阿南信義

天国創建



1986年、荒野40年路程を勝利された真のお父様は天国創建を開始され、モーセの時のイスラエル民族と同じようにカナン定着の摂理が始まりました。
イスラエル民族は定着時代を迎えながらも、周りの異邦人の思想と文化の中に埋没して、サタンの思うがままになってしまいました。

神が訓練した荒野路程の内容を忘れてしまったからでした。

今の時は、二代王様を中心としてカナン定着をなす、同じような摂理を迎えているように思います。
お父様が勝利された40年荒野路程の内容と心情を中心として、二代王様の心情の方向性と一つになる道が私たちが生き残る道であることを感じております。

それゆえ、
お父様の1986年神の日のみことばはそのカナン定着のために私たちに必要な重要なみことばであるように感じる者です。
その時のみことばを下記に記載します。

みことばは永遠であり、絶対的です。


真のお父様のみことば  天国創建 1986年1月1日

 今年の年頭標語は「天国創建」です。今までは「祖国創建」でしたが、天国を創建するには公式があります。その公式は何かといえば、カイン、アベル問題です。歴史路程において、カイン、アベルの問題です。もし堕落になかったならば、アダム、エバが長子、長女となって本然の神の直系の子女となったはずでした。しかし、堕落することによって、長子の立場を奪われてしまったのです。アダムは長子の立場を奪われてしまったのです。これを復帰するためには、サタンが上にあり、神が下になり、次子を神が取って、長子の立場を復帰する歴史を展開してくるのです。これが個人から家庭、氏族、民庭、国家、世界に至るまで、長子権を復帰しようとすれば、そのままではできません。長子は兄でありますが、兄を次子にし、次子が兄にならなければなりません。そういう道理はありません。

 堕落しないで長子が長子として生まれたならば、その父母の系統を受け継いで父母の代わりに次子を指導することができるのです。そのために長子の権限は、次子を支配することのできる立場です。それで今まで、堕落した後にサタンが長子を取ったので、次子を支配できる立場に立ってきたのです。それで、これを復帰するためには、強制的に復帰することはできないのです。愛をもって、その長子権を復帰するためには、サタンの愛以上の愛がなくては帰ってくる道がないのです。このことを知らなければなりません。サタン側の愛、堕落した愛、堕落した父母あるいは堕落した兄、彼らがもっている、堕落した世界がもっているすべての愛は、サタン圏に属した愛です。このサタンの愛というのは何かといえば、長子圏に属する愛なのです。

 では、これまでこの世のすべての人々が属しているその愛、あるいは夫婦の愛、父母の愛、子女の愛とか、愛というすべての愛は長子圏、堕落圏に属した愛なのです。それでこの長子圏を越えるためには、次子の立場において、逆にこれを蕩減復帰しなければなりません。蕩減という言葉は、そのままに越えることはできません。サタンが必ず代価を払わなければなりません。代価を払わなければ越えることができません。蕩減するのに、何をもって蕩減するのでしょうか? 愛の犠牲、愛の心をもって血を流すところにまでいかなければなりません。それでこの前、話をしたように、旧約時代にはすべての万物が血を流し、神側の人々、神の愛する神の子と神の僕と神の養子とが行くこのとできる道を開いておくのです。これが旧約時代です。それで旧約時代はすべてが万物を犠牲にして神の人々を蕩減復帰するために血を流さないわけにはゆきません。血を流すにも、強制の血をもってではいけません。自ら進んで犠牲の血を流す、そのようなものでなければサタン世界の愛よりも優れたという愛の道を見いだすことができないのです。祭物というのは、そのような意味においてサタン側の所有物を神の側にもとがえす、一つの条件となるのです。

 このような内容をなっていることを歴史路程においてはっきり分かりませんでした。しかし、そのような歴史を経てきたことを知ったので、人間世界では祭祀(さいし)をささげてきたのです。祭物の中には万物の祭物とか、ここには牛とかぶたとか、女性を殺して祭祀を行ったのであります。その祭祀を行うには、どのようにすれば良いかといえば、自分の生命の代わりにささげるのですが、それをささげることによって、自分自身を見いだし、本来の長子の立場を探し出すために、自分自身を犠牲にすることのできる愛の心をもたなければ帰っていく道がないのです。それで旧約時代は、神の人々を探し求めるために犠牲となってきたのです。愛の祭物として犠牲となるのです。自ら進んで犠牲になるこの立場に立てなければ、神へ帰っていく道がないのです。

 新約時代はどのような時代かといえば、イエス様が神の息子として来られ、次にキリスト教信者が養子圏の立場で、キリスト教圏を中心として犠牲となってきたのです。キリスト教圏とは何でしょうか。新約時代は、神の子女、神の人々を犠牲にして何を復帰するための時代であったかといえば、父母様を復帰するのです。そのためにキリスト教は、兄弟であるカイン、アベルのうち長子がサタン側になったので、次子が長子の位置に世界的基準にまで上がっていくのです。そのような世界的使命をキリスト教が今まで歴史を代表してやってきました。それゆえ世界的な迫害を受けながら、キリスト教は今まで血を流しながら、愛をもって奉仕し犠牲になることによって、兄が愛する弟を打ったり、けったり虐待したりあらゆることをやってこれ以上やることができないという限界線に到達したとしても、弟は死ぬまで愛をもって兄に対するのです。ここから回っていくのです。

 イエス様は十字架上で怨讐のために祈りました。今まで先に生まれた人々は長子です。長子権です。あとから生まれた次子の立場から長子権を蕩減復帰しようとするから、全世界の人々を愛したという条件を立てなければならないのです。そして血を流さなければ越えていく道がありません。このような意味から、祭物の代わりに十字架の道理が成立したということをキリスト教信者は知りません。なぜ十字架で亡くなったかという問題を知りません。

 なぜ神の息子が来て祭物にならなければならないかという問題を皆さんは知りました。長子権におけるこのような膨大な誤謬を犯したこの基準を正さなければ、元の根が正されないのです。根が正されなければ過程も正されることができないし、結果も正される道理がないのです。根本を正しておかなければならないため、旧約時代には万物を犠牲にして神の人々を探してきたのであり、新約時代には人々を犠牲にして父母様を迎えるのです。

 再臨主がだれかといえば、新郎が新婦を探してくるのですが、その新郎はだれでしょうか。本来堕落しないで私たち人類が神の愛と神の完全なる人、長子となって、長女であるエバと一つとなって初めて、愛を中心として子女を生んでいたならば、長子と次子の蕩減復帰はあり得なかったのであります。初めに生まれたのが神の長子であり、次に生まれた子もすべて神の子女となるのです。堕落したために、誤った血統を受け入れたのです。それで新約の時代は何かといえば、神の人々を犠牲にして父母が来られる時代なのです。

 再臨時代というのは何ですか。新郎、新婦というのは何ですか。新郎、新婦は本然の父母を探すためのものです。父母を探すことによってカイン、アベルの兄弟が一つになるのです。また一つになるにはどこで一つになるのでしょうか。母の胎内で一つにならなければなりません。どこで逆転しなければならないのでしょうか。外で逆手すれば、
それは根本的な逆転ではありません。胎内に入って胎内からこれを正さなければなりません。それで旧約の歴史の中でそのような役事を通してきたのです。カイン、アベルは兄弟各々成長して逆転したのであり、これをだんだん縮小してエサウとヤコブ時代においては双子です。双子をもって逆転するのであり、次にユダの時代になると、タマルを中心として腹中においてペレヅとゼラが闘うのです。このように闘うという逆転歴史がありました。このような歴史の起源を整えてきたその血統を通してイエスが生まれたのです。逆転させた勝利の土台の上にイエスが直系の血統を受け継いだのです。それを逆転させた起源は二〇〇〇年前であります。サタン世界は個人の基台ばかりではなく、国家基準となっていたので、個人基盤から国家が形成される時まで二〇〇〇年待ち、マリヤの時代になってイエスをみごもったのです。

