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自由と責任の革命をおこす者が必要

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自由と責任の革命をおこす者が必要

真のお父様に対して、家庭連合韓国幹部、韓オモニが反逆することを通して、天の摂理は勝利を目前に、すべてがサタンに奪われる結果となってしまいました。

2000年を迎えて、最後の12年路程をお父様は決定されました。その長成期完成級において2008年4月亨進様を真のお父様は祝祷され、代身者、相続者として決定され、最後の4年間において、その準備をなされました。

その当時において、亨進様は韓国の各宗教者に通じるようになっておられました。また、國進様は財界や軍関係のトップ層までも認められる位置を確立されておられました。

家庭連合の幹部たちが最後の期間において亨進様、國進様とひとつとなっていたならば、2013年のその時は、大きな天の摂理がなされていたに違いありません。

真のお父様は2008年、亨進様30歳の時、その祝祷をなされておられます。イエス様の恨、お父様の恨を解かれる使命をもたれていた亨進様でした。イエス様の33歳を超えて、34歳となった時に万王の王である真のお父様と第二代王として亨進様がその位置に実体的に立つことが天の切なる願いでありました。そのときが2013年でした。

そのことによって、イエス様の恨、真のお父様の恨を完全に解くことが出来、天一国の形が出来上がる予定であったと思います。そのとき、韓国は宗教界、財界をはじめとして真のお父様の願いの中でひとつになることができ、その勝利によって南北統一の道が整えられたと思います。そのときを真のお父様は指折り数えながら待たれてこられました。

ところが神様の願われる方向とは全く逆の方へ動いてしまったのは、先の通りです。そして今、韓国の国家的状況は悲惨な姿となってしまいました。

しかし、み旨成就は絶対的であるゆえに、神様は第二代王亨進様を中心として、新たな摂理を展開されておられます。
イエス様が公生涯を苦労した期間、真のお父様が興南刑務所でその苦痛の蕩減をされたように、亨進様、國進様はアメリカの山中で孤独な3年期間を通過されました。

サタンが最も愛するものを奪っていったがゆえに、サタンが愛するものを神が取ることができる条件が成立しています。それで、今、アメリカの状況は奇跡的な展開がなされています。

選民としての韓国の摂理は終焉し、アメリカがアダム国家としての祝福を受けるようになっています。これからアメリカの摂理は急速度で発展することを確信しています。

一方、日本はどうなるのか。韓国がアダム国として失格している状態からするならば、同罪であり、滅びるしかない状況でもあると思います。
アメリカをアダム国とするときに、エバ国はどこであるのか。それはわかりませんが、第二代王亨進様に完全に相対するところであると思います。
完全なるプラスの前に完全なるマイナスになるところがエバ国となるに違いありません。

今、日本サンクチュアリ江利川会長は世界で4300双祝福に対して、半分の2200双祝福を決意されておられます。
そのことは単に、祝福目標という次元ではなく、第二代王様に完全に相対する立場となることを意味していると思います。

それを勝利できるか否かで日本の運命が決まってくるように思えてなりません。
滅び行く家庭連合を救済することはもちろんですが、この国のすべての人々の命運がかかっていることを考えると、なりふり構わず、祝福を勝利せねばと思います。自由と責任で。


真のお父様のみことば  御旨と世界
皆さん一人一人が、六〇〇〇年の歴史を集結して、神様の歴史自体において、聖人先人たちが信じていた、あるいはすべての我々の先祖たちが信じていた復活体となって、イエス様以上に精誠を尽くす時なのである。

摂理歴史において間違いなく、あとにも先にもない歴史の最頂点に立ってあらゆる力を尽くして、私が神様の前に立って「君はそれ以上できなかったのか」と聞かれた時、「自己のでき得る最大の基準までやりました」と言えるようになれば、皆さんも先生も、責任を免れるのである。

これをもし、知って、あらゆる精誠を尽くさないとするなら、億千万代の恨みとなるのである。皆さんと先生が一つになって、二十四時間、サタンも休まないし神様も休まない、我々も休まない。そのような思いをもって、これからの六カ月、最後の地獄のような期間であり、再び、あってはならない期間であり、思うだけでも身震いするような期間を、皆さんは真剣に越えなければならない。
 1975.12.1 歴史の転換点


これから残された期間は短くなってきましたが、神様がともにいて下さることを証明するためにも、必ず勝利したいと思います。


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神山会長の思い出と江利川会長

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神山会長の思い出と江利川会長

私が献身したのは名古屋教会でした。その時に地区長をされていたのが神山威会長でした。

神山会長は献身したての私にとっては、初めての指導者でした。その名古屋での期間はそのあと十字軍が結成され、全国に出て行く短い期間でしたが、私の信仰生活において極めて重要な内容を教えていただいた思い出であり、また私の信仰の根本となっています。

神山会長は当時、原理講論以外御言葉集がない時代において、「忠孝の源」という真のお父様の御言葉集を整理されて、出版していました。それは名古屋だけでした。私はその御言葉集を頂いたときの緊張感を鮮明に記憶しています。

そして神山会長が説教するときにはその御言葉集を片手に持ちながら、ここにこのように書いてあると真のお父様のみことばを正確に引用されながら、語られていた姿は印象的に思い出します。
絶えず、お父様のみことばを重要視して、指導してくださったことは指導者としての見本であり、教えていただいたことに感謝しかありません。

そして、伝道の戦略は極めて単純でした。
毎日、朝から夜まで伝道を街頭でします。まず、名古屋駅前にみんなで出かけて、そこで街頭演説をして、夜9時まで街頭で伝道します。途中、教会から弁当が運ばれてきます。玄米の中に煮干の魚が一本入っているもので、百貨店の屋上などで美味しく頂いたものです。

