興進様と亨進二代王様


個人的な見解ですが、1945年からの40年路程をもう一度、学ぶ必要があるのではないかと思いみことばを探していました。それは次の1985年からの40年期間があと5年となっているからで、それまで天の願いを成就し、勝利をなすためには真のお父様のみことばに帰らなければと考えたからです。

1984年1月に興進様が昇華されたその内容をしっかりと理解せねばと思っていたところに1984年5月1日に語られたみことばに出会いました。

興進様が霊界で長子権を復帰され、王権統一されたいきさつを理解することができます。
今また、実体的に地上で長子権復帰の最前線におられる二代王様が同じような心情を通過されておられるのではないかと。

自分自身、
真のお父様の「愛勝日」の恩恵を35年間受けてきましたが、今一度原点に帰らねばと思いました。



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真のお父様のみことば  「創立30周年記念」1984.5.1

興進様がなぜ霊界に行かなければならなかったかと言うと、それはキリスト教文化圏と、統一教会の歴史的な家庭と、統一教会の信者たちが先生と一つとなることができなかったすべての内容が汚点となっていたからです。先生がこれを蕩減しなくては行く道がないので、代わりに祭物として興進様を立てざるを得ませんでした。真の父母は犠牲となることはできないのです。それは皆さんも御承知のことと思います。真の父母は世界の中心であり、神様も真の父母を犠牲とすることはできません。

 蕩減はアベルがするのであって、真の父母がするという法はないのです。仕方がなくアベルを代表した世界的な先生の二番目の息子の興進様が犠牲となったのです。先生の家庭もこのような原則に従っていかなければなりません。つまりカインの立場が孝進様であり、アベルの立場が興進様です。

神はそのアベルの立場の興進様を供え物として受け入れられたのです。神様はすべての重荷をアベルである興進様に担わせられたのです。先生は興進様が霊界に行かなければならないことを知っていました。しかし、先生は決して涙を流しませんでした。そして興進様に対して、あなたが霊界に行くからには、すべての重荷を持って行ってほしいということで、統一式を行いました。

興進様の体を前にしてユダヤ教とキリスト教と統一教が一体化し、韓国と日本とアメリカとドイツが一つになるように、と統一式を行ったのです。そこで「興進よ! あなた一人でこれらをみな担って行きなさい。縦的にはユダヤ教とキリスト教と統一教会が一つになることができなかったこと。横的にはユダヤ国とアメリカと韓国が一つにならなかったこと。そして摂理的にみたとき、韓国、日本、アメリカ、ドイツが一つとなることができず反対したので、これを蕩減しなければならないこと。このすべての献物としてあなたを捧げたのです。孝進様と私の家庭の統一圏を中心として行きなさい。これですべてが終わりました」と、そのような祈りをしたのです。

 神様に代わり、真の父母に代わって、サタンとの一線において勝敗の決定するこの瞬間に宣布したのです。真の父母の愛をもって、真の父母の愛の圏で神の国の大使として送ったのです。このように深刻なる時、先生は興進様が死んでいくことを考える余地がありませんでした。いかにして神のみ旨を立てるかということだけでした。そして『祖国創建』という標語を立てることができたし、そのために『愛勝日』という日を宣布することができたのです。これ以後は、先生と(興進様が)完全に一つとなったので世界的復活圏、ペンテコステがなされるのです。世界一二〇カ国が復活して先生の家庭を中心として訪ねてくるのです。

 では、なぜ先生がこの興進様の犠牲を勝利へと導くことができたかというと、興進様は特別の人であり、先生の家庭に生まれ、真の父母の愛を地上において十分に味わった人だからです。これは霊界の誰もが味わったことのないものです。ですから興進様が霊界に行ったときには、霊界において真の父母の愛を実感として体恤した唯一の存在となったのです。

 イエス様すらも真の父母の家庭と真の父母の愛は経験することができませんでした。そこでイエス様がカインとなり、興進様がアベルとなって、霊界の長子権復帰は完全に決定されたのです。何の話か分かりますか? 霊界において立場が定まることによって秩序が整うのです。イエス様は新婦を求めるのに二千年掛かったのですが、興進様は四十日以内にこれをなすのです。五旬節以内に祝福をしてあげることによって二千年間のキリスト教の蕩減の犠牲を払うことなく、直ちに地上世界と霊界が真の父母の圏内に入っていくのです。これを知らなければなりません。



みことば「創立30周年記念」1984.5.1


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中曽根さんを想う


<ニュースから>
中曽根氏は、内政面では「小さな政府」を志向して行財政改革などを進め、国鉄(現JR各社)、日本電信電話公社(現NTT各社)、日本専売公社(現日本たばこ産業、JT)の民営化を断行した。
対外的には「国際国家日本」を掲げて積極外交を展開し、当時のレーガン米大統領と「ロン」「ヤス」と呼び合う信頼関係を構築して日米関係強化に尽力した。1983年1月の訪米時のワシントンポスト紙との朝食会では、万が一の有事の際には日本を「不沈空母」にすると発言したと報じられた。
以上




