氏族メシヤ聖殿連合 大分聖殿

先生が迫害を受けながら、160か国の宣教基地を造ったとするならば、あなたたちは160か国にあたる家庭基盤、160軒の家庭を収拾しなければなりません。そうすることによって同じ結晶体になるのです。結晶体になったその位置を獲得した場合には、これは一塊になった結晶体と同じく皆一つになるのです。これは公式になっています。だから160軒には、ヤコブ家庭の12数、モーセの72長老の失敗、イエス様の120門徒の失敗が入っているのです。・・・みことば

阿南信義

真の父母様の勝利圏を相続することが蕩減解消です




世界平和家庭連合定着と蕩減解消宣布式 1996年11月1日
   


 一九九六年十一月一日午後一時、ウルグアイのモンテビデオにあるビクトリアプラザホテルにて、世界平和新救国連合の会員を中心とした、ウルグアイ各界の指導者二千五百余名が参加する中で「世界平和家庭連合の定着と蕩減解消宣布式」が行なわれました。


真のお父様のみことば

(後半)




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救いの摂理は復帰摂理です。救いの摂理は復帰摂理! 復帰摂理は簡単にはできません。墜ちて下がったその反対を行かなければなりません。どのように墜ちて、世界がこのような終末の世、フリーセックス、家庭の破綻と淪落が起きるようになったのでしょうか? それを細密に研究して、墜ちたのと反対に上がっていかなければならないということを知らなければなりません。

 サタンと神様が話し合えば、サタンは原理原則の道を正反対に行き、神様は原理原則どおりに上がっていくのです。上がるときも自分勝手に上がるわけではありません。公式的な路程を通じて上がっていくのです。神様は世界を自分勝手に創造したのではありません。原理原則を中心として創造しました。人間はそのような原理原則から外れて墜ちましたから、上がっていくときは原理原則に従っていかなければならないのです。

 復帰摂理は再創造の摂理です。再びつくらなければならないのです。創造したすべてを壊してしまったので、再びつくり直さなければならないのです。皆さんの心と体が争っているのを、どのようにして一つにすることができるでしょうか? そのような男性、そのような女性がいれば、二人分の心と体ですから、四つが争っているということになります。永遠に平和はあり得ません。世界平和の起源は、国家でも世界でもありません。心と体の闘いが起源です。

 私たちの心と体の闘いは、歴史以来今に至るまで休戦と停戦をしたためしがありません。そこには幸福はありません。闘う人は地獄に行くのです。そのような男性や女性になってしまったので、絶対夫婦がいないのです。神様の創造理想は、絶対夫婦を立てることです。絶対夫婦は、絶対生殖器を中心として、自分のために生きるのではなく、相対のために生きるところに立てられるのです。相手のために生じたのであって、自分のために生じたのではありません。生殖器を与えたのは……、男性のものは女性のためにあり、女性の生殖器は男性のためにあるのです。相手のためにあるのです。為に生きよと与えられたのであり、為に生きるところに愛が築かれるのです。「私に尽くせ」というところでは、愛が破壊されてしまいます。

 絶対的に為に生きるところでなくしては、絶対愛を得ることができません。為に生きるために生まれたので、絶対的に為に生きるところでなければ、絶対愛を得ることができないのです。理論的なことです。為に生きるために生まれたのです。

 親は子のために生き、夫は妻のために生き、妻は夫のために生きなければなりませんし、家庭は国のために生き、国は世界のために生き、世界は天地のために生き、天地は神様のために生きなければなりません。このように、為に生きてから死んだ人が、あの高い天国に行くのです。分かりましたか?

 男性として生まれたのは女性のためです。先生は体験したので話すのです。霊界をすべて調べてみたら、そのようになっていたのです。

 では、宇宙の核とは何ですか? 宇宙の核は家庭です。そこが愛、生命、血統、良心の出発基地です。個人が生まれる根本基地も生殖器であり、理想的な世界や国を築けるのも生殖器です。生殖器はすべての出発基地なのです。

 夫婦が交わる愛の器官をみるとき……、宇宙が誕生し、生死圏が渦巻き、地獄が生じ、天国が生じるということを考えるとき、どれほど恐ろしい所であるのかを知らなければなりません。今日、自由な環境をつくってエイズが蔓延し、毒蛇が口を開いて「男も女も入ってこい」と待ち構えているのです。一度噛みつかれたなら滅びてしまいます。

 今日、皆さんの日記に「私の妻は、私が一生かけて為に生きられるように生まれた唯一の愛の対象であり、神様の娘である! 私は唯一なる神様の息子である!」と記録しなさい。「私はこの絶対性(absolute sex)を中心として、絶対カップルになる。ゆえに、絶対的に為に生きなければならない!」と結論を出して日記に書きなさい。

 そのような家庭が基本です。家庭がすべての神様の復帰摂理、再創造摂理の基本的な核であるということを知らなければなりません。核! 基本的核であるということを知らなければなりません。それゆえ、家庭では孝子を必要とするのです。国は忠臣を必要とします。それは誰かというと、家庭を中心として拡大した国の父母です。それを愛国者というのです。

 家庭から外れることはできません。根本的な家庭。愛の王宮、愛の本宮、生命の本宮、血統の本宮、良心の本宮、根本です。その根本がアダムとエバの生殖器です。それが繁殖したのです。すべての家庭は、アダムとエバの家庭が拡大した内容なのです。公式は同じなのです。

 人間が行くべき道はどのようになっているかというと、家庭を通じていかなければなりません。それゆえ、孝子と孝女にならなければならず、忠臣と烈女にならなければなりません。その次には聖人です。聖人は世界のために生きる人です。世界を愛して生きようとする人が聖人です。その次には、天と地、天国の王宮、地上の王宮を中心として、その孝子となり、忠臣となり、聖人となって、聖子になれというのです。

 したがって、家庭の孝子が忠臣の道を行くのです。家庭と忠臣が一つになり、その国の王と民が一つになって、世界のためにすべてを投人しなければならないのです。犠牲にならなければなりません。どうして世界のために投人しなければならないのでしょうか? 国の数百倍にもなる世界があるのに、世界の数百分の一でしかない一国のために、数百倍もある南米や世界を否定する人は、そこでつまってしまうのです。

 イエス様は聖子の道を行くために怨讐を愛しました。天地を抱かなければなりません。イエス様は神様の息子です。それゆえ家庭や国や世界よりも、天をもっと愛さなければなりません。すべての国々は、神様を中心としてすべてを投入しなければなりません。投入した後に相続が可能となるのです。「私が願っていた家庭はおまえの家庭だったのだなあ! 私が願っていた国はおまえの国だったのだなあ! 私が願っていた世界はおまえの世界だったのだなあ! 私が願っていた天地はおまえのものだったのだなあ!」と、神様の願いが成就したそのとき、神様が相続してくださるのです。

 家庭の年輪、国家の年輪、聖人の年輪、聖子の年輪をもって、天地が一つにならなければなりません。今までの歴史過程にそれが必要であり、それを立てようとしたにもかかわらず、共産主義、背道主義、神を否定する人本主義者が現れて、それをすべて破綻させてしまったのです。

 自分の家よりも国をもっと愛してこそ天国に行くことができるのです。無限なる天国に行くためには、南米よりも世界を愛さなければなりません。世界よりも天地を愛さなければなりません。天地を投入して神様を愛さなければなりません。

 皆さんは神様の代身者として来たということを知らなければなりません。王権が伝授されるのです。アダムとエバがそうでなければならなかったのです。家庭においては「真の母」、国においては「国家の母」、世界においては「世界の母」……、皇后の伝統、天国の皇后の伝統、神様の伝統を受け継ぐ道を行かねばならないのです。それが女性たちの行く道です。

 家庭の女王は母親です。家庭の女王が母なのです。国の女王は母親です。誰でも国の女王になりたいのです。国の女王になるには、家庭の女王にならなければなりません。その次は、世界の女王になりたいのです。家庭の女王と、国の女王の立場を経ずしては、世界の女王の立場に立つことができません。家庭と国と世界の女王の立場に立ったならば、天国の女王の立場を相続しなければなりません。そのためには、為に生きなければなりません

 神様が対するのは一人だけです。王権、神様の永遠の王権は、ただ一人にだけ伝授されるものです。様々な人が伝授できるものではありません。そのためには、その伝統を経て、世界の標準、神様が絶対に必要とする基準にならなければなりません。そのとき王権を受け継ぐのです。相続が行われるのです。

 男性は家庭においては神様のような存在です。永遠なる創造の大王の道を築いていく立場にあるため、目的地まで行くには家庭の王にならなければなりません。ですから、家庭の王は父親です。女王は母親です。家庭は、国の父母に仕えていかなければなりません。男性はその王を模範としなければなりません。

 そうして、世界の王の立場、天国の王の立場、神の王の立場に上がって、最高の神様の代身として王権を受け継ぐのが人間の欲望なので、人は誰でも最高になりたいのです。それが人間に与えられた特権です。

 死んでもその道を行かなければならないのです。私のおじいさん、おばあさんが王と王后になり、お父さんとお母さんが王と王后になり、夫と妻と息子や娘が王族となるのです。そのような王宮の中心存在になりたいという欲望を皆さんはもっているでしょう? このような原則的な家庭は、誰もがその立場に至ることができるのです。

 さて、離婚は必要でしょうか? 男性は浮気することができますか? 絶対的に為に生きる永遠の夫婦にならなければなりません。今、それからどれぐらいかけ離れていますか? どれほど汚れていますか? どれほど神様から遠いですか? 神様と接することができないので、接することができるように、レバレンド・ムーンがこの道をすべて整えてきたのです。

 真の父母になることは容易なことでしょうか? 蕩減しなければならないのです。家庭の壁、民族の壁、国家の壁、世界の壁……八段階の壁でふさがっていたものを、すべて崩してしまいました。

 失われた出発、アルファで失ってしまったので、その失ったものを今回、オメガで取り戻して合わせなければなりません。ですから「世界平和家庭連合定着」です。地上に定着するのです。様々な壁があったのを一気に崩して、八段階が平面になったのです。誰がその道を築いたのですか? 真の父母であるレバレンド・ムーンが、今まで一生をかけて築いてきたのです。

 ですから、レバレンド・ムーンと一つになりなさいというのです。神様は創造するとき、絶対信仰で創造しました。絶対愛ゆえに、絶対服従で創造したのです。絶対信仰・絶対愛・絶対服従です。自分というものはありません。ですから、それが門の入口です、天国と地獄に行く門の入口なのです。

 人間はかつて戒めを破りましたが、これからは絶対生殖器をもち、絶対愛をもって、絶対的に為に生き、絶対服従しなければなりません。神様は為に生きる愛の基盤を願っておられましたが、人間が自己中心的に勝手に行動してしまったのです。ですから、宇宙が「ペッ!」と唾を吐きかけたのです。これを再び回復しなければなりません。回復するためには、偽りの父母によってそれを失ってしまったので、真の父母が来て……。

 レバレンド・ムーンの公式名、神様が制定した名前が「真の父母」です。このように、八段階で上がっていくべきすべてを、蕩減法によって平面にしたのです。それで、世界的家庭を編成するのです。三百六十万双が祝福を受けるのです。

 自分を中心として愛し合って結婚し、過ちを犯したゆえに、公的な天と天地の大道のために新たに祝福を受けることによって、サタンが悲鳴をあげて死ぬのです。一八〇度違います。絶対愛・絶対性・絶対相対を中心として、絶対家庭のために定着する皆さん一人一人にならなければなりません。ですから、真の父母の前で再び祝福を受けなければなりません。その祝福を受けずに霊界に行けば、「強制的にでも、なんとか祝福を受けさせてくれればよかったのに、どうして言ってくれなかったんだ!」と讒訴されるのです。強く命令しなさい。

 「蕩減解消」は何によってなされるのでしょうか? 自分の親以上に真の父母に侍って、新たに真の父母によって祝福を受けることによって、はじめて真の父母の勝利圏を子女が相続できるようになるのです。真の父母であるがゆえに、その父母の勝利した内容を息子と娘に相続できる権限は、サタンも神様も否定することができないのです。それが「蕩減解消」です。

 「世界平和家庭連合」が定着し、真の父母が完全に勝利したことを……、真の父母に侍り、絶対家庭における孝子となり、忠臣となり、聖人となり、聖子となることができる、そのような愛で一体となった息子、娘となるとき、神様の全権を相続することができるのです。

 皆さんはこれを知らなければなりません。旧約時代があり、新約時代があって、成約時代があるのです。旧約時代には完成することはできませんでした。すべてを知りませんでした。どうしてアダムとエバが堕落し、どうしてアダムとエバが追い出され、どうしてノアの洪水審判が行われ、どうしてアブラハムがイサクを殺そうとし、どうしてイサクの妻リベカが夫と長男のエサウをだまして、次男のヤコブに恵みが与えられるように祈り、どうして神様はその妖女のようなりベカを愛したのか……すべてが未知だったのです。

 すべて失敗しました。モーセとイスラエル民族のカナン復帰路程は、四十年の失敗の記録です。ユダヤの歴史が失敗したその理由は、イエス様が十字架で亡くなったからです。しかし、なぜそうなったのかという事実を知らずにいるのです。旧約時代の失敗を解消できず、新約時代の失敗を解消することができなかったのです。

 旧約を立てたのも家庭を探し求めるためであり、新約を立てたのも家庭を探し求めるためです。イエス様が送られたのは、国家的代表の王となって、その国の家庭を探し出すためでした。再臨主も世界の王権をもって、世界の家庭を探し出すために来られるのです。家庭です、家庭なのです。

 旧約時代には、万物をすべて半分に裂かなければなりませんでした。血を流さなければならなかったのです。神様の前に、そのままでは行けません。サタン世界の血が半分混ざっているからです。その血を抜かなければならないのです。三つの祭物のうち、鳩(旧約)と羊(新約)はオスとメスの対でしたが、雌牛〔成約)は対ではありませんでした。それゆえに独身生活が強調されたのです。すべて裂かなければなりません。サタンの血を受け継いだのです。断食をしてでも抜けというのです。