毎週の地区修練会(三日間)の修練会を徹底的に繰り返します。そのために守山に修練所を建設しました。とにかく、毎週、必ず地区修練会があるので皆がそれを意識して、条件を立て、毎日伝道に投入するという単純な方式です。
だいたい夜9時までが街頭伝道の時間で、それから教会に帰り、食事と反省会、寝るのは1時前後となっていました。

そのように毎日毎日が繰り返されたとしても、なんら不満があるどころか、皆が喜んで伝道してきます。いつも毎週30名ぐらいは修練会に参加していたと思います。

そして月に一度、ブロック修練会(7日間)にはそこから50名は参加し、その中からまた献身者が増えていくというシステムでした。
それで名古屋は当時、全国の中で突出した伝道の実績をあげて、見本となる体制を作り上げていました。

私は最初の出発点が名古屋であったことが誇りとなっています。

神山会長により指導された名古屋教会は奇跡的に発展を遂げ、全国に多くの有能なシックを輩出しました。
そして、神山会長はアメリカへと真のお父様からその中心として選ばれて行かれました。
アメリカにも多くの名古屋のシックが渡りました。

それから、真のお父様の完全な相対圏としての立場で、マジソン大会、ヤンキー大会、ワシントン大会を勝利させる基台を整えられ、1976年10月4日の天勝日宣布の大勝利を打ち立てられました。

天勝日の勝利によって、家庭教会、氏族メシヤの特権が全祝福家庭にあたえられています。
真のお父様が世界的カイン圏を愛する闘いをなされた背景には、興南から出発されたお父様の激烈なご苦労の道のりがありましたが、最後の世界路程で真のお父様の前に日本を代表して信仰を立ててくださったのは神山会長でした。

日本において神山会長ほど真のお父様から愛された方はいないと思います。なぜ、お父様は神山会長を愛されたのかを考えると、キリスト教の背景があったこともあるかと思いますが、誰よりもみことばを重んじ、神のみ旨に対する成就しようとする信念は抜きん出ていたからと思います。

とにかく、そのような真のお父様に対する信仰姿勢を相続できるよう努力したいと思います。

そしてもうひとりお父様から愛され信頼された方がおられます。江利川会長です。
江利川会長は神山会長の内外の姿をいつも心配されておられました。何度も名古屋に神山会長を訪ねられました。また、アメリカに行かれても、メールでやり取りされながら、真のお父様の願いを切実に伝えておられました。

神山会長のやり残されたことを完成させるお方は江利川会長しか見当たりません。真のお父様の命令ならば、まさに生命を懸ける闘いを若き時から、今に至るまで全くブレることなく、貫いておられます。

亨進様が日本総会長として江利川総会長を立ててくださったその時から、新しい日本の使命の時代が始まったと感じています。

誰よりもみことばを重んじ、神様の摂理に通じ、み旨に対する責任心情を持たれる江利川会長を真のお父様は格別に信頼されておられます。

そのようなサンクチュアリは発展せざるを得ません。


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家庭連合はどこが間違っているか

第二代王様夫妻1


家庭連合はどこが間違っているか

家庭連合では会長や地区長、教会長は真の父母の代身であるとの立場をとります。
父母の代身であるのでメシヤに侍るように、私に侍りなさいということになってしまい、その思想が基台長や区域長まで連動することになります。

特に、地区長や教区長の中には高級車に乗り、食事も担当者を決めて、作らせるようにしていて、それが当たり前のようになっているのが現状です。自分が王様になっています。

彼らは自分が父母様の代身者であるとの認識が強く、侍られて当然という態度が蔓延しているのが今の家庭連合の姿です。

それは根本的に間違っています。
教会長、教区長、地区長、会長は天使長の立場であるからです。もちろん、婦人部長もそうです。

天使長の使命はなにか。
それはアダムとエバに協助しながら、神様と完全に一体化できるようにすることです。
アダムとエバが四位基台を造成して、創造目的を完成できるように援助することが天使長の役割です。

天一国主人は家庭であると、毎日家庭盟誓を唱えているわけですから、家庭が天一国主人となれるように、協助する役割のために教会があり、そこに教会長や婦人部長がいるというのが天の願いであると思います。


真のお父様のみことば
発展の段階を見た場合、神はそもそも、実体界を造る前に天使界を造った。その天使界は、実体者としての理想を授けるところではない。それは目的に向かって過程を通過する期間と同じである。

それが、神を中心として、天使と一つになって、実体の相対圏を造り出したのが、それが万物世界である。そして、天使と神が一つになって人間を造った。 神が霊的基準において相対圏を求めて造ったのが天使界で、実体者である人間が、神に向かって何かの感覚を授け、価値の刺激を与える立場ではない。
その道がないから、中間的天使界を通して、人間を創造する過程において、刺激されたいとして、天使を相対の立場に立たせて、あるいは讃美の立場に立たせ、あるいは相談する立場に立たせて人間を造った。 

天使は、人間が造られていく段階ごとに、相対的な感謝とか、刺激を神に与えることによって、人間を造る過程の喜びを得ることができる。自分なり消耗の立場に立っておりながら、天使長の神に対する讃美、あるいは慰めの刺激、喜びの条件をもってして 、神に刺激させ、人間を造る過程において喜びを得るようになっていた。そういうふうにして、天使と共に人間を造った。

そうすれば、人間というものは、天使的価値、目的を完成させるような立場に立たなければならない。あるいは、神の目的をかなえるような、二重の価値の基準に立ったのが人間である。だから、神は人間を目的としている。

天使長は人間に対して希望をもって援助してやる。 こう見れば、アダムという存在は、天使長の理想の完成者にならなければならない。そしてアダムというものは、神の理想の完成者にならなければならない。
 み旨と世界p198


