真の牧者と偽りの牧者

お父様のみことば

皆さんの前には、真の牧者も偽りの牧者もいるのです。ですから今や皆さんは、それを正しく分別しなければなりません。真の牧者は「自分が真の牧者だ」と言いません。いつの時であれ、黙々と神様のみ旨と、すべての万象を自分の心に抱いていくのみであって、自分の立場を弁明しません。ですから、イエス様もピラトの法廷に立った時、悪党たちは自分たちが正しいと主張しましたが、イエス様は自分を弁明しなかったということを、皆さんは振り返ってみなければならないのです。

 ところで、終わりの日には、どちらが真であるか、偽りであるかを分別することができない時があるのです。それで神様は、そのような時を迎える人間に、「頭に油を塗って密室に入って祈祷しなさい」と言いました。互いに自分が正しいと主張していけば、極度な混乱と混沌が起こり、誰が真の牧者であるか、偽りの牧者であるかを区別できないので、静かに密室に入って自ら祈祷し、判断しなさいと教えてくださったのです。

 真の息子は、父親が自慢してくれない以上、自ら自慢することはせず、自分を弁明することもしません。父親の栄光の座に立ったとしても、それを自慢せず、むしろ自らを低くするのです。ですから今日、皆さんもそのような人になるために絶えず努力しなければなりません。 「牧会者の道」p96


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私たちはみことばを通して、神様がどのようなお方であるのかを学んでいます。
それは栄光の神様でなく、悲惨な神様、苦痛の神様であったということを原理を通してお父様から教えられました。
そのような神様を知られるイエス様は、決して自分のことを誇ることなく、十字架の犠牲の道をたどられました。
お父様は考えられない苦痛の生涯の路程の中にあったとしても、神様を慰めてこられました。
子女様たちの犠牲があったとしても、天の御旨のためにひたすら神様のことを先に考え、行動されてこられたことを、知っています。

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自らの苦痛以上の神様の苦痛をご存知であられたが故に、いつも弁解なく犠牲に道を歩まれてこられました。
今、私たちは誰が真の牧者であるのかを、祈祷し、判断しなければなりません。

亨進様と国進様2

イエス様の心情、お父様の心情の伝統をもっておられる方がどなたであるのかを。
そして気付いたならば、本心に従い、勇気をもって行動しなければ、生涯に悔いを残すことなります。
そして、自分がその牧者に繋がり、その如く、生きなければならないと思います。

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