フランシスコ大友宗麟に導かれて


 ―「SC九州青年研修会in津久見」報告書―、  宮本記


 神はいま、一世の大人たちがこれまでに培った信仰では捉えきれないほど大きな心と深い配慮をもって、二世たちを中心に立てて摂理を導いておられる。2代王がアボニムの聖霊の火を投じる役事に着手された昨年(2018年)8月以降、それは地上界の出来事として目に見えるかたちで現れてきた。二世たちが、日本サンクや大分聖殿、個人教会を含め、大人たちの枠組を超えて連携し、動き出したことだ。

 ■キリシタン先祖が二世青年を押し出す
 今年2019年2月26日(陰暦1月22日)、豊後国(大分県)のキリシタン「るいさ」の400年記念聖和祭(大分聖殿主催)を佐伯市宇目で催したとき、神は、そこに3人の二世を呼び寄せられた。そのうち2人(福田君、古川さん)が4月から72日間のサンクチュアリー・キングダム・アカデミーに参加し、これが6月30日の第一回SC九州青年合同研修会(於:熊本県長洲町)開催につながった。

  その後、実践編として海釣り体験研修の企画が持ち上がり、8月28日、大分県津久見市に九州4県から7家庭21人が集合した。「8月28日」は、日本のキリシタン時代をリードした豊後国(大分県)のキリシタン大名・フランシスコ大友宗麟(1530~1587)の受洗記念日。「津久見」は宗麟が晩年、島津との戦いで一度は諦めた夢〈キリスト教王国建設〉を小規模ながら実現した場所であり、そこにサンクチュアリの古川さんご家庭がある。すなわち、開催日「8月28日」と場所「津久見」もまた、天の導きによるものであった。

津久見湊(古川さんの写真)


研修会場の広浦地区集会所は、国道一つ隔てて津久見湾に臨む位置にあり、すぐ近くに古川さんの船が繋がれている。秋雨前線による雨続きで、海釣りは事前中止を余儀なくされたが、古川さんがあらかじめ海釣りして準備した新鮮な海魚のさばき方を実習し、バーベキューを囲みながら、恵み深いひとときを過ごした。
 冒頭、同市大字津久見字ミウチにある宗麟の墓地を訪れ、樹間に響くセミの鳴き声に合わせて讃美歌をうたい、二世青年代表らが献花。宗麟が27年間準備して受洗したこと、その後、ヨブのような絶対信仰をもって生きたことなどを学び、阿南・大分聖殿教会長が感謝の祈りを捧げた。

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■キリスト教を信じて他界した霊人たちの協助―完成再臨復活摂理
 大分聖殿は昨年(2018年)11月11日、すなわち大友宗麟が受洗した1578年から数えて440年目に2代王様から祝別と聖霊役事を受け、新たにスタートした。400年目の1978年には、阿南教会長ご夫妻が再臨主お父様による祝福マッチングの恩恵に与った経緯がある。キリシタン史につながる400年と40年のサタン分立のための復帰摂理が背景にあり、数理を合わせて〈キリスト教を信じて他界した霊人たち〉が「完成再臨復活」の役事をしているのだ!(原理講論227~228頁)。

■訓読生活の恩恵がいかに大きいか―
  『原理講論』の後編緒論に、完成期・成約時代は「メシヤに従ってさらに成長し、そこで初めて創造目的を完成することができる。」(271頁)、「我々がこのような歴史的勝利者になるためには」、「復帰歴史の完成者として来られる再臨主を信じ、彼に侍り奉り、彼と一つになることによって、彼と共に、復帰摂理歴史の縦的な蕩減条件を横的に立て得た立場に立たなければならないのである。」とある(288頁)。
  成約時代を歩む祝福家庭の勝利の秘訣は、世界的天宙的メシヤであられるお父様といかにして「一つになる」かにある。再臨主お父様はそのための方途として、「第一に、全祝福家庭はまず家庭の中で神様を中心として侍り、父母と子女が完全に一つとなる訓読教育を毎日実践しなさい」(御言「天地人真の父母定着実体御言宣布天宙大会」)との訓戒を遺された。エバが戒めの御言を捨てて堕落したように、祝福家庭も神の戒め―お父様の遺訓―を無視するなら堕落する。
 今回、津久見に集まった二世青年たちは、自己紹介の傍ら各家庭における御言訓読会の取り組みを報告したことであったが、その恩恵がいかに大きいか、ともに確認することができた。


 ■二世を中心とした家庭摂理に呼応して―
 お父様が聖和された後、摂理は三代王権摂理へと移行した。モーセ路程で言えば、荒野で滅ぶ一世たちを中心とするのではなく、カナンに入るヨシュア・2代王様と二世たちを中心とする摂理である。加えて、従来の個人摂理時代は過ぎ去り、家庭摂理時代に入った。九州における二世を中心とした〃枠を超えた〃氏族メシヤ摂理活動もまた、このような移行する摂理に呼応するものであると思われる。
 絶対性による神の血統定着こそが、摂理の根幹にある。何より「家庭盟誓」を標語に、「神が同居する」ことのできる歩みを成していきたいと思う。

 「堕落によって家庭から真の父母がいなくなったので、真の父母を家庭に迎えるため、氏族的メシヤを通して家庭を救うための摂理が行われるようになったのです。家庭を救うために氏族的メシヤを送るのです。家庭が問題なのであり、家庭が真の父母を必要としています。家庭こそが中心的出発点なのであり、国家でも世界でもありません。ですからお父様は、氏族的メシヤを家庭の救いのために送り出したのです。それができれば、氏族、国家、世界を救うことができます。…愛の王国、生命の王国、血統の王国、また地上天国と天上天国…が家庭から始まるのです。」(1994年4月24日「真のお父様の孤独なる40年生涯」)