亨進様、國進様の思想は真のお父様のみことばと完全に一致しています。
家庭が王様であるということ。
教会長は天使長であるということを指導しておられます。

今の家庭連合は悪の天使長、堕落した天使長に主管されています。
そこには自由がありません。独裁の恐怖体制となっています。

サンクチュアリには真のお父様の願われる世界が始まっています。自由と責任の革命が各地に巻き起こっています。
共産革命が農村から都市へ始まったように、田舎から都市へと自由の革命が確実に広がっています。


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家庭連合にはなぜ愛がないのか


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なぜ家庭連合には「愛」がないのか

今の家庭連合には愛がないという方が多くおられます。事実そうです。
その原因を探ってみたいと思います。

まず、韓オモニは「自分は絶対的存在であり、独生女、独り娘である」ということを絶えず、強調している姿は見るにたえない状況となっています。
それは「自分は絶対であるので、私に従え」という論理を生み出しています。

結局、その韓オモニ(重荷)を中心としての家庭連合は上から下まで会長はじめ教会長、基台長、区域長までも同じような思想形態となってきます。それを独裁体制といいます。

「愛というものは対等な概念から始まるもの」というのが真理です。ですから、家庭連合からは愛という概念は消えて、神様の愛が働くことのできない空っぽの状態となっています。
家庭連合には愛がないというのはそのことが根本にあります。

また、経済至上主義であるからです。
伝道、氏族メシヤの勝利とは口では言いますが、実際は経済至上主義となっています。
お金がある人が教会に来れば喜んで迎え、お金を捧げ切ったシックに対しては冷たくなるという体質が生まれています。

そこに愛を中心として繋がる本来の天一国の姿はなく、お金儲け主義の経済優先のこの世の最悪な姿を露呈しています。サタン世界に典型的姿を現しているのが今の家庭連合です。
そこに神様のお姿、真のお父様の思想と伝統は完全になくなっています。
そこに気付かなければなりません。


真のお父様のみことば
キリスト教では絶対的神さえ信じれば何でもできると言います。ですから独裁国家が出てきたし、血を流したのです。愛という論理を見いだせません。神のみが第一だとする前提のもとでは、どんなに行っても愛の神のお尻について回らなくてはならないのではありませんか。

愛というものは対等な概念から始まるものですが、そのような概念では水平にならずしては垂直を探すことはできません。独裁の歴史が現れて流血の歴史がキリスト教を背負って出てきたのも、神のみを絶対視したからです。「私が神の代わりに刀を持ったのも神の僕だからだ」と言うのです。

しかし統一教会が偉大なことは、それを越えて、神も絶対者ですが、絶対者として絶対愛の前に屈服することができることを論ずるという事実、もう一つの世界を創造できる念願があるという事実をもっているということです。ですから神様も、愛に絶対服従することを喜ぶというのです。
            *
 この被造世界が生まれるようになった動機とは何でしょうか。神様も愛が必要で天地を創造したというのです。このような事実を知らない今日の既成神学の神観は、それで間違っているというのです。

絶対的な力の神、力さえもてば何でもできるというふうにです。ですからキリスト教文化が通過するところは血を流してきたのです。西洋文明がキリスト教に従って発展してきましたが、これからはキリスト教文化は終末世界に破綻的結果をもたらすだろうということを、このような論理から予測できるのです。

天聖経 78P


天一国の体制は逆ピラミッドの体制です。
それをいつも亨進二代王様は強調されます。

亨進様のみことば
「自由」の源が「超越的なもの」でない限り、独裁者に勝つ術(すべ)はないのです。それは「唯一なる神」、「すべての上にいます神」です。私たちを奴隷にすることを願う独裁者のようなお方ではありません。私たちに「自由と責任」を与え、「人権」を与え、またそれをご自分の憲法に刻もうとされるお方です。そしてその憲法はメシアとその直接の血統圏を通して与えられるのです。2016.7.10 愛の王国

家庭連合には愛はなく、どこにあるのかはその論理から明らかに、サンクチュアリにあると言えます。「自由と責任」の体制は水平関係です。そして、一人一人は神様、真のお父様に直結する垂直関係をつくるようになります。
それが天一国の体制です。

家庭連合のシックの皆さまは
本心に尋ねて欲しいと思います。そして、早く行動しなければ取り返しのつかない事態となってしまいます。


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家族に乾杯の人気と家庭連合の衰退

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鶴瓶の家族に乾杯の人気と家庭連合の衰退

テレビはニュース以外殆ど見ることはありませんが唯一、NHKの番組で「鶴瓶の家族に乾杯」という番組を見ることがあります。それが人気の長寿番組といいます。
テーマは家族に乾杯ということで夫婦、親子の関係を訪ねていくことによって、家族の暖かさや大事さを自然と教えてくれているのが特徴でいつの間にかその中に引きずり込まれいる自分があります。

それがなぜ人気であるのか。
人間は本心でどこが大事であるかを知っています。それは家庭であり、家族です。堕落は家庭を形成する段階で生じ、家庭を完成させることができず堕落によって本来の姿は破壊されました。
しかし、誰もが本心で家族に乾杯したいと願っているからと思います。

私たちは原理をとおして、なぜ堕落したのか、なぜ家庭が破壊されたかを知っています。そして、神様は本来の家庭を取り戻すために復帰摂理をしてその基台を整えてこられました。
そのためにメシヤをおくるための摂理を実施されました。

今の家庭連合はなぜ衰退せざるを得ないのか。
まず、根本的に「私はメシヤの妻ではない。神である」という方が中心に在るということは最初の出発点から狂っています。
メシヤの血統ではない、「韓家の血統」を重んじる者が中心に位置しているためです。
そして、本来のメシヤの血統を追放し、攻撃をしています。