先月の29日、中曽根康弘さんが逝去されました。日本の政治家の中で総理大臣としての功績は歴代の総理経験者と比較しても群を抜いていて、国内はもとより、世界から賞賛されています。
中曽根さんに対しての天の摂理はどうであったかを祈るとき様々なことを思い起こします。

私は1970年代の半ば、群馬県にいて天のみ旨として、勝共の思想啓蒙のために日夜活動をしていました。当時は左翼的な思想が蔓延していて、世の指導者に共産主義の欺瞞を説明するために勝共の思想セミナーを開催したりしていました。

群馬三区は福田、中曽根、小渕という歴代の総理が基盤としてきたところで、いつも激戦でした。そんな中で中曽根さんと何度か、お会いしたことがあります。
頂いた名刺にはただ名前だけ「中曽根康弘」とあるだけの至ってシンプルなもので肩書もなにもありませんでした。
その時中曽根さんが語られたことばを印象的に記憶しています。「君たちは思想がある、その点が他のところと違い強いところだ」と。

実は中曽根さんは大変な読書家でこちらの出版物を読んでいました。その本を通して、勝共の青年が熱心に活動する背景には「思想がある」と見ていたことに驚きました。

中曽根さんは1918年の生まれですので、真のお父様より二歳年上です。そして1982年から1987年の間、5年間日本の総理大臣としての要職にありました。

真のお父様が40年荒野路程を終えられる1985年を前後した期間において、日本の実質的な中心人物であったことは何かしら大きな使命を持っておられたのではないかと思います。

真のお父様が日本の政治家について語られるとき「中曽根」という名前ほど多く呼ばれた名前はないと思います。私も何度も直接聞きました。それだけ神様が中曽根さんに期待されておられ、世界摂理の中で果たすべき、重要な使命があったと思います。

1987年11月、中曽根さんが総理大臣を終えて、その次を誰にするかが問題でした。その裁定を担ったのが中曽根さんでしたが、結果として天の願いとは違う方向となり、残念なかたちとなってしまいました。

中曽根さんを責めるつもりはありません。

真のお父様が本格的に家庭教会の摂理を打ち出されたのが1980年です。それまでにそのみことばを守り、成就していたならばと思うからです。統一の基盤が実態としてあまりにも貧弱であるがゆえに国家的な指導者を動かすには至らなかったと今更ながら、思い起こされています。

1992年3月、真のお父様を日本にお迎えする摂理がありました。アメリカの裁判で有罪となっている人物は原則として、日本に入国できないという法がありましたが、奇跡的にお迎えすることができた背景には有力な政治家の何人かがいて動いたからでした。

後のみことばから、1992年4月からの女性時代を迎える前に、真のお父様が日本に行くことができなければ大変なことになったと深刻な内容を語られておられます。
真のアダムを迎えなければ、エバの立場に立つことはできない原則から、なんとしても日本に真のお父様をお迎えしないといけない理由がありました。
その天的な功績は大きなものです。


今回の中曽根さんの死を通して、「侍る生活」ということについて考えさせられています。原理を知り、真のお父様の偉大さを知ってはいるもののどれだけ天に侍ることをしてきているかということを教えられています。



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真のお父様のみことば 「侍る生活」1975.5.1

それでは侍る生活をしようとするなら、一番最初に誰に侍らなければならないでしょうか。神様に侍らなければならないのです。神様に侍る目的は、結局私が良くなるためのものです。私が良くなるには神様の愛を受けなければなりません。神様の愛を受けないと、どんなに外的に自分が良くなろうと努力してみたところで効果がありません。神様の愛がとどまることができる人にならなくては良くなることができないのです。


今日、私たち統一教会は神様の愛を受けるために信じるのですが、信じるにはどのように信じなければならないかというのです。神様の愛を中心として第二次的な愛の主人のような立場で、霊肉の完成的基盤の上に立ったのが真の父母です。それでその真の父母を中心として至誠をみな尽くす道しかないという結論に達するのです。

 そういう生活が「侍る生活」です。過去には霊界に対して、神様に対して精誠を込めたり祭祀を捧げたりしたのですが、今からはそのようなことをしなくてもよいというのです。

 今では自分の生活が祭祀であるというのです。神様の愛の圏内で美しく生き、その愛を受ける人として権威を立てることのできる生活をすることが祭祀より優るというのです。そのような時になったゆえに、侍る生活を皆さんがしなければならないのです。

では、侍る生活とはどんな生活でしょうか。至誠をみな尽くす生活です。昔は霊的に神様に対し精誠を込めましたが、今日では実体的な父母の前に孝誠をみな尽くすのです。そのように孝誠を至誠の限り尽くす道が国に対する忠誠の起こりになり、万民に対して万国を代表した聖賢の生き方だったのです。