 また、犠牲となって奉仕しろというのです。祭物になれというのです。血を流さなければなりません。それが「蕩減解消」されるためのすべてなのです。旧約時代には万物を犠牲にしました。万物を犠牲にして、息子と娘が行くことのできる道を立てようとしたのです。その息子がメシヤなのです。新郎新婦なのです。そのメシヤをこの地に降臨させる準備として、祭物を捧げさせたのです。万物を捧げさせたのです。逆の経路で上がっていくのです。

 その次には、息子がこの地に来て血を流しました。神様の息子が十字架で死んだのです。そのとき、イスラエル民族がメシヤと一つになっていたならば、その息子が死ぬことはありませんでした。不信したために息子が血を流すことになったのです。その息子は何をしたかというと、この地上に真の父母が来ることのできる道を築いたのです。

 次に、母親が来なければなりません、母親。エバです。雌牛です。雌牛は裂いてはなりません。これは新婦になります。新婦の立場で世界を収拾し、来られる新郎を迎えなければならないのです。そのためには、息子と娘、カインの息子と娘をすべて収拾し、国においてもカインとアベルをすべて収拾し、失われたエデンの園のカインとアベルから、国家的なイエス時代のカイン・アベル(イスラエル民族とユダヤ教)、終わりの日に至っては、共産主義と民主主義というカイン・アベルが闘っているのを、すべて世界的王権を中心として収拾しなければならないのです。

 旧約も新約も完成しなければなりません。それから、成約時代が来なければなりません。成約時代は世界的時代であるだけに、世界的圏内でアダム家庭で失った長子圏を復帰しなければなりません。アダムは長子としての役割を果たせませんでした。それから、真の父としての役割も果たせませんでした。真の王にもなれなかったのです。

 これを代身して、世界的な版図圏内で世界中の家庭を対象に、アダム家庭と同じ長子権、天国に入れる真の父母権、天国の王権を失ったので、その資格者を再び合わせなければなりません。そうして、そこに合格することによって、真の父母の勝利的全権を受け継いで、子女としての道理に従って入っていくことができるのです。

 ですから、男性にしろ女性にしろ、レバレンド・ムーンの後ろにくっついて、死んでも放してはならないのです。このような脅迫がどこにありますか? 脅迫ではありません! 本当の事実というものは、机を叩きながら命令するのです! 嘘でないならば、レバレンド・ムーンがそのように命令できるというのは、妥当な結論です。このような膨大な内容は、偽者には分かりません。本物だから分かるのです。

 「世界平和家庭連合定着」を歓迎する人、それから「蕩減解消」して、自由自在に天下のどこにでも行ける解放された人になりたい人は、両手を上げて歓迎しましょう!(拍手)

 それで、今日は宣布式を行うのです。レバレンド・ムーンが祈祷する暁には、天地にそれが実現するのです。そのような途方もない宣布なのです。皆さんの生涯において、我知らず田舎道を狂ったように歩いていて、王子に出会って王后になる、ということもあり得るのです。ちようどそのようなものです。

 ですから、感謝、感謝の心で「先生が祈祷したことは、そのようになる! 我が一族と我が国と南米全体が、世界人類がそのようになる!」という心をもたねばなりません。


   祈祷

 愛するお父様……、恨多き復帰時代を役事してきた天の無念さをよく知っているこの息子が、ここ南米ウルグアイに来てこのような役事をするようになりました。

 あなたがいなければこのようなことは歴史上にあり得ませんでしたが、あなたがおられたがゆえに自分の国と家庭を捨てこの地に参り、このような役事をするようになったことが、あなたの恵みであったということを考えますとき……、最終着点において勝利の標的を定めたあなたのみ旨を知ったがゆえに、今までこの闘いを続けておりますから、お父様……、祝福してくださいませ。

 世界平和家庭連合定着ということが、歴史時代の宿願であったということを思うとき、真の家庭の王的夫婦、真の国の王的夫婦、真の世界、真の天宙の王的夫婦の権威をすべて備え、神様の息子と娘としての全権をこの地上に受け継ぐことのできる、このような事実を宣布いたしました。

 ここにいるすべての人々の心を鑑定してくださり、この道がいかなる道であるかを心深く考えながら、残されたみ旨の前に時間を競って天の前に祝福を受けて解放者となり、ご父母様の後に従う家庭となること、個人になることを願って恨を抱いてきたエデンのその壁を崩し、イエス時代のすべての壁を崩し、第二次大戦以降の壁を崩し、再びこれを回復して、万民の解放圏を祝福の恩賜として与えることのできる、驚くべきこの日を迎えさせてくださいましたことを感謝申し上げます。

 一九九六年、十一月一日午後一時を中心とし、すべてを代身して、このような「世界平和家庭連合定着と蕩減解消」を中心とした、宣布式を挙行いたしますので、お父様……、受け入れてくださいませ。

 アダムとエバの失敗をイエス様の家庭を通じて、イエス様の国、イエス様の民族、イエス様の国家を通じて解怨成就できなかったことを、今、真の父母を中心とした統一教会を中心として、アダム家庭の失敗、イエス家庭の失敗、ユダヤ民族の失敗、キリスト教の失敗、すべてを総蕩減して勝利の覇権・権限をもって、万民が共に一つの家族、一つの兄弟の血筋を受け継ぐことのできる直系の子女の因縁をもって、天の眷属となり得る特権を天地に附与することを願いますので、お父様……、祝福してくださいませ。

 天で成されたように、地でも成されますように。地上で成された真の父母の願いが、天国のお父様の願いであるということを知っておりますから、この場に万民解怨成就、蕩減解消の日と定めまして、これを宣布いたしますから、受け入れてくださいますようお願い申し上げます。

 真のご父母様のみ名を通して祝願いたします。

 アーメン、アーメン、アーメン! (二八〇-四七、九六年十一月一日)

(終わり)


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世界平和家庭連合定着と蕩減解消宣布式 1996年11月1日


   


 1996年11月1日午後一時、ウルグアイのモンテビデオにあるビクトリアプラザホテルにて、世界平和新救国連合の会員を中心とした、ウルグアイ各界の指導者二千五百余名が参加する中で「世界平和家庭連合の定着と蕩減解消宣布式」が行なわれました。


真のお父様のみことば



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(前半)

 今日の題目は「世界平和家庭連合定着と蕩減解消宣布式」です。皆さん、これがどのような意味か知っている人はいますか? たぶん知らないでしょう。「世界平和家庭連合定着と蕩減」ここまでは分かっても「蕩減解消」というのは知らないはずです。

 原理のみ言を聞いたことのある人であれば、「蕩減」という言葉を知っているはずです。歴史は繰り返します。繰り返しながら発展するのです。それは一般的に知られているように、自分勝手に繰り返すのではなく、公式によって繰り返しているのです。この歴史を動かしているのは人ではありません。結局のところ、歴史を動かしている主人は神様なのです。

 神様がいるか、いないかということをはっきり知らない人はかわいそうな人なのです。はっきりと知っている人は恵みを受けた人です。神の摂理から見るとき、人類歴史は摂理史観ですが、それは救いの摂理なのです。摂理というのは、宇宙を正確に動かすことを意味しますが、その摂理の中でも救いの摂理なのです。救いの摂理とは、再び救い出すための天の経綸をいいます。人類歴史の始まり、創造から始まって再び帰っていくまで、主流として歴史の経綸を担ってきたのが救いの歴史であり、救いの歴史路程だったのです。

 救いとは何でしょうか? 人は一般的に、病院に人院してから退院すると、救いを受けたと言います。つまり、救いの摂理という言葉は、堕落ゆえに生じた言葉なのです。堕落があったゆえに、救いの摂理が必要なのです。病院に行って病気が治れば、救いを受けたと言いますが、それは本然の状態に戻ったのです。

 キリスト教思想の主流思想は何かというと、堕落したという思想です。堕落したために、神様と人間との関係が途絶えてしまいました。エデンの園から追い出されたのです。それは何かというと、神様の懐を離れて、サタン世界の病院に入院したのと同じことです。

 人間を病院に入れること、堕落した人間を病院に入れることが、神様の創造の目的ではありません。ですから、救いの摂理とは、その人間をいかにしてその病院から引きずり出すか、つまり、サタンに引っぱられていった人間からサタンを除去し、病魔を除去して、いかに堕落していない本然の人間として取り戻すか、ということです。堕落病にかかった人は、まちがいなく地獄に行きます。死の世界へ行くのです。では、この堕落病は、一番初め誰から始まったのでしょうか? エバによって病気が始まり、アダムに伝染し、そのアダムとエバが伝染することによって、人類のすべての子孫に伝来したということを、皆さんは知らなければなりません。

 病気にかかるようにしたのがサタンで、病気にかからないようにする立場が神様なので、神様と共に一つになれば天国に行き、病を患って病魔と一つになって人生を終えれば、地獄に行くのです。死の世界へ行くのであり、復活の世界に行くのです。

 その病んだ人たちは誰かというと、本来、神様の息子と娘でした。息子と娘が病気になったのです。そのため、それを治すべき人が歴史時代の一時期に専門的な医師として現れ、病魔の根源を完全に解明し、それを完全に治療しなければならないのです。そのようにできる地上の責任者、その病んだ人を救うために来られる方が、メシヤ、救世主なのです。

 私たちが病気にならなければ、メシヤは必要でしたか? 必要ありませんでした。地獄や、死亡といったものがなく、退廃思想によって破壊現象が起きない理想的な現象となり、神様と直接に同苦同楽できる永遠な幸福の世界に連結されるはずでした。それがすべて堕落によって失なわれてしまったのです。

 堕落することによって、神様はエデンにおいてアダムとエバをそのままにしておかれましたか、追い出しましたか? 追い出しました。エデンの園から追い出されたという事実は、エデンの園の全存在の前に必要な条件を、すべて失ってしまったということを意味します。

 ところで、アダムとエバは息子と娘を生みましたか、生みませんでしたか? これは深刻な問題です。追い出されてから息子、娘を生んだのです。今日、信仰をもっている人たちは、そのようなことを考えもせずに、無条件に信じて天国に行こうとしています。それは違います。今の時は、理論的に妥当でない事実は失われてしまいます。あったとしても片づけられてしまうのです。アダムとエバは堕落して、エデンから追い出されてから息子と娘を生んだのですから、今日、その人類始祖に連結している我々人類は、神様に追い出されたエデンの園の圏外で、悪魔の管理の下に結婚して生まれた息子と娘であるということを認めなければなりません。

 皆さんは「アダムとエバは堕落したかもしれないが、そのアダムとエバと私に何の関係があるというのか?」と考えるかも知れませんが、関係はなくても、追い出されてから生まれた息子、娘の子孫であるということは、まちがいのない事実です。神様と関係なく、神様の理想やエデンの園と関係がなく、神様から追い出され、神様が願わざる愛を中心として生命が連結し、血筋が受け継がれ、その子孫として生まれた自らであるということを自覚しなければなりません。堕落の実であるということを自覚しなければなりません。

 いいですか、神様はエデンの園をアダムとエバのためにつくり、愛を中心として満ち足りた生活ができるようにすべての準備を整えておいたにもかかわらず、アダムとエバはエデンの園で善悪の果を取って食べることによって、神様も嫌い、万物も歓迎し得るものが何一つない立場で罪を犯してしまったのです。それゆえに、神様はアダムとエバを追い出したのです。神様もそうせざるを得ず、エデンの園のすべての万物もそうせざるを得なかったという事実を知らなければなりません。

 では神様が、創造理想、愛の理想の園、被造物のすべてを否定し得るようになった、その堕落の動機とは何でしょうか? 深刻な問題です。皆さんはその問題を知るために、どれほど身もだえしたことがありますか? 生命の立場から死亡の地獄に行く息子と娘、追い出された息子と娘を見つめる神様の思いは、いかばかりだったでしょうか? 私たちは病気にかかったことも知らずに、このように生きていますが、それをご存じであられる神様は喜ばれたでしょうか、もがき苦しまれたでしょうか?

 キリスト教をはじめ多くの信仰者は、今日なぜ宗教が必要かという根本的な問題の解明もできないまま信じている不幸な人たちです。堕落圏を抜け出す術がないのです。では、神様が知っている堕落の内容とは何でしょうか? サタンが堕落させたその内容とは何でしょうか? 堕落させられた結果、今日の私たちはどれほど悲惨になりましたか? 否定のしようがない理論的な解決がなされなくては、二十世紀という先端科学の時代、コンピューターを中心として数理的に宇宙を測定するというこの時代において、盲目的にどんぶり勘定式に信じて、天国に行けるでしょうか? そのようなことはあり得ません。

 すべてが地獄に向かって進んでいます。アダムとエバが向かい、アダムとエバの息子と娘が向かい、アダムの一族も向かっています。アダムの子孫、アダムの氏族、アダムの民族、アダムの国家、アダムの世界、アダムの天宙、すべてが地獄に向かっているのです。それで「神はいない!」と言って無神論を主張し、神学においては解放神学を主張し、共産党とキリスト教が一つになって神様を否定し、キリスト教破壊運動をし……民主世界は大騒ぎになってしまったのです。これは一体どうしたことでしょうか?