また、教会を中心とする中央集権体制で、家庭をその下においていつまでも、支配し命令するようになっていることが本来の真のお父様の願いではないということが理解されていません。

献金摂理といいながら、実は家族を分断しています。お金を中心とするため、家庭の信頼関係を破壊する行動を絶えず行っています。

伝道においても、霊の親子関係を断ち切って、生産ラインとか祈願書ラインとかで伝道対象者を教育部主管の中でお金になるように教育するようにしています。

結果的には霊の家族、実体の家族を破壊しているのが今の家庭連合であると言えます。だから衰退することは間違いありません。

誰もが家庭を完成させたいと本心で願っています。
誰よりも、神様がそう願っています。そのためにメシヤをおくられ、真のお父様はそのためにご苦労の道を歩まれてこられました。

真のお父様のみことば
家庭教会がなぜ必要になったのでしょうか。それは堕落した父母ができたためです。その父母を復帰するためにイエス様が来られましたが、ザカリヤの家庭とヨセフの家庭が一つにならなかったために、イエス様が十字架につけられました。それを蕩減しなくてはならないのです。ではイエス様を誰が殺したのでしょうか。私たちが殺したのです。そのために、その罪を蕩減しなくては天の国に入ることができないのです。 1982.1.1 家庭教会勝利


亨進二代王様は忠実に真のお父様のみことばを実行されておられます。
天一国の基点を確実に整えられ、そこに本来の神様の願いと摂理が展開されています。

家庭教会を完成するという思想は万民もまた切に願い、受け入れられることは間違いありません。


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私の王国は家庭教会

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私の王国は家庭教会

神様の摂理は韓オモニの反逆によって、韓国を選民とする摂理からアメリカを中心とする摂理へと移行しています。そして、中央集権体制からくる寡頭制は崩壊する兆しとなって、アメリカからヨーロッパへと拡大する様子が明確になってきました。

真のお父様の勝利圏を受け継がれた亨進様に神様が全面的応援をしておられることを実感させられていますが、私たちはその勝利圏を受け継ぐ闘いが必要であると思います。

本来は1980年代において完成しなければならなかった家庭教会の摂理を今一度、思想的に理解するとともに実践していくことが、第二代王様をお支えし、王国の理想に連結されることになると思います。

真のお父様のみことば  家庭教会は私の天国(抜粋)  1981.1.1
新しい時代1980年代
 新しい年のメッセージは「家庭教会は私の天国」です。
 私たちは今、1981年を迎えました。1981年を迎えることにより、1970年代のすべては過ぎ去り、今や完全に80年代に入りました。これをみ旨の立場から先生を中心としてみるならば60歳を越えて70歳代に入ろうとしています。私が16歳と時にみ旨を知り、それを出発してから44年が経ちました。

 6数と4数は、今までサタンに握られていた数でしたが、この復帰の勝利的なときを通して、それは天的な数としての支えとなり、新しく7数が歓迎される数として連結する支えとなることでしょう。つまり、4数が6数と共に、天の基本的数となすことのできる時代に入ってきたということです。そしてこれは、今年から始まって、1980年代が、統一教会自身の新しい時代に入ろうとしていることも意味しています。

80年代、1981年からの10年間は、天の協助を受けて、統一教会が急速に成長する期間になるはずです。もはや速く歩くというよりも、これからは跳び、飛躍するにちがいありません。そのようになるでしょう。そして80年代から90年代に入るということは、私の年齢は70歳になるということです。み旨を中心としてみるならば、それは実に重要な期間に向かって出発しているという観念をあなた方は持っておかなければなりません。

世界的蕩減の場、ホームチャーチ
レバレント・ムーンが世界的蕩減を終えたとき、あなた方にはホーム・チャーチ圏しか認められないのです。ホーム・チャーチにおいて、私はすべての相続権を与えました。今からあなた方は個人的にホーム・チャーチの領域で働こうとしています。私は世界的蕩減条件を全部伝授し、皆、成し終えました。レバレンド・ムーンの行く道を、あなた方は後を追ってこなければなりません。

ヤコブが歩んだ道はイスラエル民族が行かなければならなかったのであり、モーセも行かなければなりませんでした。そしてモーセの行く道を民族が行かなければならず、イエス様も、また誰もが歩まなければならないのです。では統一教会はどうでしょうか。私が行く道を、あなた方も、世界の人々も歩まなくてはなりません。

 アメリカで、統一教会のメンバーが伝道し、あらゆる活動をするとき、レバレンド・ムーンが出会ったのと同じような反対に出会います。しかし、レバレンド・ムーンが街頭に出て伝道するということになった場合は別ですが、あなた方がそこに行くときには、彼らはあまり興味を持ったり、真剣であったりしません。それはどういうことでしょうか。それは、誰も、もはや統一教会に反対する興味を覚えないということです。

あなた方は成すべきことはなんでしょうか。このホーム・チャーチに対して個人的蕩減条件と共に、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙を乗り越えることのできる蕩減条件を立てることです。過去、レバレンド・ムーンが40年間、韓国をはじめとする40カ国を中心にしてあらゆるところを行き巡りながら、非難され、ののしられたことを、あなた方も一生かかってやり遂げていかなければなりません。

 世界的蕩減をする特殊な舞台として、これを決定してくれる所として、ホーム・チャーチを掲げました。ホーム・チャーチの360軒は、世界の360民族を代表することができ、全体を代表する用語としてすべてを決定してくれるのです。そして、これは神とサタンの両方から認められています。ですから、私たちがホーム・チャーチをよく行わなければ、どんなことをし、どんなに伝道しようとも、それらの全部はあまり重要ではありません。すなわち、実際にホーム・チャーチを行わなければ、天国にいくすべがないのです。

家庭教会は「私の」天国
 さあ、きょうの課題はなんでしたか。「家庭教会は私の天国」。天国とは誰の天国ですか。あなた方のお父さんやお母さんの天国ですか。それは私の天国です。

