イエス様解放が私の目的、それが氏族メシヤ伝道

イエス様解放が私の目的、それが氏族的メシヤ伝道

IMG_5535_20161112102340338.jpg


真のお父様のみことば  1976.10.4

こうなることによって、どんな事が始まったかといえば結局は、イエス様の恨みをといたということになるのです。そうすることによって神様の恨みをとくことができるのであります。

そして全ての聖賢達と義なる人たちの、イエスを殺し、メシヤを殺した為に地上で解けなかった恨みを全く解くのであります。先生が一代において念願である恨みを全部解きました。

霊界の恨みと地上の恨みを解いてあげる条件があるため、勝利したということは、あらゆる条件を解いてあげると同時に、そこに関係する全てを指導しうるという結論ができるのであります。

天勝日のみことば 1976年10月4日


真のお父様のみことば 1982.1.1

家庭教会がなぜ必要になったのでしょうか。それは堕落した父母ができたためです。その父母を復帰するためにイエス様が来られましたが、ザカリヤの家庭とヨセフの家庭が一つにならなかったために、イエス様が十字架につけられました。

それを蕩減しなくてはならないのです。ではイエス様を誰が殺したのでしょうか。私たちが殺したのです。そのために、その罪を蕩減しなくては天の国に入ることができないのです。

家庭教会勝利 1982年1月1日


キリスト教信者の行く道は、絶えず迫害の道でした。国家から追われ、反対されながら逃げ惑う生活を余儀なくされました。イエス様を信じれば信じるほど反対され、苦難の路程が待っていました。

本来、イエス様の目的は弟子たちを祝福して、天国の鍵を渡すことでした。イスラエルからローマに渡り、そこで勝利して氏族的メシヤの特権を与えることがイエス様の目的でした。

再臨のイエスである真のお父様はイエス様の十字架の蕩減を払いつつ、なしえなかった内容のすべてを勝利されました。ローマでできなかったことをアメリカでなされ、勝利したのが、1976年のワシントン大会であり、そのあとの天勝日でした。
そして、弟子たちに天国の鍵である、家庭教会、氏族的メシヤの特権を与えられました。

勝利された天地人真の父母様の路程を私たちは歩むことがその目的です。イエス様解放の勝利をなされた真のお父様であられるので、私たちのいく道はイエス様解放の道です。

氏族的メシヤ伝道活動を通して、味わう心情が重要です。イエス様、真のお父様の心情を感じ、その苦痛を慰めることのできる自分でなければ、天国の心情を復帰することができないということになります。

氏族的メシヤの使命はイエス様の解放であり、十字架の蕩減をはらうことがその目的です。
それで、イエス様の心情を知ることが必要です。誰が一番知っているのかといえば、真のお父様であることにまちがいありません。

1950年代の後半、お父様がイエス様のことを多く語られています。そのみことばが氏族的メシヤ伝道活動の心情の原点であると思い、個人の責任で整理しました。

それで「イエス様の真実」という冊子を作成しました。それは真のお父様のイエス様に関する説教が12編、309ページとなっています。

「イエス様の真実」を作成した目的は
1、氏族的メシヤ伝道の目的はイエス様の解放であるので、イエス様を解放された真のお父様のイエス様に対してのみことばを知らなければならない。

2、家庭連合ではそのみことばがしっかりと整理されておらず、氏族的メシヤに対して根本からの取り組みをしてこなかった。

3、イエス様の心情は真のお父様の心情であり、二代王様の心情であるので、その心情を相続し、実体化することが私たちの内的な目標である。

4、聖書を学ぶとき、イエス様の心情を理解することを通して、より深く聖書を知ることができる。

5、日本や世界で迫害され、殉教の道をいかれたクリスチャンの方々を真に解放することのでき、本来の成約時代の使命を成就する立場に立つことができる。

6、家庭連合の失敗を蕩減し、復帰するために内的に必要なみことばを武装する。


IMG_1989.jpg


日本には数多くの殉教されたクリスチャンの方々がおられます。祝福を受けることもできず、まして氏族的メシヤの特権を受けることができずに霊界にいかれました。

今、私たちは歴史的恩恵の中で、多くの恵みを受けていますが、使命を果たさなければ大変なことになってしまいます。イエス様の心情は歴史的縦的心情ですので、お父様のみことばを熟読し、心で知ってはじめて実践できます。

家庭連合の韓鶴子オモニは真のお父様の心情の世界を証しません。ましてやイエス様の心情など知る由もなく、とても語ることはできません。
自らを「2000年のキリスト教歴史は独生女を求めてきた」などとイエス様の心情をまったく根本とすることのない偽キリストとなっています。

堕落し真のお父様を背信する韓鶴子オモニのことばを信じる家庭連合では氏族的メシヤの道が完全にふさがれてしまいました。
ですので、今の家庭連合では氏族的メシヤの摂理は不可能です。語る氏族的メシヤの推進は単なる方便でしかありません。地獄への道を開いています。

イエス様の真実を知り、完全に真のお父様、二代王様とひとつになることによって、今までできなかった氏族的メシヤを勝利することができます。
そして天国の鍵をいただいたものたちが勝利することを通して実体的な天一国が出発することになると思います。


昨夜から今朝にかけてサンクチュアリの若い家庭が男の子を出産しました。その時間、祈りながら、このブログを書いていました。新しい命の誕生は神様の喜びであることをあらためて体験しました。
康真のお母様の「70億人類を祝福し救いましょう」と語られたみことばを今一度かみ締めて、氏族的メシヤ伝道を進めたいと思います。