 イエスをみごもったという事実は初めて人間の世界に神の愛を腹中にはらんだということであり、その時サタンが讒訴することのできない長子権が初めて始まるのです。皆さん、イエスが救世主となり、救い主になる原因はここにあるのです。仏教の釈迦やその他の孔子やマホメットと違う点は何でしょうか。何が違うかというと、イエスはサタンが残していたこの土台を清算して、血統を初めから清めて長子権、讒訴圏を腹中において全部転換して生まれたのです。そのような伝統的立場に立ったので、人間の血肉をもって生まれましたが、初めて人類の歴史路程において腹中から神の長子の位置を取得したのです。それで聖書の中で独り子というのです。独り子という言葉がどのような意味であるかを知らなければなりません。数多くの人々が生まれましたが、人類歴史の中でたった一度イエス様のみがこのような血統を母の腹中から転換して、次子でありながら長子として生まれたのです。

 皆さんはペレヅとタマルの歴史を知っているでしょう。創世記三八章を見ると、舅(ユダ)とタマルが関係をもって生まれるのです。なぜでしょうか。原理を知らなければ旧約時代はすべて妖邪(注:よこしまであやしいこと)になってしまいます。なぜそうであったかということを知らなかったのです。タマルの出産の時に兄が手を先に出したので産婆が緋の糸で結び、手を引っ込めると弟が追い抜いて出てきたので、これをペレヅという名にしたのです。兄があとに出て、弟が兄となったのです。

 腹中から闘うということは、エサウとヤコブの時と全く同じなのです。腹中で二人の子が闘っているのでリベカが神様に、「こんなことでは、わたしはどうなるのでしょうか」(創世記二五章二二節)と尋ねてみると、神様は「二つの国民があなたの胎内にあり、二つの民があなたの腹か別れて出る。一つの民は他の民よりも強く、兄は弟に仕えるであろう」(同二三節)と言われるのです。なぜ大きな者が小さな者に侍らなければならないのでしょうか。なぜそうしなければならなかったかということを知らなかったのです。ですからこの根本を解かなければ帰っていく道を探し出すことができないのです。それで私たちの原理を知らなくてはならないのです。歴史路程の上において長子権復帰を果たさなければなりません。エサウとヤコブがリベカの胎中において、ペレヅとゼラがタマルの胎中において血統が清められ、長子権復帰が初めて果たされたのです。それから二〇〇〇年後のマリアの時代にイエスがユダヤ教の伝統に従い、サタンが既に国家基盤を中心としていたので、国家基盤を整えて生まれなければならなかったのです。

 イスラエル教会とイスラエル国家は、アベルとカインと同じなのです。イスラエル国家は外的で教会は内的です。カイン、アベルと同じです。ではどちらが先かといえばイスラエル国家がカイン的で教会はアベル的ですから、アベル的教会の前にイスラエル国家が屈服しなければならないのです。そうすることによって長子権復帰が果たされるのです。イエスがいくら長子権をもってきたとしても個人的であり、あるいは家庭的な長子権をもっていたとしても教会と国家的長子権へと打って出ることができないのです。それでイスラエル教会を代表してイエスの前に連結するために洗礼ヨハネを立てたのです。洗礼ヨハネとの関係を見ると、イエスがアベルの立場で洗礼ヨハネはカインの立場です。洗礼ヨハネが自然にメシヤに侍り、絶対服従してイエスがアベルの立場でその教団的なイスラエルから長子権を取ったなら、この二つが一つになった基盤の上にだれが連結されるかといえば母親が連結されるのです。聖霊が役事するのです。神の力が役事するのです。聖霊の役事を通じずしては父親に出会う道がないのです。新郎に出会う道がないのです。

 そして皆さんの心と体が一つとなるのです。体は何かというと先に造られましたので、サタン側です。神が造られる時に霊を先に造られたのではなく、体を先に造られたのです。先に造られたのが体であるから、すべてにおいて先に生まれるのは神の原則によって長子権であります。エジプトにおいてなぜ長子を打ったのでしょうか。聖書を見ると長子はみんな罰せられたのです。なぜ次子が恵みを受けるのでしょうか。今まではこの原則を知らなかったのです。この原則が公式となっているのです。それで体は長子権で先に生まれ、鼻に息を吹き入れたあと、生命となったと言われたのです。霊はあとなのです。それで神側はあとを取ったのです。サタンが愛によって堕落することによって長子権はサタンが取り、次子権は神が取って、だれが上に上がろうとするのかといえば、サタンの立場の長子が上にいるし、神がその下にいるのです。これを転換させなければなりません。全世界的に、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天と地においてまで転換させなければなりません。

 そのような関係が全世界歴史を通してつづられてきたのに、これを正すことができなかったのです。しかしキリスト教は、その歴史においてローマ帝国からあらゆる迫害を受けながら、犠牲の血を流しながらも今日、世界の主流の宗教の立場に立っています。世界の父母国歴来られ、自由に長子権復帰を果たし、次子を自由に主管できる世界を形成するために、キリスト教文化圏は発展してきたのです。その時がいつかといえば、第二次世界大戦の時です。キリスト教とキリスト教文化圏を中心として長子権を結束し、次子たちであるキリスト教以外の宗教人や非宗教人たちを全部キリスト教文化圏に吸収することのできる時が、二第次世界大戦直後だったのです。その時、長子権と次子権が一つになればだれが来るかといえば、主様が来られるのです。父母が現れる時なのです。長子権と次子権が一つになれば母親を迎えることがてきるのです。言い換えれば、地上に最高の新婦が現れ、子女を治める立場に立てば主様が来るようになるのです。新郎であられる主が来られるのです。

 それでは、堕落したアダムが復帰されるためにはどうしなければならないか。アダムはエバによって堕落したのです。エバが堕落させたのです。エバが動機となったのです。母が動機となったのです。今まで歴史時代において、なぜ女性たちがこれまで虐待を受けたかといえば、堕落のゆえです。これまで人類歴史、救援摂理歴史において、あらゆる犠牲を払ってきたのは女性たちです。男性によって犠牲となり、子女たちによって犠牲にされてきました。犠牲にされたとしてもその価値を認めてもらえないのです。流されてしまうのです。では女性は、どのような時に初めて解放されるかといえば、本然の新郎に出会って、本然の子女を抱いて、その本然の子女がサタン側と神側に分かれていない、神側の長子と神側の次子として抱く時です。神と夫の前に支配を受けるべきエバが逆に支配してしまったので、これを蕩減復帰しなければならないのです。絶対服従をする立場においてアダムを迎え入れなければなりません。夫を迎え入れないでは神の前に出られないのです。