 これまであなた方は、ホーム・チャーチは統一教会内部の、ある制度だとか、教えであるとか考えた人も多かったかもしれません。しかし、もはやそうではありません。統一教会におけるホーム・チャーチは、私という個人的な、本当に個人的なものであり、多勢とか、すべての人に属するといったものではなく、文字通り私の天国なのです。

 イエス様が来るまで天国はありませんでした。イエス様は、天国の鍵をペテロに与えましたが、イエス様はどこへ行ったのでしょうか。彼は十字架へ行かれましたか。それとも真っ直ぐ天国に行きましたか。十字架へといかれましたね。天国の鍵はなんでしょうか。それはホーム・チャーチです。それ以外はありません。ではペテロはどうすべきだったのでしょうか。今、私たちは、彼がその体的天国つまりホーム・チャーチを開くべきだったと言うことを知っています。そして、私たちの言葉で言う、環境を確保できるのです。その後に氏族の編成が成されます。イエス様が「あなたが地上でつなぐことは天でもつながれ、地で解くことは天でも解かれるであろう」と示されたように、私たちも地上で天国を実現しない限り、霊界での天国も実現されません。

 ここで、先生は同じような状況にいます。先生は地上天国の鍵を与えなければなりません。すると、その鍵を与えた後、私はイエス様のように地獄に行くのでしょうか。(いいえ)。それを既に確保したので、違う方向へ、違った状況へと向かっていくのです。大きな希望と期待を持って、より高い次元の働き、すなわち完全な天国へと向かっていきます。イエス様が地上を去ったとき、彼は、自由に、思い通りにまた帰ってくることはできません。この点でも私は異なっています。弟子に鍵を与え、地上を去ったとき、また戻ってきたければ戻って来ることもできます。

 私が戻ってくるときは、統一教会に戻ってきますか。それともホーム・チャーチに戻ってきますか。(ホーム・チャーチ)なぜですか。教会は家庭のための、社会のための事務所のようなものです。それはちょうど中間のようなもので、事務所です。しかし、ホーム・チャーチは神が働くことができる所、父母様が働くことのできる所、息子、娘がすむことのできる所、一生涯ともに暮らすことのできる所です。真の兄弟がそこに住み、真の氏族がそこに住みます。それがホーム・チャーチです。(大拍手) 

苦労して得たホーム・チャーチ
 私の天国とはなんでしょうか。それは私の理想、私の愛が住む所です。私たちは、ともかくも、それをどこかで見つけなければなりません。このホーム・チャーチは誰のものでしょうか。それはあなた方のものであり、あなた方がそれを本当に一生懸命働くとき、あなた方の先祖、協助霊を含めて、あなた方を取り巻くすべてのものは、それを達成するために降りてきて、あなた方を助けます。あなた方は霊界の実際の助けを大変多く見出すでしょう。あなた方はそれをするまでは本当には決して分かりません。

 ホーム・チャーチをしていると、あなた方は、それがまさにイエス様の働きの本当の目的であったことがわかるようになるでしょう。イエス様はかくも懸命に働き、弟子たちを集められ、説教をされましたが、彼はそれを何のためにされたのでしょうか。それによって、弟子たちと自ら自身をホーム・チャーチに送るためです。

さあ、この価値をどれほど多くわかってもらえるでしょうか。このホーム・チャーチのために神が苦労し、イエス様が命を亡くし、私も苦労し、数多くの宗教家たちが犠牲になり、そして数多くの戦争歴史を今日まで続けてきました。

 ホーム・チャーチさえすれば、自動的に人格形成が成され、国ができあがります。私たち統一教会の信者たちが、あり一国の民族よりも多く、たとえば5千万人になると考えてみましょう。それを統一教会の原理でみるならば、その国は統一教会に対してカイン的立場に立つとみるのです。統一教会を歓迎しなければそのような立場になります。そして、その国の集めた税金よりも、統一教会の信者たちが出すお金の方が多かったとしたら、その国は神の方向に回りますか。回りませんか。どうでしょう。(回ります)。そして、色々な国々が神の方向に回り、十カ国が完全に神の方向に回るようになるでしょう。そのように考えれば、天国はまだ遠くにありますか。それとも近いですか。(近いです)。

迫害と祝福
 あなた方は行き、迫害されなければなりません。実際、もし、私が迫害され、蹴飛ばされることによって百年間かかってもできないことを蕩減するならば、なんとすばらしいことでしょうか。

しかし、一つのことがあります。迫害されなければ、あなた方は祝福を受けることがないでしょう。もし、迫害され、頬や顔などを叩かれるならば、一方、祝福がやってきて、あなたのものになるのです。あなた方が迫害されるとき、ただ微笑んでいたことの意味を人々が悟るまで、長くかかるでしょう。「今、なぜかわかった。彼らは私の祝福を盗んでいたのだ」。ですから、「キリストは再び盗人のごとくやってくる」と言われているのです。(笑い・・・拍手)

 ちょうどレバレンド・ムーンが、この見知らぬ国に来て、人々は彼を信じられないほどに迫害しましたが、私は祝福が舞い込んでくることを知っていました。私が迫害されることによって、それほど高く上がるのです。そのように見ると、レバレンド・ムーンは迫害を導き出す頭の良い人ですか。それとも愚かな人ですか。愚かではなく、それは盗人のようです。それは釣りに似ています。大きい魚が小さい釣り針でつりあげられますね。同様に、あなた方は迫害されます。迫害は、あなた方が得る祝福と比べれば、小さなものです。ですから、仮に打算的に考えても、あなた方は得をします。