 終わりの日には三大試験官が現れます。神様が試験を出すのです。神様が提示した試験に、どのように合格するかというのです。その次に、サタンが提示する試験があります。「私はこのように堕落したが、どうしてか?」といって試験を出すのです。「神様はなぜ人間の堕落行為を放任したのか? 神様は人間をつくっておきながら、なぜ責任を負わないで堕落させてしまったのか?」という問題を出すのです。

 何も知らなければ落第です。神様からも落第、悪魔からも落第、人間自体からも落第なのです。落第したものは廃物です。廃物はごみ箱にポンと捨ててしまわなければなりません。神様は今日の人類に恵みを与えるため、その恵みを与え得る相対的な試験過程を経させるはずです。その試験内容とは何でしょうか? サタンと神様は怨讐関係にあるため、神様の試験内容は、サタンの秘密は何であるのかということです。

 その峠を越えてこそ、神様と関係をもつことができるのです。サタンは神様のすべての秘密を知っているので、サタンの試験は神様とは正反対です。一八〇度反対の問題を出すはずです。それを解決してこそ、神様のもとに帰ることができるのです。それを誰も知らないのです。

 ここには立派な人たちが大勢集まっていますが、立派な男性、あるいは立派な女性として、神様の試験にパスし、サタンの試験にパスする資格がありますか? これは概念ではありません。実際的なことです。事実なのです。

 そのことを誰も知らないので、それを解決してあげるために……、サタンの秘密と神様の秘密を解明し、サタンの道を避けて神様の道に至れる方法を教えてあげるために、メシヤが来なければならないのです。これは神様も否定することができず、悪魔も否定することができません。人類歴史も否定することができないのです。そのような堂々とした事情ゆえに、神様の前に「息子、娘」と主張できる覇権が生じるということを知らなければなりません。

 この国やこの世界には、自分たちの問題を解決できる根本的な対策はありません。神様を知らず、悪なるサタンを知らず、神様が何であるか、悪が何であるかを知らずにいます。自分の行くべき道を知らない男性と、自分の行くべき道を知らない女性が出会って、家庭が行くべき道を探せるはずがありません。すべて滅びてしまったのです。神様はご存じです。神様は男性の行くべき道、女性の行くべき道をご存じですから、神様だけについていけばいいのです。また神様は、家庭が行く道、民族が行く道、国が行く道、世界が行く道、霊界に行って天国で永遠に生きる道をすべてご存じです。ゆえに、その道を進めば勝利となり、成功だけがあるべし! アーメン!

 では、男性の生殖器は自分のものですか、女性のものですか? 宇宙の根本はどこから始まりましたか? 進化論でもなく、創造論でもありません。それを知らなければなりません。進化論よりも先に、創造の概念がある前にオスとメスがあったということを知らなければなりません。では、なぜオスとメスが生じましたか? 愛ゆえです。これが公式なのです。

 愛ゆえに男性がいて、愛ゆえに女性がいるのです。男性は男の世界では愛を得ることができません。女性は女性を中心としては愛を得ることができないのです。女性が男性を求めるところ、男性が女性を求めるところで、はじめて愛を得ることができるのです。

 どんなに頑固で、変わったおばさんであっても、愛を得るには男性におぶってもらわなければなりません。男性に「助けてください!」と言わなければならないのです。女性の生殖器は誰のものかと言うと、夫のものです。それは女性のものではありません。夫のものなのです。女性のものではないのです。女性のものは夫のものであり、夫のものは妻のものであるということを知らなければなりません。神様に尋ねてごらんなさい。

 主人が入れ替わってしまいました。主人が入れ替わったのです。それゆえ、男性は女性のために生まれ、女性は男性のために生まれたという結論は妥当なのです。それを認めなければなりません。女性はなぜ生まれましたか? 男性のために生まれました。女性のためではありません。男性のために生まれました。男性はなぜ生まれましたか? 女性のために生まれたのです。

 それで何をしようというのですか? 愛を探し求めようというのです。女性を求めることによって愛が生まれ、男性を求めることによって愛が生まれるのです。それが何かというと結婚です。これは宇宙の何ものにも代えることのできないものなのです。

 そのとおりだと思いますか、嘘だと思いますか? 美しい女性たちも、自分の生殖器は自分のものではありません。自分の愛する夫のものです。絶対的に夫のものであると知っている女性こそ、真の女性であり、女性のそれを守ってあげることができる男性こそ、絶対的な男性であり、そのような男性と女性こそ、神様が好まれる男性や女性になるということを知らなければなりません。今までこのことを知りませんでした。それが自分のものであると思っていたのです。

 女性の体を一度分析してみましょう。胸は自分のものですか、誰のものですか? 赤ん坊のものです。お尻はどうして大きいのでしょうか? 誰のためにでしょうか? 赤ん坊のためにです。自分のものではありません。さて、女性の顔は非常にきれいで、つるつるしていますが、男性はひげが生えてざらざらしています。そのきれいな顔は自分のためにあるのでしょうか、誰のためにあるのでしょうか? 夫のためにあります。女性のためにあるのではありません! それを知らなければなりません。女性に必要なのは男性の顔です。ひげがざらざらと生えた男性の刺激ある顔と、ソフトな女性の顔が和合して刺激を感じるのです。

 では、そこから直行して降りていったところにある生殖器は誰のものですか? 自分のものですか、夫のものですか? このような簡単な真理を知りませんでした。この宇宙のすべての陰陽の理致は、オスとメスです。鉱物世界も主体と対象の関係、最近ではバクテリアの世界までも、オスとメスからなっていると言われているのです。宇宙がペアシステムからなっているのです。愛という概念をもって、主体は対象のために、対象は主体のために、為に生きるために生まれたのです。為に生きるために生まれたのですが、何のためでしょうか? 愛のために。愛を完成させるために生まれたのです。

 神様はアダムとエバ、二人の男女をつくって、成熟したら結婚させようと思っていました。その結婚式を中心として関係を結ぶ生殖器が、絶対的な器官であり、絶対的な生命、絶対的な愛、絶対的な血統を植えつけるための本部であった、ということを知らなければなりません。今晩からは生活が変わらなければなりません。一八〇度変わらなければならないのです。

 ですから、真理を知ることによって解放されるのです。真理が皆さんを解き放してくれるのです。真理を知ることによって解放されるのです。

 話を元に戻しましょう。堕落とは何ですか? 根本問題、根本とは何でしょうか? アダムとエバが生殖器を自分のものとして、勝手な行動をしたことです。成熟すれば神様を中心として、アダムのものはエバのもの、エバのものはアダムのものとなって、永遠なる神様と絶対的な愛の基台をつくるべきであったのに、それを不信して自分のものにしてしまったのです。そのようにして破壊してしまったのです。

 自分のものを主張すれば追放されます。宇宙の万物を見ると、鉱物世界も主体と対象、植物世界もオシベとメシベ、動物世界もオスとメス、人間世界もそのようになっているのです。しかし、その根本的な愛の主人は自分ではなく、相対なのです。それにもかかわらず、その相対を否定してしまったので、相対とわかっているその世界に存在することができないのです。ですから追放されるのです。価値のないものなのです。

 そのような人は、鉱物世界や植物世界、いかなる万物が見ても、「ペッペッペッ!」と唾を吐きかけられるのです。神様も追い出さざるを得なかったということを知らなければなりません。それが何かというと偽りの愛です。自分のための愛を求めていくことなのです。

 自分のために生きる人は地獄に行き、相手のために生きる人は天国に行きます。ここで分かれるのです。この生殖器が地獄と天国の境界線です。それを知らなければなりません。

 それが天と地をひっくり返してしまいました。愛の本宮を破壊し、生命の本宮を破壊し、血統の本宮を破壊し、良心の本宮を破壊してしまいました。愛の本宮、生命の本宮、血統の本宮、良心の本宮を通じて天国に行ける本然の愛の道を破壊してしまいました。天地をひっくり返した凶悪なものとなってしまったのです。何よりも恐ろしいものです。「そうではない」と言えますか? レバレンド・ムーンは賢い人なのです。

 口で取って食べ、手で取って食べたのに、なぜ堕落してから下部を隠したのですか? 子供たちは、母親がしまっておいたお菓子をこっそり食べていて見つかると、手や口を隠します。それなのに、どうしてアダムとエバは下部を隠したのかというのです。それは否定のしようがありません。そのようなすべてを知って、霊界のすべてをくまなく調べたところ、間違いがなかったので、このようなことを宣布するのです。

 原理講論、原理のみ言を聞きさえすれば、すべてが一挙に頭に入ります。統一されるのです。旧約聖書、新約聖書、成約聖書の秘密が、すべて自分と関係しており、堕落の解消まで誰もが解放的な道を進むことができるのです。

 それでは、「世界平和家庭連合定着と蕩減解消」とは何でしょうか? 神様は堕落によって男性も失い、女性も失ってしまいました。アダムとエバの家庭を失ってしまいました。家庭を失ってしまったのです。家庭を連結して、氏族、民族、国家がサタン側になった地上地獄と天上世界、これを解消しなければなりません。神様が創造した世界には、そのようなものはなかったのです。

 それで、来られる主は何かと言うと、医者として注射をし、治療するために来られるのです。地上で失ったので、地上で取り戻さなければなりません。アダムとエバの家庭を地上で失ったのに、イエス様が空中に来られて、どのように取り戻せるというのでしょうか? エリヤは雲に乗ってやってくると言われていましたが、雲に乗ってやって来ませんでした。イエス様はそのため捕えられて殺されてしまったのです。

 それと同じく、レバレンド・ムーンが雲に乗ってやって来なかったので殺そうとするのです。まったく同じ立場です。それで、政府はありとあらゆる迫害をしてきました。レバレンド・ムーンは嘘つきではありません。命懸けで死を覚悟して祈ってみなさい。先生はこのような問題を解決するために、命懸けで祈祷し、悪魔から奪ってきたのです。サタンから奪ってきたのです。「おい、おまえはこういうことをしただろう?」と言いながら奪ってきたのです。それで神様は拍手をするのです。

 神様は家庭を失いました。家庭をなくしたのです。神様はエデンからアダムとエバを追い出すことで、家庭を失ってしまったのです。

 救いの摂理は、本然に帰るためのものであるゆえに、復帰摂理であるということを知らなければなりません。病気になる前の状態に帰らなければならないのです。エデンで堕落する前の、神様だけを好み、神様だけを愛する家庭に戻らなければならないというのは、論理に適っています。堕落の病にかかったその人たちを病院に連れていって治療を行うには、治療できるすべての方法を知って注射し、嫌々ながらも実行しなければなりません。それでこそ生き返るのです。

 堕落する前に神様が願っていた理想的な家庭の内容と、堕落してから悪魔の家庭になったという事実を完全に解明して批判し、常識的に小学生や老人でも理解できるように教えてあげなければなりません。そうして、自分自身の心と体の闘争がなく、一つになって、蝶のようにひらひらと舞いながら生きなければなりません。

つづく。


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天地父母天宙安息圏宣布の祈祷文1997年天暦7月7日


メシヤが地上に来られたときに、地上に自分の命があること自体が奇跡的なことであると思います。真のお父様が地上でどのような勝利圏を打ち立てられ、救いの摂理を成されたのかを明確に知ることがとても重要なことであると言えます。


人間の堕落によって、この地上世界はサタンが支配することとなりました。サタン世界を解放するのがメシヤの使命です。私たちは真のお父様が勝利されたその路程を歩みながら、サタンによって支配されている氏族圏を解放する使命を与えられています。そのことによってしか天一国は創建できないというのがみことばです。


それゆえ、メシヤの勝利されてこられた摂理の内容を理解することが、自分の勝利の道につながることとなります。お父様が勝利された摂理の内容を心情から理解することがとても大事なこととなります。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

真のお父様のみことば


天地父母天宙安息圏宣布の祈祷文

祈祷文(宣布の祈祷・祝祷)
1997年8月9日(陰暦7月7日)
韓国・九里市水澤洞・中央修練院



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宣布の祈祷

 愛するお父様。きょう、一九九七年(陰暦)七月七日七時七分七秒を中心として、三百六十万双家庭祝福を中心としたこの日、「真のご父母様を誇り、愛することは、三百六十万双祝福の完遂」という今年の標語のすべてのことを成就いたしました。

 どれほど苦労され、どれほど恨みの心情を抱いてこられましたでしょうか? ここに立っている真の父母の名を持った子と子供たちが……。つらい歴史の時代のあなたの心情を知らずに指示してきたものを、真の父母をこの地にお送りになって、あなたの心情を吐露することができ、内的事情を教育できるようになりました。

 青少年時代にアダムとエバを失うことによって、家庭が破綻しましたし、神様の血族を受け継ぐべきアダムの血族が、十六歳以後にサタンの体を通してサタンの血族に連結された悲しい歴史を残したことを、私たちは知るものでございます。
 そうして、今まで天使長圏の血統を残し、サタンの血統を残したものを、歴史を立てるために、あなたの天の国の新しい天使長の立場に立っている宗教圏を立てたことを考えますときに、今まで個人救援摂理を標準にしてきたのは、天使長圏の長子を捜すための歴史であることを私たちは知るものでございます。

 旧約時代、新約時代、成約時代を経て、選民圏の上に世界的な救道の中心である再臨時代を迎えさせてくださって、アダムによって誤った青少年の倫理と家庭破綻を、世界的途上で整備すべき、とてつもない時代を迎え得る時をもたせてくださったことに感謝いたします。

 これは、第二次世界大戦後である一九四五年を中心として、連合国を中心として新婦の道理を受け継いだキリスト教が、来られる再臨主の前に新婦の責任を果たせなかったことによって、また再び、エデンで失った家庭的悲しみよりももっと大きな悲しみが始まったことを知るものでございます。

 アダム家庭で失ったものをエバ国家、アベル国家、世界的国家とサタン世界の枢軸国を中心として、心と体が分かれたイエス様の恨みを一体化させるための闘いをして、キリスト教文化圏を中心とした統一世界を備え、世界的摂理途上で勝利の覇権を有し、再臨主を中心とした真の父母の血族をこの地上に着陸させ、万民解放のための祝福の時代を迎え得る世界史的な合同結婚式を迎えていたならば、そのとき、八億近いキリスト教徒を中心として、このことが実践躬行されていたならば、一九五二年まで七年期間にこの地上に地上・天上天国を完結すべきことがあなたの願いであったことを知るものでございます。

