近所の知り合いの方の死を通して感じたこと

近所の知り合いの方の死を通して
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先日、近くの知り合いの56歳の男性が亡くなられました。病気で最近は入退院を繰り返していました。
私が大分の田舎に還ってきて、同じ自治会ということもあり、何度か話たりもしていましたので、少なからずショックを感じています。

本人は独身でした。彼は趣味はオートバイでしたのでよくその話をしたりしていました。実は私も献身する昔、オートバイが好きで、豊田市に住んでいた時によく、愛知県の知多半島や渥美半島をツーリングしたりしていましたので、共通の趣味で気が合っていたといえます。

葬儀の最後に遺族代表挨拶の中で、彼のお父さん(85歳)が死因は病気であったこと、その病気があったので結婚しないまま独身できたということを報告されていました。

こちらの田舎では高齢化が進んでいますので、50代は貴重な人材です。惜しい命ですが、意味があってあらたな出発をされたと思います。

その喪主であるお父さんの話を伺いながら、息子の死を前にした親の苦痛の心情を感じて、同情を禁じえませんでした。息子さんも苦痛の道を通過されたと思いますが、親の立場のお父さんはまたそれ以上の苦痛を味わったのではないかと。

私は原理を通して、神様を理解しその心情から判断する方法を知っています。イエス様がどのようにして試練を超えてこられてのかを真のお父様のみことばから理解している立場です。

しかし、この世界においてその苦痛や不幸を克服することは不可能なことで、「先に神様を慰められた」イエス様やお父様の愛の勝利を受け継ぐことのできる道を伝えない限り、その苦痛を解放することはできません。
今回のことをとおして、周りの方々にその思想と心情を伝授しなけばと更に思わされました。

真のお父様のみことば 1957.10.4
それでは、今皆さんが知らねばならないことが何であるか。イエス様が地上に来られ、万民に御言を語り尽くせず、天寿をまっとうできず、やるべき仕事を果たして後に万民に号令することができずに逝かれたことを、皆さんは知らねばなりません。

このようにイエス様はこの地上に来られ、すべて成すことができずに逝く他はなかった、内的な悲しい心情を感じる人間になってこそ、イエス様の新婦の資格を得ることができるのです。


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阿南信義 Nob..Anan

Author:阿南信義 Nob..Anan
日本サンクチュアリ協会大分教会
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大分の山奥で農夫をしています

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