先祖の再臨協助
 私がなぜ、どんなに非難されながらも、悲しみを耐え、命をかけて、ホーム・チャーチをつくりあげようとして生きてきたか、その理由が、今はじめてわかりましたね。ホーム・チャーチこそ、私がしようとしたことであり、イエス様、そして全ての宗教家がしようとしたことです。今、あなた方は、そのことが分かりましたね。ホーム・チャーチが目的地であったわけです。このことは、まさに相似的なことです。イエス様がイスラエル民族に再び現れたように、ペンテコステは世界のいたる所で起こるでしょう。それが今、起こっているのです。ちょうど、あなた方はイエス様の立場で、どこに行っても、イエス様の出現があるでしょう。ただあなた方は、もっと進んだ立場です。イエス様の時には一ヶ所だけでしたが、今は一時に何十万という場所に現れます。

 そのような特権は、あなた方がホーム・チャーチをするときに、あなた方の先祖が、あなた方を通して、働き、あなた方を助けることです。彼らがあなたの立場のようになったかのように、です。ちょうどイエス様の時代の先祖が地上に再臨協助したように、何百、何千というあなた方の先祖が再臨協助することができるのです。宗教を信じなかった先祖たちでも、彼らが良い霊である限り、この特権に預かることができます。なぜなら、教会についていくあなた方によって、宗教完成したに等しい祝福を相続することができるからです。

環境的天国、ホーム・チャーチ
 このような天国をもちたいと思いませんか。今、はっきりと、かつ確実にホーム・チャーチについて知りましたか。(はい)。ホーム・チャーチは環境的な意味での天国なのです。ですから、統一教会に対して質問があり、誰かがあなた方統一教会員に、「天国はどこにありますか」とたずねたら、あなた方は「天国は、環境のホーム・チャーチの中に存在しています」。と答えるこができます。

それは、なんと高く、なんと進んでいることでしょうか。イエス様のときの答えは、ただ「天国は、あなた方の心の中に存在している」ということだけだったわけですから。今は、体、その次に、環境的天国であるところのホーム・チャーチです。それから、なんになるのでしょうか。ホーム・チャーチの後は、何がくるのでしょうか。国家が来るでしょう。そしえ、その後には、世界、そしてそのあとには天宙、そして全てが統一されるようになります。天宙的な統一教会です。

ホーム・チャーチは、あなた方の仕事です
さあ、私はあなた方に全部語ってしまいました。今、あなた方は、「先生、私たちは十分の教えをあなたから与えられました。もう、私たちにこれ以上教えてほしいと思うことはありません。先生、あなたは、もうこれ以上はなされる必要はありません。私たちはもうただなすべきことをするだけです」と、言うことができます。

あなた方は、真に、先生の責任が今、この時点で終了しつつあることを知らなければなりません。だから私は、「今度は、あなた方の番であり、あなた方の仕事は、非常にはっきりしており、ホーム・チャーチである」と言っているのです。さあ誓いましょう。「私は、今まで以上によく分かりました。これからの私の働きの目的は、ホーム・チャーチであり、ホーム・チャーチ以外の何物でもありません」。1981年に向けて、このように宣誓する人は、手を挙げてください。
 神が私とあなた方を祝福されますように。



家庭教会の摂理を完成することのできるところは真のお父様の代身者相続者である第二代王様のサンクチュアリ以外、成就することができません。

中央集権体制の家庭連合を早く、崩壊させなければなりません。なぜなら、その中にいるシックは悲惨なことになるからです。

自由と責任の革命をおこす根本は真のお父様のみことばからくる愛と力です。
自由と責任の革命を定着させるために全力をあげたいと思います。


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迫害や反対は肥料です


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先週は中部地方に4泊5日の伝道旅行をしてきました。
一泊はバスの中、ビジネスホテル、二泊はサウナという路程でした。

私は以前、20代の頃勝共を担当していて、北朝鮮に渡って帰ろうとする日本人妻を説得に行ったことがありました。地獄に行こうとする方を救わなければならないという正義感から、危険を承知のうえ、その行動をしたことがありました。
そのことを思い出して、堕落していく家庭連合から救わなければならない方がいると思い、中部地方に行こうと決意したのがその動機でした。

今回は二名の婦人の方の祝福を行うことができました。お二人ともとても優秀な方で、活躍が期待できます。サンクチュアリの拡大の輪がいっきに広がることを想像しています。

また、二人の重要なサンクチュアリのメンバーと交流しました。心情的に戦略を語り合い、これからどうするかという課題を深く、語り合えたことも大きな収穫でした。

そして、今回は下記のような全体送信も各教会の婦人部長名で発信していただきました。真のお父様のみことばに「迫害や反対は肥料である」とあります。とても多くの肥料をいただきました。
八地区の各教会の婦人部長の方には感謝する次第です。

※全体送信
聖恩感謝!
以前、8地区でも牧会をしておられました阿南信義氏(大分サンクチュアリ)が、今、
名古屋に来ていて知り合いに会えないか連絡を取っているそうです。
教会員の皆様は、そのような呼びかけに相対しないようよろしくお願いします。
○○教会○○婦人部長




真のお父様のみことば
悔しい歴史的恨が先生にはあります。しかし、私の恨は何でもありません。神様が神様の本分を果たせずにいます。このような多くの事情を残した歴史過程に、神様の骨髄が溶けるような悲痛な涙と流された血の跡がこの地から喚声をあげているという事実を知らなければなりません。神様を解怨成就しなければならない使命が残っているということを知っているがゆえに、私は今までこのようなことをしているのです。 天聖経130p


多くの課題を抱えている家庭連合をどうしたらいいのか、深刻に考えてみると、「自由と責任」の本来の真のお父様の方針に戻ることしか、解決することができないと思わされています。