 これが、新婦の道理を受け継いだキリスト教文化圏が反対することによって、アダム家庭のゼロの基準において堕落の世界という悲しい環境をサタンの前に譲り渡してあげたことと同様に、世界的勝利の版図として築いたキリスト教が、新婦的エバ国家が責任を果たせないことによって、再び地上に落ちた悲しみを抱くようになられました。さらに、来られる真のお父様は、この地上で独り荒野の道を行かなければならなかった、その悔しく悲しい歴史を考えますときに、その時間というものは、天地の悲痛な歴史的な恨みを残しかねず、そのことによってもたらされた天の悲しみは、世界的な歴史全体を蕩減するための世界家庭理想を中心として、万民解放を一時に成すことができたはずのものを失うことによって、家庭的基準で堕落したアダム家庭も問題にならず、イエス様を中心として勝利の土台の上に家庭を築き、民族糾合を成せなかったことよりも、さらに一層大きかったということを知るものでございます。

 サタンの血族圏を完全に清算し、神様が自由天地で安息なさることのできる安息の家に訪ねていかれたいという、お父様のみ意を知ったものでございます。
 七千年歴史の千年世界を待ち焦がれたお父様、これを連結させるために、キリスト教において安息日を立て、七日基準を中心として安息していた、その基準を引き継ぐためのお父様の苦労の歴史がどれほど大きかったかということを知っております。
 このようなすべてのことを成就できなかったことによって、神様は天の玉座に独りでお座りになって、囹圄(れいご:牢獄)の身になられたように、サタン権限の耐えがたい歴史を経てきたことを知っております。

 忘れることのできないお父様の心情を持ちつつ忘れるべき環境的与件、投入できない事情を持ちつつ再創造しなければならないお父様の心情、愛することのできない群れを愛すべき心情を、どこのだれも知り得ないことを、この子は知りましたがゆえに、悲しみを覚悟し、死を覚悟し、四十年の峠を越えるための受難の道を経てまいりました。
 天の心情を慰労することのできる道があるとするなら、いかなる道でも、いかなる死の道でも越えていこうと決意した決心を中心としてやってまいりました。

 お父様、東洋と西洋の文化全体を失い、南北の統一世界を中心として、万国の中心国家であるべき祖国の山河を失い、祝福を成したあなたの一族が、天の一族になるべき血族の子女たちが全部二分されなければならない立場に立ちましたがゆえに、また再び、共産と民主を中心として、二分された闘いを経て、四十年期間という復帰の道を再び歩まざるを得なかったという歴史的な事実を、統一の群れは知っております。

 この四十年期間は、摂理史の四千年に変わる期間であるがゆえに、キリスト教とキリスト教信仰国、あるいは宗教と宗教を中心としたすべての人たちに加えたサタン世界の主権国家の行使は、今日、世界舞台を抱いたあなたのみ旨の前に、反対する全世界が合わさって、来られる真の父母を攻撃した四十年間であり、そのような歴史を迎えるお父様の悲しみをだれも知りませんでした。

 独り、独り、独りでこの道を開拓なさったお父様の指導の前に、個人的なあなたの安息所を準備するための闘い、夫婦的な安息所を準備するための闘い、家庭的な安息所を準備するための闘い、氏族的な安息所を準備するための闘い、国家的であり、世界的であり、天宙的な安息所を準備するための闘いをなし、あなたが自由自在に住まわれることのできる、そのような創造理想的自由環境を開発するための受難の四十年歴史がもはや皆、峠を越えました。

 そのことによって、きょう、真の父母を中心として天宙安息圏を宣布することのできる驚くべき時間を迎えました。
 二十代、三十代に向かっていた青年時代に願った望みを失った、あなたの息子たるこの文某という人物が、この地上で限りなく悲しい堆肥の山に立って、歩んできた屈辱のすべてのもの悲しい歴史というものは、歴史上のいかなる人間も成し得ない困難に遭遇しながら、天が耐え忍ばれた心情を見詰め、その伝統を受け継ごうといいながら歩んだ歴史であり、そうやって、四十年の峠をすべに越えてまいりました。

 それによって、三百六十万双の家庭を中心として、アダム家庭で失ったものを世界万民を一つの標準的基準で、アダム家庭の変わりに世界圏の一家庭の立場で祝福することによって、万国万民の解放圏を備え、安息の世界に受け継ぎ、地上・天上天国世界に越えていけるようになったことを感謝申し上げます。

 この道を行くためには、長子権を復帰しなければならないし、父母権を復帰しなければならないし、王権を復帰しなければなりませんが、その限界圏である三百六十万双を越えさせてくださった天のお父様、感謝いたします。
 今は、家庭的長子権がこの地上に存続するようになりましたし、国家的家庭圏がこの地上に存続するようになりましたし、天宙的家庭圏がこの地上に存続することによって、家庭を中心とした王圏時代が私たちを迎え得る時代になったがゆえに、家庭で安息するのであって、神様に侍って安息させてさしあげることのできる解放圏を宣布できるこの日を迎えさせてくださったことを本当に感謝いたします。

 きょう、この日は、あなたの息子たるこの文某の年が七十七歳を迎えたのであり、一九九七年(陰暦)七月七日七時七分七秒を中心として、七数を八回連結させることのできる焦点を合わせて、七、八数を越えて立つことのできる安息年と再出発の数を連結させることのできる時代が来ました。そのために、統一家のすべての群れたちは今、天の権威と天の愛の伝統を受け継いだ家庭を中心として、天に侍り、国家を中心として天を安息させ、世界を中心として天を安息させ、天宙を中心として天を安息させてさしあげることによって、神様と真のご父母様が自由に行動されることのできる安息的基盤が家庭から天宙にまでつながるようになりました。そうして神様と一体をなすことのできる一つの地上天国の王圏と天上天国の王圏が一時に樹立し得る限界線を越える時を迎えさせてくださることによって、このことを成就いたしました。

 このことのために、エバ国家を代身し、代表することのできるお母様がこの地上に来られて、天使長国家アメリカと天使長国家を中心とした国連の舞台を中心として、南北に分かれたものをアメリカを中心として統一的な運勢を備えて韓国に植えるようになりました。そして、解放基準において民族的解放を代表し得る韓国になるべきことを心配してきたあらゆることをあなたが保護してくださって、三次にわたってお母様を中心としてこの地上に送り、み言を伝えることによって、お母様として今回、十六カ所における講演を通じて十六数を越え、新しく門を開けて、この地上の高位層の者たちを解放させることのできる祝福を許諾なさることによって今、祝福家庭が神聖であることが挙国的に知られるようになりました。

 そこに南北の女性たちを中心として、世界の南北を代身することのできる女性を代表した大会で歓迎を受けることによって、もはや、きょう、十六数と十八カ所における大会を中心として、このような日を宣布するようになりましたし、明日の八月十日を中心としては、この国のあらゆる中枢的な群れ、世界のあらゆる主権と国家を代表することのできる核心たちを中心として、天の勝利圏を宣布できる家庭的王圏時代に入っていくようになります。このような祝福がこの地上に成され、統一教会が家庭祝福において、先頭を走ることのできる祝福圏をお立てになったのも、お父様のご苦労によって成されました。

 韓国に立つ所がなかったものを、お母様とあなたが協力することによって、このような基盤を持つようになったことを、本当に感謝申し上げます。
 このような基盤の上に、きょう、このような真の父母を中心とした「天地父母天宙安息圏宣布」を成すことができるように許諾してくださったことに対しましても、お父様の前に千回、千回、千回、感謝を申し上げます。
 あなたの願いである家庭的王圏時代、国家的王圏時代、世界的王圏時代と天宙的王圏時代の安息の基盤が、この地上に成されることによって、囹圄の身であられる神様が解怨成就してさしあげ、開放的な立場で愛の天宙を抱くことのできる時代を迎えるようになってことを喜ばしくお考えください。

 この息子が来たこの道を涙とともに保護し、助けることのできないお父様の悲しみが、どれほど大きかったかということを知っておりますので、今からあなたの願っておられた全体、全般、全権、全部の権限を持って、万国をあなたが主管なさって、解放天国に進展できるように祝福してくださいますことを、お父様、懇切に懇切にお願い申し上げます。

 もはや、真のご父母様が行く所には、悲しみの涙を流していたその涙の跡が消える時代になりました。あなたの解放の権限をもって、ご父母様の家庭から万国まで巡行なされるうえで、何の妨げもなく行って帰ってくることのできるご巡行となり、そして、創造理想の特権的な最高の頂上の位置の立たれて、ご自由に愛する子女たちと愛する国と愛する世界と愛する天宙を巡行なさることができるように、真の父母の名とともにそのようなあなたの解放と全幅的な解放を宣布いたしますので、お受けくださいますように懇切にお願い申し上げます。

 そうして、「天地父母天宙安息圏宣布」を成す時間を喜んでお受けください。天からこれを宣布なさって、天上世界と地上世界の統一圏の勝利の旗を高くお揚げください。
 真の父母のみ名によってこの日を宣布申し上げます。アーメン。アーメン。アーメン。
 


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祝祷

 愛するお父様。きょう、このような「天地父母天宙安息圏」解放日を、解放の時代を、解放の世界を宣布できる、摂理史のただ一度存在し得るこの日を迎えさせてくださった恩賜を感謝いたします。

 きょうのこの基準を立てるためには、世界的家庭を中心として、サタン世界を凌駕しうる三百六十万双の超国家的祝福の勝利の時を迎えることによって、このような日を設定するようになった恩賜をお父様の前に感謝申し上げ、だれも想像できなかった緊迫した心情の焦燥感を感じた三百六十万双責任完成が、どれほど私たちにとって真摯であったかを知っております。

 どのような力でも解決できないこのことを、天が中心となられて真の父母の体を通して宣言させることによって、、短い期間にこのような歴史的な奇蹟を創出するようになったという事実を、身をかがめてあなたの前に感謝せざるを得ません。

 神様を中心とした霊界全体が地上に君臨されて、このことを成就させるために、いかなる時代的摂理路程でも決意、団結なさって、地上協助体制を強化するように協助されたことによりまして、私たちに解放の時間を持たせてくださったお父様の前に感謝申し上げ、天上世界のすべての数千万の聖徒、聖賢、賢哲たちの前に感謝申し上げます。

そして、キリスト教まで復帰してくるために、天使長圏の血縁的因縁を持っているわが先祖たちが共に協助することによって、アダム圏地上家庭圏理想の解放を成して、世界を越えることのできる、分水嶺を越えることのできる三百六十万双を超えさせてくださった恩賜に感謝いたします。

 今から三千六百万双、三億六千万双をするとき、登った分水嶺から下りていくことのできる時代を迎えて、家庭的な平等時代をこの地上に真の父母の名前とともに宣言できる時代になることによって、アダム家庭において父母自身が自分の直系の子女たちを中心として真の愛を拡大させ、天上・地上天国を迎える時代に差しかかったのでございます。

 このようなことを考えますとき、この地上で生きる人は眠りから覚めることができずに、知ることができませんでしたが、統一家に終結されたあなたの子女たちは、切ない心を抱いて四方を眺めながら、人々が豊かに暮らす時代に迫害を受けながら、孤独な歩みで路地にあえいでいた時代を経て、今は都市を超え、国家を超え、世界、国家の首都圏を行き巡ることができ、彼らを集めて、場所を超越して祝福の代を継ぐことのできる解放時代を迎えたということは、神様がこの地上で家庭を出発されて、世界どこでも自由に、エデンの園のアダム家庭の祝福と同じ恵沢を分け与えることのできる時代圏に臨ませてくださったことを、より一層感謝せざるを得ません。

 このすべてのものが協力して、今、三千六百万双、三億六千万双は私たちの決意によって、天の全権、全能の時代、全般、全体の時代が、真の家庭、真の愛を中心として祝福の恩賜圏を家庭を中心として連結いたしましたので、これが核となって動けば動くほど、氷が氷の焦点を中心として結合するように、この世界の家庭は統一の世界へと、一つの家庭連結体として連結されることを考えますとき、自信満々に、今、天の権威を持って押し出すことのできる、特権的な勝利したアダムとエバに代わる家庭となるように許諾してください。

 サタン世界の血縁的痕跡をこの地上で根絶することのできる百八十度の家庭環境全体の堕落した世俗的な家庭を引っ繰り返して余りある、天の出動命令とともに権勢を振るい、実績を天の前に栄光として収穫できるように許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。

 切ない忠孝の道理の心情を持ちつつ行く歩みには、神様の心情の群れである天上世界にいる霊たちと天使たちが協助することを知っておりますので、強く、雄々しく、この祝福圏を一体化させ、一方通行で、終わりまですべてのものを押し切ることのできる胆力と勇気を下さるように懇切にお願い申し上げます。

 韓民族が誇ることのできる孝女・沈清(シムチョン)を知っております。烈女・春香(チュニャン)を知っております。忠臣・李舜臣(イスンシン)を知っております。歴史上のどこの国にもない、天の伝統を代身することのできる長子権の宗孫(そうそん=本家の一番上の孫)たちを中心として、絶対的に侍り奉った歴史的伝統をこの国に残してくださいましたし、女性たちは貞操を重要視することのできる歴史的過程を経て、アジアを超え、世界の一つの標準的殿堂となるべきはずでしたが、それらが四十年期間にすべて崩れてしまいました。

 これを再び立てなければなりません。沈清のような孝子・孝女、春香のような烈女、忠臣の道理を果たした李舜臣のように、一切すべてを私たち統一家の家庭においてその伝統を立てて、孝子、忠臣、聖人、聖子の道理の標準的な家庭になろうと決意することによって、一族全体をその懐に抱き、天の前に奉献することのできる国家体制、世界体制、地上天国体制、神様解放圏を見詰めながら、涙とともに勝利の実績を奉献することのできる特権的な群れとなるように許諾してくださいますことを懇切にお願い申し上げます。

 お父様、韓国の民謡には、「月よ、月よ、明るい月よ……両親に侍って千年も万年も生きよう」という両親に侍る伝統がございますし、青い空に帆柱もない船が西の方に行く、この宇宙人工衛星の時代を表象し、万国を代表した真の父母に侍り奉ることのできる伝統を持ったこの国であることを、お父様の前に感謝いたします。

 歌い重ねたすべての童謡と、見て感じた孝行の心情の道理を、私たちの家庭を代表して、天宙世界で活動することができ、活躍することのできる解放的孝子、忠臣、烈女たちとなるよう許諾してくださいまして、真の父母の誇りと真の父母の勝利圏をすべての万国、天上世界にまで伝統を残すことのできる甲斐のある民族性を築いて、万国がその伝統を受け継ぐことをためらわず、躊躇せず、自由に万歳を叫びながら、受け入れることのできる勝利の祖国領土となるように許諾してくださいますことを、お父様、懇切にお願い申し上げます。

 その日を願われながら、どれほど待ちわびられたかを知りますがゆえに、このような標準を中心として、残してくださった祝福の責任を、万国どこであっても、一家庭も残さずにすべてまとめて天の血縁へと転向させて、あなたに自由に侍ることのできる自由天地に前進、前進、前進することをお祈り申し上げます。
 真の父母のみ名によって祝願申し上げました。アーメン。アーメン! アーメン!!