 《写真でみるSC九州青年研修会in津久見》

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▲大友宗麟公受洗を偲ぶ墓参のあと、会場(広浦地区集会所)に戻り、古川父の指導で魚のさばき方を研修。刺身や寿司ネタに切る作業を青年たちが体験した。


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▲手作りの寿司や刺身、そしてバーベキュー(焼肉)、大分聖殿の食口が用意してくれたカレー、茄子の煮物やサラダ、煮卵、瓦ソバなどバイキング形式で会食。その中で各家庭の御言訓読その他、信仰生活を立てる苦労談や証しがあり、感動の恩恵を交換した。
第二部はアドベンチャー・フィットネス・キャンプに参加した落河兄が写真を投影しながら、柔術や救護訓練、滝のある川での2代王によるバプテスマ、信八様ソヨン様の祝福式…、五大湖まで出かけて鮭を釣ったことなど感想を含めて報告。阿南教会長が「氏族メシヤ摂理」について講話し、夫人の祈祷で締めくくった。
 日帰り家庭もあるため、午後4時で一旦修了したが、その後もほとんどが居残り、より深い打ち解けた懇談の時間を持った。とくに二世青年たちは円座をつくり、身を乗り出して真剣にゲームやテーマを出して自由討論に熱中するなど、真の父母を中心に神の血統を共有する兄弟姉妹としての、この世にはない深い心情結束の微笑ましい情景が見られた。


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▲フランシスコ大友宗麟公墓地の前で集合写真。




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年をとって農業する目的

年をとって農業する目的

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最近の大雨で畑の草は伸び放題の状態。ほうっておくと育てていた野菜は消滅しかねない状況になっています。自然の摂理は神様の喜びの方向へと確実に動いています。
人間は、自分の事情の中で動きながら、時を刻んでいます。

自然の環境の中で過ごしていると神様の心情を感じます。作物の成長している姿をみていつも神様が創造されてこられた背後の心情を教えられます。それを収穫するとき、苦労して投入した分、喜びもひとしおです。神様もそうであったに違いありません。


お父様のみことば   天聖経

自然に向かい合う人は、宗教的な人です。宗教の世界は貸しのない世界です。大地は、自然はうそをつきません。100パーセント私が努力すれば、そこに対する結果をもたらすのです。そこには投機性がありません。一獲千金がありません。また、そこには賭博性がありません。年齢が50になれば自然に帰り、自然の土とともに生きながら信仰生活をすれば、霊界に行く準備としてこれ以上良いことはありません。
             *
 先生は将来ここに農場をつくって、世界の食口たちを連れてこようと思います。皆さんが年を取って60歳、70歳になれば、自然の中で万物を育てながら、子供を育てるのと同じような心情を体恤し、神様の創造の心情圏を体恤するのです。そうしてから霊界に行けば、高い霊界に行くことができるのです。ですから統一教会で苦労した人は、晩年に農場に連れていって別荘で自給自足させる計画なのです。それが理想郷です。先生はそのような大きい構想をもっています。
             *
 60を越えれば下野し、故郷の農村に帰って土地を耕し、霊界に行く準備しなければなりませんが、その準備が忙しいのです。ですから精誠を尽くして先生のように農村に埋もれながら、農村を指導できる、このような責任を果たさなければなりません。ですから、趣味産業、趣味生活をやり終えて霊界に行ってこそ、高い霊界に行くことができ、情緒的な人になって霊界の舞台を活用できる皆さんとなるのです。どうですか。


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今年はナスを約400本、スイカを350本定植し、その他ねぎなども育てています。
ちゃんとその万物と会話しながら、作業していくならば着実に成長し実をならせてくれます。まさしく神様の創造の心情を教えられます。

同じように、人間に対してどのように接しているのかを反省する材料になります。真の愛の実践ができていないことを悔い改めなければならない心情が湧いてきます。


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アカデミー参加の青年のあかしビデオ


アカデミー参加の青年のあかしビデオ

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当ブログで7月2日に文章で紹介させていただいた青年の証しをズームで録画しました。
二代王様の直接のご指導の中で、青年の心が神様に近づいていく様子に感動を覚えます。

三代王権の愛の中で、青年が訓練されていることを通して自分自身も再創造されていることに気がつきました。






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永生ははじまっている20190707礼拝

2019年7月7日の日曜礼拝(永生ははじまっている)を紹介します。

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今年のはじめから野菜の苗作りや植え付けで忙しくしていましたが、梅雨の合間のときを選んで、久方ぶりに出張礼拝を行うために大分を出てきました。
最近の政治的なアジアの情勢を見ながら、なにが根本問題であるのか考える時に思ったことは、神の摂理を担うものたちが長子権を復帰できていないことに行き着きます。それはまた、永遠の価値観が薄れてきて、霊界に対する理解ができてないことと考察しました。
それで電車とバス移動8時間半の中でみことばを求め、たずねました。
パソコンの調子が悪く、ズームのスピカービューができずに少し残念ではありますが、アップすることにします。

お父様のみことば
 私たちは、結局どこへ行かなければなりませんか。霊界です。それはどういうことですか。死後の世界だといいますが、死後の世界ではないのです。なぜ死後の世界になり得ないのでしょうか。愛と関係している世界であるために、死後の世界ではないのです。真の愛を中心として出発したために、私が真の愛の位置に立つようになる時は、今ここが霊界です。霊界肉界、二つの世界が一つのものです。それゆえに愛が偉大だというのです。