 キリスト教には、よく信じている人とあまり信じていない人、カイン、アベルがいるのです。これが完全に一つになって、そこに聖霊なる新婦を中心として全部が一つとなり、主が来られた時、絶対服従することのできる体制を準備してきたのです。それがキリスト教文化圏です。キリスト教を中心として見るとき、世界を一つにすることのできる時がいつかといえば、第二次世界大戦直後しかなかったのです。宗教文化圏を中心として一つに束ねて治癒することのできる時が歴史時代にたった一度あったのですが、それがいつであったかといえば第二次大戦直後だったのです。

 キリスト教を中心として、アメリカの民松主義を中心として、その時に教会とアメリカが一つとなって父母として来られる再臨主を迎え入れたならば、アメリカと自由世界はこれほどまでに悲惨にはならなかったでしょう。しかしその責任を果たすことができなかったがゆえに、今日統一教会でいう、真の父母の因縁を結ぶことができなかったのです。カインとアベルを一つにしなければ父母の帰ってゆく道がないのです。それで第二次大戦直後に戦勝国家群がいやが応でも敗戦国を独立させなければならなかったのです。兄弟国家時代に入っていくのです。それらが一つになってこそ、父母様を迎え入れることができるのです。それで先進国が兄の立場で、敗戦国を思いのままに主管する立場ですが、拘束するのではなく解放してあげるのです。同じ立場に引き上げてあげるのです。これが歴史時代にない一つの顕著な事実として浮き彫りにされたのです。父母が来られる、天運の時が来るのでそのようになるのです。

 第二次世界大戦後に、キリスト教とキリスト教の文明を中心としたアメリカが世界を一つにするには、カイン、アベルだけでは一つにすることはできません。父母を迎え入れて父母の家庭を作らなければなりません。父母の家庭から、父母と子女が願う国が生ずるのです。兄弟たちが願ったからといって家庭がつくられるのではありません。父母がいなくては家庭がつくられません。父母と子女が一つになったそのようなところから天国がつくられるのであって、兄弟が一つになっただけでは天国はつくられ得ないのです。

 それでこのような摂理を御存じの神は、第二次大戦直後に世界を一つの文化圏、キリスト教文化圏にしたのです。キリスト教はアベルの立場であり、アメリカはカインの立場ですが、だれが支配しているかといえばキリスト教が支配しているのです。ですからアベル的立場がカインを支配する立場になったのです。それでだれを願うかといえば、主を願うのです。主を願うのですが、主はだれを訪ねてくるでしょうか。新婦を探してくるのです。それで新婦を準備して待たなければなりません。その新婦は母親です。それで長子権のアメリカと次子権のキリスト教が完全に一つとなって母親を迎え入れ、私の国に来てくださいというのです。自分たちが絶対に一つとなって、父母様を中心とした神の願う家庭さえできれば、氏族の編成は問題ないのです。そうではないでしょうか。神の願う氏族編成から、神が願う国家、数多くの国家、神の願う世界は自動的に、七年以内に編成されるのです。これを失ったのです。

 韓国とアメリカは、イスラエルとローマと同じ立場です。ローマは当時太陽神に侍っていましたが、今のアメリカは神側に立っていて、サタン側ではありません。そして韓国がアメリカの保護を受ける立場において、自主独立するのです。立場がそうなのです。ローマはイスラエルのすべてを滅ぼそうとしましたが、アメリカは滅ぼすのではなく、神側の国としてイスラエルのような国を生かすのです。そのように、反対の時代を準備していたのです。そうすることによって、当時イエスができなかったことを蕩減復帰することのできる環境がつくられ、韓国が連結されるのです。

 韓国において延禧大学と梨花大学事件がありました。それは二世を中心として連結していくのです。これを連結すれば、二世を中心として一世のキリスト教と二世が、主従の関係から見れば父子の関係となります。梨花大学と延禧大学を相対的に見るとき、横的関係です。この浜的関係がアダム、エバのようで、これが一つになれば、主従関係は父母たちを中心として一世と二世が自然に一つとなるのです。それは原理原則によってです。一世と二世たちが完全に一つになれば、カインは当然屈服するようになるのです。カインは屈服するようになります。神の保護圏内に入ってきているので、二世アベル圏が一つになる日には一世たちは自然に一つになるようになっていました。イスラエル民族においては第一世たちは荒野において死んでしまったのですが、韓国は神側の保護圏内にあるので、一世が死ぬのではなく二世と共にカナンの地に入っていくことができるのです。これは当然なことです。

 しかし、そのような環境を中心として韓国で連結しようとしたすべてに対し、梨花大学と延禧大学の事件を中心としてキリスト教が完全に一つとなって統一教会に反対したのです。もし朴マリヤを中心とした李承晩(イスンマン)政権、金活蘭が一つになったなら、もちろん朴マリヤは一つとなり李博士とも親しい立場であったので自然に一つとなれるはずでした。そうであれば、アダム、エバ圏を中心として見ると、梨花大学と延禧大学が堕落しない若き男女のような立場になり、(統一教会と)キリスト教とは父子の因縁で一つとなり、家庭的な面において四位基台圏をつくるのと同じようになるのです。その中には個人の家庭もあり、氏族の家庭もあり、民族の編成が始まるのです。そのようにして李政権と完全に一つとなっていけばキリスト教を中心として国が一つとなるので、国家的基準において父母が立つことのできる場が設定されたはずなのです。分かりますか。

 そうなれば韓国を中心として真の父母の理想は、確固たるものとして出発していたでしょう。国とキリスト教の背後にアメリカの国と宣教師がいるのです。国を代表してホッジ中将がいたり、教会を中心として宣教師たちがいたのです。この宣教師たちが反対することによってすべてが狂ったのです。これはイエス時代にユダヤ教が反対したのと同じです。こうなるとレバレンド・ムーンはとんでもない異端となって追放されるのです。荒野に追い出されるのです。それで四〇〇〇年間神が準備したものを、一日にしてすべて失ったのです。これを再び収拾していかなければなりません。

 先生の責任はどうなったかといえば、キリスト教の責任とアメリカができなかった責任および韓国とキリスト教が果たし得なかった連帯的な責任が全部先生に背負わされたのです。韓国においては、国とキリスト教が国家的責任を担っているのです。仕方がなく世界的時代を迎えて、世界的基準においてキリスト教と、その国を収拾しなければならないのです。これが今まで先生がアメリカに行って十三年間闘ったことなのです。それで何をしたかといえば、それほどまでに反対していたキリスト教とアメリカを、ダンベリーの十字架を中心として一つにしたのです。蕩減しなければならなかったのです。二十世紀の十字架がダンベリーです。イエス様は十字架にかかることによって、全部を失ってしまったのですが、このアメリカとキリスト教は神側に立ったのです。サタン側の共産党と対比させてみると、それでもアメリカはアベル側です。神側です。キリスト教文化圏なのです。それが有利なのです。

 それで私がアメリカに行ってやったことは何かというと、統一教会をアベルの立場に立て、キリスト教をカインの立場に立てて、統一教会がキリスト教の失敗したことを全部蕩減しなければならなかったのです。統一教会は定着してはいけないのです。ジプシーの群れなのです。四十年間定着して生きてきた人たちは、カナン福地に入ることができないのです。統一教会の食口の立場に立てないのです。何の話か分かりますか。定着して生きるようにはなっていないのです。定着して生きれば、みんなねじれてしまうようになっているのです。自分のために教会を信じ、統一教会は苦労が多いので出ていく人がいます。自分が豊かになってから教会を助ければいいと思って出ていくのですが、そうはいかないのです。思いどおりにならないのです。それは何を意味するかといえば、統一教会は荒野時代において四十年間にわたってカナン福地を再び探していかなければならず、エジプトに入って苦労する立場に入っていくのです。ですから行く所々がすべてエジプトです。私たちが異邦人としてその国に入り、私たちは次子であるので、その国の人たちはいくら私たちが神側であるとしても虐待し、殺そうとし、血を見ようとするのです。それを怨讐視しては帰ってくる道がないのです。かりますか。怨讐視しては帰ってくる道がないのですよ。

