阿南信義

ペテロのように



先日、午前中の畑作業を終えて、昼休みの時間のとき、ふとNHKのBS放送で映画の「クォ・バディス」をみる機会を与えられ、あらためてその深刻さを感じさせられました。

なぜかというと、二代王様の4月6日のキングスレポートの中で次のように語られたおられたことが頭の中に残っていたからでした。

「真のお父様を本当に理解するためには、イエスを知らなければなりません。イエスを愛さなければなりません。なぜなら、皆さんの心の中に少しでも真のお父様とイエスに対する分離があるなら、皆さんは神に害を及ぼすのです。真のお父様とイエスは同一のお方だからです。」

イエス様と真のお父様は同一のお方であるという観点から、自分自身の立場もまた2000年前のペテロと同じ立場であるという意識となります。

「クォ・バディス」という意味は、ヨハネによる福音書13章36節から由来によるもので「どこに行かれますか」ということを指しているといいます。

ヨハネによる福音書13章36節
シモン・ペテロがイエスに言った、「主よ、どこへおいでになるのですか」。イエスは答えられた、「あなたはわたしの行くところに、今はついて来ることはできない。しかし、あとになってから、ついて来ることになろう」。


ペテロは最後はイエス様についていくことになりました。

私たちもまた、真のお父様から「天国の鍵」をいただいている立場であり、ペテロと同じ立場が与えられているように思います。

真のお父様のみことば
天国の鍵はなんでしょうか。それはホーム・ チャーチです。それ以外はありません。ではペテロはどうすべきだったのでしょうか。今、私たちは、彼がその体的天国つまりホーム・ チャーチを開くべきだったと言うことを知っています。そして、私たちの言葉で言う、環境を確保できるのです。その後に氏族の編成が成されます。 イエス様が「あなたが地上でつなぐことは天でもつながれ、地で解くことは天でも解かれるであろう」と示されたように、私たちも地上で天国を実現しない限り、霊界での天国も実現されません。
1981.1.1家庭教会は私の天国






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阿南信義
Posted by阿南信義

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