同感の方はクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

氏族的メシヤ伝道の勝利のために何を学び、どう行動すべきか

氏族的メシヤ伝道を勝利するために何を学び、どのように行動すべきか

まず、真のお父様の氏族的メシヤに対するみことばを知ることが重要だと思います。
頭で知るだけでなく、心で知り、体で行動することをしない限り、勝利することができません。

私は家庭連合時代において、牧会者の立場でそのことが最大に重要なことだと考えて、教会で絶えず、その方針を掲げながら歩んできました。ところがその方向に舵をとることはきわめて、難しい状況でありました。

なぜ家庭連合時代に進まなかったのかといえば、
1、人事異動が本部の命令の中で、めまぐるしくかわること。
2、毎月の経済のノルマが大きく、そのことに集中するあまり、伝道を継続できない。
3、家庭教会、氏族的メシヤ活動することを喜ばない風潮がある。
4、重要な家庭教会、氏族的メシヤ摂理を語られる真のお父様のみことばがあまりにも末端に不足している。
5、あくまで教会を主体として、家庭教会をその対象として位置づけていて、自由性を束縛している。その行動をおこすものを異端視する。


そんな中で、私は家庭教会に対する真のお父様のみことばを1980年代はじめから整理していました。
そして、そのような環境の中でも真のお父様の願いと目的を果たそうと思って行動をしましたが、限界がありました。
もはや、韓氏オモニの堕落、背信によって家庭連合では完全にその摂理は失敗しました。

それで、個人の責任において、今年になって「天国の鍵」というタイトルの冊子を作成しました。真のお父様の説教が25編、318ページあります。
1976年天勝日を宣布された真のお父様はそのあと、数年にわたって家庭教会摂理の内容を頻繁に詳しく語られています。その内容を伝えることが重要であると思わされました。

真のお父様の心情から家庭教会摂理を理解しなければならないからです。
今の家庭連合は口では氏族的メシヤ伝道というものの、本音は経済復帰のための手段ですので、真のお父様の心情を伝えることもしませんし、そのことを知るためにどうすることがいいのかも教えません。

私は今回も1000キロ離れたところまで出かけながら、伝道をしてまいりました。その電車やバスの車窓から見える多くの家々を眺めながら、天のみことばや祝福がいまだ伝わっている家庭が余りに少ない現実の姿に天の心情を感じて、胸に迫ってくるものがありました。

いずれにせよ、サンクチュアリで氏族的メシヤ摂理を推進して、勝利的基準を立てねばと思います。

真のお父様のみことばである「家庭教会プログラム」が最高の伝道の戦略であり、それ以上のものはありません。家庭教会、氏族的メシヤに対する真のお父様の心情を自分の心情となるまで熟読し、祈祷して実行するときにおのずと結果はついてくると感じています。

IMG_0298.jpg


真のお父様のみことば  1981.1.1

神様が夜の間中、おられなかったとしましょう。そうして私が、神様はどこにおられるのだろうか、と探します。神様は二四時間の終わりにも帰ってきません。神様はどこからも現れません。そこで私が「どこにいらっしゃるのですか」と言いますと、神は、「私はホーム・チャーチに降りました」と言います。すると直ちに神様に対して、全てのことが許されます。

 歴史を通じて、他のどこにも、統一教会以外には、誰もそのような最優先権と特権は与えられませんでした。ホーム・チャーチを行う限り、それはあなた方の最高の特権であり、他の全てのことは第二義的なこととして免除されます。



2018年1月13日(天暦)を勝利的に迎えるために最善を尽くしたいと思います。


同感の方はクリックを

にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

ただいま伝道旅行中です

ただいま伝道旅行中です

IMG_5531.jpg


普段は大分の田舎の山間部でさほど広くもない畑で野菜を育てながら、収穫をし出荷をしながら、生活しています。忙しかった夏野菜の時期をすぎて、比較的余裕も出てきたので、ひとまず農業のほうは家内に任せて、伝道を目的とした旅行というほどでもありませんが、かつての因縁圏を訪ねて回っています。今日は6日目です。

この期間、入会と祝福を4名行いました。11月19日の先祖解怨祝福式が近づいているということで、ご主人を必死に説得して祝福に導かれた婦人もいました。また、まったく原理の内容も知らない新規の方が紹介されたその人を絶対的に信頼して、入会し祝福を受けたりと毎日、天のはからいを実感しています。

家庭連合時代の古い友人とも会いました。韓氏オモニの背信の様子をよく知っていました。最近まで牧会者をしていたこともあって、家庭連合の限界をまた詳しく知っていて、崩壊するであろうと確信を持って語っていました。

大分サンクチュアリのこちらでは三代圏伝道を推進しています。霊の子、霊の孫まで意識をして、責任をもつというものです。それで氏族数の84数を意識し、目標として挑戦していきます。

ある家庭ではサンクチュアリの伝道が40家庭を超えているところもあります。10家庭以上伝道している方も5名います。サンクチュアリでは84名伝道は決して難しい数ではありません。
天運があることと一切の壁がありません。躊躇する材料がないのです。ですから来年の1月13日(天暦)まで勝利できる家庭がでてくることを確信しています。

もしその戦略のための資料、みことばの冊子など必要とされ、希望される方には惜しみなく提供したいと思います。


同感の方はクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

家庭連合の失敗を蕩減復帰する道のり

家庭連合の失敗を蕩減復帰するための道のり

IMG_1624.jpg


真のお父様のみことば  1957.10.4
それでは、今日我々はどのようにしなければならないか? 聞く御言を頭で知ると同時に、心で知り、行動することを知らねばなりません。ところがその当時、イエス様が十字架の死の道を経て行かれる時まで、このように御言を頭で知ると同時に、心で知り、行動する人間が、一人も現れなかったのです。