家庭連合の婦人部長が抱えている問題を誰が一番知っているのか。それは神様であり、真のお父様です。そのことを真に伝えたいと心から思って連絡を取りました。

これからも諦めることなく、挑戦したいと思っています。


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王国の基地は家庭教会

第二代王様夫妻1


王国の基地は家庭教会

今まで真のお父様のみことばがありながらも勝利できずにきている家庭教会です。
なぜ勝利できずにきたのか。
真のお父様は凄まじいサタンとの闘いの結果、神様のみことばを復帰されました。そしてそれを弟子たちに与えてくださいましたが、それをやるかやらないかは人間の責任分担となります。
みことばを成就させないようにサタンが働き、神様の摂理を妨害してきたのが今日までの復帰摂理でした。

家庭連合(旧統一教会)の幹部は真のお父様のみことばを正確に伝えることなく、中央集権体制を固めて、家庭教会を軽んじてきました。
そして、今や、家庭教会ができないように働く、サタンの手先となって、天国の基地を破壊しています。


1976年9月18日ワシントン大会を勝利された真のお父様の立場はユダヤ教、キリスト教の歴史のすべてを蕩減され、世界的歴史的カイン圏を完全に愛し、勝利されました。
その勝利圏を相続することができる家庭教会です。
37年前のみことばから真のお父様の心情と願いを確認したいと思います。

家庭教会は天国の基地 1980年1月1日のみことば(抜粋)

統一教会にとって忘れることのできない70年代が、今、まさに過ぎ去り、新しく希望に満ちた80年代を迎えました。原理で学んだように、8数は再出発の数であり、新しい希望を持つことのできる数であるということを、あなた方は知っていますが、そのような年になることを心からお祈りいたします。
さて、この統一教会と統一教会の信者たちは、80年代はどこに向かっていくべきでしょうか。すでに私たちが言っているように、今年からは本格的な家庭教会活動を展開しなければなりません。本来のみ旨的観点から見るなら、三次7年路程が終わったならば、完全にホーム・チャーチ体制を展開させなければならないのです。そこで昨年は「家庭教会と天国完成」という標語を以って一年間過ごしてきましたが、今年は「家庭教会は天国の基地」という標語で、これから一年を過ごしていきたいと思います。家庭教会がなければ天国は成就しないのです。家庭教会がなければ、何も成就することはできません。


本来の神のみ旨によると、昨日も言いましたように、今から30年前に、もしカイン圏キリスト教基盤がアベル圏統一教会を迎えていたならば、その時、安息の基盤が世界史的に築かれていたはずです。そうすればその場で、父母の結婚と共に、真の子女と真の家庭と真の氏族と真の民族と真の世界の基準がつくりあげられていたことでしょう。そうして父母をはじめとして、子息、氏族、民族、国家が安息することのできる基盤・圏が拡がっていったことでしょう。そのような国家の安息基盤が出来上がっていたならば、世界の国家は、その国家的安息基盤を持った国家がどれだけ幸福であるかをみて、それを自動的に見習って安息圏を求めていくことができたはずなのです。
 そこで私たちは、キリスト教と統一教会が一つになれる道を探し求めたわけですが、実際は、歴史上に世界的基盤をつくりあげた2千年のキリスト教基盤を信じることも頼ることもできませんでした。そのために、どういう結果が繰り広げられたかと言うと、私たちは統一教会をつくって、統一教会自体が、キリスト教を代置することのできる基盤を国家的基準から世界基準まで再び築き上げて、これを安息圏の基盤にまでもちあげなければならないという、このような悲惨な運命の道を歩むことになったわけです。


「家庭教会」という言葉を歴史的に考えると、それはあまりにも貴いものです。ユダヤ教を中心とした4千年、キリスト教においても、多くの人々が数え切れないほど働きかけ、夢にまで描いていた家庭教会です。神様の歴史上に勝利的終着点を刻み、神様のみ前に初めて迎えることのできたのが、「家庭教会(ホーム・チャーチ)」という言葉なのです。簡単に言って、家庭教会とはどういう意味であるのかというと、自分の教会であるということです。ミスター・スミスであれば、ミスター・スミス教会となります。


家庭教会という言葉は、たやすい言葉でしょうか。それはどれほど苦労して生まれた言葉であるかしれません。あなた方も、そしてこれから原理を学ぶ人々も、あれこれとみことばを聞いているうちに、私の喋る言葉のすべてを悟った日には、「家庭教会」ということばを聞いただけで畏れ多いと考えるでしょうし、ことばを聞くだけでなく、文字を見ただけでも頭を下げて跪き感謝することでしょう。


考えてみてください。皆さん。私が20年先のことを考えながら、家庭教会の出来上がる日を待って苦労したことに比べると、あなた方の360軒は20年もかかるでしょうか。あなた方はどれだけ家庭教会活動をしてきましたか。あなた方のうちのある人は、家庭教会活動を22週間位しかやっていません。「先生、私は疲れました。足が痛くなりました」と言っているのです。(いいえ)。苦労して前進して、一度に早く済ませてしまって解放されるのです。
 考えてください。あなた方は家庭教会が途方もなく難しいことだと思いますか。それともできることですか。(できることです)。将来の最高の裁きは、「あなたには家庭教会が与えられません」と言われる事であり、家庭教会活動をする権利を剥奪されることです。家庭教会によって世の中は理想圏内に入っていくのです。それは理想、理想、理想です。これで、家庭教会の意味が良く分かりましたね。
これをつくるために、神と私は20年の間、休まずに一生懸命働きました。そして神と私は、多大な代価を支払いました。多大な蕩減が払われ、多くの聖人、預言者が血を流し、数多い宗教者たちが殉教しましたが、彼らは家庭教会の摂理を知っていたでしょうか。もうこれ以上、家庭教会の話をしなくても良いでしょうね。もう、私がいなくても、家庭教会に出かけられますね。



