興南路程の目的と真のお父様の勝利と二代王様
2000年のキリスト教歴史は再臨のメシヤを待ち望んできました。1945年の解放の時を迎えて神様の摂理はその最高のチャンスを迎えていましたが、結果として再臨のメシヤは生きて十字架の道をいかれました。それが興南の収容所の2年8ヶ月の路程となりました。
真のお父様のみことば 1971年12月27日
1948年2月22日、初めて先生は平壌にある刑務所に投獄されました。その後先生は、彼のいる監房へ収監されたので、彼に会うことができたのです。先生が四月に公開裁判に回された後、その監房に収監された時、彼はその監房の監房長でした。もし、彼がそのようなことを口外しようとしたならば、そのように導かれることはなかったでしょう。しかし、彼は先生に会っても先生が、自分が幻で見た人であるとは思いませんでした。先生がその監房に入っても、彼は先生に気が付かず、それで彼はまた幻を見るようになったのです。
白髪の老人がまた彼の前に現れました。その老人は「私が君にその人を会わせてあげる」と言って、彼を宮殿へ連れていきました。その宮殿へ入るために、彼は門を通らなければなりませんでした。そこにはたくさんの階段がありましたが、三段上がっては、敬拝をしなければなりませんでした。これを繰り返しながら、彼は玉座の所まで上ってきました。そこは、あまりにも眩しい光景だったので、頭を上げることができませんでした。
そこでは大きな集会、つまり会議が開かれていましたが、玉座に座っている人が彼に頭を上げるように言いました。そのかたの隣には多くの人がいました。彼は一番末席に座り、頭を上げられませんでした。その時、その白髪の老人が彼に、大きく敬拝をしなさいと言ったので、彼はそうしました。そして、老人に頭を上げるように言われ、頭を上げて玉座に座っている人を見ると、それは先生の顔でした。それで、その次の日から彼は先生に従ったのです。詳しい話をしようとしたら、何日もかかるでしょう。
そのような、霊界からの教えによって、先生は多くの人を集めることができました。ペテロがイエス様を三回否定しましたが、彼らも先生を三回否定しました。毎回天が、幻や夢などさまざまな方法で教えて、彼らを従わせるように役事されました。
そのように先生は、刑務所での二年八か月、イエス様の公生涯に当たる期間を送り、12人を神側に復帰することができました。そのように12人を復帰することで、イエス様が失ってしまったすべての条件を復帰することができたのです。たとえ、その人たちが先生に従おうとしなかったとしても、先生は釈放された時、彼らの位置に、他の人を立てることができたのです。
先生は、自分のやるべきすべてのことを完遂したので、天使長国家(米国)をはじめとする国連軍が北韓を攻撃して、先生を解放しました。それで刑務所を出てきましたが、四人の人が先生に従いました。国連軍が南韓を解放したその条件で、天の運勢が再び民主世界へ戻ってきて、再びキリスト教を復帰するための役事を始めることができたのです。
今現在、亨進二代王様が真のお父様の勝利圏の中でキリスト教復帰の戦いをアメリカで、最前線で実践されておられます。興南解放の精神をもって、自由のために先頭に立って闘っておられます。その心情を相続し、あとに続くものとなっていかねばと思います。

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