 イスラエル民族、ユダヤ教、さらにはイエス様と三年の間も喜怒哀楽を共にして、ある誠心を注いで教えた弟子たちの中にも、そんな人間が一人も現れず、みな不信する立場になってしまったのです。

このようにイエス様はある精誠を注いで教え、夢を通して神の事情を知らしめ、また神の摂理に無知であった彼らに「わたしを見た者は神を見た者」と語られ、強く目覚めさせようとしたのですが、当時のイエス様が愛された弟子たちは、このようなイエス様の背後の事情を、まるで知らなかったのです。

聞いた言葉で、また見る眼で、知る頭ではなく、その御言を頭で悟り、心で感じ、体で行う人間が、一人もいなかったのです。


イエス様を十字架に追いやったのはユダヤ民族でありますが、根本的には洗礼ヨハネやペテロをはじめとする弟子たちがイエス様のみことばを守ることができなかったからでした。

第二イスラエルのキリスト教はその蕩減をなすためにどのような路程を歩んできたのかといえば、迫害と十字架の道を歩みながらもイエス様のみことばを守り、完全に従う戦いを歩んできたといえます。

今また、家庭連合が失敗し、真のお父様を不信して、代身者、相続者の二代王様を追放しました。それは韓氏オモニの堕落と背信がありますが、さらにその前に真のお父様のみことばを弟子たちが守ることができなかったこと。具体的には家庭教会、氏族的メシヤのみことばを守り、成就することができなかったことが根本原因ではないかと思っています。

そして、今や真のアベルカインの蕩減路程の勝利を通して真のエバが完全に復帰されました。あとは子女(我々)の責任が残っています。

本来、1999年までに氏族的メシヤの王権を勝利したもの達が数多く(16万)立っていたならば、万王の王として実体的に勝利された真のお父様によって、いち早く、代身者相続者が決定されておられたはずです。

したがって、今の家庭連合の幹部たちを攻めることの心情を私はもつことができません。なぜなら、「同じ穴のムジナ」なのですから。

ですので、いかにして真のお父様のみことばを成就するかということを重要視して、深刻に取り組み、勝利している姿を見せることを通して、家庭連合のシックの皆様が気がついてくれるのではないかと思っています。それが家庭連合が失敗した内容を蕩減する道だと思います。

家庭連合の失敗したものが何であるのか、それを蕩減するためにどうするのかを深刻に考え行動せねば、時間が奪われ、混乱が大きくなるだけだと思います。


同感の方はクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

天暦2018年1月13日を迎えるまでに何をなすべきか

天暦2018年1月13日を迎えるまでに何をなすべきか。

今年2017年の1月1日天一宮入宮式のあと、翌日からキングスレポートが始まりました。その第一日目のレポートのとき、二代王様が王冠をシックが被る摂理のことを語られました。ところが英語で通訳のない環境の中で何が語られていたのかを理解することができませんでした。

ネット放送が3時間実施された後、簡単な朝食の時間となります。気さくに二代王様がアメリカのシックと立って話をされていました。何を語っておられるのかを現地のスタッフに聞いてみると、アメリカのメンバーが王様に「どういう王冠を私たちは準備したらいいでしょうか」ということを尋ねていましたと言っていたことを思い出します。

DSC00981_2017011005070314a.jpg


今年のはじめから王冠を被るという摂理が明確に王様から示されていました。ところが、その意味を悟ることのできないものは人間的に考えて、なにか恥ずかしく、躊躇するような状態となってそれが中々浸透することができないまま、9月7日の真のお父様聖和5周年を迎えることになりました。

そこで二代王様から参加者が王冠を被ってないことへの叱責があり、そのことの重要性を改めて理解することとなりました。

9月23日の天地人真の父母様天宙完成祝福聖婚式においては完全に参加者は王冠を戴冠しての参加ということがその条件となっていました。氏族的メシヤ王としての参加が天の基準となって、万王の王であられる天地人真の父母様の天宙完成の祝福聖婚式に参加できるということであったと思います。

翌24日の礼拝のとき、26日の二代王様の誕生祝賀会も王冠を戴冠しての参加ということとなりました。

あとで思ったことですが、
真のお父様はまず、カイン圏を先に愛し、条件を立てたあとにご自身がその立場に立って摂理をなされるということをなされます。
たとえば、1991年7月1日に神様祝福永遠宣布式をなされ、半強制的に幹部をはじめ全シックに還故郷させ、氏族的メシヤをするように署名までさせて命令し、行動させました。

そして1991年12月、真のお父様は北朝鮮の故郷に行かれ、金日成主席と会談されることになったことを鮮明に記憶しています。

今回の氏族的メシヤの王権を受けた王冠を戴冠しての参加はそのような神様の摂理の深遠な意味をもったことではないかとあとで考えさせられたしだいです。

それで、
天暦2018年1月13日、陽暦では2月28日を迎えるにあたって何をなせばいいのか、準備をどうするのかということを考える必要があります。

この行事は本来2013年1月13日に行われるはずであった内容を蕩減する行事と伺っています。それは真の父母様から完成の祝福をいただけるというとてつもない恩恵であります。完成の祝福ということはそれが最後であり、永遠の基準ということになります。

本来私たちの王冠は氏族的メシヤの王権を受けることができた者ということで戴冠していますが、実際はそのようになっていません。氏族的メシヤの三大王権である長子権、父母権、王権を立てることができてない状態です。