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万物は喜びを返している

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万物は喜びを返している


今日は3日間東京に行っていたこともあって、久方ぶりに畑でナスの収穫作業をやりました。

ほったらかしにしていたのにもかかわらず、元気に育ったナスが丸々太っている姿を見て、神様の愛が注がれていることをつくづく感じました。

オシベとメシベが授受作用をし、導管と師管が授受作用をし、太陽で光合作用を通して、成長し実をならせています。


すべては主体と対象が授受作用を成し、四位基台を造成して発展しているのが自然の万物世界の姿であることを知ることができます。

そこには、なんの反発作用もなく、葛藤もありません。天国の世界がどういう世界であるのかを見せてくれています。


なぜ、人間世界は葛藤があるのか、対立し闘争と戦争の歴史になってきたのかの原因を知っています。堕落したからです。主体と対象が本来の授受作用を展開することができず、対立し闘争するようになってしまいました。


その主体と対象がどうしたら、本来の授受作用の関係を作ることができるかという解答をメシヤは与えてくださいました。アベルカインの問題です。


私がアベルだと考えている場合は、対立し反発を招くようになります。アベルはカインを愛するために蕩減の原則を立てるときに、本来の授受作用をすることのできる関係をつくることが出来ます。


まず、氏族的メシヤとして、アベルとして勝利するためには本来の関係を作る必要があります。それは蕩減の原則の道を喜んで歩むときに開かれ作られることを自然の万物の姿を通して教えられました。

地上に来られたメシヤは長子として、父母として、王として完全に勝利され、天一国創建の原則の道をつくられました。すべての人々が天一国に行くことのできる原則がそれです。その見本として氏族的メシヤが立たない限り、天一国は来ないことになります。



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今日の収穫



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第四次アダム圏時代宣布1997年9月11日



第四次アダム圏時代宣布
   1997年9月11日


 一九九七年九月十一目、早朝七時、米国・イーストガーデンにて、真の子女様と教会の指導者三十余名が参加する中、「第四次アダム圏時代」の出発が宣布された。



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第四次アダム圏時代の出発

 今日は何日ですか? 九月十一日です。今日から「第四次アダム圏時代」が出発します。第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムには蕩減が必要でした。しかし、第四次アダム圏時代には蕩減が必要ではありません。そのため、第四次アダム圏時代に入っていくには、安息圏と解放圏が必要です。迫害のない時代に入っていきます。悲しみのない時代に入っていくのです。


 第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムは、神様の恨を抱いてこの地に来ました。そのような恨を第四次アダムにまで抱かせてはなりません。第四次アダム圏時代には、定着時代に入らなければなりません。第四次アダムを中心とした本然的家庭から、天国が始まるのです。「第四次アダム圏時代」とは、アダムとエバが堕落しないで完成し、理想家庭を築いたという、そのような時代圏を言います。ここには堕落や蕩減や復帰といった概念は存在しません。神様の理想が実現する本然の時代を意味するのです。


 第四次アダムは、第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムを代表したアダムです。第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムには迫害がありましたが、第四次アダム圏時代からは、迫害ではなく栄光が、悲しみではなく喜びが、蕩減ではなく理想と歓喜があるのです。この第四次アダム圏時代において、国を探し、世界を探し、天宙を探し、天宙の中に解放圏と安息圏を備えて、神様をお迎えしなければならないのです。第四次アダムから、はじめて安着が始まります。ですから、この家庭から栄光のうちに祝福が天宙まで連結するのです。その時から、はじめて地上天国が出発するようになるのです。


栄進様と亨進様の祝福の意味

 そのような意味において、今回(九月六日)、栄進君と亨進君の二家庭の祝福が、重要な意味をもつのです。真の父母の家庭の中で、一番最後に生まれた二人の息子が祝福を受けるとき、絶対的に真の父母と一つになったのです。自分という概念がありませんでした。すべてを真の父母に委ねたのです。解放された第四次アダム圏時代の理想家庭が出発してこそ、地上天国が始まるのです。そのためには、すべての祝福家庭が、神様の理想と栄光を顕現する、本然的な家庭の出発をしなければなりません。


 地上では祝福を受けた家庭が、真の父母と縦的な関係における第四次アダムの資格をもちます。真の父母を中心とした第四次アダム圏時代は今日から始まるのです。どのようにしてこれを氏族、民族・国家を超えて、世界と天宙にまで連結させるのかということが私たちの課題です。第四次アダム圏時代にふさわしい家庭を築くようになれば、それ以上先生は必要ありません。第四次アダム圏時代に入るとき、はじめて神様と真の父母の安息圏が訪れ、安着できるのです。


何よりも血筋が重要

 第四次アダム圏時代には何よりも血筋が重要です。いかに純潔な血筋を守って保護するかということが最も重要なのです。安着する家庭とは何でしょうか? 嘆きの峠を越えて第四次アダム圏時代に入っていくことを意味します。それゆえ、自分の家庭から世界の天国家庭を奉献するということが、第四次アダムの使命であるということを知らなければなりません。ですから、真の父母は安息圏が必要なのです。第四次アダムが、勝利した第一次アダム、勝利した第二次アダム、勝利した第三次アダムとなれば、霊界から神様がこの地上に臨在せずにはいられなくなるのです。そのような家庭をつくるために、「家庭盟誓」を暗唱し、成約時代の核心となる「三つのみ言」を読み、「み旨の道」を読み、「祝福と理想家庭」を読みながら、自分と自分の家庭の生活を点検しながら生きなければなりません。


 第三次アダムとして来られて第四次アダム圏時代を開いた先生が、お母様一人を探すためにどれほど苦労してきたかを知らなければなりません。お母様を探そうとして家庭がびっくり返り、想像もできないほどの迫害を受けました。息子を奪っていった泥棒、夫人を奪っていった泥棒、夫を奪っていった泥棒、家庭を奪っていった泥棒、国を奪っていった泥棒、世界を奪っていった泥棒と言われ、多くの迫害を受けてきたのです。ありとあらゆる噂を立てられたのです。先生は公義を中心とした迫害世界の大王でした。家庭という家庭が文総裁を消し去ろうとする、恐怖と迫害の歴史があったのです。


 先生は誰なのかというと、迫害時代の王です。理想家庭を中心とした地上天国を築かなければならなかったので、善を中心としてそのような迫害に耐えなければならなかったのです。そうして、先生はついに地上天国と天上天国をつくれる段階にまで至ったのです。サタン世界を超える地獄の王であり、天国の王となったのです。そうなればすべては終わるのです。


天地父母天宙安息圏宣布を宣布

 それで、今朝、「第四次アダム圏時代」の出発を発表するのです。皆さんが第四次アダムとして真の父母のように、イエス様のように、天を愛し家庭を愛さなければならないのです。そのような思想が、皆さんの頭に事実としてぎっしりと詰め込まれなければならないのです。今日、第四次アダム圏時代を発表するまで、先生がどれほど苦労したかを皆さんは知らなければなりません。先生に対する迫害の歴史が四十年間続いたという事実を知らなければなりません。その中で勝利し安息圏を発表したということは、驚くべきことなのです。縦的な八段階と横的な八段階の六十四段階を完全に越え、天地父母天宙安息圏を宣布したということは途方もない事件なのです。


 復帰の公式がそうではないですか? まずは環境を創造しなければなりません。環境には必ず主体と対象があります。その主体と対象は、投入して忘れてしまうことを反復することによって、対応的な相対関係を結んで発展していくのです。復帰するためには、世界からカイン圏がなくならなければならず、全人類が祝福を受けなければなりません。そうして、世界中に祝福を受けない家庭がないようにしなければなりません。皆さんは行く先々で祝福してあげなければなりません。その祝福がどれほど素晴らしく、どれほど尊いものであるかを知らなければなりません。祝福を受けずしては、新しい世界に入っていくことはできません。そこで功績を立てる家庭は、メシヤになることができます。個人的メシヤ、家庭的メシヤ、氏族的メシヤ、それから国家的メシヤになれるのです。勝利的な第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムの基盤の上に、勝利的な第四次アダムが安着するようになっています。それで、第四次アダム家庭が定着するようになるのです。


 皆さんは祝福を受けるとき、サタンやサタン世界から迫害を受けてきたことと思います。復帰の過程にあるのですから、避けるのではなく、前に乗り越えていかなければならないのです。迫害を飛び越えていかなければならないのです。何としてでも越えていかなければならないのです。そのようにして、第四次アダム家庭が出てくるようになるのです。私たちが行く道は、第四次アダム家庭の完成です。私たち祝福家庭の出発点と行く道は、あまりにもはっきりとしています。第四次アダム家庭の完成なのです。「第三次アダムならば第三次アダムでいいのに、また第四次アダム家庭とは一体何なのか?」と思うかも知れません。しかし、第四次アダム家庭から解放が始まるのです。迫害がないのです。


 ここイーストガーデンでも、粛清ではなく、すべてを皆追い出すのです。真実に家庭的に奉仕できるイーストガーデンとして出発しなければなりません。家庭時代に入っていくのです。息子や娘も、自分の家庭で育てなければなりません。そうでなければ、自分の赤ん坊をおばあさんとか、おじさんとか、一人暮らしの人のところに連れていって、食べさせてもらい、面倒をみてもらうようにするのです。


 赤ん坊の面倒も、自分の母親だとか、親戚とか、一人暮らしのおばさんに頼みなさい。今後は、子供の面倒を見させるのに、若者や若夫婦を使ってはなりません。若い人たちは国に奉仕しなければなりません。自分の家庭に奉仕してはならないのです。ですから、家庭から脱落した人、家庭において孤独な人、親戚の中で独身生活をしているおばさんや、おばあさんのような人たちを、自分の家庭のために使わなければならないのです。


 それゆえ、そのような人たちを連れて生活しながら、皆親戚のように生活しなければなりません。「召使い」という概念はありません。「お手伝いさん」という概念はないのです。家族の一員として、一緒に生活しなければなりません。息子や娘、孫たちもそうです。自分のおばあさんだとか、おばさんだとか、一人暮らしの人のところに連れていって面倒をみてもらうようにするのです。原則がそのようになっているのです。家庭的に一つになっていかなければなりません。そのような意味から、祝福を受けたばかりの若者を使ってはならないのです。彼らは国と世界のために働かなければなりません。


 アメリカにはこのような制度がないので、おじいさんやおばあさんが皆デパートに行って働いています。彼らはどれほど自分の家族と一緒に暮らしたがっているでしょうか? おじいさんとおばあさんがいれば、赤ちゃんの面倒を見てくれ、孫を育て、庭の手人れをし、すべてを手伝ってくれるのです。そうあるべきではないでしょうか?


 祖父と父と息子の三人が一つになれば、三段階が定着します。息子の時代に定着するので、ヤコブの時代にイスラエルを中心として、十二支派が横的に発展していったのです。先生を中心として国が一つになれば、このような家庭的困難はありませんでした。本来は先生が家庭をつくったならば、国の忠臣たちが皆保護しなければならないのです。そうなれば、子女たちが勝手にこの世を出歩くでしょうか? 柵の中で、功臣たちに守られて暮らしていれば、何も問題は起きないのです。


 これからは家庭第一主義が来るのです。愛の発展というものは家庭から始まりますね? 氏族もそこから枝が伸びていくようなものです。大きな木となり、さらにまた大きくなって、世界となっていくのです。すべてのモデルが家庭なのです。


 愛の表現として、帰ったら妻にキスをしてあげ、胸を触ってあげ、至聖所を触ってあげなければならないのです。蘇生・長成・完成です。夫にはキスをして胸を触るようなことは必要ありません。お尻を触ってあげなさい。お尻を触ってあげると刺激を受けるのです。男性たちも女性のお尻を触りますね? そこにしがみついて生きなければならないのです。しっかりと枝のように接ぎ木しなければならないのです。女性は刺激を受ける部位が多いだけに、たくさん愛してあげなければなりません。愛すれば愛するほど貴く感じなさい。


 このような伝統が立ってこそ、浮気はできないのです。一日も欠かさず、初めて会った時から一生の間………。それは伝統です。それが誇りです。そのようにしてこそ、あの世に行ってもパスするのです。ピアノの弦もピーンとしており、パイプオルガンの弦もピーンとしているでしょう? 世の中の音はみな同じなのです。そのように生きなければなりません。


 毎日のようにそのように生きてきた人間が離婚することができますか? 結婚して恋しがるものは何ですか? それは一緒に暮らすことですか? 希望に溢れて灯ったろうそくの火に、つぼみのように、電気が入ったように輝くものは何ですか? 結婚して一番最初に何を求めていきますか? 初夜の晩に祝宴でもしますか? 栗を食べるのですか? 布団の中に入って、何を求めていくのですか?