永遠の出発は、自分が死んで始まるのではありません。永遠の出発は、自分がみ旨を知った瞬間から続くのです。






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国破れてもキリストを捨てず


 ―大分聖殿、フランシスコ大友宗麟公の命日墓参―

 戦国時代、宣教師フランシスコ・ザビエルが伝えたイエス・キリストの福音に接し、長い禅宗修行を経てキリシタン(クリスチャン)になった九州の守護大名・大友宗麟公(1530~1587)は、信仰世界においても日本を代表する人物であった。受洗(1578年)以後、薩摩国・島津氏との十年余に及ぶ激闘の末、国は敗れ、権威も失うが、キリストに対する絶対信仰を変えることはなかった。その一部始終を目撃した宣教師カブラルは、彼について「すべての騒乱の責任を自らの罪に帰す、善きキリシタンであり」、「ヨブのような」信仰者であった、と評している。

 異邦の国日本において、神とキリストへの絶対信仰の基準を立てた先人・大友宗麟公と、その配下の多くのキリシタン先祖たちの協助を受け、氏族的メシヤ摂理に取り組んできた大分聖殿(阿南信義教会長)は、宗麟公の432年目の命日にあたる6月28日、佐伯市堅田長谷上城の天徳寺(川野泰斉住職)にある宗麟公の墓碑を訪ねた。

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大分聖殿が、天徳寺に宗麟公の墓碑があると知ったのは昨年暮れ。同地方で禁教時代、宣教師を匿い信者らを世話した女性キリシタン「るいさ」の信仰を訪ね、追跡していくなかで、霊界から導かれるように示された。禁教令が敷かれた徳川時代、宗麟公臨終の地・津久見(つくみ)の墓地から密かに移し、隠された墓碑であった。

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2016年6月28日津久見市での命日墓参


昨年8月以降、2代王亨進様はアベル圏クリスチャン、洗礼ヨハネ人物を召命され、またアボニムの火を地上に投じる「聖霊の役事」摂理に着手された。日本のキリシタン霊界もそれらの恩恵に与り、連動し、協助しているのは間違いないようだ。
 この日は九州が梅雨入りした翌日、午前中から降り続いた雨も午後にはあがり、地元大分と長崎から参集した食口たち(12人)は天候にも導かれ、長い一直線の坂道参道を歩いて上った。風格のある山門をくぐると、川野住職が直々にお出迎え。食口の中には昨年12月に訪ねて以来、半年ぶりに再会する人もあり、懐かしくあいさつを交わした。
大友宗麟公の墓碑は本堂の右手、薬師堂裏側の歴代住職墓碑の最奥部にある。巧みに工夫された「かくれ」時代の宗麟公の墓前に、地元の食口と長崎からも持参したハマユウ、アジサイなどの花を供え、筆者(豊後キリシタン史研究会顧問)が宗麟の命日「6月28日」のこと、何故ここに宗麟の墓があるのかについて少しく説明。阿南教会長が宗麟公の事蹟や再臨摂理に結ばれたキリシタン史を偲び、感謝の祈祷を献げた。

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天徳寺の創建(開山)は、寺史によると「天正六年(1578)」。それは大友宗麟公が禅宗からキリスト教に改宗した記念すべき年である。また「大友宗麟のお骨を津久見(の墓地)より移し、埋葬するとの伝」がある。川野住職は宗麟公ゆかりの「湛慶作薬師仏」を祭る薬師堂、本堂に食口たちを案内され、象のかたちをした香炉、舶来の茶碗などを披露された。「かくれ」の時代を経て、こんにち臨済宗妙心寺派寺院として続いているが、キリシタン大友宗麟の痕跡を確かにとどめている。
サンクチュアリ食口たちと親しく接してくださった住職は最後、「何故か、わたしの寺は(他の寺院から冷遇され?)脇におかれることが多かった」と、もらされた。大友宗麟ゆかりの同寺は、キリシタン禁圧時代の宿命を負った寺院である。キリシタン霊人たちの神の御国建設への協助と、彼らの完成級の復活を願いたい。
 (2019/07/03 宮本次人記)



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72daysサンクチュアリキングダムアカデミーに参加して



             大分県津久見市   古川珠代さんの証し報告

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・アカデミーに参加するようになった経緯

私はずっと洋服が好きでファッションデザインの学校に行って、卒業してからも服作りの勉強をしていたんですけど、その中でも悩むことがたくさんあって、将来への不安がずっとあってすごく苦しい時期が続いていました。好きなことをどうやって仕事にするかばかりを考えていて、祝福のことも真剣に考えたことはあまりなかったです。そんな中で少しずつお母さんの影響で王様のみ言も聞くようになって、祈ったり条件を立てたりする中で自分でも不思議なくらい導かれて、好きな服作りに関しても壁にぶつかってた時に、大分聖殿の阿南さんがアカデミーに参加したらいいんじゃない?と言ってくださって、家族や聖殿の食口の方達もすごく応援してくださって、これから何をどうしようってすごく悩んでた時期にすごく絶妙なタイミングだ!と思って参加させていただきました。

・外的な訓練

☆柔術


柔術とキックボクシングをしたんですけど、最初は何をしていいかもまったくわからなくて、怖いし、とにかく守りに入ることしかできなかった。王様は割と最初の方に激しくトレーニングされると聞いていて、最初のほうが特にきつかったですね。はじめて柔術をした次の日は筋肉痛がひどすぎて階段降りるのも一苦労でした。