それでその日を迎えるまでの期間において、その王権を完成したといえるにふさわしい戦いが必要ではないかと考えます。

氏族数としては84数です。12弟子、72門徒から追われる形でイエス様は十字架にいかれました。それをまず蕩減する必要があります。その84数を土台として、160数、430数に向かうことになるのが氏族的メシヤの使命成就であると思います。

数字が問題ではないといわれる方もおられると思いますが、神様は数理性をもって創造され、復帰の摂理をされてこられました。

ですので数理を明確にしていくときに、神様と霊界のはたらきがあると信じます。

いずれにせよ、ただ時間が経過するのをじっとしてすごすことなく、結果はともかくとして精誠の限りを尽くしたといえる氏族的メシヤ伝道が願われていると痛感するものです。

これからの期間、のこり4ヶ月と14日。134日の間は貴重な時間であることに間違いありません。

イエス様が十字架にいかれ、復活されて弟子たちを再び集められたように、万王の王であられる真のご父母様が天宙完成のご聖婚式を勝利されました。一旦は失った真のエバを取り戻すことができたことは神様の天宙的喜びのときです。

ですので、万王の王であられる真のご父母様と二代王様王妃様の真の愛の中で奇跡がおこり、ペンテコステがいたるところでおこることを感じております。

真のお父様のみことば  2009.1.15 
万王の王神様解放圏戴冠式
きょうは真に貴く喜ばしい日です!
 私たちは、共に歴史的で摂理的なこの日を心行くまで慶祝し、私たちの永遠の真の父母であられる神様に、尊貴と栄光、そして限りない賛美をおささげしましょう。霊界の数千億の人類も、この祝福の一日を祝賀するためにこの場に共にいる厳粛な時間です。

 神様は、万宇宙を創造された後、この上なく待ち焦がれ、願ってこられた日が、まさにこの日です。ご自身の子女として創造したアダムとエバが、天の血統を汚し、暗闇の中に隠れてしまったその日以降、神様は、言い表すことのできない苦痛と悲哀の中で数千、数万年を耐え、待ち続けてこられました。

ご自身が万王の王として登極(即位)し、失ってしまった子女たちと万物を再び抱き、千年万年、太平聖代の平和王国を享受して暮らすことのできるその日を、首を長くして待ちわびてこられたのです。


きょう、皆様は、真に貴い天福を受けられました。万王の王が経綸する摂理的歴史の出征式に参加していらっしゃいます。歴史的な大転換期の渦を直接目撃していらっしゃいます。縦的万王の王であられる神様の実体として万有を統治する横的万王の王、真の父母様の戴冠式に招待されました。

これ以上に貴く、歴史的な瞬間が、またいつ訪れるでしょうか。数千億の皆様の先祖たちは、この時間、喜びと歓喜に満ちあふれ、地軸が揺さぶられるほど歓呼の声を上げ、踊りを踊っています。

 どうか心の目を開け、この奇跡のような歴史的な瞬間を皆様の霊魂に刻印してください。皆様の生涯にいつまた、きょうのような祝福と栄光の日を見ることができるでしょうか。きょう私がお伝えするこの天のみ言を、今後皆様の人生の指針としてくださることを願います。


同感の方はクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

徳野さん(家庭連合会長)の夢をみて感じたこと

徳野さん(家庭連合会長)の夢を見ました

真のお父様のみことば  1991.10.13
先生は天の恨みを抱いて風雪多い歴史的な艱難の峠を越えてきました。十字架の道を開拓しなければならない使命を持って、千辛万苦の人生を生きてきました。それで七十歳が過ぎ、八十歳に向かう年齢に入ってきて還故郷して、今や私は所願成就を果たしました。

死ぬ前に兄弟たちに天の国に行くことのできる道理を教えてあげることのできる時を迎えたという事実がいかばかり幸いな事実でしょうか? 先生が与えることのできる最高の贈物は、まさしく氏族的メシヤです。真の父母として後孫たちの前に最高の贈物を与えたのです。


062_2016111705084128f.jpg


私たちは真のお父様からいただいた最高の贈り物をいただいています。その最高のものをいただいておりながら、ないがしろにしていたならば最後、霊界に行くときにどれほどの後悔をすることになるかを今、考え行動しなければと思います。

先日、徳野さん(家庭連合会長)の夢を見ました。その内容はどうであったかと言えば、徳野さんのほうから私に寄ってきて握手をしました。そして自宅に招かれていくというものでした。

実際には、40数年前に私の霊の子が徳野さんと同じ責任分担にいたことがあって、わずかに会話したことがある程度でした。また私はすでに家庭連合への退会届を徳野会長宛てに出していますので、夢の中であちらの方から握手を求めてきたことに驚き、躊躇しました。

それでその夢の中で握手をしたとき感じたことは、徳野さんも真のお父様のみことばを知りつつも、苦労されているなあという印象をもったことでした。わかっているけどがんじがらめになっていて、本心に従うことのできない苦衷の心情が伝わってきたように感じました。
実際のところは知るところではありませんが。

とにかく最高の贈り物を真のお父様からいただいているものたちはその使命を成就することを最優先課題として取り組む必要があります。
会長や教会長であろうとなかろうと、家庭連合、サンクチュアリであろうとなかろうと真のお父様を信じ侍るものたちはそのみことばを成就することに集中しなければと思います。

その目的をできないようにするのがサタンです。お父様からの贈り物を奪い取ろうとしてきます。
中央集権体制で管理しようとすることや、献金ノルマを与えて、その目的を阻止しようとしてきます。