 ですから、み旨で海外に行く時には、お互いにしっかりとつかんで祈祷してから行かなければなりません。愛の終着点がそこから始まるのです。理想的な本郷の地に飛んでいくために、夫婦の愛よりももっと大きな愛と世界を探しに行くのです。不幸な女性としてではなく、不幸な夫としてではなく、幸福な夫として送ってあげるのです。至聖所を中心として出会ったので、それをしっかりとつかんで送ってあげなければならないのです。至聖所を中心として愛が交差したので、それをしっかりとつかんで愛し合い、終始変わることがなければ真になるのです。


 嫁に行く女性はほかのことをしに行くのではありません。男性をしっかりとつかむために行くのであり、男性は女性をしっかりとつかむために行くのです。出発ですから、一生の間しっかりとつかんで、仲たがいすることがないように、喜びとして生きたその時間と、その時間に表出化した生活態度、私の一生がそのような環境で生き、そのような始めと終わり、出発と終着点で、天国に移行していかなければならないのです。ですから、その女性が天国に行くときには、霊界に行くときには、その胸中で夫に侍りながら行くのです。霊界に行って、妻を愛し夫を愛した人を見ると、その下に小さく、写真のように男性が入っているのです。それは誰でしょうか? 自分の夫なのです。それゆえに誰もが化身体なのです。男性の中に女性の性稟が入っており、女性の中に男性の性稟が入っているのです。それは原理そのものです。そのようにこれから生活しなければなりません。これが第四次アダム家庭に先生が与える最高のプレゼントです。


 また、三代が同じ場で愛し合わなければなりません。おじいさん、息子、孫、これが神様の一つの体です、三代。三代を経て、今はアダム三代を経ますね? ですから、おじいさん、お父さん、自分の三代が愛し合わなければなりません。おじいさんが教えてあげ、父が教えてあげ、夫が教えてあげなければなりません。そして、嫁に来る女性には母親が教えてあげなければなりません。三代の母親が教えてあげ、理想的な家庭としてつくりあげていくのです。それが創造理想です。ですから、祖父や祖母よりも、父や母よりも、私たちはもっと幸せに生きていこうというのです。


絶対純潔が原則

 絶対純潔です。フリーセックスではありません。絶対貞操です……。それが原則です。三代が共に愛し合うのです。神様はアダムの体を使おうとされ、イエス様の体を使おうとされ、再臨主の体を使われるのではないですか? それが三代です。


 これで、第四次アダムの定着する世界が地上天国であるという話が、耳にしっかりと入りましたか? 世界で一番の家庭になろうという欲望を、皆もっています。主人は自分が育てた木になる栗の実よりも、ほかの木になる栗の実の方が実っていれば、その実を種子とするのです。先生に直接侍っている栗の木の実がみなしっかりと実っていない反面、み言をもって遠くで暮らしている人たちの実がよく実っていれば、その実を種子とするのです。先生の近くで侍っているからといって、その責任を果しているとは言えません。先生の近くで侍っているからといって、決して良いことではありません。真実に侍るならば、今後先生の子孫と皆さんの子孫が結婚するのです。


 動物と違って人間が尊いのは、伝統に従うからです。先祖に仕える法を知っているのです。現実よりも未来を重視するのです。したがって、自分がいくら立派であっても、自分の息子や娘がより立派になることを願うのであって、出来が悪くなることを願う人はいないのです。そうでしょう? 未来を考えるのです。立派な先祖に仕え、その立派な先祖よりも、さらに立派になろうとするのです。先祖が願っていた未来世界を代表する指導者の立場に立って、先祖の恨を解いてあげるのです。連帯関係でつながっているのです。


 真の父母の思想を中心として、千年も万年も行くようになれば……、他の思想ではなく真の父母思想を中心として代表家庭となるならば、歴史的なすべての先祖が、その代表家庭の座を起点として、善なる子孫を保護し、善なる子孫を導くことができるのです。


 共同責任が連結しているということを、皆さんは今まで考えたことがないでしょう? 次の未来に対しては、皆さんの家庭が恵みを残してあげることができるのです。その家門全体が国の中心となって、何か残ることをするのです。そのようになった人は、天国に行ってもその主流国家基準に立っているのです。

直系の父母が直系の子女を祝福できる時代

 今日から「第四次アダム圏時代」が出発します。言い換えるならば、第四次アダム圏時代は真の父母がつくり、その宣布の日が正に今日であるということです。三百六十万双の予備祝福の勝利的基盤の上に、「天地父母天宙安息圏」を宣布しました。この安息圏宣布が非常に重要なのです。この宣布によって、アダム家庭圏の世界復帰が可能になったのです。神様が解放され、真の父母の解放が可能になったのです。これからは、強腰で突き進んでいかなければなりません。私たちが行うことに対して何か言うようであれば、これからは受けて立たなければなりません。


 この宣布が可能となったのは、三双から出発した祝福が十二番目の峠を越える、予備祝福の基盤が形成されたからです。三百六十万双の祝福が分水嶺でした。三百六十万双の祝福は、蕩減復帰時代における完成祝福として理解することもできます。これからは下り坂です。三千六百万双の祝福に続いて、三億六千万双の祝福が行われたのちには、人類の平準化時代が訪れるのです。その時代には、直系の父母が直系の子女を祝福できるようになります。アダムとエバが堕落しなければ、神様が彼らを祝福し、彼らの子女はアダムとエバが直接祝福するはずでした。


 三億六千万双の祝福が終われば、地上と対応的関係にある霊界が地上に降りてきて、協助する時代に入ります。真の父母は第四次アダム圏時代をつくられましたから、祝福家庭としでこの時代に生きる人は皆、第四アダムになります。この時代に生きる祝福家庭は孝子・忠臣・聖人・聖子の道を行かなければなりません。そのためには絶対信仰・絶対愛・絶対服従の生活をしなければならず、神様の属性に似た絶対・唯一・不変・永遠なる個人・夫婦・家庭をつくらなければなりません。この時代の祝福家庭において何よりも重要なことは、第一に血筋を守って保存することです。第二は、この血筋を守るために絶対性を守ることです。


 祝福家庭は皆、世界の完成のために生きなければなりません。そのためには、個人完成から夫婦完成、子女完成、兄弟完成の過程を経て、究極的には家庭完成の道を行かなければなりません。そのようにしてこそ、第四次アダム圏の家庭が定着し、地上天国と天上天国が築かれるのです。先生はもう祝福してあげることが嫌になりました。これはもう先生が祝福をしなくてもよいということではないでしょうか? 今行っている予備祝福は、今後、親が自分の直系の息子や娘を祝福してあげる練習です。

 これからは、統一思想に出てくる教育論の中で、心情教育が七〇パーセント以上を占めなければなりません。霊界では心情の基準に従って位置が決定します。本来、信仰の道は仕方なく行くのではなく、喜んで行かなければならないのです。




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永田正治王の聖和式に参加して

永田さん聖和式1



9月20日午後4時から永田正治王の聖和式が東京で行われました。
会場の都合で限られた聖殿シックが全国から集い、江利川会長主礼のもと、厳かに執り行われました。

今回、参加させていただいて多くの恵みを受けさせていただきました。準備してくださったスタッフの皆様に感謝申し上げます。


永田正治王聖和式を通して感じたことは

永田正治王は日本のサンクチュアリの最大の祭物であられた。

永田正治さんは教授をされてきておられながら、謙虚な姿勢で飾りのない姿に誰もが感動していたと思います。理論家であり、文章能力も高く、また責任感も強く、天に対する信仰も素晴らしい方でした。

神様の摂理において、サタンを屈伏せしめるために絶えず、善なるものが犠牲となってきました。興進様の時もそうでした。摂理の危機を越えるために神様の最も愛する貴い供え物が必要であり、打たれて復帰する神様の戦法でした。まさに、永田正治さんはそのために必要な祭物となられたことを感じました。



永田正治王は命をかけて、み旨の最前線で闘っておられた。

神の摂理は見えないサタンとの戦いです。日本のサンクチュアリの中にあって、その最前線で闘っておられた永田正治さんであったと思っています。誰よりも真の御父母様、二代王様を支えんと深刻な闘いを一人で成されていました。孤独でありながらも天の摂理を思い、命がけで責任をもって闘うことを宣言し実践されておられた素晴らしい信仰者でした。



永田正治王は天の勇士としていかれた。

天の勇士であったことは間違いありません。天の勇士として霊界にいかれました。地上で三代王権を慕われ、命と引き換えにしてまで闘っていかれた勇士であることを痛感いたしました。



永田正治王から和合統一の道が開かれた。

イエス様の十字架は120名信徒を一つにしました。興進様の聖和は真の家庭を一つにして7000名の牧師を一つにしました。永田さんの聖和の後はどうなるのか。考えるだけでワクワクして希望が湧いてきます。

神様はすべてをご存じで決して無駄なことはありません。失ったかのようで実は復帰されています。打たれて復帰する神様の戦法からして、必ず新しい勝利の道が作られていくことを確信いたしました。



今回は二泊三日の東京路程でした。永田正治さんの聖和を通して神様を訪ねる旅でした。

永田さん聖和式2
奥様と娘さんと永田先生


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一人車を走らせ高速道路の上で



昨日の夕方大分を出発して、今東京に来ています。

一人車で家から近くのインターまでいき、高速道路にのって、大分空港まで一時間のドライブです。雲一つないきれいな景色を眺めつつ、車を走らせていると別府湾に月がポツンと浮かんでいました。ちょうど時間が薄暗くなっていく時間帯でひときわ美しく感動を受けていました。


その月を眺めつつ、走っているときに、ふと感じました。
地球と月はどれくらい長く、このような関係をもっているのだろうか。月は地球のために回転運動をしながら何百億年と存在しているが、なぜあるのだろうかと。

そして思ったのは、地球と月は主体と対象、プラスとマイナス、その関係で永遠の授受作用をしているという原則を神様の創造理想のままの姿を見せてくださっていて、地球と月はお互いに助け合って存在しているではないかと、今まで月を眺めていて感じたことのない世界を思い知らされました。

本来、堕落していない本然の世界はその主体と対象がなんの矛盾もなく、授受作用をして四位基台を完成しています。ところが人間の世界はそれが崩れて、闘争と対立の歴史となってきました。
神の創造は主体と対象の関係性ですべて創造されています。その主体と対象が神の愛をもって授受作用をなして、神の四位基台を完成しているのが被造世界の姿であることを知っています。それは神様の喜びの姿となっています。

月を眺めて運転しながらあらためて神の創造の凄さ、偉大をを実感しながら感動の時間を過ごしながら空港に向かっていきました。神様との会話の貴重な時間となりました。


東京に行く理由はある方の聖和式参加のためです。突然の聖和にショックを隠せません。このことの意味は何なのかとその時以来尋ねていました。高速道路の上で一つの神様からの答えを頂いたように感じ、感謝しました。その教えられた感動をもって、聖和式に臨みたいと思います。



そして、空港の駐車場に車をとめました。




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訓読会と統班撃破

  真のお父様のみことば  訓読会制定宣布
   一九九七年十月十三日

(抜粋3)



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訓読会と統班撃破

 今や統班撃破の時代になりました。祝福家庭が皆、統や班に住んでいるので、完全に訓読会を行うことで、統班撃破をして一掃できる時が来たのです。根まで抜いてしまうのです。根こそぎ抜く時が来たのです。それを自分の家でやりますか、見物しますか? 自分の家でやりますか、見物する者になりますか? 皆さんが自分の家でできる資格を与えるために、訓読会をしているということを知らなければなりません。(二九六-二三五、九八年十一月十日)

 今から統班撃破の訓練をしなければならないということを知るべし! アーメン! 十本の指の節々を踊らせながら、天に任せられた組織編成のために、今日もこのような歩みをしているということを知らなければなりません。統班撃破、一度言ってみなさい。(「統班撃破!」)。統班撃破!(「統班撃破!」)。統班撃破!(「統班撃破!」)。絶対教育は訓読会!。 絶対教育は訓読会!(「絶対教育は訓読会!」)。訓読、訓読、訓読、訓読!(三〇〇-一八八、九九年三月三日)

 訓読会をできる者がいるなら、誰でも来てやりなさいというのです。政治家もやれというのです。聞いて心に感動を受け、自分の行路を正せる教えがあるなら、自信があるならやれというのです。できなければ、後退せよというのです。口を開くなというのです。今やらないわけにいきません。面(村)まで、統班(字)まで撃破できる運動を始めたのです。世界的です。韓国を信仰の祖国としていますが、その祖国の地にいる本国の人々が、誰よりも訓読会のチャンピオンにならなければならないので、このような挙国的なことをするのです。(二九〇-一五八、九八年二月十八日)

 今や私が基盤をすべて整えました。世界的に整えたのです。統班撃破は結論が家庭だと言ったでしょう? 女性連合を創設するとき、女性連合は家庭連合に移行すると、既にお母様が講演したとき、世界的に発表したのです。行く道がそうです。このような準備をすべてしたのですが、どれほど驚くべきことでしょうか? 多くのお金を使って、全体が全盛時代になったのです。すべての団体が全盛時代を迎えたのです。勝共連合、世界平和教授アカデミーも全盛時代です。郷土学校もその時から出発しました。組織を完全に編成したのです。

 組織の闘いです。今や誰も私たちに反対する者がいません。今回、それを実験したのが訓読会です。「レバレンド・ムーンが真の父母である」ということを世界が皆知っています。「再臨主が雲に乗らないで来るとしたら、レバレンド・ムーンこそ再臨主である」と、西欧社会では結論を出しています。(二九〇-三〇六、九八年三月四日)