神様の愛はどこから来るのでしょうか。来る秘法は、他のところにあるのではありません。御父母様のために至誠を尽くし、神様のために至誠を尽くせばいいのです。神様のために至誠を尽くせば漠然としているけれども、御父母様のために至誠を尽くせば平面的に運勢が動くので、すべての面で直感的に悟ることが多いというのです。

 例えば、過去のキリスト教徒は上がる時精誠を多く尽くしました。個人で国家基準まで上がることが蕩減復帰路程です。ですから難しかったのです。一段階上がってから間違って一段階落ちれば、上がることができません。そこで巡っている途中で一生を終えるのです。精誠を込めて何段階か行ってからまた落ちれば、そこで滅びるのです。これが国家基準まで上がってくるために、数十万年もかかったのです。ですから霊的な基準を中心として、今までどれほど苦労したかというのです。

 それゆえ昔は、イエス様を信じても道に通じるのが真に難しかったのです。直接指導を受けるというのは真に困難でした。ましてや、愛という心情を感じることは真に難しかったというのです。それが原理的にあり得たでしょうか。堕落圏であるのに、本然の神様の愛がとどまることができますか。



みことば「侍る生活」1975.5.1


2017年にペンシルベニアに行ったとき、米日家庭の聖殿シックの家庭を訪問しました。そこに行った時に本棚に「原理本体論」の本があり、伺ったところ日本の聖殿シックが無料で送ってくれたということでした。後日その贈られた本人に話を聞いたところ、「みことばは万民のものである」という真のお父様のみことばを実践しただけだと言われて感動しました。

みことばをリンクさせていただいているのは「みことばは万民のもの」という実践を少しでもという動機です。



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真のお母様はイギリスの女性から選ばれていた


真のお父様が1945年からの40年荒野路程を終了する1985年を迎えるのを前に、世界的最後の牢獄のダンベリー刑務所(1984.8.20収監)に行かれ、十字架の蕩減の道を通過されました。それでそこに収監される二ヶ月まえ、「愛天日」を宣布(1984.5.16)され、神様の摂理の内情をあかしされています。

そのみことばの中に「真のお母様はイギリスの女性の中から選ばれていた」とあります。神様が地上にメシヤを送るために2000年準備をしておられていたことを、明確に理解するとともに、そうすることができなかった神様と真のお父様の1945年の悔しさを如実に知ることができます。

ユダヤ民族は神様の摂理の無知からイエス様を十字架に追いやり、悲惨な道を辿ることになりました。家庭連合の方々も韓鶴子オモニの「ひとり娘、独生女」発言をあれほど聞いていながらも気が付くことのできない現実の姿は神様の摂理の無知からくるものと思います。

神の摂理は大転換しています。

今、世界の情勢はイギリスの動向に注目しています。神様の摂理はアメリカとイギリスであることを示しているように感じます。摂理的なアベル圏を強化しなければ、カイン圏(中国共産圏)が拡大していきます。

氏族的メシアの目的はキリスト教の使命を相続し発展させるためでありますので、そのことを強く意識しながら、三代王権、二代王様に相対することのできる歩みをしたいと思います。



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真のお父様のみことば  「愛天日」 1984.5.20

それは、レバレンド・ムーンを通して本然の愛をもった神様を発見することができ、レバレンド・ムーンを通して本然の愛をもったアダム・エバを探し出すことができ、またレバレンド・ムーンを通して本然の神様の愛と本然のアダム、エバがもつべき家庭を探すならば、これで全部なのです。そうすることのできるレバレンド・ムーンならば、それは本物であり、そうでない時は価値がないのです。

メシヤとは何であるかと言うと、真の父母のことです。真の父母は何をするかと言えば、神様が願っている神様を中心とする愛の家庭を創らなければなりません。それが真の父母のすべてです。そして九〇パーセントを百パーセントで愛することによって、サタンは自動的に後退し屈服するのです。それは理論的でしょう。

本来一九四五年にキリスト教文化圏世界が先生を支えたならば、先生の今日のような法廷問題ということはあり得なかったのです。その時は、アメリカを中心としてキリスト教が世界を支配し、歴史始まって以来キリスト教文化圏が世界を代表することのできる第二次世界大戦の直後だったのです。これは歴史上の千載一遇の好機でした。キリスト教が世界を支配することのできる時だったのです。

 では、キリスト教思想から考えてみるとき、再臨のメシヤはいかなる時に来られるのかと言えば、キリスト教が世界を支配することができるそういう基盤をもった時です。分かりますか? (はい)。歴史上、そのような時が今まであったでしょうか。その時こそ、正に神が最終的な摂理のために働くことができる二千年のキリスト教の歴史において前にも後にもないチャンスだったのです。神様はその絶好のチャンスを知っておられ、この二十世紀のローマとしてアメリカをキリスト教国とし、世界にキリスト教の基盤を広めてこられたのです。そのためにアメリカがキリスト教文化圏を代表する中心国家として繁栄していったのです。