 それで先生の、今までやったことは何かといえば、先生と先生の家庭を中心として犠牲となり、一〇〇の十字架を背負ってきたのです。何を解放するためでしょうか。先生の家庭と統一教会を中心として、神様まで解放しようとするのです。その解放圏が神を解放するためにはサタンがこの世界の端に残っていては神様が解放され得ないのです。サタンが今や完全に後退したといえる世界的版図を構築しなければ、神の解放圏を地上に発表できないのであります。分かりますか、これが原理ですよ。

 では真の父母かこの地上に来て、真の父母と真の父母に従ってくるすべての統一教会の人々は何をするのでしょうか。地上にサタンが讒訴する権限を解消しなければならない歴史的使命があるのです。そのために先生はアメリカに渡りました。すると全世界ば反対するのです。反対されるのです。以前に話しましたが、先生が全世界を否定する以前に世界が先生を拒否するのです。迫害が悪いのではありません。しかし、拒否されるというのは先生が自然に拒否したという立場に立つのです。拒否されるのが嫌だといって、逃げてはならないのです。拒否する人を正面切って、訪ねていかなければならないのです。

 訪ねていって、大胆でなければならないのです。訪ねていけば反対しますが、正面切っていけば行く道を開いてくれるのです。そういう闘いです。そうしながら統一教会は発展してきたのです。言うならば、神の戦法は打たれて奪ってくるし、サタンの戦法は打って失うのです。この世もそうでしょう。一家庭に兄弟と父母が一緒に住んでいて、父母がじっと見ているとき、いくら兄であっても、先に被害を与えた場合は、その弁償をしなければならないのです。サタンは先に込ったので悪なのです。先に込った者が悪者です。それで第一次大戦においても、先に打ったものが負け、第二次大戦においても先に打った者が負けたのです。第三次時代においても、思想戦において、共産党が無条件に打ってくるのです。偽りでもって、構わずに打ってくるのです。それゆえ、共産党は滅びるのです。統一教会の文先生は、無条件に打たれるのです。統一教会は、無条件に打たれるのです。国家も政府も打ってくるのです。それでも静かにしているのです。他の人なら闘いを挑むでしょう。だれが勝つかといえば、耐える者です。サタン世界では、だれが勝つかといえば耐える者です。だれが主人になれるかといえば、より忍耐する者が主人になれるのです。これが原則です。今まで皆さんはこれを知らなかったのです。

 どのようにして耐えますか? 悔しくて悔しくて仕方がなくても耐えるのです。そうすればその悔しさ以上の恵みがあとから、そろりそろりとついてくるのです。このような闘いのために、アメリカに渡って、統一教会がキリスト教文化圏で反対され、キリスト教とアメリカが第二次大戦時代に失ったすべての世界を蕩減復帰して、キリスト教とアメリカ文化圏を再び探し立てなければ、世界を救う道がないのです。それで、先生はアメリカに渡る運命にあったのです。

 韓国において、韓国とキリスト教が受け入れていたとしたならば、その時、キリスト教文化圏は七年以内に一つになれたはずです。統一教会の真理がどれほど素晴らしく、文先生がこのように素晴らしい方であるということがうわさになっていたならば、七年もかからないうちに完全に世界を一つにすることができたのです。それができなかったので、韓国が独立するまで三年半が過ぎました。一九四八年のことでした。そして、三年以内に十分にやられたのです。しかしそれができず、南北に分かれ、カイン、アベルに分かれたのです。それでアメリカと全世界か真っ二つに分かれてしまったのです。

 世界的個人カイン、アベル、世界的家庭カイン、アベル、世界的氏族カイン、アベル、世界的民族カイン、アベル、世界的国家カイン、アベル、世界的カイン圏、アベル圏として分かれ、民主世界と共産世界になっのです。そして共産世界自体は一つになってきますが、民主世界は十二支派、十二弟子が闘ったのと同じように、キリスト教教派に分かれて、今日数百数千に分かれているのです。これを再び一つにしなければならないのです。先生はこれを今、一つにしているのです。ヨセフを他の十一名の兄弟が反対し、殺そうとしたのです。それを一つにすることができなければ、エジプトの父母を生かす道がなかったのです。それでいろいろな役事視Nこるのです。ちょうど先生はヨセフと同じです。エジプトに入ってすべての基盤を整えたヨセフのように、滅びようとする十一のキリスト教を生かしてあげるという責任を果たしているのです。それで十一人の兄弟が刃を懐に入れて闘うほどの怨讐であるにもかかわらず、父母を思って、父母を救うために涙をこらえて、神を解放するために、悲痛な場面を耐えて、血を見るような場面を愛で越えていくのです。そこに神の解放圏が展開され民主世界に、初めて神の降臨圏が展開されるのです。そして、その基盤をもって、韓国とキリスト教とが反対したことを蕩減復帰して、同じ水準に上げて接ぎ木するために先生は来たのです。分かりますか? (はい)。

 今やアメリカやアメリカのキリスト教が先生に反対しようとしてもできません。反対すればするほど、どんどん失っていくのです。反対してみなさい。昔は反対すれば自分たちの側が一つになっていきました。これからは理由もなく反対すれば、今まで先生を憎んでいたのと同じように、先生に反対する人を憎むようになるのです。昔は先生を憎むために一つとなりました。今や先生を憎む人たちを憎むために一つになるのです。蕩減復帰ですよ。(拍手) これをはっきり知らなければなりませんよ。分かりましたか?

 イエス様は十字架ですべてを失いました。兄弟を失い、ザカリヤ家庭、自分の氏族を失いました。兄弟を失い、家庭、親戚を失い、氏族、教会、国を失い、世界、天と地、すべてを失いました。それとは全く反対に、ダンベリーの先生はすべてを取り戻さなければなりませんでした。全部を取り戻さなければなりませんでした。

 問題のある家庭であるなら、その家庭から子女たちが分かれ、離れ離れになるのではなく、全部集まらなければなりません。統一教会の皆さんも、先生がダンベリーに入ってから悔い改めたでしょう。三十六家庭も目を赤くしながら祈祷したりしたのです。全部自分たちのせいで先生が入られたのだといって、事実そうでしょう。(はい)。

 統一教会自体から見れば、先生一人の問題のよう見えますが、アベル圏が完全に一つになると同時に、カイン圏までもが先生の主管圏に入って、一つになるのです。そしてカインとアベルが一つになることによって、聖霊、母親が立つことができるのです。イエス様が復活したのちに、弟子たちが完全に一つになりました。一二〇名の門徒は世界の代表であり、七十人の門徒は国家の代表であります。そしてこれらが一つとなつたので、カイン、アベル圏、世界圏を一つにすることによってだれが来たかといえば、母親なる聖霊が来て連結することができたのです。さらに、カイン、アベルが一つになるためには、腹中に入れて、同じ愛の血と肉を同じ方法によって供給しなければならないのです。そうしなくては、そのお母さんの前に本来の長子、次子となれないのです。今までは長子がサタン側で次子が神側になっていましたが、血筋が異なるのです。血筋が同じでなければなりません。しかし同じ息子なのです。系譜は同じです。これをいかにして神の愛を中心として、神の愛と一つになった母の血と肉とを連結するか。これができなくては、真の子女となり得ないのです。ですからカイン、アベル圏が初めて七十人門徒、一二〇人門徒、これは後日一二〇国家の代表として立ち、これが一つになることによって、初めて女性神、聖霊が来て、新郎であるイエスと愛の因縁を結んで、世界は母親である聖霊を受けて、父親の愛の心を受けた子女たちを通して、再び出発するのです。再出発の歴史です。