結論的には、すでに家庭連合では氏族的メシヤの使命は成就できません。
サンクチュアリでも自由と責任の中で、みことばをしっかり相続しなければ簡単ではないことを感じます。

同感の方はクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

10月14日以北出監解放記念日をむかえて

10月14日は以北出監の解放記念日です。

今日は10月14日です。ちょうど68回目の以北解放の記念日で、私たちにとって忘れることのできない真のお父様が興南刑務所から解放された日です。
1945年からのキリスト教の摂理が破壊され、地獄から出発された真のお父様の路程はお私たちの原点ですので、その心情をまず、知ることが重要と思います。

a103_201611160615130f6.jpg


真のお父様のみことば
先生御自身の証し 1970.10.13水沢里
北韓の牢獄
 先生は北の共産党の牢獄に入って二年八カ月、重労働した。何の労働かというと肥料工場だ。硫酸アンモニアの工場で、粉がコンベヤーで工場の真ん中に落ちるようになっていて、それをハカリにかけて袋に詰め、貨車に積みこむ。
 熱処理をして造ったものだから、落ちてくる硫酸アンモニアは熱い。それが冷えるとかたまりになる。それを何年も置いておくと、岩石のようになってしまう。

 重労働だった。一日八時間の労働時間に、一人一人の責任がある。十人が一組になって仕事をする。一日の責任分担は千三百袋で、八時間以内にやり終えないと、食料の半分は減らされてしまう。一日にくれるごはんは小さなおわんに一・七はい位。つけものは何もない。汁は塩水をかけたもので味噌汁ではない。それを食べて八時間労働するのだよ。

 共産主義の作戦で、重労働させて殺すようになっている。ここにはいって三年たつとみんな死ぬ。必ず、間違いなくそうなる。三年以内に。食べものをやらずに重労働させるのだから、この工場に入ってくるものは、まず完全に処分できる。

 この世の人の基準なら、一日に三食、油物を食べて最高にやっても一日七百袋だよ。この工場はその倍に近い。
 食べ物は少ないし、大口なら三口で終わってしまう。そして重労働するものだから、朝食べて工場にむかうその道でもう足が何回も曲がるのだよ。そういう足を引きずって行って、朝から働き出す。それはもう悲惨きわまりない。

半月かかった決心
 先生は共産党の政策を相当知っているからそれにひっかからないようにした。先生は与えられる御飯の半分で生きる決心をした。人間はパンによって生きるのではないんだよ。神様からの言葉で生きるんだよ。どうせこの御飯では死んでしまう。だから、この御飯の半分で生きようと決心するまでに半月かかった。自分が半分食べて、あと半分は配ってあげる。いかに自分が精神的に幸福か。日々いかに感動の量を大きくするかが問題だ。精神的慰めは実に大きなものだよ。

 生活は科学的である。働いていても働いていることを考えない。仕事の時間が祈りの時間だった。いつも世界的に色々な事を探っている。
 朝、牢獄を八時に出発して、工場に十時に到着する。十分間トイレの時間が与えられた。 もう死にたい位疲れるのだよ。胃が溶けてしまう程の辛さを感じる。だからそのことを全然考えない。それを考え出すと、ただ休憩の時間ばかりを頭にえがく。

四〇キロの中味を入れて、それを持ち上げるのが一番むずかしい。皆いやがる。先生は、みんながいやがるこの難しい仕事を自分が担当する。この難しい仕事を続けたら死ぬ。だからこの一番むずかしい仕事をやりぬく体力を造るより生き抜く道がない。

 みなさんも一番難しい仕事を担当せよ!そういうように前進的に考えよ!一日に千三百俵以上入れて運ぶのだから、もう休む暇がない。千三百俵といったらこの講堂(水沢里)よりも大きな山になるよ。考えてごらん、千三百俵だよ。これを一日八時間でしなければならない。粉を入れて計って袋を移動するのに五分から十分かかる。平均五分でやった。みんなは十五分かかる。

こんなに時間をかけていたら責任分担を果たせない。山を崩していくのだから、ハカリを移動していくのだが、四、五メートル以上ハカリを動かしたら遅くなる。だからあまり動かさないで入れるように工夫した。

 みんなこれに従わないから、仕方なく自分一人でやる。そういう風にやると、みんなやはり良心があるから、先生は千三百俵のうち半分以上は一人でやるから、結局はみんなが従ってくるようになる。

 先生は模範労働者だよ。共産党から毎年、模範労働賞をもらった。その時の体重は一九貫三百(七二キロ)あったよ。今は二十一貫(八一キロ)ちかくある。先生はみたところあまりない様だけれど、骨が重いのだよ。囚人は皆やせ衰えるのに、先生はやせない。だからみんな研究の的だった。 新しく入ってくる者には先生が教育した。

 体は硫酸に侵されてくる。毛が抜けてくる。肌をつまんでみると水が出る。六カ月で必ず喀血する。たいがい肺病と思って落胆するから死んでしまう。せいぜい一年半位か、二年しかもたない。どれ位腹が減るかどれ位腹が減るか。御飯がどれくらいほしいか。それは話にならないや。

 自分の家族とかが面会に来る。来る時は何かを持ってくるので、どんなに恋しい妻でも、慕わしい母でも、来た人の顔を見るより先に、まずもってきたものに目が行く。面会の時は持ってきたものを食べられる。どんなに会いたい妻でも母でも、そんなものより食べられることがうれしい。工場ではほとんど食べさせないから、面会の時に食料を与えないのでは社会問題になってうるさいので、これは許していた。面会に来て、米の粉を持ってこなかった時ほど悲しいことはない。親が死ぬより以上悲しいというんだね。それはもうあなた達には理解できないよ。