この時、レバレンド・ムーンはイエス・キリストの使命にあり、キリスト教は二千年前のユダヤ教の立場にありました。そしてアメリカはローマの立場にあり、韓国はイスラエルの立場にありました。これらはすべて神側になっていたのです。一つの側に立っていたのです。神側にいたのです。イスラエルがローマの統治下にあったのと同じように韓国が直ちにアメリカの統治下に置かれるようになり、法的に軍政に入ったのです。李承晩大統領はキリスト教信者だったので、キリスト教を中心とした大統領の国家形態が始まったのです。

そして蕩減の法則によって、個人から家庭、家庭から氏族、民族、国家、世界へと歩まねばならない路程が始まります。もしメシヤを認め一体化するならば、これらが一度に七年間ですべての路程が達成される、そういう状況にありました。先生が四十歳になる前に世界の復帰は終わっていたかもしれないのです。そうすれば、そのようなキリスト教を背景としてお母様が来られたでしょう。ある意味ではイギリスの女性の中から選ばれていたかもしれません。一度に成されるのです。

 先生はどうすれば世界を早く復帰することができるかということだけを真剣に考えています。しかし、実際に先生および、その運動が韓国から受け入れられなかったために、再蕩減しなければならず、多くの問題が生じるようになりました。もし受け入れていたら、韓国における運動は世界的、宇宙的、天宙的な運動となっていたことでしょう。もし、英国の代表がお母様になっていたとしたら、アメリカはイギリスの言うことをよく聞くようになっています。アメリカはイギリスが生んだ息子のような立場です。自然にお母様に頭を下げ従ったことでしょう。どれほど早かったかしれません。

先生が今、多くの反対を受けているにもかかわらず、世界にこれほど基台をつくることができたのですから、もし先生が反対を受けないで、全面的に歓迎する世界の中では、七年間で基台をつくることができないでしょうか? 先生はそれを成す能力があると思いますか? もしその時、そのようになったならば共産主義は先生の手の中でなくなってしまうのです。先生によってなくなってしまうはずだったのに、このキリスト教が反対してサタンと一つになることによって、共産世界が拡大し、今や世界の三分の一を支配するようになってしまったのです。

その時に先生がみ旨を成就していたならば、アメリカがローマの立場でしたから誰が反対したでしょう。誰も反対することはできません。ローマの頂上に立っているシーザーを誰が反対することができますか? 誰も反対する者はいなかったでしょう。そして彼らは国連を作りましたが、指導理念を与えることができませんでした。世界を指導すべきアメリカは責任を失ったことによって、共産主義者が支配する国連になった事実を知らなければなりません。すべてが、再びサタンに完全に奪われてしまったのです。アメリカ自体が奪われ、自由世界自体が奪われ、キリスト教会にまでも共産主義者が入ってきて支配することのできる、このような実情になってしまったのです。たった一つだけ統一教会だけには入ってこれないのです。


みことば「愛天日」1984.5.20


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真のお父様の原点にかえることが二代王様を支えることに


来年1月の神の日と真のお父様ご聖誕100周年記念まであと2ヶ月となりました。再臨のメシヤを地上にお迎えしてからの背景的内容は、今までも真の父母様の生涯路程を学ぶ中で、知っている部分もありますが、知らないことも多くあります。

原点は再臨のメシヤ、真のお父様ですので、その背景を理解することは極めて重大なことだと思います。そのことが堕落した人間の生命の源泉になるからです。そしてそれは二代王様、三代王権を支えることにつながります。

私の中にお父様が1946年5月27日に北に行かれましたが、その理由の理解がしっかり出来ていませんでした。それは完全にキリスト教が不信したという状態ではない時に、妻子を置いてまでして、なぜ北に行かれたのかという点でした。

「第四回愛勝日1987.1.2」のみことばを通して、そのことをはっきりと知ることができ、まさに眼から鱗でした。

最後に全文をリンクしています。


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真のお父様のみことば 「第四回愛勝日」1987.1.2

先生が韓国の起源に関して重要な説明を行っている理由は、神のみ旨によればメシヤの活動は国家レベルの基台の上で始まらなければならなかったからです。イエスの時代には国家レベルで摂理が始まることになっており、イスラエル民族とユダヤ教が、イエスの摂理の基台となるはずでした。同様に先生の時には、韓国がその国家として選ばれ、基督教がユダヤ教の立場として選ばれ、その基台の上で先生のメシヤ活動が開始されなければなりませんでした。

しかし二千年前と同じ様に、新しく独立したばかりの韓国はカインの立場を取り、更にカイン陣営の基督教徒によって政府が運営されたために、政府とカイン陣営の基督教が一体化して、先生のメシヤ活動を迫害し、破壊しようとしたのです。先生がこのことを、今朝説明しているのは、この事情を知らなければ、その後最終的にどのようにして事態が進展したのか、統一教会の活動がどのようにして始まり、どうして韓国において国家的基台を確立していないのに世界的なスケールのレベルに発展することができたのか理解できないからです。