 私たちが今から統班撃破を強調して、訓読会をやるようになれば……。訓読会をするというのは、先生の言葉ではありません。天の言葉です。天の言葉なのです。霊界を知り、天を知った、そのすべての内容を中心とした結論的な地上の活動がなければ、地上の解決点を見いだすことができないのです。地上の解決点を見いだすために、旧約時代と新約時代にメシヤ、救世主を送って、終結させようとしたのです。それが救援摂理なのです。(二九七-一九三、九八年十一月二十日)

 どこに訓読会の根を下ろすかというと、班に下ろすのです。全国の人々が班において暮らしています。そうでしょう? 班、家庭の中で暮らしています。家庭を中心として核心要員が、訓読会を通じて今後教えなければならないのです。そのような責任があるのです。統班撃破を今やっているのです。訓読会がそれです。訓読会をやっていますか? 訓読会を中心として週報が出ているのです。

 この週報は私たち食口だけが読むものではありません。一般社会の家庭の実情がどうであるかを知り、地域の問題を知って、それを撃破するため、消化するため、祝福家庭全体が、韓氏ならば韓氏、金氏ならば金氏を動員して、消化する運動をしなければならないのです。


 今や「世界基督教統一神霊協会」ではありません。「世界平和統一家庭連合」、家庭連合です。家庭が根です。サタン世界は家庭を収拾するすべを知りません。中間で堕落し、無知のうちに堕落したので、目的も知りません。班(字)においても皆目的を見いださなければなりません。家庭に定着しなければなりません。国がどんなに仕事をしたとしても、面(町)まで入っていけません。国家的な行事をするにしても、里長(村長)を一人か二人連れて大会に参席するのであり、班まで動くようにはなっていません。しかし、私たちは反対です。反対なのです。ですから、統班を中心として統一運動をしなければならないのです。この訓読会を中心として、全面的にカバーしなければならないということを知らなければなりません。その班の中に祝福を受けた人がいれば、消化するのは問題ありません。そこに配置するのです。

 ですから、他人を伝道するなというのです。自分の母、父、親族、兄弟たちを伝道せよというのです。今まではカインを中心として伝道してきました。カインを救おうとして、自分が犠牲になりましたが、今や長子権、父母権を復帰したので、自分の一族を救わなければならないのです。祝福家庭は氏族的メシヤ、家庭的メシヤになったでしょう? イエス様は氏族的メシヤを失敗しました。ですから、百二十名をすべて伝道しなければなりません。先生の時代には百八十名です。百六十名、百八十名この家庭を救わなければならないのです。それが一族です。七代になるのです。それもたくさん繁殖していない家庭を中心として言っているのです。その計画を立てなさい。以前、宗親連合をつくるように言ったでしょう? 今、その組織ができていないではないですか? まだ、やっていないでしょう? それを活性化しなければならないのです。統班まですべて入るのです。

 家庭を誰が占領するかは、世界を誰が天の側に振り向かせるかにかかっています。サタン世界はどんなにやっても、家庭を振り向かせることができません。今日の問題は青少年問題、家庭破綻です。それは誰も防御できません。私たちしかいません。神様が許した特許権です。この世のいかなる個人も、宗教も、団体もできません。私たちだけができる特権をもっているのです。

 家庭ごとに皆計画を立てて、誰を訪問するかというプログラムを組んで、自分の一族を祝福するのです。自分の氏族の誰かが山の中に一人で住んでいても、誰かが訪ねていって通告するのです。その責任を果たさなければならないのです。今、そのようにする時なのです。一年以内にすべてを終えて、韓国を完全に一掃してしまわなければなりません。

 それで今、若い青年たちを祝福してあげなければならないのです。先生が祝福してあげる人は、結婚して自分勝手に暮らしている人たちではありません。未婚の男女です。それも、家門の伝統に従って純潔を守る人たちを祝福してあげるのが先生の責任です。ノラ犬のような者を祝福しても問題が大きいのです。どれほど私が苦痛を受けているか分かりますか? そのままの生活習慣を続けながら、み旨に向かう姿勢とどれほど隔たっているか知っていますか? それなのに、すべて平準化したと思っているのです。

 バランスを取って水平にならなければならないのです。自分たちが水平にならなければなりません。バランスを合わせなければなりません。低いと思ったら、高いところに行って合わせるのです。主体があれば、主体が願うとおりに合わせていかなければなりません。自分の思いどおりやれば、すべて壊れてしまいます。二人とも壊れてしまうのです。なくなるのです。

 原理がそうです。創造された環境には必ず主体と対象があります。この主体の前に対象が一つにならなければなりません。これが一つにならなければ、発展もないのです。希望もありません。公式的にやらなければなりません。公式のとおりに解いていかなければなりません。ですから、統一食口は自分勝手にできません。公式に参与しなければ、すべて脱落するのです。木の葉は風が吹けば落ちます。それと同じことなのです。(二九九-二五二、九九年二月十八日)

 全国の家庭を全体化しなければなりません。ですから、一万二千の訓読会家庭です。韓国で、最初が一万二千家庭でしょう?(「韓国の状況で一万二千家庭です」)。一万二千家庭だけで十分でしょうか? 一万二千個、その次は十二万です!。十倍に増やしなさい。その次は二十四万個、三十六万個、その次は百六十万個、千六百万個です。訓読会をつくるのです。統班撃破です。

 これからは、家庭でみ言を中心として訓読することによって、天の国の……。それに従って自分の先祖も訓読会に参席するのです。地上ですることに、共に霊界から残らず出勤させることによって、一つの国となるのです。これは聞き逃すような言葉ではありません。実践しなければなりません。

 訓読会をやるのです、訓読会。やらなければ、皆さんが蕩減を受けるのです。放っておかないのです。いったん来たならば、放っておかないのです。こいつ! 災いを転じて福となしながら天国に連れていくのです。サタンは災いをもって地獄に連れていったでしょう? 正にその反対です。強制的にやらなければなりません。今までは蕩減があったので、そのようにぐるぐる遠回りしたのですが、今や蕩減がありません。即決時代です。恐ろしい時を迎えたのです。(三〇二-三二〇、九九年七月二日)


(終わり)


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訓読会をする理由

  真のお父様のみことば  訓読会制定宣布
   一九九七年十月十三日

(抜粋2)



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訓読会の方法

 訓読会の良い点は何ですか? 本を分けてあげ、読むときには、本を持った人が読んでから、誰が読むようにと指名するのです。これを訓練しなければなりません。そして、訓読会をして必ずいくつかの題目について質問させなければなりません。聞いているだけではいけません。訓読会をやる者が十名来たならば、そのうちの三分の一は、必ず関心があって質問したいのです。一度にすべて質問させるのです。時間が足りなければ、数名だけ質問させ、それについて解説してあげるのです。それが講義よりも重要なのです。本を三回読めば、はっきりと見えてきます。訓読会をするときは、声を出して読まなければなりません。(二九六-三二九、九八年十一月十八日)

 訓読会は本を使ってやらなければなりません。本を使えば、誰でも四十日修練をすることができます。それが及ぼす影響がどれほど大きいことでしょう。訓読会を通じて、本をもって、そのようにやるのです。訓読するにあたって、代表して読むよりも、順番に本を読まなければなりません。今回、私が指示しようとするのはそれです。本を使って訓読会をしながら、自分が読んでから、誰それと指名して読ませるのです。一時間ならば四十ページ近く読むのです。早く読めば五十ページまで読むことができます。十ページずつ五名に読ませて訓練しなければなりません。読みながら自分の声に感動しなければなりません。

 ですから、恵みにならなければ、責任者たちは訓読会のために本を十度以上、読んでから出てくるのです。先生自身もそのようにしているのです。巡回講演するときには、自分が原稿をすべて書いて知っていても、祈る思いですべてを透視しなければなりません。(二九六-三二九、九八年十一月十八日)

 訓読会とは恐ろしいものです。先生がそのみ言を宣布したのが、五十年前、生死の境の真っ只中で語ったものです。このみ言を中心として一人でつぶやいていた……、天下が張り裂けるような思いを抱いて語ったものなので、これは天の心情、霊界が協助するものであり、感じたそのものが生きているのです。永遠に時間圏を超越したものなので、昨日であれ、今日であれ、生きているのです。ですから、私のような者は訓読会に入れば、そのみ言が自分の言葉ではありません。その境地に引き込まれていきます。その境地に入っていくのです。それが必要なのです。(二九六-三二九、九八年十一月十八日)

 太陽の光が朝昇れば、変化無常ではあっても、常にその光、その世界、その力があるので、この宇宙は太陽の光の恵沢に永遠に感謝するのです。それと同様に訓読会を中心として、永遠なる天が生きている……、永遠なる世界の因縁が時空を超越して継続するという感動的な因縁を、どこで結ぶかというのです。生死の境です。死なんとする者は生きるのです。死ぬのは私であり、生かすのは神様なのです。そのような深刻な境地に入らなければ、そのような者たちは使えない者たちです。流れていくのです。過ぎ去っていくのです。根がなければなりません。(二九六-三二九、九八年十一月十八日)

 今から帰って訓読会をするときは、一人でやらないで、必ず一緒に本を音読しながらやるようにしなさい。そして、自分が訓読して、だいたい五ページから十ページほど読んだら、誰それと名前を呼びなさい。そうして、指名された者が引き続いて読むという、そのような伝統を立てなければなりません。そうして、その日の訓読会で重要な内容に関しては、「今日、この訓読会で重要な内容はこれですが、これは私たちが守っていくべき鉄則です」と決めて、その日の標準を立てるのです。(二九七-一〇九、九八年十一月十九日)

 先生のみ言は、五十年の歴史を経ながら霊界と一体的な動きを連結してきたので、そのみ言が現れれば、霊界全体が、自分の協助した過去時代、そのとき先生と切に祈った心情圏が、すべてみ言と共に世界を覆うのです。

 訓読会をする人が涙を流せば、すべての人が涙を流し、訓読会をする人が感動すれば、すべての人が感動するのです。どんな大衆が集まっても、そのような運動が起きるのです。なぜでしょうか? 霊界が直接に再臨するからです。そこに感動したすべての霊人たちが、地上協助、文先生の解放協助………、恨の神様を知る心情を中心として願ってきたすべてが、今この時になって完全に実現するという運動が起きるのです。

 ですから、肉界で「訓読会だ!」というときは、天上世界においてすぐに反応するのです。今や訓読会の独裁時代が来る! 今、私が何と言いましたか? 訓読会の独裁時代です。独裁という表現はあまりよくないですが…………。

 その訓練を今からやらなければなりません。その訓練は家庭訓読会、その次には氏族訓読会、社会では教会訓読会です。面(町)や郡や里(村)、洞(町)の訓読会をやるのです。成約時代に発表したみ言を中心とした十二巻のみ言選集を、党首、道知事(県知事)、郡守、面長(町長)を通して、すべて分けてあげました。訓読会をやらない国は滅びるのです。奪われるのです。後退するのです。(二九六-二二一、九八年十一月十日)

 皆さんは今後、いかに訓読会をすべきですか? 今後、世界的にまず訓読した人々は、世界訓読歴史創建時代の代表的な一つの地域ならば地域、国ならば国の中心指標、中心支柱になることを知らなければならないのです。

 皆さんはここでこうして終わるのではありません。一回から二回、三回、四回までやったなら、ここで教育を受けた者は、全世界に散らばって教育する責任があります。食べて寝ることを心配するなというのです。家を売り、土地をすべて売ってしまって、避難民のようにさ迷ったとしても、皆さんが定着できる所は、世界の主導的な訓読大会の先祖という立場に定着するのです。そのようにすることで、世界化が可能なのです。祝福の世界化が可能です。そのような驚くべき未来があることを知らなければなりません。

 すべての山間に統班組織のような組織をつくり、それに責任をもった人たちは、自分の部署が天の国、霊界の一つの部署となって、霊界と隔たりのない一体的な基準に合うように、責任をもって教育せよというのです。(二九六-二二一、九八年十一月十日)



   訓読会をする理由


 韓国がこんなにも困難な目にあうのは、摂理的な意義があります。精神を取りますか、物質を取りますか? 二つをいっぺんに取ることはできません。物質を先に取ったら地獄に落ちます。物質を壊したのは、文総裁を中心として韓国を愛するためだと考えられます。ですから、私が訓読会をするのは、精神的に結束するためです。これまでの歴史にないことが起きるのです。(二九〇-九三、九八年二月三日)

 世界化時代にどこの橋を渡っていきますか? 文総裁の橋は世界最高です。息子や娘を皆、私に任せなさい。任せますか、任せませんか? 任せるだけのことはありますか、ありませんか? 任せるという者は手を挙げてみなさい。世界に出世できる万全の準備が整いました。それで私がここにやって来たのです。今やみ言を教育しなければならないので、訓読会をするのです。(二九〇-一五八、九八年二月十八日)

 今や教育であろうが何であろうがすべてをたたんでしまえというのです。訓読会さえすれば、すべて終わるのです。ご飯を食べる度に、家族や一族が集まって、しきりに訓読会をやれというのです。先生は熱心にやっているでしょう? 先生は時間さえあれば、訓読会をします。そうすればどんどん大きくなるのです。モヤシに水をやれば成長するように、我知らずどんどん大きくなるのです。一人の人間であっても、どんどん入るのです。愛は無限に縮小や拡大が可能なのです。(二九〇-二一七、九八年二月二十七日)

 よくよく見てみると、訓読会というのは、み言を通じて家庭が定着するという内容です。家庭の伝統になるのです。息子や娘の教育は、心配する必要がありません。真の父母が生きてきた生活と教えが、今すべて成就しているのです。今になって、すべてが合っているのです。(二九二-一七、九八年三月二十七日)