でもだんだん回数を重ねて実践、毎回スパーリングっていう試合みたいなのを一対一でするんですけど、その中で少しずず学んでいって、技をかけれるようになったり、マウントっていって相手 の身動きをとれなくするのもできるようになったり、私は小柄な方なので、自分より体格の大きい相手とするとぼろ負けなんですけど、それでも技術でカバーできることはあると学べました。私は初日に王妃さまとスパーリングに当たって、もう何もわからなかったのでされるがままでし た。笑 スパーリングは一回3分とか5分なんですが最初は特にきつくて、疲れて休んでたら「もう 一回って」王様にいわれて、実際ハードで吐きそうになりました。特に王妃さまと王妃さまのお姉さんのヨヌニムは本当に強くて相手をすると私はもう赤ちゃんみたいな感じでした。

柔術をして感じたのは自分って弱いんだなということ。だからこそ銃が必要で武器が必要だと感じました。あと少しでも強くなったら調子に乗りそうになるし、一般の子達よりは強いだろと思うけど、その傲慢さが危険で、なんのために柔術をするのかという目的、動機をたださなければならないと学びました。神様と隣人の栄光を守るためにするんだということ。でも逃げるのが最優先ということも。強くなったからといって勘違いしないようにしたいと思います。

特に女性は襲われる前提というのがあるので、緊張感のある雰囲気で実践をするのは必要なことだと感じました。実際は映画のようにはいかなくてすごく汚い戦いになるというのもわかって、幻想から目を覚まさせられたし、現実を受け入れることが大事だと感じました。
護身用にナイフも買いました!

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☆ブッシュクラフト

毎週金曜日はブッシュクラフトの日で、国進ニムの経営されるカーアームズの近くの土地でしたり、 宿舎の前やスタッフリーダーのShigeruのお家の土地で火おこしやタープの作り方、ナイフの使いかたなどを教えてもらいました。4月の終わり頃にNRAショーという大規模な銃器の展示会にいくために片道12時間くらいかけてインディアナ州に移動しました。道中は野宿でいろんな場所でテントを張って過ごしました。でも私たちがキャンプするたびに雨が降るんですよ。テントを張るのも火を起 こすのも大変になるし、なんでだ!ってそのときは思ってたのですが、今思うと神さまの訓練で愛だったのかなと思え感謝でした。

でも一回朝起きたら近くの川が氾濫して地面がぷかぷかしてきて驚きました。急いで荷物抱えて避難したんですけど、人生最悪の朝だと思いました。そして、それをスタッフがインスタにnatural water bedとか書いて投稿されてて、こっちは大変だったんだぞとか思いながら可笑しかったし、いい思い出なんですけど、そういうこともありました。でも思い通りにいかないか ら楽しいし鍛えられてたくましくなれるんだなと感じました。もちろん不便だし、湖の水を飲んだり、 火おこしするときも、家の中に水あるのに、、とかガスあるのに、、とか思ったし、ミミズ食べ たんですけど、なんで食べる必要が。。とかいろいろ湧いてくるんですけど、全部自然の恵みから 自分の手で作っていくことのやりがいや楽しさをより感じました。そこで兄弟姉妹と過ごした時間は 大変だったからこそ本当に幸せで宝物になりました。
実際に緊急事態になったときに何もできないひつじにならないように日頃からの意識が大切だなと感じました。日本に帰っても幸い私が住んでるところはすごく田舎なので習ったことを忘れないように実践したいと思います。

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☆銃

森の中の広い土地でAR15と小さいよくみる銃の二種類で練習しました。AR15は女性には重くて扱いずらいけど、レーザーポインターがあって的に当てやすい。初めてでもほとんどみな命中してました 。小さいピストルのほうは扱いやすいんですけど小さい分衝撃を受けやすくて、打ったあとに、体がびくっとなってしまって弾の方向がずれてしまって難しかったです。あとその他に森の中でしたペイントボールシューティングや空中に投げられた的を打つゲームに近い訓練はすごく楽しかったです。
Shigeruが銃のメンテナンス、掃除法とかも教えてくれたし、アボニムのセキュリティーをされてた方が講義をしてくださったりもしました。

その方が言っていた言葉で印象的だったのが「恐怖を怒りに変える」というので、女性を犯そうとしたり、暴力を振ってきたりしようとする悪人に対して、恐怖は感じて当たりだけどその悪人にたいして怒りで持って制裁を与えることが今の世の中に必要なことだと感じました。
恐怖に打ち勝つ方法について語られた内容が心に残りました。王様も天一国の女性は銃器や刃物、血を流すことを怖がってはいけないのようなことを語っておられて、今までかかわりのなかった銃に実際触れて、銃を持っている人が周りにいても怖くないし、自分を害してくる人がいるかもしれないのに何も自分を守る武器がないのは恐ろしいことだと思いました。世の中の銃器規制を促す声がどれだけ矛盾しているのを強く感じました。

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☆瞑想

今までお話しした訓練は外的な訓練で、私は内的な訓練にあたる瞑想が一番大変に感じました。 じっとしているのが苦手なので、つらい時間でした。瞑想するときは、息を吸うとき「私は生きている」吐くとき「神様感謝します」と思いながらするんですが、めちゃくちゃ雑念が湧いてきますし、最初の5分10分は集中できても、かゆくなったり、唾を飲み込みたくなったり、体勢を変えたくなったりいろんな欲求が押し寄せてきました。
天一宮で野外で瞑想したときは30分間で、虫が飛んでたりとさらに大変でした。足もしびれてきて感覚がなくなります。自分を主管することの大変さを痛感しました。瞑想は感情コントロールにおいても重要だと語られて、特に女性は感情的になりやすいし、わたしも感情的になりやすいので、瞑想で感情を主管できるようにならないとなと感じました。考えなくてもいいことや、心配しすぎてしまうというようなことも瞑想を通してクリアにしてくれるように思います。