 それでアベル、カインは双子のような立場に立つのですが、昔は、長子がサタン側であったが、今度は次子が長子となって神側になり、以前のサタン側のカインが次子の立場に立って、長子となったアベルを兄のようにして、絶対に侍らなくてはなりません。この伝統は、だれが立てなければならないでしょうか? 母であるエバが立てなければなりません。分かりますか? そうしなくては帰ることができないのです。神の愛の因縁を、母親の腹中から、父と母が神の愛の因縁を結んで、それを通して血肉の因縁を連結したという条件が成立しなければ、神の国へ帰る道がないのです。このように複雑なのです。

 今日のキリスト教信徒たちは、信ずれば天国に行くというのですが、それほど気が狂った、それほどの泥棒はいないのです。これらのすべての事実を知ってみると、地獄中の地獄に行かなければなりません。死んでごらんなさい。みな天国に行くのだと思っていたのですが、行ってみるとそうではないのです。
 それでキリスト教の歴史において、聖霊が降臨してきたのです。母は地であり父は天であります。イエスは霊的救援しかできなかったので、新郎であるイエスは神の国に行き、母の神が来て、地上人は母のような地において、初めて霊界(イエス様)と一つにならなければなりません。

 聖霊の感動を受けて、イエスが恋しくてならなくなります。新郎であるイエス様を聖霊を通すことによって、私たちの心は恋い焦がれるようになるのです。恋愛する以上に恋しくなるのです。霊的に目覚めて神の国を見ることができるように、霊界の目が開かれることによって、新生が始まるのです。救援というのは、それほど簡単にできると思いますか? 天国に行くすべての道理を経て成されるのです。極めて難しいのが復帰摂理なのです。

 あなたたちははっきり知らなくてはなりません。統一教会の者たちよ、新年から先生が悪口を言うのは、あなた方が何も知らないでいるからなのです。自分を中心として、東西南北三六〇度圏内どこに行っても落第者であるからです。何の内容ももたない者たちが、自分は統一教会員であるとにおわせて騒いでいるのです。

 先生が行く道に皆さんは従っていかなければなりません。天国に入っていく時、あなたはだれかと問われたら、ほかでもない統一教会の信者ですと答えます。では、統一教会の信者とは何ですか? 統一教会とは、真の父母を中心としたグループです。真の父母とは何でしょうか? (アダムとエバは)堕落して偽りの父母となりましたが、真の父母は正に真の父母です。では、どのように真の父母と因縁を結んでいるのでしょうか? 真の父母の血肉を受け継いでいますか? どのように答えますか? そこまでは知らないので、真の父母に聞いてみます? 先生よりあなたたちは先に死ぬような立場なのに、先生と共に死んで、一緒について入るのですか? とんでもないことです。それをはっきりと知らなければなりません。

 アメリカに来て十三年。アメリカでは十三数が問題です。十三年間、十三カ月間でイエスの時失ったすべてを取り戻すのです。先生が韓国で失った、キリスト教とアメリカができなかったすべてをダンベリーに入って取り戻し、さらに、イエスが国家とすべてを失ったものを、すべて取り戻したのです。アメリカが反対しキリスト教が反対していましたが、結局はレバレンド・ムーンの背後につながってくるようになるのです。分かりますか? 世界、すべてが、共産党も反対していました。共産党と先生は闘って、先生は後ろ向きになりましたが、サタンは背を向ければ永久に離別となります。そこで先生が後ろ向きになればサタンは背を向けることはできません。先生が背を向けると、サタンはただ見ているだけしかありません。レバレンド・ムーンが後ろ向きになって、あなた方も後ろ向きに回れば、永久に離別です。ついてこれなくなるのです。しかし、反対していた立場が回れば、同じ方向になるのです。そうなればかえって反対することは押し出してあげることになります。やがてそのような時代が来ます。分かりますか? このような世界史的な時代が訪れるのです。

 統一教会に反対できる時は越えていったのです。統一教会に殉教の歴史はあり得ないのです。それは先生一代で清算するのです。イエスが責任を果たすことができず、元老たちが責任を果たすことができなかったことを、生きている間に、世界宣教国で迫害とか血を流すべき歴史を先生一代ですべて清算するのです。キリスト教が血を流して世界を一つに束ねることができたのと同じく、統一教会自体が先生の生きているうちに、世界が反対しないで従ってくる基盤を整えました。それをダンベリーを中心としてやったのです。先生を一番悪い者、悪いと皆が言っていたのです。しかし分かってみるとそうではないのです。悪いのはアメリカの政府、先生に反対した共産主義者や実用主義者なのです。今やすべて正当化されるのです。

 そのような中においてすべてが一つになる運動が始まるのです。キリスト教を中心とする世界的基盤において、世界的統一教会アベルと世界的キリスト教カインが一つになったので、すべて一つになれるのです。既成教会の牧師たちもみんなどこへ行くのですが? 既成教会の牧師たちは聖エルサレムに行くのではありません。既成教会の牧師たちは父母様の聖地に行きましょうとエルサレムに行こうとする足(の方向)を変えられ、韓国を訪ねてくるようになっているのです。今回ここに来る前にも、数百名が韓国に行くと言いましたが、やめなさいと先生が言ったので、第一次、第二次だけが自分たちで行ってきたのです。キリスト教は二番目です。常にサタンは二番目に入るのです。この二番目だけが一つになれば、三番目は闘わずしてそのまま越えていくことができるのです。それからは易しく解かれるのです。統一教会とキリスト教が一つとなって、アメリカが一つとなる日にはすべてが終わるのです。ですから、アメリカが一つにならざるを得ない基盤を急いで築かなければなりません。

 アメリカの大統領は先生に学ばなければなりません。アメリカの大統領は、先生が支援する人にならなければ滅びます。(アーメン)。(拍手)ですから、そのような基盤をみんな作っておいたのです。どのように自分が逃れようとしても、先生が追う所に追われるようになっています。神が「東に行きなさい」と言えば、嫌であっても東へ行くのです(しぐさで示される)。そしてキリスト教文化圏を中心として、アメリカが一つになった時には、共産党はなくなるのです。そのようになれば、世界中の共産党は私の目の前からなくなっていくでしょう。分かりますか?