 先生が解放直後、北韓が既にサタン的な共産主義国家と知りながら自ら進んで北韓に進行した理由は、条件を立てなければならなかったからで、先生は北韓を共産主義から神側へ復帰しようと試み、ベストを尽くしました。当然のように、先生は北韓に入り、苦しみ、共産主義国、北韓の牢獄で信じられないような厳しい試練を受けました。

イエスの十二弟子たちの背信行為が信じられないような蕩減条件をもたらし、イエスは特別な四十日間の条件を立て、失われたすべての弟子たちを取り戻そうとしたのと同様に、新しいイスラエル、つまり第三イスラエルとしての韓国は、半分が共産主義国としてサタン側に与えられてしまったために、先生はそれを神側に復帰するために、そこに肉体をもって行かなければなりませんでした。

皆さんも知っているように、北韓の首都は平壌です。平壌は東のエルサレムとして知られています。韓国においては基督教のメッカです。最も敬虔で熱心な基督教徒として、そして善良な基督教徒たちが平壌に住んでいます。従って先生はそこに行って彼らに説教をして、そのうちの何名かでも無事に北韓から連れ帰ろうと試みました。イエスの十二弟子の例に習って、先生はその敬虔な基督教徒たちを復帰し、そこに留まって共産主義の餌食にならないように自由の身にしなければなりませんでした。



みことば「第四回愛勝日」1987.1.2


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久しぶりの日曜礼拝


今日は久方ぶりに公的に日曜礼拝を捧げました。というのも11月になって、地元自治会の役員をやっている関係で、地域の行事が多くなり日曜日がそれに重なっていたため最近できずにいました。

礼拝を担当するということは、いつも戦いがあります。内容をどうするかということに悩むことが毎回です。今日もそうでした。自分が祭物になることであることはわかっているもののそうなってない自分があるから、いつも戦うのだと思います。

礼拝は聖殿CHで行いますが、やるときはいつもネットで連携します。今日は5箇所と連携してやりました。こちらでは家庭礼拝を各家庭で行うという方針にしていますので、それに参加するかどうかは各家庭の自由参加です。


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真のお父様のみことば 「私たちの因縁」1968.11.17

本来人間は、神様の心と体と生活圏に入っていくことができるように創造されたのです。神様がこのようにせざるを得ないその道は、既に予定されていたのです。ところが、人間が堕落することによって、本来行くべき道とは関係もない立場に立っているために、必ず私たちは再びその立場に復帰して入っていかなければならないのです。これが、現在の私たち人間の立場です。

 今、堕落した人間の一番大きな弊害は、堕落した悪主権を中心とした理念を重要視する行為です。したがって、自分を生んでくれた父母との因縁と、兄弟、親戚など世の中の血統を中心とした人間的な因縁を超越しなければなりません。また、環境と因縁をもったすべてを超越しなければなりません。

 そうして、本然の私が設計されたとおり、体を自由自在に運転できる自分だと自負しなければ、神様が行かれる途方もないその動機と、方向と、目的の世界に入って立つことができないというのです。現在生きているあらゆるものを自由自在に抑制することもでき、取ったりもできる自分自身であることを自ら自負できなければ、現在の立場で神様が行かれる方向と一致することができません。


みことば「私たちの因縁」1968.11.17






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神様は男性格主体で永遠に一元論


 真のお父様のみことば 「神のみ旨を中心とする宗教圏の統一」1988.10.14

では、神は一人でしょうか、二人でしょうか? (二人です)。天のお父様と天のお母様という二人ではなく、神には二つの性稟が入っているのです。今答えた人は良心がありますか。ありませんか? 体がありますか、ありませんか? それら二つが合わさってあなたという一人の女性なのです。

神の性稟は二つありますが、体は男性格主体となっているのです。では、男性格主体というのはいったい何でしょうか。女性格主体であればどんなにいいでしょうか。しかし女性格主体といった時には、別に男性格が存在しなければならないので二元論になってしまうのです。分かりましたか。二元論になってしまうというのです。

神は永遠に一元論であられるために、男性。女性の中和体として、主体的な性稟をもった初めての男性形なのです。なぜ男性形かというと、男性は女性を治めなければならない責任があるのです。後ろからでも、横からでも、上からでも、下からでも女性を治めなければなりません。それで女性が、真の主体に出会った時、秒速三億メートルのスピードを持つ光の速力でもって、西側からぶつかっていっても、男性はグルッと数回回るだけで、それを収拾していくのです。何の話か分かりますか。回りながら収拾するのです。

 ですから男性は女性を治めなければなりません。父母は子女を治めなければなりません。人々はみんなそれを願うのです。ですから神様は男性的主体なのです。その主体が好むのは何かというと、お金ではありません。皆さんがもし霊界に行けば、先生のこの話が正しいかどうか分かります。

