イエス様の解放とフランシスコ大友宗麟公没後430周年記念礼拝の実施

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イエス様の解放とフランシスコ大友宗麟公没後430周年記念礼拝の実施

先月の28日、大分県津久見市において大友宗麟公没後430年記念礼拝を行いました。礼拝の前に、津久見市の宗麟公園内の墓地で祈祷と献花をみんなで捧げました。その後、近くの公民館で礼拝を長崎からキリスタン研究家の宮本さんをお迎えして行いました。

 今回この礼拝を準備している期間に真のお父様のイエス様に関するみことばを訓読していて多くの心情を教えられました。

430年前に昇天された大友宗麟公ですが、時はメシヤ再降臨準備時代のはじめの頃でした。宗麟公はイエス様を誇り、愛し、キリスト教の理念を中心とする相当な基盤を確立されました。

また昇天された後のキリスタンの辿る姿を見ながら、イエス様と同じような苦悩の世界を味わっておられた宗麟公であられたことを感じました。
家庭教会摂理、氏族メシヤの目的はイエス様の解放でありますから、当然宗麟公の解放につながることを思うとき、この摂理を早急に勝利しなければならないと決意させられました。

真のお父様のみことば
今日終末のこの時に聞こえて来ることは、「私の生命の叫びを聞く者は誰か?」という言葉です。しかし、神様の生命を引き継いだイエス・キリストの生命の訴えを聞き入れる者は誰か! 天はこのような人を捜しておられるのです。

今までイエス様は万民のために神様の右側で祈って来られました。ところがイエス様が休めず今まで祈っておられたのは、イエス様に何か過ちがあってそうなのではないのです。またイエス様が父の御前に出られない立場に立っておられたからでもないのです。そのすべては私たちのためです。

それ故二千年間苦労して来られたイエス様のため、皆さんは何よりも生命を切ってでも、生命の責任を完遂しなければなりません。イエス様が十字架上で亡くなることによって、生命の責任がこの地上に残っているのです。

この残された生命の責任を完遂すべき時が再臨時代であります。この生命の責任を完遂できる人が現れることによって再臨時代は始まるのです。彼は歴史的な生命の責任と未来的な生命の責任を成し遂げる人であるために、皆さんは最後の戦いで彼と共に戦わなければならないのです。
 1956.5.16 神様の誇りとなったイエス・キリスト

津久見市の墓地で讃美歌「いつくしみふかき」をみんなで讃美
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代表による献花
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近くで記念礼拝を捧げました
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