 訓読会をするのは、自分の行く準備をするのです。千年万年の歴史が、私を離れて行くかどうかというテストです。あなたがたが三億六千万双の祝福家庭の教育をどうしますかと尋ねたとき、私は笑いました。皆さんに教育ができますか? 十年もしないうちに、皆荷物をまとめて出ていくでしょう。先生はみ言を残していくのです。(三〇三-七九、九九年八月)

 私は去りゆく者です。地上で私かやるべきことは、すべて成しました。今や八十の老人になったでしょう? 私は世の中をすべて知っているのです。若者たちは皆、八十の老人が前に出て働くことを好みません。「わあっ! あんな人がいるなんて?」と言うのです。それよりもみ言を好むのです。年を取った人の顔と対するのが好きでしょうか? それで今、訓読会をやっているのです。精読させて試験するかもしれません。(二九七-一〇九、九八年十一月十九日)

 沃土というのは肥料が必要ないのです。本来、神様が創造した地は、自動的に自然の栄養分を供給するのです。ですから、精誠を尽くせというのです。精誠を尽くして活動せよというのです。種を植えよというのです、種! それで第一次、第二次、第三次イスラエルの失敗をすべて教えてあげようとして、訓読会をするのです。先生がどれほど苦労し、神様がどれほど苦労したかを知って、そこに一致し得る基盤さえ築けば、すべてが解放されるのです。それで訓読会をやるのです。(三〇二-二九三、九九年六月二十六日)

つづく。


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訓読会制定宣布 1997年10月13日



真のお父様のみことば

訓読会制定宣布

   一九九七年十月十三日

(抜粋1)

 一九九七年九月一日、米国・ベルベディアにて「第九回天父主義記念」のみ言に続き、「今日から新しい時代に移行する」と語られ、新しい時代に適した生活指針を下さった。十月十三日、ウルグアイのビクトリアホテルで、これを「訓読会」と命名された。





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   訓読会の意味

 訓読会という言葉を知っていますか?「訓」という漢字にはどういう意味がありますか? 教えるという意味があります。「訓」という字には、み言の「言」に「川」という字がくっついています。水は流れるものです。高いところから流れていくのです。水というのは、万物において生命の元素となっています。そうして循環運動をします。山から下り、泉となってあふれ、川となっていくのです。地球全体の血のような水、体のような水が海に流れ込んで、海水と生水が和合し、水蒸気となって、天に上り、雲になるのです。統一教会のみ言を中心として動くところには、復活がなされるのです。(二九六-二〇〇、九八年十一月九日)

 「読」という字は何でしょうか? み言を売るのです。ただで与えるなというのです。千金万金以上の価値として、自分の生命までも捧げられる価値として、伝授せよというのです。そうすれば統一天下になるのです。地上天国・天上天国が間違いなく成されるのです。

 「會(会の旧字)」という字は何ですか?「人」という字の下に何と書きますか?「一」と「四」、それから「日」という字を書くのです。それは何に似ていますか?「會」という字を一度書いてみなさい。「人」の下に「一」を引いて、「四」を書くでしょう?「四」の字を上にある「一」まで伸ばせば、西という字になります。その下には何ですか?「日」という字です。

 西洋人は「一」でなく「日」です(韓国語では共に発音が同じ)。西洋民族は単一民族でなく、混合民族なのです。ですから、会議というのはすべて西洋人がやるのです。「これが民主主義である!」と言って、横的にだけ考え、縦的なものがありません。訓読会をやりますか? み言は自分の家を与えても買えません。国を与えても買えないのです。このままでは生きていけない時代になってしまいました。自分の財産や命を捧げても買えないのが、み言というものです。(二九七-二○四、九八年十二月二十二日)

 統一教会の訓読会というのは、川の水が止まらない限り、私たちも訓読会を休むことができないのです。「読」という字は、「言」と「売」からなっています。売るという意味です。良いものを売るのです。み言を知って、そのすべてを売らなければなりません。分けてあげなければなりません。ですから、これからは村と村が競演大会を行うのです。どれほどやったかという問題……、家庭ならば家庭、教会ならば教会、社会ならば社会で表彰し、その次には、すべての国、世界で表彰する訓読会時代を開くのです。(二九六-二一七、九八年十一月十日)

 「訓読」というのは、み言の「言」に「川」という字です。水がすべての生命の要素なのです。青い地帯をつくり、空気の流れる雲を形成して、深く高く動きながら、世界を平準化するのです。水は世界を平準化するのです。「読」という字は何かと言うと、み言を中心として売らなければなりません。売らなければ、集めて使わなければなりません。水は流れて大きな川となり、海となり、この宇宙を生成する力をもっています。み言のもつそのような内容を知らなければなりません。(二九〇-一五四、九八年二月十八日)




   訓読会の標準


 私たち人間の生活、個人は皆、一つの支脈、一族、血族を中心とした形態、支流のようになっており、それがだんだんと大きくなって、一つの国、一つの理想世界、一つの大河を形成し、一つの霊界にすべて帰結するのです。霊界に行って、霊界の生活、海の生活、そのような形態の永遠なる動きが続くのです。正にそのようになっているのです。

 ですから、人間は一人で生きていくのではありません。どのみち人生は、一度は行ってぶつからなければならないのです。川の水が最初に山から流れるときには、千万の形態となって滝として落ち、ぶつかりながら、大洋に入っていくのです。ですから、すべては一つの世界に向かって入っていくということを知らなければなりません。

 さて、そこで皆さんに教えたいのは、「川」という字と「読」という字です。この「読」という字は、み言を中心として売る、み言を売るということです。み言を自分に留めておかないで、みな伝授してあげなければならないのです。一雫の水は支流となり、さらに大きな支流、本流となって、大洋に入っていきます。すべて大きくなっていくのです。そのようなみ言をすべて伝授し平準化させる、そのような内容が訓読会なのです。

 訓読会をする理由は何ですか? 皆さんは今まで旧約時代、新約時代を経て、成約時代を迎えていますが、「成約時代」とは何ですか? それは家庭完成です。旧約時代には家庭を原理的に立てることができず、堕落した家庭となりました。この家庭基盤で失敗したことを復帰するには、家庭で復帰してはいけません。より高い次元の国家的基準で復帰しなければならないのです。そのために第二アダム的なメシヤが来て、復帰しようとしたのですが、すべてが失敗したのです。

 それで第三のアダムが来て、国家的基準ではなく世界的基準において、言うなれば大きなアマゾンのような川の責任を果たしながら………、アダム家庭の失敗、イエス家庭の失敗、その上に民族・国家・全人類的な失敗を、総蕩減しなければならないのです。すべてに責任をもって、きれいに整理しなければならないのです。それでようやく人類の真の父母、アダムとして完成すべき真の父母、神様の創造理想のみ旨の本体である四位基台……、アダム家庭における愛の理想完成の定着地を中心とし、それを伝統とすることによって、万民がそのような種となるのです。アダムが種ですから、皆さんも同じ価値の完成した種のような家庭をもって定着し、天国に入っていくのです。

 それができていないのです。皆さんは祝福を受けてから七年路程を経なければなりません。先生もその道を行くのです。今まで皆さんは、この復帰路程において、蕩減の公式に合わせて歩むのがやっとで、それを知らずについてきたのです。三六家庭を祝福したのも、三十余年前のことですが、四十年近く過ぎた今になって、やっと今までなしてきたことの意味が分かるようになってきたのです。

 それでは、この訓読会の標準とは何でしょうか? 真の父母が、堕落した世界の歴史を代表して、この世における家庭理想を蕩減し整備した基盤の上に、神様の願いである創造理想的な祝福家庭を完成するのです。その完成した家庭は、一個人の家庭ではありません。アダム家庭は家庭王にならなければならず、氏族王、民族王、国家王、世界王、天宙王にならなければならず、地上天国と天上天国の王権を授かることができる代表的家庭です。それと同じように、皆さんの家庭も皆さん一人ではないのです。

 先生のみ言は、今まで先生が歩んできた闘争記です。言い換えれば、家庭完成をする戦勝の記録です。この記録は、皆さんの骨や肉のように一体となり、中心とならなければなりません。そのようなみ言と一体化できる骨と肉となり、生活的環境と一体化させなければならないので、家庭が定着しなければなりません。真の父母の家庭を代身しなければなりません。

 父母の家庭を中心として氏族圏・民族圏、そのレベルがすべて同じ国家的基準に立ち、平面的に同じ位置に立たなければなりません。それゆえ、最後にはこれが蘇生・長成・完成、アダム時代・イエス時代・再臨時代という蕩減を通して、復帰して上がってきたのです。引っ張られて上がってきたのです。上がりきってからは、すべてを横的に蕩減復帰しなければならないのです。

 先生が闘争してきた個人的時代、家庭的時代、氏族的時代、民族的時代、国家的時代を代表して勝利的な真の愛の覇権者(としての闘争記)………、神様と真の父母を代身した一つの愛の種のような家庭に向かって清算するための、歴史的な闘争記なのです。そこに一体となれず、心と体が一つにならなければ、家庭理想は破壊されます。先生はそのようなすべてのモデルとして、戦勝的な記録を築き、皆さんの骨と肉ができる前に、その型を築いておかなければならない立場に立っているということを知らなければなりません。

 それが重要なことです。ですから、この訓読会は皆さんが聞き流してはなりません。毎日のように自分自身と比較するのです。良心がみな知っています。説明する必要はありません。すべて分かるようになっています。自分がいかなる位置にいるか、皆分かるようになっているのです。分からないようにはなっていません。そうして、皆さんの家庭が、全体から見で、み言の内容と比較して一体化、イコールとなれる価値的な存在として、神様に永遠に認められる永生の実体基盤を、家庭において築かなければならないのです。

 サタンの血統が残っている限り、永生の因縁が残らないのです。サタン世界の血統を凌駕した愛を中心として、愛の全体の骨肉、自分の生活圏のすべて、神様が創造した環境にまで、主体的な影響を与えられる家庭にならなければならないのであって、影響を受ける家庭になれば、天国に入っていけないのです。

 そのような膨大な過程を考えてみるとき、皆さんの家庭はどのような位置にあるのでしょうか? 誰も当てはまる者がいません。今や第三次アダムの完成は、三億六千万双を完結すればなされるのです。次は、サタンの血統をすべて断絶しなければなりません。サタンの血統が断絶し、堕落の痕跡がない、そのような基盤の上に定着していく家庭が、第四次アダム圏なのです。(二八八-一〇八、九七年十一月二十五日)


   訓読会の重要性


 訓読会の重要性はなんと大きなことでしょう! 天上世界や地上世界において、自分の子孫や一族を、一挙に打って分別できる内容なのです。それが皆さん自身にかかっていることを知らなければなりません。常に深刻です! 霊界にいる先祖から世界の子孫たちにいたるまで、自分にかかっているというのに、どれほど深刻なことでしょう。一歩誤まれば皆ひっくり返るのです。(二九六-二三七、九八年十一月十日)

 皆さんが今、地上でやっている訓読会は絶対に必要なものです。そこに合わせて着地しなければなりません。霊界は既にそれをやっています。霊界では一週間以内にすべてが定着します。ですから、地上でやるべきことが、どれほど急がれているか知らなければなりません。訓読会を通じて家庭が定着できる時代に入ったのです。それで訓読会が重要なのです。これは霊界にいる自分の先祖の解放と今後の自分の後孫を解放するためのプログラムです。過去・現在・未来が一つなのです。(二九一-二三七、九八年三月十五日)

 訓読会を重視しなければなりません。ご飯を食べることより重視しなさい。そこに面白さ、醍醐味を感じなければなりません。「私が今、どこに向かっているのか、いかに生きているのか?」というとき、何点になるかというのです。すべてに点数をつけなければなりません。自分自身のことは、自分が一番よく知っています。それから一六〇家庭、一八○家庭を祝福し、氏族が入籍するときには、皆さんの姿勢を重視しなければなりません。

 ご飯を食べるよりもおいしく、現在暮らしていることよりも現実的でなければなりません。ご飯を食べることは忘れても、訓読会を忘れてはなりません。一日のうちで朝だけ訓読すべきですか、昼や夜にも訓読すべきですか? 夜食を取る時間があるなら、四回やらなければならないのです。朝に起きて訓読し、昼にご飯を食べてから訓読せよというのです。夕ご飯を食べて訓読し、眠る前にまた訓読するのです。そうすれば霊的な生霊が育つのです。やらなければ、真っ暗で雨の日のようであり、霧がかかったように胸が苦しいのです。祈祷する時間より、訓読会の時間をもっと重視しなければなりません。なぜですか? それは完成するためです。真の父母が皆さんを完成させる時間だというのです。(二九五-二七四、九八年九月八日)

 訓読会は涙なしでは過ごせない時間であるということを、皆さんは知らなければなりません。今は不平を言える内容が何もないのです。すべての者が歓迎しなければならないのです。真の父母が定着したすべての心情世界を、皆さんの家庭に安着させるためにも、訓読会は絶対に必要なのです。家庭的な訓読会、社会的・教会的・国家的な訓読会、世界的な訓読会が始まるのです。(二九二-二一五、九八年四月十七日)

 先生は闘ってきた過程で、霊界の協助を受けてきましたが、皆さんも同じく霊界の協助を受ける条件を立てなければなりません。家庭が地上に定着するとき、サタンが讒訴し得る環境を越えていかなければならないので、訓読会が絶対に必要なのです。(二九二-二一五、九八年四月十七日)

 訓読会が絶対に必要です。三百六十万双、三千六百万双、四千万双、三億六千万双を誰が教育しますか? 私はそれを信じません。私はみ言をすべて知っています。そのみ言に私が涙を流し、生命をかけてみ言を宣言し……、すべてがそのようなみ言であったということを、私はよく知っているのです。そのみ言を皆さんはすべて忘れてしまったのです。(二九六-三三二、九八年十一月十八日)


つづく。


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