先生の話が間違っていれば、先生に抗議しなさい。もし霊界で先生に会えなくても、「文先生は本当に悪魔の魁首だから自分たちがいる天上の霊界にはいないのだ」と考えてはなりません。先生は最上の霊界にいるのです。昼は神様のおなかの中に入って眠るのです。世の中にそのような話をする人があるでしょうか。そのような話は、愛の世界においてのみ可能なのです。

あなた方の中で、夫の心の中に入って眠りたくないという女性は手を挙げてみなさい。そのような女性は良くない女です。「あなたの真に愛する夫の心が宮殿のようであり、そこで手足を延ばしてグルグル回ったり、鼻歌を歌いながら、眠りに付きたいと思う女性は手を挙げなさい」と言えば、みんなが手を挙げるのですね。


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みことば「神のみ旨を中心とする宗教圏の統一」1988.10.14


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1-1-1伝道をすすめる


振り返ってみると自分の信仰路程の中で、真のお父様のみことばを守っていないことが多く残されていることを気がつかされています。特に伝道において、1-1-1伝道は全くできていません。一人が一か月に一人を伝道するという責任は残されたままの状態です。

真のお父様ご聖誕100周年を迎える前に、今までできてこなかったそのことをなんとかしなければと思います。こちらの聖殿において、先日世話人会(スタッフ会議)をもち、来年の1月25日の神の日、真のお父様ご聖誕100周年までに伝道をどうするかについて話し合いをしました。そして聖殿としての目標を決めました。

サンクチュアリは家庭連合と違い、個人の目標を追求したり、チェックすることはありません。神様との約束を自ら決めて出発します。それでだけに、個人の自由があり主体性が要求されます。
そのため再臨のメシヤから明確な目標を頂いている立場であることを忘れないように、絶えずみことばと相対する努力が必要となります。

あと二ヶ月と少しの期間、精誠を尽くすことができたと言えるように、1-1-1伝道をすすめたいと思います。


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真のお父様のみことば  「伝道の方策」1977.4.1

 もし我々が1-1-1(一カ月に一人が一人を伝道)を達成することができないとするならば、それでも我々は歴史的な責任を負うということができるでしょうか。このことを深く考えてごらんなさい。もしあなたがたが私と同じくらいの責任感と危機感をもっているならば、あなたがたは1-1-1伝道をすることができるでしょう。

あなたがたは伝道している時、路上で本当に泣き出したことがありますか。あなたがたは眠らないで祈ったことがありますか。私は私の厚い衣類がびしょ濡れになるぐらい神に談判し激しく祈りました。このようなことは何度もありました。そうしたことがなければ私と皆さんとは何ら違いがありません。我々は同じ量の食事を取り、同じ二十四時間を過ごしているのです。

 伝道者として皆さんは人々のために涙で祈るぐらいの深い関心をもたなければなりません。皆さんは自分をそのようにさせるために努力しなければなりません。しかしながら比較するためには、私の体験というものがなければ、あなたがたの進歩はそれほどではないでしょう。もしもあなたがたの中の勤勉なメンバーの中の一人が、どこかに行って夜中まで帰らなかったと仮定してください。皆さんは彼が戻るよる祈りながら、本当に寝ないで彼のために泣きますか? もしあなたがそのようにして彼が次の日戻って来たとしたら、彼もまた眠れない夜を過ごしたとあなたに打ち明けるでしょう。



みことば「伝道の方策」1977.4.1



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何をなすべきか


神のみことばを守ることができず堕落したエバによって、子女は分断され、カインがアベルを殺害するという悲惨な歴史が出発してしまいました。今のこの時において、世界的にそのことが繰り返されています。

真のエバの立場(韓オモニ)が神様を不信し、堕落することによって貴い子女が犠牲になっています。今日の香港の学生たちの犠牲となっていくその姿はカインがアベルを弾圧することができる条件が成立しているからと考えます。

このままで行くならば自由主義圏の青年たちがカイン圏の共産主義者によって弾圧され、殺戮され、また淫乱の弊害によって、ますます堕落させられていく状況に追い込まれて行くのではないかと感じてなりません。

真のお父様は第二イスラエルの失敗を蕩減するために、北に行かれ興南強制収容所の路程を通過されました。地獄の苦痛を再臨のメシヤご自身が通過されながら、堕落人間の不信の罪を蕩減されていかれました。

実体をもって、生死の境を通過されながら実践実行して、サタンの讒訴圏を完全に克服される闘いをなされたことを知る者です。イエス様が失った12弟子を立てるために地獄の苦痛の中でみことばを守り、真の愛を勝利されました。そしてキリスト教の蕩減を勝利されました。

今、第三イスラエルの蕩減をなすために、真のお父様の路程を辿ることが願われているように思います。今ある環境の中で、興南のお父様の姿を思い返しながら、地獄を解放する戦いが必要であり、アベルがカインを真の愛で愛する実践を通して、蕩減の道が開かれ、世界的なアベル圏の犠牲を最小限に抑えることができるのではないかと考えます。
それが三代王権に属するものの特権であり、使命であるのではないかと思います。


