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またまた感謝です。家庭連合第八地区幹部様

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今日は日曜礼拝を教会で捧げました。先週亨進様が語られた説教を拝聴しながら、真のお父様の心情を受けること出来た貴い時間となりました。


愛知のシック数名の方々から電話やメールいただきました。
分派活動に対するお知らせがメールで届いたそうです。

第8地区内における最近の分派活動について(抜粋)

昨今、非原理的主張を拡散する分派による家庭連合の信徒への勧誘活動が活発化しております。日本サンクチュアリ大分教会の中心的存在である阿南信義、恵美子夫妻(6000双)が、かつて牧会者として活動していた現第8地区(愛知全域)の教会の信徒と密かに接触し、サンクチュアリ教会の聖酒を飲ませ、祝福をして回っているとの情報が入って来ております。これは、サンクチュアリ教会が掲げる4300双祝福家庭確立のための活動と思われますが、かなり拍車がかかっています。

また、生田禎三氏(元名城教会信徒6000双・今年9月に脱会届提出)が家庭連合を批判し、サンクチュアリ教会の主張を集約した資料を作成し、ウェブ空間への投稿、資料の送りつけ等で拡散を謀り、個別での接触を熱心に行っています。

2016.10.21
第8地区組織対策委員会


私の感想としまして

・農作業の合間をみながらサンクチュアリの活動を大分を中心として行っているわけで、とんだ過大評価をしていただいて、恐縮するしだいです。「拍車がかかっています」とありますがまだまだこれからです。

・「非原理的主張を拡散する分派」と表現していますが、どこが非原理的なのか。韓お母様が「私は罪がない、独生女。2000年キリスト教歴史は独生女のためにあった」とする発言は原理的であるということなのでしょうか。
今まで原理を学び、講義をしてきたものとしてはそれこそ、非原理的主張ではないかと思います。

原理講論 復帰原理緒論
しかし、アブラハムが象徴献祭に失敗したのと同様、ユダヤ人たちもイエスを十字架につけることによって、その民族的な献祭に失敗したために、アブラハム以後イエスまでの二〇〇〇年の期間は、再びサタンに奪われる結果となってしまった。ゆえに、サタンに奪われたこの二〇〇〇年期間を、再び天の側に蕩減復帰する二〇〇〇年の期間が必要となったのであるが、この期間がすなわち、イエス以後今日に至るまでの二〇〇〇年の期間だったのである。そして、この期間においては、イエスの十字架による復帰摂理によって、キリスト教信徒たちは「再臨主のための世界的基台」を立てなければならなかったのである。283p


・7000名を越えるシックを抱える家庭連合第八地区がわずかサンクチュアリの3名の動向に警戒しなければならない理由はなぜでしょうか。それも遠く離れた九州大分の僻地にいる者に。
それは真実がどこにあり、どのように影響するかを理解されておられるからだと勝手ながら解釈します。


よく宣伝をしていただいたと思いますので、今後の活動がさらにやりやすく、また神様が味方してくれる条件が立ったと嬉しくなりました。

家庭連合第八地区の幹部様に感謝します。

真のお父様のみことば
人間の創造本然の特権的な価値を喪失し、堕落のうじとなってあえぐ無価値な人生を見つめる神様の内情的心情は、どれほど悲惨なことでしょうか。あの者たちは本来、私の愛と私の生命と私の血統を通して直系の子となり、天国の栄光を占めたであろうに、敗者の仮面をつけ、呻吟と苦痛と絶望の中であえぎながら命を絶つ場にいるのです。

ですから、それを見つめる神様の心はどれほど悲痛でしょうか。そのように神様が悲しみの神様であることを知らずにいました。それゆえ文総裁は神様を知ってから何日も何週間も痛哭しました。統一教会の出発には、そのような深いものがあるということを知らなければなりません。
 天聖経 135p

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大友宗麟公の無念をはらすサンクチュアリ


亨進様と国進様ご家族

今日は午後から、二軒の家庭を訪問しました。それぞれ3時間ぐらい話し、交流をして自宅に帰り着いたのは午後10時でした。二軒とも天の願いの大きな家庭です。次の段階に至ることができたことは感謝でした。


大分の誇りはキリスタン大名の大友宗麟公(1530~1587)です。
先日、津久見市にある大友宗麟公のお墓にお参りしてきました。
そこで個人的に思ったことは

真のお父様が聖誕される400年前の誕生されておられるということは、メシヤ再降臨準備時代が始まった時であること気づいたことです。
宗麟公はキリスト教国建設の理想をもって、今の大分を中心として勢力を拡大し、九州6カ国を傘下にしたと言われています。
しかし、そのあと、鹿児島の島津との闘いとなり、それが不利とみると豊臣秀吉に援軍を求め、なんとか勝利するもその後、病死する事となりました。1587年です。
その宗麟公死後の一ヶ月後に豊臣秀吉によるキリスト教禁止令が発令され、キリスト教信者に対する激しい迫害が始まることとなりました。大分ではいたるところにその殉教の場所があります。

大友宗麟公の無念が伝わってきました。

私たちは
そのような貴い犠牲の中でメシヤを迎えることができました。
そして今、第二代王として立たれ、すべての権限を受けられたお方を中心として歩むことができることがどれだけ重要かを、今一度認識した次第です。
多少の迫害など、なんともありません。

お父様のみことば
死んでも生きてもこの道を正さずしては行けません。これを知っているがゆえに先生は、一生の間このようなことをするのです。はっきりと知らなければなりません。

迫害を受け、あちこちの監獄に入りながらもこの荷を背負っていくのです。監獄に入るのが良くて入るのでしょうか。神様のため、神様の解放のために行くのです。

人類の解放のため、サタン世界を解放するために行くのです。蕩減復帰の道を行かずしては解放圏ができないのです。安逸な中ではサタンを分立することができないので蕩減復帰の道を行くのです。
  天聖経148p

真のお父様の決意の心情を相続して4300双に向かって前進あるのみです。


大友宗麟公のお墓です。
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大分の誇りの宗麟公と
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プロフィール

阿南信義

Author:阿南信義
大分サンクチュアリ教会
 阿南信義  080-8375-0337
大分の山奥で農夫をしています

sanc16ooita@yahoo.co.jp
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