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・アカデミーに参加して得たもの、心情の変化2つ

☆祝福に対して


私がアカデミーに参加して自分が変わったなと思うことが。
自分の夢、仕事が第一だったところから、神さまの願われる家庭を築いて、いい妻、母になることが一番大事という心情に変わったこと。それが本当の幸せだと心から思えるようになったことです。
女性だって働く時代だし、お金だって稼ぎたいし、成功したいと思っていたけれど、神様にとって価値のあることは、社会で成功することではなくて、家庭を築いて良い妻や母になることなんだと感じました。子供のことだったり、夫を支えることだったり神さまが願われる女性の役割を自分も果たしていきたいと思うようになりました。 祝福に対する意識が180度変わって、前は祝福はいつかは受けるだろうけど今じゃないし、20代 後半くらいでいいなくらいにしか考えてなかった。でも王様は17歳から許可されているし、アメリカでの生活での中で、周りに自分と同い年や年下の子達も祝福を受けていて、素敵なカップルがたくさんいたので、自分もそうなりたいと思ったし、目の前ですごいイチャイチャするので素直にうらやましいとも思いました。笑

あと王妃さまが宿舎に訪問してくださった際に偶像崇拝についてお話しされたんですけど、ここにいる皆さんは自分が何を偶像崇拝しているか知らなければならないっとおっしゃった。それがお金だったり、k-popアイドル、ゲーム、自分自身かもしれない。そこで、あっ。私はファッションや 成功を偶像崇拝していたんだなと感じました。わたしにとって一番大切なことが神さまではなかっ たと気付かされました。神様以上に自分の好きなものを追求してはいけなかったと悟らされました。
人生において好きなことをするのはオプションであって、まずは神さまの願う家庭を築くことが重要、それが一番価値があって尊いことだと理解できました。

そして王妃さまが宿舎を訪問してくださった際に祝福について質問をさせてもらったのですが、大切なことが2つあって、
①神様を愛する心があるのか、結婚は大変なことがたくさんあって、そんなときに神様に戻ってこれるイカリ(船)が必要、それが信仰だとおっしゃいました。
そして②男女の違いを理解すること、違いを理解できずに壊れてしまった家庭もあることを嘆いておられました。神様は男性と女性をまったく違う生き物として創造されたので、わたしもこれから祝福を準備するにあたって 男女の違いをしっかり学んでいきたいと思いました。王様が推奨されている「愛されたい妻、尊敬されたい夫」の本についての内容の講義もあって、すごくためになりました。ちゃんと本を読みたいと思います。

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☆祈りの大切さ、神様との一対一の関係

アメリカでの生活の中で、最初はスケジュールについていくので精一杯だったのですが、ストレスを感じることも増えて、そのおかげでだんだんとどんな小さなことも神様に祈って報告するようになりました。その時の心情をそのまま、今すごくイラっとしましたとか、きついですとかもう嫌ですとか。。 お祈りじゃなくて正直な気持ちをそのまま親に吐き出す感じで、夜寝る前のこの時間に祈るとかではなくて、車の中とか歩いている途中とかその時の心の動きをそのまま言う感じでやりました。
するとすごく感情的になってそのまま行動してしまいそうなときも、祈るとまた元の状態に戻れる、ゼロになれる感じがしました。どんなに頭や心の中がごちゃごちゃになっても、祈りを通して神 様の元にかえれることを感じました。いろんな出来事が起こる中で葛藤したとき、自分の目線でみる と不平不満しかでてこないし、でも神様の立場で考えなきゃ!と思っても現実は現実としてあってなかなかそうなれない、でもそんなときに素直に祈ることで、頼ることで神様が助けてくださったように感じました。
生活の中で起きる出来事を通して、神様は自分の祈りを聞いてくださっている!という実感が湧くようになったことが嬉しかったです。

そして王妃さまの言葉の中でアカデミーで一番大切なのは神様との関係を築くことだよというのがあって、最初は今まで動画越しにしか拝見したことのなかった王様を近くで拝見した!とか王妃さまとお話できた!とかそういうことでテンションが上がって少し浮ついた気持ちでいたのを感じて、神様と一対一の関係を築くことを意識しようと思うようになりました。
みんなでキャンプをしたり訓練をしたり、スポーツをする時間も本当に楽しいし、楽しいからずっとしていたいと思うけれど、一人になって静かに神様に祈る時間、神様と自分の二人の時間を作ることの大切 さを感じました。

また「神様を100%信じれば100%返ってくる」「長い歴史の中で人も物も変化していくけど、神様のみ言は決して変わらない。私たちが祈ったことに対して、すぐに答えをくださらないこともあるけど、神様は必ず答えを道を用意してくださる、これは事実です」。という言葉をいただいて、ハッ としてまた大きく悟りを得ました。 また「私たちはなんで悩むのか、何故人生には辛いことがつきものなのか、私たちがそれを誰にも話せないとき、心から神様に祈ってみたか?訪ねてみたか? 」と聞かれて、苦難がなければ私たちは神様を探そうとしないし、困難なことがあるほどそれは神様に尋ねられる機会であり、それもまた祝福であることを教えられました。辛いときはそんな風に考えられないときがほとんどで すが、それでもわたしは神様に祈ることを知っていて、祈れるし、頼ることができる、それは本当に大きな恩恵で幸せなことだと感じました。