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真のお父様のみことば  「統一教会史」1971.12.27

これから私たち食口が、どのように先生に従っていったらよいかについて話します。ヤコブの路程がモーセ路程になりました。イエス様もモーセの路程に従わなければなりませんでした。そして、イエス様の路程が先生の路程になり、先生の路程が皆さんの路程になるのです。

 私たちの運動が完遂しなければならない四つの条件を説明します。最初は個人の完成です。二番目は家庭の完成であり、三番目は神の国の復帰です。そして、四番目は世界の復帰です。これらの四つは、私たち統一教会の食口たちによって完遂されるべきであり、もし、先生がこの時点で死ねば、皆さん食口たちがこれらのすべてのことをなさなければなりません。

 先生がいなければ、食口たちは今より三倍の困難を経ることになるでしょう。そのことは、もし皆さんが原理の内容を詳しく知ることができなければ、皆さんが完遂するのは不可能であろうという意味です。

 皆さんに先生が必要だと思いますか? どれほど皆さんが先生を必要としているか考えてみてください。皆さんは先生を家庭より、国家より、そして世界よりももっと必要としなければなりません。皆さんは、このことをはっきりと知らなければなりません。



みことば「統一教会史」1971.12.27

みことば「先生御自身のあかし」197.10.3


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原理を学ぶ


今日は午後から原理講義をすることにしています。原理の学習を希望するシックの方がいるので聖殿chで定期的に実施しています。その時の講義内容をネットでズームを通して、そこに来れないシックの方と連携して行うことにしています。今日のところは3箇所と連携して原理をともに学ぶことにしています。

原理を学ぶことはとても重要です。
世界の問題から個人の問題の解決は原理を学ぶことを通して、解決されることになります。伝道をするためには原理を学ぶことを通して、神様と霊界とひとつとなることができ、心情拡大、基盤拡大につながっていきます。

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真のお父様のみことば

『平和訓経』(を制定して)から、わたしが戻ってきて、ハワイ、ラスベガスです。昔は行くなと十四年間厳命したのですが、賭博場の門も開かれました。昔、研究した秘密の場所まですべて探査しながら、そこにくぎを打ち、ナイロンのひもを握って、わたしが巻いて握るということです。米国のロサンゼルス、グランドキャニオン、フーバーダム、ラスベガス、がらくたのような背後の歴史をすべて撤回してしまい、ホモがいない、レズビアンがいない、値打ちのない淫乱行動のない絶対性を中心とする真の家庭の形態を(成すように)、わたしに任せるのです。その代わり、わたしの特権が何でしょうか? アベルUNをつくれば、世界の遊楽施設は、すべてアベルUNに移譲しなさいということです。

 お金を稼いで、得たすべての利益は、一族の退廃(の原因)です。お金がたくさんあるので退廃し、体がウジムシを育てる庭になってしまいます。それを防ぐのです。そのような薬があります。「原理」の薬です。

2008.6.13


真のお父様のみことば 「なぜ原理というのか」1985.12.8

 復帰は何によって成されるかというと、再創造であり、それは創造原理によって成されるのです。創造原理は原理原則になっており、それを中心として一致しなければなりません。これが原理です。これは、物理の原理ではありません。人間完成の原理であり、宇宙完成の原理なのです。いかなる原理よりも、一番偉大な原理なのです。神的原理なのです。

 もし、誰かに「統一教会では、なぜ原理というのですか」と聞かれた場合には、はっきりと答えを示してあげなければなりません。サタンによって責任分担が侵され、血統的因縁を汚しました。歴史を通して、神様は直接主管することができず、この世界は散り散りになってきたのです。ですから、メシヤを迎えて接ぎ木をされて、この基準を取り戻さなければなりません。人間は努力し、宗教を信じていけば長成期完成級までは上がれます。しかしその上は未踏になっているのです。ですからメシヤによって接ぎ木されなければならないのです。



みことば ラスベガスに関するみことば

みことば なぜ原理というのか


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ペンシルベニアを想い起こすとき


10月にペンシルベニアの鉄杖自由祝祭に参加して、日本に戻ってきて、あっという間に一か月経ってしまいました。その時に参加して得た心情、天からの恵みを忘れないようにしなければと思いつつ、時間がたつとどうしても薄れていくようになるのを反省するものです。

私は訪米するときに、色々と準備をしますが、一番神経を使っているのは持参する「みことば」です。真のお父様のどのみことばを持っていこうかと考え、悩む時間がとても嬉しい時間です。長い飛行機の時間があるので訓読の時間としています。実体の本を持って行っても機内では隣の方に迷惑になります。機内は暗くしているので電灯をつけられません。

