人のところに連れていって面倒をみてもらうようにするのです。原則がそのようになっているのです。家庭的に一つになっていかなければなりません。そのような意味から、祝福を受けたばかりの若者を使ってはならないのです。彼らは国と世界のために働かなければなりません。


 アメリカにはこのような制度がないので、おじいさんやおばあさんが皆デパートに行って働いています。彼らはどれほど自分の家族と一緒に暮らしたがっているでしょうか? おじいさんとおばあさんがいれば、赤ちゃんの面倒を見てくれ、孫を育て、庭の手人れをし、すべてを手伝ってくれるのです。そうあるべきではないでしょうか?


 祖父と父と息子の三人が一つになれば、三段階が定着します。息子の時代に定着するので、ヤコブの時代にイスラエルを中心として、十二支派が横的に発展していったのです。先生を中心として国が一つになれば、このような家庭的困難はありませんでした。本来は先生が家庭をつくったならば、国の忠臣たちが皆保護しなければならないのです。そうなれば、子女たちが勝手にこの世を出歩くでしょうか? 柵の中で、功臣たちに守られて暮らしていれば、何も問題は起きないのです。


 これからは家庭第一主義が来るのです。愛の発展というものは家庭から始まりますね? 氏族もそこから枝が伸びていくようなものです。大きな木となり、さらにまた大きくなって、世界となっていくのです。すべてのモデルが家庭なのです。


 愛の表現として、帰ったら妻にキスをしてあげ、胸を触ってあげ、至聖所を触ってあげなければならないのです。蘇生・長成・完成です。夫にはキスをして胸を触るようなことは必要ありません。お尻を触ってあげなさい。お尻を触ってあげると刺激を受けるのです。男性たちも女性のお尻を触りますね? そこにしがみついて生きなければならないのです。しっかりと枝のように接ぎ木しなければならないのです。女性は刺激を受ける部位が多いだけに、たくさん愛してあげなければなりません。愛すれば愛するほど貴く感じなさい。


 このような伝統が立ってこそ、浮気はできないのです。一日も欠かさず、初めて会った時から一生の間………。それは伝統です。それが誇りです。そのようにしてこそ、あの世に行ってもパスするのです。ピアノの弦もピーンとしており、パイプオルガンの弦もピーンとしているでしょう? 世の中の音はみな同じなのです。そのように生きなければなりません。


 毎日のようにそのように生きてきた人間が離婚することができますか? 結婚して恋しがるものは何ですか? それは一緒に暮らすことですか? 希望に溢れて灯ったろうそくの火に、つぼみのように、電気が入ったように輝くものは何ですか? 結婚して一番最初に何を求めていきますか? 初夜の晩に祝宴でもしますか? 栗を食べるのですか? 布団の中に入って、何を求めていくのですか?


 ですから、み旨で海外に行く時には、お互いにしっかりとつかんで祈祷してから行かなければなりません。愛の終着点がそこから始まるのです。理想的な本郷の地に飛んでいくために、夫婦の愛よりももっと大きな愛と世界を探しに行くのです。不幸な女性としてではなく、不幸な夫としてではなく、幸福な夫として送ってあげるのです。至聖所を中心として出会ったので、それをしっかりとつかんで送ってあげなければならないのです。至聖所を中心として愛が交差したので、それをしっかりとつかんで愛し合い、終始変わることがなければ真になるのです。


 嫁に行く女性はほかのことをしに行くのではありません。男性をしっかりとつかむために行くのであり、男性は女性をしっかりとつかむために行くのです。出発ですから、一生の間しっかりとつかんで、仲たがいすることがないように、喜びとして生きたその時間と、その時間に表出化した生活態度、私の一生がそのような環境で生き、そのような始めと終わり、出発と終着点で、天国に移行していかなければならないのです。ですから、その女性が天国に行くときには、霊界に行くときには、その胸中で夫に侍りながら行くのです。霊界に行って、妻を愛し夫を愛した人を見ると、その下に小さく、写真のように男性が入っているのです。それは誰でしょうか? 自分の夫なのです。それゆえに誰もが化身体なのです。男性の中に女性の性稟が入っており、女性の中に男性の性稟が入っているのです。それは原理そのものです。そのようにこれから生活しなければなりません。これが第四次アダム家庭に先生が与える最高のプレゼントです。


 また、三代が同じ場で愛し合わなければなりません。おじいさん、息子、孫、これが神様の一つの体です、三代。三代を経て、今はアダム三代を経ますね? ですから、おじいさん、お父さん、自分の三代が愛し合わなければなりません。おじいさんが教えてあげ、父が教えてあげ、夫が教えてあげなければなりません。そして、嫁に来る女性には母親が教えてあげなければなりません。三代の母親が教えてあげ、理想的な家庭としてつくりあげていくのです。それが創造理想です。ですから、祖父や祖母よりも、父や母よりも、私たちはもっと幸せに生きていこうというのです。