 キリスト教を中心として一つになったのちには、共産主義もレバレンド・ムーンによって滅びると思うのです。民主主義もレバレンド・ムーンでなければ救うことができません。既にうわさになっているし、世界はそのように思っているのです。韓国に住んでいるあなたたちだけが分からないことであって、田舎っぺは知らないが、都会の人はみんな知っていますよ。(笑い) 分かりましたか? 原理的観点において、このようなすべてを蕩減して、十二カ国以上の人々が先生をしっかりつかんでついてこなければならないのです。少なくとも二〇〇名以上の人がついてこなければならないのです。何百名来たのですか? このたび壇上にも七十二名のヘッド・テーブルを作り、十二人の代表に証をさせたのですよ。蕩減復帰したのです。世界的に宣布するのです。韓国は眠っているので、全国にいる勝共連合の幹部たちを呼んで、中央を揺ぶるのです。風が吹いたら眠っていた者たちは出てくるのですが、台風が吹いたらどうなるでしょう。

 そういうことをやってきたので、総決算という言葉は、八五年の聖日の「神の摂理史的総決算」という話の中でしましたが、そうするためには、責任分担を中心とした血統の転換をしなければなりません。カイン、アベルは腹中に入って、血統転換をしなければなりません。そのためには、真の父母がいなくてはできません。真の父母がいなくて、兄弟同士だけで天国になりますか? 長子、次子を復帰したからといって、神の創造理想天国ができますか。父母がいなければできません。私一人、個人においても体と心が長子、次子でありましたが、今までは、悪なるサタン側の体が心を支配してきました。今までの人間において、なぜ心と体が闘ってきたのですか。堕落したからです。堕落していなかったなら、心の前に体は絶対服従するようになっていたのです。なぜかといえば、電気でいえば神は発電所であり、それに直結されているのが総電線で、電話機はみなその下にある電線につながっているのです。送電線の下にある電線は糸線のようなものです。堕落したので電線が闘いをしているようなものです。解決方法がないのです。それで父と母の闘い、どこにおいても闘いがあるのです。分かりましたか?

 皆さん、心と体が一つにならなければ父母を迎え入れられません。それは天倫の前の詐欺師のようなものです。統一教会に来たのに、だれかを憎んで来るのは詐欺師です。妖邪な者です。統一教会に入って、父母の前に姿を現すことはできないのです。心が体を屈服できる堂々たる権威を備えてこそ、父母様に対して父母といえるのです。そうでなければ父母といえる資格がないのです。分かりますか。このような立場が完外した男性、女性であり、それを平面的に見ると主体と対象となるのです。男性を長子として見るなら、女性は次子です。二番目に生まれたでしょう。堕落することによってどのようになったかというと、二番目に造ったエバが先に造られたアダムを支配したのです。これはカイン、アベルとして見ても逆になっているのです。この時代に入ってからは、長子の立場にいる兄が次に造られたエバを、強制的にでも天倫の前に従っていけるようにしなければなりません。ですから、妻がみ旨の前に行かないといったら、無理にでも押し出しなさい。分かりましたか? その反対に女性が男性を打つというのはよくありません。統一教会の祝福を受けた家庭において、女性の前に三年間僕の立場をとったのは過去の時代であります。危険千万な過去の時代がありましたが、それはカイン、アベルを蕩減して、弟が兄を復帰する時であったのです。それを乗り越えた今からの時代には、絶対に男性は権限をもって女性を指導しなければならないのです。
 先生はお母様の話を一〇〇パーセント聞いていてはすべてを奪われてしまいます。(笑い)お母様が先生の話を一〇〇パーセント聞けばいいのです。ある時は、年取った夫であっても、荷物を持ったりすることでお母様が十回ぐらい頼めば、一回ぐらいは聞いてあげなければなりません。聞いてあげなければならないとき、「ノー」と言えば問題が生ずるのです。仕方がなく先生の力に余ることでも、休むまいとするのです。それは疲れますが仕方がないことです。

 最近風邪を一緒にひいたのですが、お母様はゴホン、ゴホンとせきをしていましたが、先生は風邪に負けないのです。この風邪よ! このようにして屈服しているのです。男性の権威があるのです。分かりましたか?
 蕩減復帰、皆さんこれをはっきり知らなければなりません。先生が何をしているかをはっきり知らなければなりませんよ。第二次世界大戦直後の韓国において、世界版図の上で、真の父母の権限下において、真の父母に侍ることのできる兄弟を伴って、すなわち世界的兄であるアメリカと、世界的弟の立場であるアメリカのキリスト教が一つになれば、母の懐に抱かれていたでしょう。そのようになっていたならイギリスが母親になったのです。先生がイギリスの母親を連れてきたかもしれませんでした。なぜ笑うのですか? イギリスのお母さんはどんなにいいでしょう。(笑い) このように見るとアメリカはイギリスが生んだ国であり、息子の立場に立つことができれば、言うことを聞くようになっていたのです。自然に一つになるのです。しかし、そうならなかったので、そのすべてのことに対して先生の家庭に破綻が起きてきたのです。様々な問題が起こってくるのです。サタンがすべて奪っていったので、サタン側から国を立てなければ行く道がないのです。それでサタン側の代表エバ国は島国です。天照大神は女性神です。それで日本をエバ国家として立てたのです。アベルはアメリカ、カインはドイツです。日本とドイツは怨讐であり、アメリカとも怨讐です。日本とドイツはアメリカを救うために、一つとなって訓練を受けたのです。蕩減復帰原則にのっとって、容赦がないのです。そのようなことをすべてやって、今回帰ってきたのです。

 一九八六年はどのような年でしょうか。祖国といえばどのような概念であるかといえば、この世的な概念があります。分かりますか? 祖国といえば自分の国という概念であって、そこには天国の概念がないのです。地上世界においてのアベル圏設定を急がなければなりません。それが祖国創建です。これからは何かというと、天国創建です。天国を造ろうとすればカインとアベルが一つにならなければなりません。地上の国と霊界の国とカイン、アベルが一つになった立場に立たなければ天国創建とならないのでこの話をしているのです。分かりますか? 皆さんは、これをはっきり知らなければなりませんよ。それで今年の標語は、「天国創建」です。カイン、アベル圏であるソ連とアメリカがなつになり、次には地獄と天国が一つになるのです。では地獄と天国がいつ一つになりますか? 昨年二月一日に、その門を開ける、開門する式を宣布したのです。お母様はイースト・ガーデンにいました。先生はダンベリーで、早朝三時に祈祷しながら、愛の道理を立てて橋を架けたのです。

 八五年が終わり八六年が始まりましたが、先ほどの祈りによってどのようなことが始まるかといえば、世界が逆に回るようになっているのです。この世が逆に回るようになるのです。時計の針がこのように回って(しぐさで示される)一回りしたなら、これからは逆に回り始めるのです。これまで統一教会はこの世で踏みにじられてきましたが、今年からは、統一教会がこの世界に顕現する時となるのです。(拍手) それで今回のバンケットや蚕室体育館の大会等は、世界がそのように動いているという宣布式なのです。何の話か分かりますか? 日本、アメリカ、ヨーロッパ、全部が一つの方向に向かっていくのです。だれが英雄ですか? レバレンド・ムーンが英雄なのです。(拍手)

 以前に、ソニー(会社)で、激動する二十世紀における人物を世界的に宣伝するため、投票を求めました。そして、レーニン、スターリン、ヒットラー、ムッソリーニ等、数十名を一部、二部の画報として冊子を作りましたが、第一部ナンバーワンはレバレンド・ムーンでした。(拍手) 共産主義よりも優れ、レーニン、スターリンよりも優れ、ヒットラー、ムッソリーニより、どこのだれよりも優れている文鮮明、勝共連合・共産主義に勝つ、と書いてありました。共産主義に勝てば、すべてが成就し得るのです。これで共産主義は終わりですね。そうではないでしょうか? そうしているのですよ。先生がそれを宣言しなさいと言いましたが、時が満ちたので、彼らがやっているのです。そして、アメリカにおいて有名な新聞社の記者たちが、八五年度における重大ニュースの中で、宗教界を代表した人はだれでしょうかという問いに対して、全員がレバレンド・ムーンと答えたのです。(拍手) 宗教界や、その他においても組織編成をなし、短時日内において世界のすべての大物で偉大な人たちを負かすことのできる人はだれでしょうか? レバレンド・ムーンです。(拍手)