それでデータのファイルをアイパットに入れて持って行きました。それを機内の時間、また宿泊するところで時間があるときに、繰り返し訓読することにしました。
10月の訪米のときに準備したみことばのファイルは「天の心情を誰が知っていたか」「天勝日のみことば」「第4回天勝日のみことば」「家庭教会は天国基地」「人間の生と霊魂の世界」の5篇のみことばでした。それを今回の訪米の期間4回ほど繰り返し訓読しました。

それを選んだ理由は、最近伝道が進んでおらず、どうするべきかを神様に祈り尋ねたいという心情にかられ、ペンシルベニアで祈るにふさわしい自分の心情を準備せねばと思わされたからです。

10月13日の昼、康真のお母様のお墓の前で祈る時間が与えられ、多くの心情を教えられたことがあり、忘れることができません。それを思い返し、実体化するために再度みことばにかえりたいと思います。




真のお父様のみことば 「誰が天の心情を知っていたか」1960.1.17

これから私たちは、歴史が血に染まった歴史であることを知らなければなりません。涙が数千万回流されてきたみ言であることを知らなければなりません。私が立っているこの地を探すために、この人類を探すためにそうであったのです。この人類の背中には先祖の血のあとが残っています。この人類の額あるいは服のすそには、先祖の血の涙がにじんでいます。これを見ることができる人とならなければなりません。

 先祖たちは涙を流しながら死んで当然ですが、生まれながらにして神様の息子であり、生きながらも神様の息子であり、死んでから復活したとしても神様の息子であったその息子の涙と血のあとが、私たちの体に染まっているのです。教えたいと願ったイエス様の心情を、この時代に生きる私たちが知ることのできる権限を与えられたとしたなら、その栄光を何で報いますか。

 神様は、知らせるために六千年間も苦労なさり、イエス様を送られ、先祖を犠牲とされましたが、無意味で無価値で無感覚な全人類を集めておいて知らせるその一言の言葉は、数千万の善なる人々が首をしめられ、血を流した祭壇のみ言であるというのです。

 その一言のみ言には、死刑場で消えていく数千数万の善なる人々に、知らせてあげることのできなかった神様の曲折が葬られているのです。皆さんが創造原理から復帰原理まで全体のみ言を受けるようになるとき、そのみ言の一言一言には、血の涙が絡まっているというのです。それを探すために苦労した人は差し置いてでも、歴代の先祖たちの血の涙とため息が、切々と入り乱れていたのです。

 それを探すために、いかなる道も甘受してきた人がいるとすれば、彼が歩んだ路程には一言のみ言を探し出すためにも血の涙を流す事情が込められており、呪いと恨みがあふれる歩みをいとわず歩んできたのです。

 その一言のみ言のもとには血涙が漂っており、死のうめき声が自分を催促していることを感じる者であってこそ、歴史的な神様の心情を知ることができ、歴史的な神様の事情を知ることができ、神様が願って探してこられた息子の面目を保つことができるのです。そうなるならば六千年後に生まれた息子だといっても、心情を中心としては六千年前の自分でもあり、心情を中心としては四千年前の自分でもあり、心情を中心としては二千年前のイエス様と同じであり得るということなのです。

 私たちはこのみ言を通過しなければなりません。み言を通過するにおいては、血の筋が伸びて流れ、涙の道が遮られています。それをいとわずに行かなければなりません。そのみ言を通過し、実体に侍らなければならないので、傷を負って十字架にかけられ、死の境地にある実体を迎えることができる悲壮な覚悟をもたなければなりません。このみ言をもって立ち上がったときに、天の裏切り者であるとして、良くない烙印を押されたとしても、あるいは裏切られ、露のように消えてしまうようなことがあるとしても、「私は血のにじんだそのみ言とともに死んでいく」と言うことができる気概のある人々とならなければなりません。

 み言を失ったことが堕落なので、み言を捜さなければなりません。み言を見つけたのちには、何をすべきでしょうか。み言を見つけたのちには実体を復帰しなければならないのです。実体に侍るには、事情が通じなければなりません。事情を通じさせようとするとき、どのようにすべきでしょうか。心情がつながらなければなりません。

 今までの救いの摂理歴史は、み言を通過する歴史でした。それゆえ、人類は真理のみ言を探してさまよってきました。真理を見つけたのちには、実体を通過しなければなりません。この実体を通過できない恨が残っているがゆえに、この地に実体の主人公である一人の方が来られるのを願うのです。これが再臨思想というものです。

 実体通過の恩賜を受けたのちには、新婦の装いをして、新郎新婦の因縁を結び、心情の門を通過していってこそ、神様の相続者になることができます。み言をもってしては相続を受けることはできません。肉身だけもってしては相続を受けられないのです。実体がみ言の化身となって、神様の心情を通過したという合格証をもらってこそ、天上天下の大主宰であられる神様の息子、娘となることができるのです。


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みことば「誰が天の心情を知っていたか」


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プロフィール

阿南信義

Author:阿南信義
大分聖殿(サンクチュアリ大分)
 阿南信義  080-8375-0337
大分の山奥で農夫をしています

sanc16ooita@yahoo.co.jp

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