 どれくらい腹が減るかというと、腹が減ると胃液が出る。ただ胃が運動するから熱が出る。だから、唾がゴムの様にずうっとのびる。それはもう想像できないだろう。
 
一番恋しいのは満腹になることだ。そうしたら死んでもよいと思う。これだけ御飯が恋しいんだよ。そういう日の連続だ。ある人が面会に来て米の粉を持って来るとそれをこねて餅を作る。しかし、石でこねると石に粉が付くから石をあまり使わない。石に粉がついたら、もう競争しあって、それを取って食べる。それは話にならない。研究にも及ばないところの境地だよ。御飯がどれくらい恋しいか、それは死ぬ境地を越えるほど御飯が恋しいんだよ。

 工場に出ない時は必ず御飯が半分だ。働かざる者は食うべからず、というのが共産主義の鉄則なんだよ。病気でも、みんなと同じ一杯の御飯がほしくて、死力を尽くして出かけて行く。そうして最後の力を尽くして帰ってきて、夕食の時食べながら死んで行く。と、すぐまわりの人が死んだ人のものを戦闘的に奪いあう。先生はそんな中で人間の深いところまで研究したんだよ。

このパンを慕うほど神を慕うか。先生は毎日、比較対照しながらやってきたんだよ。何よりも神を愛さなければならない。この御飯のひとにぎりを食べるために入ってくるのではない。万人の蕩減の道を開拓するために入ってきた。自分の仕事の分配に対して、不信するような態度は絶対とらない。だから先生は有名だった。

 それから絶対口を聞かない。共産党の組織を知っているから、口を聞かずとも、霊界より協助してくれる。人間は御旨のために生きる以上、心配することはない。神はあらゆる方法を持ち、方策をもって助けてくれる。先生は一番貧しい服装をしていた。良いのは皆なに上げて、破れれば自分で竹で針を作って縫った。

 日曜日は休みだ。皆なは死体みたいに倒れてしまう。先生は絶対に寝ない。規則正しい生活をずっと続けていた。先生もある時あまり無理をして病気になったんだね。マラリアをずっと一カ月もした。しかし、自分の責任分担の許しがない。同じようにする。囚人番号五九六番。先生は牢獄での囚人番号が五九六番だった。霊界の先祖達は何とかして先生と因縁を結ばせようと必死になる。そして何か差し入れでもあると、その霊の霊界の先祖が現われて、半分を五九六番に持って行け、というおとぎ話の様な話なんだね。

 統一教会はこういう様な生活圏から出発した。口をきくことができないから、霊界は天使長圏だから、天使の復帰の使命を果たせないと、アダムの栄光圏と関係をもつことができないから、霊界は援助せざるを得ない。そして牢獄の中で数十名が伝道された。どんな悲惨な環境にあっても、先生は神様と生活をした。

 一九五〇年八月一日、百機以上のB29が総攻撃して、興南工場を大爆撃した。先生はこうなることをあらかじめ知っていたので、先生の直径十二メートル以内は神が守るということがわかったので、親しいものには、みんな先生の周囲に居る様に言った。

先生はそんな中でじーっと瞑想していた。爆弾のことは思わない。今後の理想世界のことを考えていた。結局、思想、理想を持った人が価値あることになる。この様な復帰の使命を果たすこの様な人を霊界に連れていったら、神は天宙的な損であるというんだね。神はどんな犠牲を払っても防備してあげたいし、そうせざるを得ない。

 色々な事があったよ。その中で一番むずかしいのが、毎日感想文を書かせることだった。先生は書かない。それが問題になっている。しかし仕事においては、やっているのだから、共産主義の考え方が良いとも書かないし、悪いとも書かない。いつも白紙を出した。そういう戦法をとってきたんだね。先生は五年の刑で入獄した。連合軍が攻めてきた時、共産党は囚人を処分していった。先生の前まで全部殺された。

 ある日、麻縄をよせ始めた。先生は直感で最後の時がいよいよ来たことを感じた。先生は深刻な祈りをしたよ。名前を一人一人呼びあげた。他の場所に移動するという。これが最後の道だった。一人一人井戸にさかさまに投げ込んで殺した。次の番が先生だった。

 その夜、総攻撃があって、午前二時頃から逃げ出した。その時、何人かの弟子を連れて平壌に寄って南に帰り、統一教会の再出発をした。牢獄での生活はいくら苦しいといっても人に恩恵を受けてはいけない。それが絶頂に立つべき方策だ。他人から恵沢を受けることは、蕩減の道には許されない。いくら極に立ってもやらなければならない。精神的にも、物質的にも、やったという立場を越えないと完全蕩減した立場に立てないよ。

 千三百俵を毎日持ち上げた。それでもびくともしない。何によってのり越えたか。それは精神力だ。こういう体験が先生の生涯においてマイナスにならない。あんた達に時間があったら記録に残そうと思うんだけど、ほんとうに話もできない惨めなことがあったよ。そういう境地から統一教会の出発があった。

出獄
 出獄した後は何も持たない旅人だよ。ずうっと平壌から南まで、約三カ月間は乞食をした。黙々として。そういう時には、言葉で言いつくすことのできないほど食べたいこともあった。放浪の生活をした。霊界は先生を愛するらしいや。かと言って神様今日食べるものがないから何か……なんて祈りは絶対しないや。かえって神様を慰めて寝たよ。

