阿南信義

神の国を求めて

真のお父様のみことば  メシヤと我々 1972年4月23日

サタンの世界は打って占領するが、神の戦法は追われ、打たれながら自然屈服させる。天の位置をそのままにして侍るような立場でなければ、神の権威の立場を復帰することはできないということを、我々は、はっきり知らなければならない。

 まあ、こういう立場において、現世において我々の成さねばならない重大な使命は何かというと、国がない。神の国がない。国なき者が本籍をもつことができるか。本籍地がない。日本人は日本の国があるから、日本を本籍の地としてもっているんだけれど、神の摂理から見た場合に、神様の主権国家がないから、神様の国民の登録ができない。宗教登録、これ一つしかもっていない。

 復帰はカインとアベルが一つにならなければ進んでいかない。それは統一発展の公式になっている。カイン・アベルだけでは救われない。カインを救い、カインが進むように後押しして、後ろで戦ってくれる防備圏をつくらなければ帰っていけない。それが原理の教えである。だからカイン・アベルは一つにならなければ、父母を迎える道がありません。 

宗教はアベルの立場であり、国はカインの立場である。だからカインがアベルを殺した歴史を引き継ぎ、歴史的な国家主権者は宗教を殺してきた。そういうふうに結実圏がつくられて迫害されてきた。こうなるというと、宗教を中心として国を自然屈服させて従わせるような勝利の国家をつくらなければ、天国は地上に生まれてこない。それを成そうとしたのがイエス様です。

 イエス様を中心としてユダヤ教とイスラエル民族が一つになったならば、そこが一つのアベル国家だ。だから我々の信仰の目標は何かというと、神の国の民になることである。民にならなければその子供として、自由自在に、万民あるいは万物世界において誇りながら愛される道は生まれてこない。国なき者であったなら、いつも攻められる。即時にやられる立場がいくらでもある。だから神の欲すべき国はいずこにありや、神の足場とすべき国がいずこにありや? これが問題です。





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阿南信義
Posted by阿南信義

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