絶対純潔が原則

 絶対純潔です。フリーセックスではありません。絶対貞操です……。それが原則です。三代が共に愛し合うのです。神様はアダムの体を使おうとされ、イエス様の体を使おうとされ、再臨主の体を使われるのではないですか? それが三代です。


 これで、第四次アダムの定着する世界が地上天国であるという話が、耳にしっかりと入りましたか? 世界で一番の家庭になろうという欲望を、皆もっています。主人は自分が育てた木になる栗の実よりも、ほかの木になる栗の実の方が実っていれば、その実を種子とするのです。先生に直接侍っている栗の木の実がみなしっかりと実っていない反面、み言をもって遠くで暮らしている人たちの実がよく実っていれば、その実を種子とするのです。先生の近くで侍っているからといって、その責任を果しているとは言えません。先生の近くで侍っているからといって、決して良いことではありません。真実に侍るならば、今後先生の子孫と皆さんの子孫が結婚するのです。


 動物と違って人間が尊いのは、伝統に従うからです。先祖に仕える法を知っているのです。現実よりも未来を重視するのです。したがって、自分がいくら立派であっても、自分の息子や娘がより立派になることを願うのであって、出来が悪くなることを願う人はいないのです。そうでしょう? 未来を考えるのです。立派な先祖に仕え、その立派な先祖よりも、さらに立派になろうとするのです。先祖が願っていた未来世界を代表する指導者の立場に立って、先祖の恨を解いてあげるのです。連帯関係でつながっているのです。


 真の父母の思想を中心として、千年も万年も行くようになれば……、他の思想ではなく真の父母思想を中心として代表家庭となるならば、歴史的なすべての先祖が、その代表家庭の座を起点として、善なる子孫を保護し、善なる子孫を導くことができるのです。


 共同責任が連結しているということを、皆さんは今まで考えたことがないでしょう? 次の未来に対しては、皆さんの家庭が恵みを残してあげることができるのです。その家門全体が国の中心となって、何か残ることをするのです。そのようになった人は、天国に行ってもその主流国家基準に立っているのです。

直系の父母が直系の子女を祝福できる時代

 今日から「第四次アダム圏時代」が出発します。言い換えるならば、第四次アダム圏時代は真の父母がつくり、その宣布の日が正に今日であるということです。三百六十万双の予備祝福の勝利的基盤の上に、「天地父母天宙安息圏」を宣布しました。この安息圏宣布が非常に重要なのです。この宣布によって、アダム家庭圏の世界復帰が可能になったのです。神様が解放され、真の父母の解放が可能になったのです。これからは、強腰で突き進んでいかなければなりません。私たちが行うことに対して何か言うようであれば、これからは受けて立たなければなりません。


 この宣布が可能となったのは、三双から出発した祝福が十二番目の峠を越える、予備祝福の基盤が形成されたからです。三百六十万双の祝福が分水嶺でした。三百六十万双の祝福は、蕩減復帰時代における完成祝福として理解することもできます。これからは下り坂です。三千六百万双の祝福に続いて、三億六千万双の祝福が行われたのちには、人類の平準化時代が訪れるのです。その時代には、直系の父母が直系の子女を祝福できるようになります。アダムとエバが堕落しなければ、神様が彼らを祝福し、彼らの子女はアダムとエバが直接祝福するはずでした。


 三億六千万双の祝福が終われば、地上と対応的関係にある霊界が地上に降りてきて、協助する時代に入ります。真の父母は第四次アダム圏時代をつくられましたから、祝福家庭としでこの時代に生きる人は皆、第四アダムになります。この時代に生きる祝福家庭は孝子・忠臣・聖人・聖子の道を行かなければなりません。そのためには絶対信仰・絶対愛・絶対服従の生活をしなければならず、神様の属性に似た絶対・唯一・不変・永遠なる個人・夫婦・家庭をつくらなければなりません。この時代の祝福家庭において何よりも重要なことは、第一に血筋を守って保存することです。第二は、この血筋を守るために絶対性を守ることです。


 祝福家庭は皆、世界の完成のために生きなければなりません。そのためには、個人完成から夫婦完成、子女完成、兄弟完成の過程を経て、究極的には家庭完成の道を行かなければなりません。そのようにしてこそ、第四次アダム圏の家庭が定着し、地上天国と天上天国が築かれるのです。先生はもう祝福してあげることが嫌になりました。これはもう先生が祝福をしなくてもよいということではないでしょうか? 今行っている予備祝福は、今後、親が自分の直系の息子や娘を祝福してあげる練習です。

 これからは、統一思想に出てくる教育論の中で、心情教育が七〇パーセント以上を占めなければなりません。霊界では心情の基準に従って位置が決定します。本来、信仰の道は仕方なく行くのではなく、喜んで行かなければならないのです。




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