80年代において家庭教会のみことばを成就し、天国の基地を拡大して、世界を天国とするべきでした。
8数は再出発の時でした。天国を再創造する時を迎えていました。結果的に未だ、出来ていません。

そして2008年4月、真のお父様88歳のとき、亨進様を代身者相続者として祝祷されました。8数が3つ重なる3重の再出発の時です。
本当に最後の再出発の時であると思います。
完全に真のお父様のみことばと伝統に立たれる亨進様は、王国の理想に突き進んでおられます。

私たちは王国の基地をつくらなければなりません。それが真のお父様の願いであり、神様の願いです。
家庭教会の思想を具体化するには、今の家庭連合の体制や方針を破壊しなければできません。家庭連合をやめない限り、家庭教会(氏族メシヤ)は勝利することができません。

亨進様とひとつとなることによって、王国の基地である家庭教会は拡大成長して、王国の理想が成就するようになっています。

真のお父様の心情から8数の意味することを悟り、許されている今この期間において、王国の基地となる家庭教会に全力を捧げたいと思います。

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ある日本キリスタン史研究者からの手紙

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ある日本キリスタン史研究者からの手紙


前略、阿南教会長ご夫妻さま
11月14日に大分市の戸次(べっき)でお会いしたあと、 翌15日はフランシスコ大友宗麟の孫娘― 2歳で病死した宗麟の長女ジュスタの「姫君」―を祀る石祠( 臼杵市諏訪)を訪ねました。その後、島原に戻ったわたしは、 ルイス・フロイスが420年前に書き上げた『日本史』 の日本語訳(松田毅一・川崎桃太訳「豊後篇全3巻」) に釘付けになっておりました。

 島津軍の攻撃による戦乱の中、 フランシスコ大友宗麟が1587年6月に亡くなると、 やがて大友家も改易の憂き目に遭い、 宗麟が夢と描いたキリシタン王国・ 豊後の国が異教の支配者たちの手に渡って崩壊を余儀なくされます 。 折しも配下の有力キリシタン武将たちが秀吉の朝鮮侵略戦争に駆り 出されていたときのことです。残された婦人、女、 庶民らが涙にくれながら、逃げのびるべく我が家を跡にし、「 乞食同然の放浪の旅を強いられる」最終章の光景は、 さながらエルサレムの破壊を歌った預言者エレミヤの哀歌を読むようでした。

 「あゝ哀しいかな、古昔(むかし)は人のみちたりし此の都邑( みやこ)。いまは淋しき様にて座し、寡婦のごとくになれり。… エホバよ、願わくは我らをして汝の州(くに)に帰らしめたまえ。 …」

 フロイスの『日本史』に綴られる豊後国キリシタン史43年間を、2週間かけてきょう(11月30日)読み終えましたが、 往時のキリシタンたちの想いがのし掛かり、 心の裡は沈痛そのものでした。

しかし、それもしばしのこと。 阿南氏ご夫妻が神様の奇蹟的な導きのなか、 サンクチュアリに戻り祝福を受けられた2婦人の証しをブログで拝見し、復活に変じたのです。 豊後のキリシタンたちの430年間の恨(はん)が解かれていくようでした。 詰まるような私の思いも解放されるのを実感させていただきました 。その恩恵に与らさせていただきました。感謝申し上げます。  草々。    宮本



宮本さま
メールありがとうございました。
また、ブログを見ていただき、感謝します。

歴史的な背景を詳しく教えていただきありがとうございます。
たしか、1530年生まれの大友宗麟ではなかったかと思います。メシヤ再降臨準備時代の始まりの時ですね。

日本に対する神様の摂理が準備されながらも、勝利することができないまま、最後を迎える姿は悲惨としか言いようがありません。

「乞食同然の放浪の旅を強いられる」という光景。なにかその言葉が心に響きます。
今、伝道旅行中で、駅近くのサウナに泊まっています。かつて領主を失い、乞食のように逃げ回ったクリスチャンの事から考えると余りにも恵まれていると思わされました。

本当に時を失うと、神様の摂理からずれるとどうなるかを考えなければなりませんね。
家庭連合がどうなっていくのかを心配しながらも、そうならないように最善を尽くさねばならないと決意させられます。

宮本さんのことばにはいつも励ませれています。
神様が応援してくださっていることをいつも実感します。

今日も三名の方にお会いします。
400年前の神様の摂理の状況を思い浮かべ、黙って見てこられた神様の心情を思いながら、悔いなきよう努力したいと思います。
ありがとうございます。     阿南信義



真のお父様のみことば
神様が天から見下ろしているとするならば、どれほど憤慨されるでしょうか。この万民は御自身の血統的子孫であるべきなのに、悪魔が悲惨な境地に追い込んで「あなたの子孫はこのように凄惨な立場に処している」と、神様に向かって嘲笑しています。
サタンがまた「全知全能の神様なのだから、この環境をどのように収拾するのですか」と言えば、神様は沈黙を続けるしかないのです。聞いても聞こえないふりをし、においをかいでもかがないふりをし、感じながらも感じないふりをしなければならない神様の歴史的に悲惨な姿を皆さんは考えたことがありますか。
  天聖経 神様の歴史的に悲惨な姿


天の計らいと摂理の深刻さを同時に教えられました。
日本中におられる迫害され、苦労だけに終わったクリスチャンの姿と摂理のために犠牲の道を絶えず、歩んできた日本シックが重なります。

その苦労と犠牲を決して無駄にせぬよう真のお父様をお迎えするための真実の体制と基盤を準備せねばと思います。


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プロフィール

阿南信義

Author:阿南信義
大分サンクチュアリ教会
 阿南信義  080-8375-0337
大分の山奥で農夫をしています

sanc16ooita@yahoo.co.jp
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