 見てみなさい。昨年の十二月には、天の願う方向に中共も動きつつあるということです。(拍手)それが何の話か分かりますか? 「現代」グループとか「大宇」グループとかが大きなことを言っていますが、彼らが中共に行ってやることができますか? ぴったり的を射なければなりません。そうする才能が必要です。三十年間精誠を尽くして宇宙船を造り、月に向けて発射し、月に着陸して戻ってきましたが、それよりももっと難しいのです。分かりますか?(韓国)統一産業を造る時、ここに座っている人の多くが反対しました。宗教指導者がなぜ工場を造ろうとするのですか。私たちは食べられない者に御飯を食べさせてくださればいいのに……。どれほど多く文句を言ったでしょうか。今まで赤字できたのです。そのまま放っておいたなら工場はつぶれていたでしょう。それを造らなかったなら、大韓民国の威信が地に落ちていたでしょう。

 ドイツは滅びていくのにドイツの工場を買うとかいっていましたが、それは先生はすべてを知っていたからです。先生が言ったように八五年までに全部買っておいたので、ドイツの工場界においては仕方がなく、生きる道はレバレンド・ムーンについていくしかないので、そこへ行く門を知るようになるのです。その門を見ると、レバレンド・ムーンは門の外にいるのです。良い時代を迎えているのです。夢のような話ですよ。ここにいる者の中で、まともな精神をもって先生の話を信じていたものは手を迎げてみなさい。

 四十年前に先生が一人で監獄に追われ、どこに行っても隠れる所もないほどに悲惨な立場に直面している時に、あなた方は大きなことを言っていましたが、今はどうですか。今になってみると、先生が話した何倍も成就しているのです。話したことが指の先ほどのことであるとすれば、成し得たことはこぶしより大きいのです。それが本来に成されたので、今や目を皿のようにして、欲心が現れ、欲心の魂となって騒いでいるのです。この者たち! 刃を取り出して打たなければなりません。分かりますか?
 天国に行こうとすれば、何をしなければならないと言いましたか? 父母様を迎え入れるにはどうすると言いましたか? 本然の創造された心と体が一つとなって、心が長子となり、体が次子とならなければなりません。堕落というのは何かというと、体が長子となり、心が次子となったのです。心の中で神がいないと否定しますが、これを打ってでもやらなければなりません。統一教会に入教して、父母様と呼べるようになるには、心が兄となって体を支配することのできる権限を持って、本然の父母に対して呼べる本然の人とならなければなりません。分かりますか? (はい)。

 その公式歴史を今、アメリカが歩んでいるのです。アメリカではレバレンド・ムーンは、現代史の中から抜くことはできないのです。他の人を抜いたとしても、レバレンド・ムーンは抜くことはできません。蕩減復帰の道を厳守したいのです。分かりますか? (はい)。間違いなく四十年失ったものを探してくるのです。四十年間前には、キリスト教とアメリカが一つになっていたのです。それが韓国を抱き、統一教会を抱いていたならば、世界は七年で終わるはずでした。このような問題を四十年かかって、ヤコブから再臨までの四〇〇〇年の再蕩減歴史を四十年で全部家庭圏から蕩減復帰して、千辛万苦して牢獄に入って一つにしてこなければならなかったのです。そのような使命、召命を受けたので、先生は命を懸けてその闘いをしてきたのです。

 そのような歴史の前にあなた方が自分勝手に行動したので、あらゆることが起きたのです。これから先生は、そのような人たちは見ません。法で治めます。分かりますか? (はい)。そのような時代、そのような時となったので、八五年度に摂理史的総清算、総蕩減をして、神が地上に訪ねてこられることができるのです。レバレンド・ムーンを訪ねてこれるのです。レバレンド・ムーンという名が世界中に知れ渡ったり、レバレンド・ムーンに反対しない所には神が共に同行することができるのです。(拍手) まだ完全にできていないと思わないでください。世界人類が四十億いるとすれば、三分の二以上が先生を支持することのできる圏は既に越えているのです。それはどうしてかといえば、アジア人、黒人、スペイン系の人たちは全部先生の側です。分かりますか? アメリカが白人の代表として反対することによって、アメリカ側にいたインディアン系、スペイン系、黄色人は全部先生の後ろに集まるようになったのです。何の話か分かりますか。アジア人だけでも二十三億です。それでアメリカさえ立ちふさがらなければ、終わりです。今整備状態として進行していることを知らなければなりません。

 そのような時期であるのでそのような人たちが方向を見いだして韓国に訪ね、全世界が韓国を訪ねてこようとします。だれが先に韓国に来ましたか。アジア人たちは近いので、アジア人たちが先に来ます。アジア人たちの間に道が開かれるので高速道路を造り中共と北韓を開いて日本との道を造ろうとするのです。ですからハイウェイを造りなさいと宣布したのです。先生はアジア人たちの来る道を造ろうと宣布して、今まで準備したのです。アジア人たちが先生を訪ねてくるためには道を整えてから来なさい。あなた方が先生に会うためには道を造ってから訪ねて来なさいというのです。分かりますか? (拍手) そのようになっているのです。今回も日本人が多く来たでしょう。まず日本人と次に中国人です。アメリカで使っていたお金を中国で使えば中国人たちは、朝夕に「シェー、シェー」と言うでしょう。アメリカ人たちは黄色人を、レバレンド・ムーンを横目でちらっと見るのです。

 では先生はアメリカに行けばいいでしょうか。アジアにいればいいでしょうか。(アジアです)。一番高い頂上に上って天の国の橋を架けなければならないので、アメリカより高いならアメリカを捨てて中共に乗って上がっていくのです。そうではないでしょうか。なぜこのような話をするかといえば、歴史を蕩減するために、先生は天から選ばれた優れた人であるから四十年間一人で、このことを成し遂げたのです。優れていなかったらこういうことを成せたでしょうか。先生は選ばれた人であるからこのようなことができるのです。(拍手)

 人々がどれほど反対したとしてもレバレンド・ムーンには勝てないのです。なぜかといえば神様が保護するからです。(拍手) 神様が先生を保護しているかどうかは、彼らは知らないのです。しかし先生は骨から肉から細胞からすべて知っているのです。だれがより知っているでしょうか。お母様がより知っているでしょうか。先生がより知っているでしょうか。先生がよりよく知っているのです。後退する立場においてでも後退しては大変なのです。そういうことを知っているので、滅びる所においても滅びません。サタンが銃の引き金を引こうとする時、その瞬間に先生は通り過ぎるのです。(拍手) どれほどあきれ、たまげるでしょうか。サタンの子女たちは行ったり来たりしますが、先生は一度にさっと通り過ぎるのです。再び現れないのです。それで才致(注:才知のすばわい働き、気転)をもって、今回も行事をする時、二週間のうちに稲光が走るように急にやってしまったのです。さっと過ぎてしまったのです。サタンがうろうろしているうちに、すべて終わったのです。稲光のように早くやってしまうことにおいてはチャンピオンです。よく訓練されているのです。生き残るためであるから、どれほどよく訓練されていることでしょう。(笑い) 生き残ることは易しいことですか。この世が総射撃をするのに、その中から生き残ろうとすれば、逃げる道は四方みなふさがれてないので、飛び上がるしかないのです。サタンは飛び上がるとは思っていなかったのです。飛び上がれば降りてくると思っていましたが、降りてきて自分の立っている真後ろに来るとは思っていなかったのです。(笑い)