☆聖書の力

私は心配性だし、考えすぎて不安になることがあるのですが、聖句を通して心が平安になるのを感じたし、すごく力をもらいました。今まで原理講義中心に学んできて聖書はあまり読んだこと がなくて、だいたいの中心人物や摂理の内容くらいしか知らなかったです。聖書の講義ではイエスさまの生涯と復活までを聖句を紐解きながら学んでいきました。イエスさまの価値がわからなければアボニムの価値もわからないし二代王さまの価値も本当に理解したことにならないと感じました。

聖書の内容を学びながら、ふと、歴史上の中心人物に働かれた神様と同じ神さまが自分にも働かれていると思うとすごいことだなと感じました。中心人物がどのように神様とかかわり、どのような祈りを通して苦難を乗り越えてきたか、そこに現代に生きる私たちが学べることが本当にたくさんあって、聖書ってこんなに生活の中で必要なものなんだと知りました。まだ聖書に触れた時間も浅いので、これから神様とイエスさまを知っていくためにもっと聖書を勉強したいと思います。

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・さいごに

日本に帰る直前に天一宮で王様と王妃さまを囲んで食事会があったのですが、そのときも私たちにたくさんみ言葉を語ってくださって、王様に王妃さまがなんども「ご飯食べてからにしましょう」「もうそろそろ時間ですよ」とか声をかけられるんですが、語っても語りきれないという感 じで、いつまでも話してあげたいという父の愛みたいなものを直にすごく感じました。韓国語を話されるときは本当にお父様みたいでした。

そして王様はやっぱり威厳があって本当に存在感の あるお方でした。王妃さまはわたしたちによく声をかけてくださって、本当に気さくで飾り気のない温かい方でした。王様は訓練を通して私たちを愛してくださる父の愛を感じたし、王妃さま は私たちの悩み相談にのってくださったり、ひとりひとりの質問に答えてくださったり母の愛を感じました。
私はこのアカデミーに参加して神様との一対一の関係を築くことの大切さを学びました。そしてまだまだですが参加する前より神様を近くに感じています。現実で起こるさまざまな内容も神様との関係なしには未来がないし、発展もないと思いました。72日間世界で最高の場所で訓練を受 けることができて、いままでどこにいても感じることのできない充実感と幸せを感じた宝物のような時間でした。

団体生活の中で人間関係や言葉の壁でストレスを感じることもあったけれど、ストレスや痛みな しには成長がないなとしみじみ思います。つらいことがあるほど神様に祈り頼るようになるし、 その中で神様との距離も縮まり、関係も深まると思いました。過ぎてみれば愛だったと知ることばかりです。自分が感情的になりそうなときも、その気持ちを祈りで整理して忍耐心を持ってすごす訓練になりました。王様も私たちを愛するがゆえに厳しい訓練をしてくださっているのを感じました。感謝でいっぱいです。応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。まとまりがないですがこれで証を終わらせていただきます。ありがとうございました。



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父母は子女によって救われる

父母は子女によって救われる
    ―2019年6月30日・九州合同青年部研修会を終えて、宮本次人記―

 同じサンクチュアリでありながら、大人(親)たちが見解や信仰観のちがいによって枠を作り、壁を作って来たが、これを二世青年たちにまで引き摺っていいのだろうか。子供たちの祝福相手を探すなかで、そのような問題を多々感じてきた。

 キリスト・イエスは「わたしは新しい戒めをあなた方に与える。わたしが愛したようにあなた方(兄弟)も互いに愛し合いなさい」(ヨハネ伝13章34節)と言われ、弟子ヨハネは「神を愛するとは、すなわち、その(キリストの)戒めを守ることである」(ヨハネの手紙Ⅰ5章3節)と言った。イエスが言われた「兄弟」とは、同じ親(イエス)から生まれた子女、すなわちクリスチャンのことであり、カイン・アベルのことである。再臨主お父様は、「カイン・アベルが一つにならなければ、父母は復帰されない」。「原理が教えるでしょう。堕落した父母はアベルによって復帰されます。…これは原理です。カイン・アベル(子女)が一体とならなければ、父母復帰はできません。…その原則は復帰歴史の主流思想です。」(1978.9.23「我々の今後の活動」)と言われた。

 祈り、神のみこころを求めていく中で、キリストお父様から示されたのは〃親たちの問題は親自身では解決されない。子であるカイン・アベルによってのみ解かれ、復帰される〃という御言。すなわち〃子女復帰によって父母復帰がなされる〃という原理であった。また、カナン復帰摂理の路程で一世たちは荒野で滅んだが、二世たちはカナンに入ることができた。胎児や二世たちを命がけで守った婦人たちも、同じくカナンに辿り着くことができた。このような復帰摂理の原則と教訓が思い起こされ、そうだ!大人(親)だけではいけない。カイン・アベルの二世たちとともに動かなければいけない、との思いが、昨年秋ごろから募っていた。

その思いは、振り返ればアボニムの聖霊の役事であり、2代王様によって解怨祝福された3万7千人原城(島原の乱)殉教者霊人をはじめとする九州のキリシタン霊人たちの協助であったと思われる。今年(2019年)2月26日、大分県佐伯市宇目のキリシタン「るいさ」の没後400年記念祭を大分聖殿・豊後キリシタン史研究会で主催したとき、はからずも長崎の福田晃大兄、大分の古川珠代姉、宮﨑の岩下完奇兄の三人の二世青年が集合したのは、その証しであった。震えるような感動を覚えたことであった。

