私は何人を天国に導いて行くや!

イスラエル選民がイエス様を十字架に追いやったあと、その民族がたどった道は悲惨な内容となりました。特に紀元70年の死海のほとりにあるマサダの砦での967人の自決を考えると気持ちが辛くなります。
今、韓国の情勢は極めて、厳しいものです。真のお父様が南北統一のために祈られ、闘ってこられた全てが水泡となって消えていくことを思えば、神様の摂理の厳しさを痛感させられ、「人間の責任分担」という一言の意味することの深刻さを知る者です。
とにかく、できることをやらなければと思います。
まず、真のお父様の心情の原点に返りつつ、使命を成就するべきです。二代王様が「サンクチュアリが立ち上がり、今年には2倍、3倍となるでしょう」。と語られています。
真のお父様の切なる願いである家庭教会氏族メシヤの使命が成就していない状況です。いつまでも勝利できずにいるがゆえに、このような状態となってしまったと言えます。
限られた、残された時間の中で、そのことに集中しながら、この危機を訴えねばと思います。
真のお父様のみことば
天が失ってしまった復帰の基盤であるキリスト教文化圏のアメリカとキリスト教は皆どこに行ったのかというと、悪魔の世界です。英米仏がどこに行ったかというと、皆サタン側に行ったのです。これを取り戻すために、かつて天の側の怨讐であった群れの日本をエバ側に立てなければならず、ドイツを天使長側に立てなければならなかったのです。アメリカと一緒に全部が背信者たちなのです。アメリカはもし神様の前で許されなければ、絞首台で粉々になって消えていくのですが、神様は背信者の最大先知者を選んでアベルの立場に立てるのです。
それを誰が選んだのかというと、第一代の神様が一敗すれば、その神様は再び選ぶことはできません。もし、それができるとすれば、アダムとエバを立てられれば、復帰歴史はなくてもいいということになるのです。分かりますか? 復帰歴史は二代目から、後孫を通して成されなければならないので、二代目の文総裁が責任を持ったのです。私が神様の責任を持ったのです。
神様を、このまま身寄りのない孤独な神様としておくことはできないのです。私の手で復帰しなければならないのです。これが私の決意です。このような立場に立った時の私の心を知る人は誰もいないのです。私の父母も知りません。私が監獄に入った時、「私の息子が監獄に入った」と言って涙を流しましたが、私の心は知らなかったのです。
ですから監獄にいた時、父母や親戚の人たちが差し入れをしてくれたのですが、それは皆おなかの空いた人々に分けてあげて、私は食べませんでした。全部分けてあげたのです。よい服も全部あげました。「息子が寒いだろう」と言って、お父さんお母さんが置いていってくれたものです。
私が興南にいた時、そこは一五〇〇里の道のりで、そこに来ようとすれば一月に一度ずつ十八の証明書を受けなければならないのです。それで私の母が馬鹿にされた話を聞いた時には、とても腹が煮えくりかえる思いをしました。そのような共産党であっても、それでも愛さなければならないのです。
興南がとれほど寒いかというと、小石も震えるほどに寒い所です。みんな薄着をして、全部破れたものを縫って着ているのです。肌着を持ってきてくれる人は誰もいないのです。ですから「綿の服を持ってきてくれた人はどういう方か」と、皆が言うのです。お母さんが見ると、身の毛もよだつ思いなのです。それで、私よりもひどい人々にみんなあげたのです。震えるの同じように震え、飢えるのも同じように飢えるのです。それが悪いのでしょうか、悪いことでしょうか? それは立派なことです。天地の誰よりも立派なのです。誰が見ても立派だと言うのです。
しかし、お母さんが来て私に忠告するのです。「お前のためにこのように準備したのに、それを誰が分けてあげるようにと言ったのか?」と。ですから、私はお母さんを見て、「私は金なにがしの息子ではありません」と言ったのです。私はそんな母を母として立てることができなかったのです。お母さんが「私以上によくやった」と称賛してくれ、もっと願うものがあれば何でも助けてくれなければならないのです。そんな時、お母さんはたくさんの大粒の涙をぽたぽたと流したのです。ですから私は、この世で言うならば親不孝者なのです。全くこのような不孝者のために尽くすお母さんを残して、神様のみ旨に従っていくと言っては監獄暮らしを続けて、父母の胸に引き抜くことのできない千年の恨みの釘を打ったのです。
そして昨年、亡くなった母の墓前に立った時、私は涙の吹き出すのを耐えたのです。サタン世界において涙を見せることはできないのです。「お母さん! お母さん! 私は涙を流すことができません。怨讐たちの嘲弄(ちょうろう)を受けることはできないのです。血潮がわき、骨が溶けるような場で耐える私の心を知ってください」と。私は耐えることには慣れています。訓練されています。
私は南北統一を成して「お母さん!」と言って、面会しながら痛哭(つうこく)できるその日を待ち焦がれている男なのです。これを成す前には死ぬことはできません。 1993.1.1 神の日のみことば
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