ある時は、あすはきっと何かきれいな婦人が道端で何かくれるだろう、とそう思うと次の日には、その如くに真っ白い着物を着る人が道端で待っているよ。実は夕べ啓示があって、万全の準備をして待っているようにと言われたので、こうして待っておりました。どうぞ召し上がって下さい、と。そんなこと沢山あるよ。こういう何と言おうと、誰も否定できない生きた実績を持っているよ。そういう風に助けてくれた部落には、時至ったら恩返しに行こうと考えているよ。

神への心情
 あんた達、先生に対して一言その時の心情にふれるものがあったら、先生は涙を禁じ得ない。神様もそうだ。先生と神様と抱き合って泣いた悲しさは、地上の人々は誰も知らない。その深い神への心情ははかり知れない。それを思うと細胞がしびれるようだよ。そういう心情で孝行の道をすすんでいることがあんた達わかる?食口達が霊界に通ずるようになると、先生はかわいそうな方だとすぐ知れる。

 友達も聖進さんのお母さんも知らなかったよ。たった一人でやってきた、しのびしのんでやってきた期間があるんだよ。それを取り出して讃えつつ、先生が世の中で一番かわいそうな青年である。だから真を尽くせ、と霊界は言うんだよ。そう考えると植えたものは必ず刈り入れるようになる。何十倍何百倍になって刈り入れるんだよ。先生が神の前に植えたものは、ほんのわずかだが、何倍何千万倍にして刈り入れさせようという神の心情がわかっただけで、先生は神にどう報いようかと思うんだよ。

感謝する心
 御旨成就の近づくに従って、益々神に感謝する心が増し加わってくるんだよ。先生は反対した者をどうしようという思いは先生は夢にもない。もしもそういう心で神が打ったら、この地に一人でも残らなかった。もう数千年も前にとんでしまっている。心情を傷つけたからといってそれを仇に思うなどとそんなこと夢にも思わない。それは我々統一教会がその教えの道を開拓しなかったからであって、そう教えることのできなかった自分の責任と思っている。

だから先生には敵がない。昔反対した人々に先生は時々道で会う。しかし、それらの人々は先生を見ると逃げてしまう。こういう背後の歴史をもって統一教会は生まれてきたよ。そういう根を地上と霊界にはったから今、芽が出たのが統一教会で、その恵沢を受けているのが、あなた方の現状の立場だよ。その根に匹敵したその力・勢いでもって、芽として若い枝として成長すればよい。

 背後の関係は、あなた達は知らなくともよい。しかし、先生は根の使命があるから仕方ない。これを世界的にするためには、枝を折ってさし木をしなければならない。その時先生の通過した幾分の一かを通過しないと、さし木はできない。

1970.10.13

おびただしい犠牲の道を通過された2年8ヶ月はイエス様の公生涯路程にあたる期間でした。そのことでキリスト教復帰の蕩減をなされたことを通して統一教会の出発がされました。
そして今、私たちは氏族的メシヤの目的を成就するために真のお父様の心情を原点として出発しなければと考えます。

同感の方はクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

近所の知り合いの方の死を通して感じたこと

近所の知り合いの方の死を通して
IMG_1825.jpg

先日、近くの知り合いの56歳の男性が亡くなられました。病気で最近は入退院を繰り返していました。
私が大分の田舎に還ってきて、同じ自治会ということもあり、何度か話たりもしていましたので、少なからずショックを感じています。

本人は独身でした。彼は趣味はオートバイでしたのでよくその話をしたりしていました。実は私も献身する昔、オートバイが好きで、豊田市に住んでいた時によく、愛知県の知多半島や渥美半島をツーリングしたりしていましたので、共通の趣味で気が合っていたといえます。

葬儀の最後に遺族代表挨拶の中で、彼のお父さん(85歳)が死因は病気であったこと、その病気があったので結婚しないまま独身できたということを報告されていました。

こちらの田舎では高齢化が進んでいますので、50代は貴重な人材です。惜しい命ですが、意味があってあらたな出発をされたと思います。

その喪主であるお父さんの話を伺いながら、息子の死を前にした親の苦痛の心情を感じて、同情を禁じえませんでした。息子さんも苦痛の道を通過されたと思いますが、親の立場のお父さんはまたそれ以上の苦痛を味わったのではないかと。

私は原理を通して、神様を理解しその心情から判断する方法を知っています。イエス様がどのようにして試練を超えてこられてのかを真のお父様のみことばから理解している立場です。

しかし、この世界においてその苦痛や不幸を克服することは不可能なことで、「先に神様を慰められた」イエス様やお父様の愛の勝利を受け継ぐことのできる道を伝えない限り、その苦痛を解放することはできません。
今回のことをとおして、周りの方々にその思想と心情を伝授しなけばと更に思わされました。

真のお父様のみことば 1957.10.4
それでは、今皆さんが知らねばならないことが何であるか。イエス様が地上に来られ、万民に御言を語り尽くせず、天寿をまっとうできず、やるべき仕事を果たして後に万民に号令することができずに逝かれたことを、皆さんは知らねばなりません。

このようにイエス様はこの地上に来られ、すべて成すことができずに逝く他はなかった、内的な悲しい心情を感じる人間になってこそ、イエス様の新婦の資格を得ることができるのです。


同感の方はクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

家庭連合救済と氏族的メシヤ伝道の勝利

真のお父様のみことば 2003.7.13 
既成教会と宗教圏が、カイン・アベル関係を認め、それを舞台として、第二次大戦以降にキリスト教文化圏のうえに先生を迎えていたならば、一九五二年までの七年路程ですべて終わったのです。その時に十億近いキリスト教の旧教と新教が、私たちを中心として一つになっていたならば、それを中心として前進したのです。それがなされなかったのです。