九州青年宇目会合 (1)
▲大分県宇目で会合した、福田兄(中央)、古川さん(右)、岩下兄(左)

その後、このうちの二人(福田兄、古川姉)は導かれるように4月13日から始まったサンクチュアリキングダムアカデミー(6月23日まで、72日間)に参加し、恩恵を共有する合同報告会開催の企画につながっていった。これが今回の(大人たちの)枠を越えた、子女を中心とした取り組み―「サンクチュアリ九州青年部合同研修会」に至る一連のいきさつである。

 6月30日、九州各県、さまざまな聖殿から7家庭の子女16人とその親たち14人の計30人が熊本県玉名郡長洲町の「ながす未来館」に集った。前夜から梅雨前線による豪雨に見舞われたが、会場は雨があがり、神の静謐(せいひつ)に包まれていた。福田兄と古川姉が、2代王様から直々に指導され、愛され、訓練された鉄杖王国実現のための信仰、思想、具備すべき柔術やアウトドア、鉄の杖(銃)の訓練、自立自営のノウハウ、天一国主人としての家庭の大切さなどを報告し、参加者一同が耳を傾けた。何よりも神様を近くに捉え、神様とともに生きようとしている二世たちの姿を目の当たりにし、大人たちが子女たちから学び、教えられることの恵み多いひとときだった。
 最後、二世青年たちが自主的に机を寄せ合い、輪になって会議の場をつくり、情報交換・心情交歓を図っている光景は、感動的であった。

福田くん報告2
▲福田晃大くんの報告

古川さん報告2
▲古川珠代さんの報告

青年交流会
▲青年2世たちの会議・交流会

九州青年会1

九州青年会2

「カイン・アベル(子女)が一体とならなければ、父母復帰はできない」―アボニムから示された御言を実践して、「あゝ、これで大人たちも一つ、壁を越えることができた!少なくともその条件を献げることができた!」と、疲れた中にも小さな満足感を覚えつつ帰りのフェリーに乗っていたその時(午後3時45分ごろ)、客室のテレビ画面からトランプ大統領が南北境界線を越えて北朝鮮に入り、金委員長と握手するニュースがライブで流れてきた。壁を壊し、越えていく神の御業はすばらしい。2019年6月30日、真実、「歴史的な瞬間、記念的な一日」であった。

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本日の礼拝・神様に所有されるために

本日の礼拝

聖書
マタイによる福音書第6章31節
:31)だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。 :32)これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。 :33)まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。


みことば  訓教経P73
聖徒が苦労の道を行かなければならない理由
 神様は六千年間、この地に神の国と民を求めてこられました。そのために苦労された六千年間の歴史的な借金が積まれています。したがって私という個人が満足と喜びを得たからといって、天国を所有していると言うことはできません。

 自分が天の息子、娘ならば、神様に代わって思い案じ、神様に代わって保護すべき責任のある地が残っていて、世界が残っています。これらが神様の所有となっていない限り、自負することのできない自分であるということを感じなければなりません。

 ゆえに、イエス様は天の王子として、主導的に行使する心的な基準を備えてこの地に来られましたが、それを一度も行使できなかったのです。弟子の足を洗ってあげるかと思えば、行く所行く所で病にかかった人を治してあげました。イエス様の生涯路程で、自分のために暮らした日は一日たりともありませんでした。

 その生涯を振り返ってみると、ひたすら「ため」に生きる生活でした。「ため」にさまよい、「ため」に涙を流し、「ため」に非難を受け、「ため」に裂かれ、「ため」に命を落とす悲しい生活でした。

 いつの日か、神様をこの悲しみの鎖から解放してさしあげなければなりません。そして、神様が、全天地は私のものであると主張し、手を挙げて、万民に向かい、「共に楽しもう!」と言うことができるその日が来るまでは、自分の立場を主張できないのです。このような曲折があったがゆえに、キリスト教では愛を強調し、犠牲と奉仕を強調し、迫害を受け、さげすまれる生活を強調したのです。

 それでは、私たちが神様に所有されるためには、どうすればよいのでしょうか。神様のために涙をたくさん流さなければなりません。神様の悲しみを自分の悲しみとし、神様に代わってその苦労を担った分、神様の所有となり、神様の代わりにサタンの讒訴を受けた分、神様の所有となるのです。したがって皆さんが行い、忠誠を尽くした分だけ、神様に所有されるのです。

 心地良い立場で所有されるのではなく、人々がみな嫌って避ける悲しみや苦痛を抱いて忠誠を尽くすときに所有されるのです。この道こそキリスト教徒が進むべき原則の道です。





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日曜礼拝と訪米報告


「神様に代わって生きる」

みことば 訓教経 下 368P
では、最も賢い方法があるとするならば、どのような方法でしょうか。人が信仰生活をするにおいて試練がないはずがありません。暗い夜のようなものが必ずあるというのです。これを防止できる方法とそういう試練、屈曲が来ることを避けていくことのできる方法がないのかというのです。こういう問題について考えてみるとき、避けていける方法があるというのです。それはどんな方法でしょうか。私が神様に代わって生きる方法です。では、神様に代わって生きる方法とは何でしょうか。人を愛することです。