 先生がアメリカに行って闘うとき、彼らにやられて倒れ監獄に行っても敗者になるとしたなら、初めから行きもしません。だれを信じて行ったのでしょうか。(神様です)。いいえ、レバレンド・ムーン自身を信じていたのです。(拍手) レバレンド・ムーンは昼と夜をはっきり知っている人ですよ。皆さん、いつ真夜中になったか知っていますか。時計が鳴ることによって知るのであって、十二時一分前、二分前などはいつから新年であるかどうか、その境界線は分からないのです。鳴ったというので、みんながそのように思うのです。

 先生は間違いないのです。それは生理的に知っているのです。眠っていながらでも知っているのです。どのようなことがこの世に起きているかを知っているのです。それで大きなことができるのです。分かりますか。事件の問題に対処していく時に、「それではいけない。そうしてはいけない。大変です。絶対駄目です」と幹部たちが先生に報告します。しかし、先生は、先生の行くままに行くのです。

 堕落した世界に、真の父母が神と神の解放圏を築き上げる以前に、その時に真の父母の前に子女がいるでしょうか。神様が解放された、サタンに侵犯されていない解放圏のない所に子女が生まれたでしょうか。子女がいましたか、いなかったでしょうか? (いませんでした)。その時、先生がいましたか、いなかったでしょうか? (いませんでした)。もし先生がいたなら神であり、子女は絶対にいないのです。父がいるとしたら神様です。ですからここにいる。まだ生まれていない子女のような者に何を聞くというのですか。尹博士に相談しますか。李博士に相談しますか。ここにいる朴普煕(パクポーヒ)に、郭錠煥(カクチヨンフアン)に相談して神の国を造ろうと考えること自体どれほど気持ちの悪いことでしょうか。先生はそれほど愚かではありません。あなた方の世話になって、難しい問題を対処するのではありません。あなた方は生まれていない者のようであります。これからは天国を建設するまで、先生がだれかの話を聞いたら滅んでしまいます。

 天国家庭の出発は真の父母から次に子女を立てて、これが連結されて始まるのです。すなわち真の父母に絶対服従するという原則において国家、世界へ出るようになっているのであって、子女たちが先に出るようになっていますか。
 生まれた子女たち(真の子女)はよく知っておきなさい。これからあなたたちはお父さんが亡くなるようなことがあっても、お父さんがこれまで教えてあげたすべて、成したことを絶対視する伝統を守護する子女とならなければ、地上天国を造ったとしても自分たちの思いどおりにやったら滅びます。はっきり知らなければなりません。

 み旨においては先生に進言するな! 事業においては先生は聞いたりしますが、事業もそうですよ。ほとんどを先生が決定します。先生は、滅びるようなものであるか、栄えるものであるか、話を聞いただけで分かるのです。時間の長短の差異はあるけれども、うまくいけば早く成功し、うまくいかなくとも滅びません。ですから先生がやったもので失敗したものはありません。
 みんなが「統一産業はどうだ、文先生のやることはよくない、統一産業失敗」とか言っていましたが、何が失敗ですか。あなた方は一年、二年を見ていますが、先生は十年、二十年を見るのです。宇宙船が月に至るためには、月がまだ東にある内に北から西に向かって発射しなければなりません。月を見て発射するのではありません。

 球形の一八〇度基準を越えるためには、半分戻らなければなりません。そこに行けるまであなた方のやる版図があるので勝手にやってみなさい。しかしこれを越えるこちらの方(しぐさで示される)にきてから、あなた方が手をつけたら、散り散りばらばらになるのです。同じ歴史です。今まで統一教会を勝手に打ったり、勝手にやってきましたが、これからの時代においては、先生が命令する時にはどのようなことでもやらなければなりません。先生は暴君ではありませんが、善なる目的を中心として、愛を中心として、論議するようになれば、死ぬ者が多いでしょう。

 なぜ先生はこのような話をするのでしょうか。今までどれほど陰口を言われたかしれません。それはどれほど切なく、どれほど苦しかったでしょうか。イエス様も言われたようにあなた方が地上のことを信じないのにどうして神の国のことを信じられるかと言ったのと同じ心情でした。何の話か分かりますか? (はい)。それで一人でやってきたのです。従ってきながらも、後ろから足をけったり首をつかんだり、統一教会を信じて落ちていった者たちは、あらゆることをしたのです。やりたかったらやりなさいというのです。サタンが東西南北、四方八方からやったのに対し、先生が共産党のように復讐心をもってやったなら、死のなだれが起きてくるでしょう。先生の目を見なさい。きつい人です。先生がもし神様を知らなかったなら、暴君になれる素質が濃厚な人です。心が不義に対して耐えられないのです。そういう面で先生を寂しくさせてほしくないのです。今までやるせない思いにさせ、苦しい思いにさせた習慣が、これからの世界に残ってはいけません。今までと違わなければなりません。新しい決意をしなければなりません。それで一九八六年は天国建設をしなければなりません。今までの過ちすべてを整理しなければなりません。

 そのように思って、一九八六年は新しい時代に入っていきます。分かりましたか? (はい)。年頭標語は「天国創建」です。天国を造らなければなりません。皆さんの個人天国、家庭天国……。お祈りしましょう。

 愛するお父様。許諾された摂理のみ旨の前に恥ずかしい歴史を残し、自分自身の姿勢を立てることができない不忠、不幸の姿を今見つけ出して、すべてを蕩減させるために、良く、美しく、祭物化させる運動を自分の心と体を中心として展開し、自分の家庭の一員として展開することのできるようなことをこれからやらなければならないことを勧告いたしました。このようなことをこの尊師は歴史において範囲を世界の舞台にまで拡張するために、四十余年生涯をどれほど投入したかという事実を忘却してはならないので、このようなすべての冤痛(カンツウ)(注:悔しくてたまらないこと)なる事実が一つの価値ある基準として、価値ある人格者として、価値ある家庭として、価値ある氏族圏として、天の前にお返しすることのできる反作用的原因を獲得することができるように祝福してくださることを懇切にお願い申し上げます。八五年を忘れて新しく八六年を迎えましたので、これから新しい摂理史的出発を前にして勧告するすべてを銘心して恥ずかしくない過去の生涯を残して、お父様の前に褒められる祖国を造ることができるように引導してくださることをお願い申し上げます。

 許諾されたその日とその時の前に恥ずかしくないように自ら誓いながら、自ら勧告しながら、前進、前進する統一の群れとなることを願い、この時間ここに座っている者はもちろんですが、連結されている全世界の同役者たちと、全世界を中心として地上世界と天上世界に因縁されるすべての霊人たちと、良心的な人士たちが一つの方向を備えて新しい天地運勢の方向に歩調を合わせるように、上下、霊界と肉界が協助してこのことを助けるようにお願いします。すべてがみ意のままに亨通(こうつう)(注:順調にいくこと)されますように、真の父母の名を通して宿願いたします。アーメン。



ありがとうございました。




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阿南信義
Posted by阿南信義

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