IMG_1662.jpg


1945年、解放の時を迎えて、真のお父様の公生涯が出発しました。その時から7年間が重要な時で全世界のクリスチャンが神様の祝福を受けて、全人類が救いを受けて行く神様の摂理があったと伺っていました。

それから40年の荒野路程となり、1985年を迎えます。前の年の1984年から真のお父様はダンベリー刑務所に行かれ、翌年キリスト教牧師たちの断食祈祷の条件のもと、解放されました。

そして7年路程、1992年に世界的祝福3万双があり、その後日本女性16万のお父様直接の教育がありました。
16万人は40年前のクリスチャンを象徴する立場でした。40年前のキリスト教の蕩減を復帰する重要な摂理でした。

神様の摂理は祝福を受けたものたちにメシヤの権能を与えます。そしてその立場に立ったものが使命を成就するときに、神様が全てを主管なさることとなります。

1976年の天勝日の勝利宣布から詳細に説明をしてくださっている真のお父様のみことばがありますが、自分の事情からそのことを理解せず、行動もしないまま時間が経過してきました。本来1952年になされるべきことが延々とのばされてきています。

それで、今日の家庭連合の混乱、崩壊の原因は祝福を受け、メシヤの権能(氏族的メシヤ)を頂いているものたちが使命を全うしていないことが根本であると思わされています。

そして今、
三代王権において、新しい7年路程が2014年から出発しています。9月23日でど真ん中となっています。あと、3年半の期間において、なすべきことの最重要課題は氏族的メシヤの権能を実体化することであると思います。

今一度、氏族的メシヤの使命を確認するために、みことばが必要と思い、真のお父様の1980年前後に語られた家庭教会のみことばを整理して一冊の冊子にしました。天の事情に焦点をあてることが勝利の秘訣ですので、繰り返し学習するときに、天の心情圏で愛する戦いをすることができます。


同感の方はクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

イエス様の心情を慰めるものとしての氏族的メシヤ伝道

イエス様の心情を慰めるものとしての氏族的メシヤ伝道

真のお父様のみことば
「捨てられたイエス様のものを捜し立てるものとなれ」1957.10.4
<つづきより>
イエス様は三〇年の間、ヨセフの家庭で暮らしたのですが、そのお方がやろうとしている事を誰も歓迎することがなく、またイエス様はどこでも思いのままに訪ねて行くことができる環境に生きてみなかったことを、知らねばなりません。

このお方のみ旨と御言は、このお方がされた生活とは、あまりに大きな隔たりがあったのです。自身の事情を打ち明ける一人の存在も求めることができず、イエス様は自身が語りたい言葉も言えずに黙って大工の仕事をされて生きたのです。

 またイエス様は、神様が数多くの先知者たちを送られて成されようとされた、そのみ旨を成す主人公だったのです。即ち、そのときイエス様は民族の中心であり、教団の中心であり、さらには個人の中心であるのみならず、全体を代表する中心であったのです。

 ところでイエス様は自身がこのように、地上のすべてのものを代身する主人であるのみならず、霊界までも主管すべきであることを知られたのですが、このようなすべての事実が誤ってしまうことによって、さらに哀しい生活をされていかれたのでした。
 このように、イエス様の生活を捨てた責任が、昔のイスラエル民族にあると同時にユダヤ教団にあり、洗礼ヨハネにあり、イエス様の愛する弟子たちにあったのです。

 それでは、このような事実を皆さんは今日、どのようにしなければならないのか? 皆さんは万民の所望である新郎として、再び来られるそのイエス様を、世界と民族を代表して慰めることができ、数多くの教団を代表して、数多くの家庭を代表し、イエス様の愛する弟子たちを代表して、慰めることができる存在にならねばなりません。

 また、神様がイエス様が生きておられる間、骨肉に染みるほど感じた哀しい心情を、今日一身に感じるために悶える一人の存在が現れることを願って今まで、地のために役事され、また聖霊を通して役事されたということを、知らねばなりません。

<つづく>
IMG_1639.jpg


1976年10月4日、真のお父様は世界的カナン復帰路程の21年路程をアメリカのワシントン大会をして、世界的な長子権を勝利されて、天勝日を宣布されました。
ちょうど、今から41年前のことです。

神様の血統であるアベルの立場をもって世界を愛され、世界の長子の位置を復帰されたという歴史的な大転換の勝利をなされました。
二代王様はその全てを相続されておられます。本物の勝利をなされておられる立場です。
本来、1976年10月4日の天勝日の勝利と恩恵を受け継ぐ目的が私たちにありました。それが氏族的メシヤです。ヤコブの路程をモーセがたどったように、真のお父様の路程をたどることによって天国の道が開かれていくというのがみことばです。

今回9月23日、天宙完成のご聖婚式が挙行され、新しい次元での出発がなされました。
天地人真の父母様が天宙完成の次元であるならば、自分はどうでなければならないかを模索するものです。
それは氏族的メシヤの勝利以外ないと思っています。

同感の方はクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村
プロフィール

阿南信義 Nob..Anan

Author:阿南信義 Nob..Anan
日本サンクチュアリ協会大分教会
 阿南信義  080-8375-0337
大分の山奥で農夫をしています

sanc16ooita@yahoo.co.jp
お気軽に連絡ください。お待ちしています。

ランキング参加中
恐れ入りますが、 同感の方はクリックをお願いします
リンク
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR