みことばは変えてはならない

お父様のみことば   牧会者の道  512p

経典は絶対視しなければならないのです。明らかに違っているようなのに、なぜそのように書いたのかと言う人がいます。それは全体を前において見るとき、そのように書くようになっているからです。そのように書かなければならない他の事情があったのであり、飛躍しなければならない内容があったということを知らなければなりません。そのように考えなければなりません。そのように理解できなくて、自分が分からないことは間違っていると思っているのです。しかし原理は千年たっても変わらないものです。(三三―一〇一)

皆さん、原理の本を見れば、そこには神様の六千年の心情があるのです。先生の一生の血を流した闘争の歴史が、そこにあります。皆さんの知らない内容がいくらでもあるのです。そんな原理の本を一ページ一ページ見るたびに、夜を徹して祈祷しながら、ここに神様の心情を探すことのできるはしごがあるのではないかと思いながら覚えましたか? 線を引きながら、この一言の背後にどんな歴史があるのか考えてみましたか?


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韓オモニのことば
「例えば、原石があるとしましょう。いくら原石でも、磨いて光が出るようにしなければなりません。お父様のみ言は、一言で言って、原石は原石ですが、精製されてない原石と同じなのです。私(韓オモニ)までそのままにしておけば、誰がこれを磨きますか。・・・・それは、私にしかできません。」    真の父母経 1506p


私たちはみことばを学ぶとき、背後にあるお父様の心情、神様の心情を探りながら、尋ねるとき、お父様と内的にひとつになることができます。
それゆえ、お父様のみことばを変えるということは到底考えられないことです。

韓オモニの論理は自分をお父様の上の位置に置いています。メシヤ以上の立場に自分を立てています。
そこに、お父様と一つにさせない背後の狙いがあると言わざるを得ません。

お父様のお姿を消そうとしています。実際、改ざんした天一国経典はお父様のサインを消して、韓オモニのサインをして発行しています。
そして自分は神の独り娘、独生女であると言いながら、自ら偽キリストであると告白しています。

私たちは早く、その事実に気付き、本来のお父様の願われる方向と一致化しなければならないと思います。

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本当にそうだと思います。絶対的なみ言が色々と変わるとはとても思えません。ましてや生前八大教材教本を学ぶ様に遺言のようにお父様が言われた本の内容が変わるなどありえないと思います。黙示録の予言書に改竄する者に対して警告すると書かれているようにみ言は絶対的なものだと思います。
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