 このような意味から、イエス様が十二弟子を率いて三年公生涯路程で準備したものとは何でしょうか。イエス様自身が「ため」に生きてもらう生活ではなく、弟子のための生活をしたというのです。

 その十二弟子は特別な型です。人類歴史の過程において数多くの人類を代表した十二の型なのです。彼らはその時代にいた人々ですが、時代を超えて縦的な歴史時代の人類全体を代表できる標準型です。イエス様はこのような十二弟子を立てて三年間侍る生活をしたのです。三年間の侍る生活はどんなものなのでしょうか。種を蒔いて出てくる芽を育てる生活です。自分のための生活ではなく、人のための生活です。







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康賢實真のお母様の天宙聖和式に参加して

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                   感想文        宮本寿子

「真のご父母様のお母様が聖和されたのに、それに参加しない子どもはないだろう」という夫の言葉に押され、急きょ、決意しての渡米でした。いくつか支障がありましたが、決意に霊界が協助してくれたようで、初めから終わりまで、すべてが導かれ、神様の大いなる恩恵の中にありました。

3月16日の夕刻ペンシルベニアの協会本部に到着し、御聖体のガラス張りの中の肉体を持たれた康真のお母様にお会いし、最後の御見守り(ビューイング)をして、永遠の絆を持たせていただけた事は、感謝であり、この上ない恵みでした。
18日の聖和式では、真のお母様に付き添いで御世話された立石友美さんの送辞に心を動かされました。その中で、康真のお母様の主を愛する心、キリストを求める心、御言訓読に精誠を込められたお話があり、生活の中での本物の信仰のあり方を教えられました。また、友美さんの自分を捨てた献身的な支えはとても美しく、感動しました。

立石友美さんは福岡県八女市の出身です。島原の乱ゆかりの長崎県南島原市出身の霊の親に導かれた、とお聞きしています。友美さんの背景にもキリシタン先祖がおられるようです。夫の話によると、当時「立石」姓のキリシタンリーダーが幾人か九州に存在したことが分かっています。

友美さんが天一宮で、真のお母様との尊い縁(えにし)を結んでくださったことは、キリシタン霊界をともに持つ(とくに九州の)食口たちにとって、この上ない恵みであると感じます。キリストを求めて逝った多くの先祖の方達が、このようにして再臨のキリストに地上でつながったのですから―。
 大分聖殿から阿南夫人とともに式典に参加して、お母様とご縁を結ばさせていただいたことはもとよりですが、友美さんを通じて、もう一つの真のお母様との強い絆のバトンをうけたような気がします。神さまの導きと愛を感じます。ありがとうございました。
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                 感想文       阿南恵美子

突然のご聖和の知らせに驚き、準備も不十分なままの訪米でした。それで今回は事情で足りないものが大分聖殿を代表としての参加となりました。

協会本部で御聖体を前にして
3月16日の午後9時すぎに本部教会に到着して、康真のお母様の御聖体の前でお祈りさせていただきました。
全歴史をかけて、神様の願いのごとくに勝利された真のアダムの真のお父様をお慕いし、侍ってこられた康真のお母様。
御聖体の前で祈祷するとき、先人(キリシタン)たちも真の父母様の実体に侍りたかった心情を感じました。そしてその方々とともに真のご父母様に敬拝をささげ、康真のお母様に最後の祈祷をさせていただいた実感がありました。
康真のお母様の真のお父様、二代王様に侍られる姿勢は私のこれからの路程の指針です。

17日、
その日は日曜礼拝の日でした。その礼拝の後には、康真のお母様のご聖体の前でお祈りに来られる方々に対してお辞儀をして挨拶をする担当も経験させていただいて、感謝でした。

夜、レイクサンクチュアリにて
普通ならば疲れて早く寝る予定でしたが、不思議と目がさえて寝ることができません。そして花粉症から風邪をひいたのか、あまりにも咳が止まらず、周りに迷惑をかけてはいけないと思い、1階の祈祷室に行って祈ることにしました。
そこでふと自分は大分聖殿を代表してきていることに気づいて、食口の方々が徹夜祈祷してでも康真のお母様のためにお祈りしたいだろうという心情になりました。それで朝の5時前まで祈祷させていただきました。その時間、康お母様のお好きだった讃美歌を流しながら、時間を過ごしました。するとご聖体の前でお祈りしているような感覚となり、貴重な体験となりました。

18日、天宙聖和式
聖壇に真の御父母様のご尊影が中心にあり、光り輝いていました。謙虚なお姿で控えめにされておられた二代王様、王妃様のお姿が印象的で、真のご父母様の勝利と栄光をたたえる式典そのものでした。
その中で、江利川総会長の送辞は全世界にいる日本食口の思いを束ねて、感謝の言葉を送られていたことに”アージュ”という思いでした。また、友美さんの送辞は最後の最後まで真のお父様に生命を捧げ、みことばをいかに大事にされておられた真のお母様であられたかを証しを通して知ることができ感謝でした。

19日のキングスレポート参加
予定にはなかったキングスレポートに参加することができました。
その中で二代王様が「日本や韓国、また世界から多くの食口が来てくれました。」ととても喜んでくださいました。私はこんな足りないものなのに感謝のことばをいただき、恐縮しました。
また、お疲れにもかかわらず食口との写真を撮っていただき感謝でした。

真のご父母様の愛に包まれた訪米の期間でした。ありがとうございました。
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プロフィール

阿南信義

Author:阿南信義
大分聖殿(サンクチュアリ大分)
 阿南信義  080-8375-0337
大分の山奥で農夫をしています

sanc16ooita@yahoo.co.jp

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