宇宙的な法に生きる

真のお父様のみことば  御旨と世界 766p

あなた方は毎朝、朝食を食べるでしょう。あなた方の食事を構成する動物や植物は、どこから生まれるのでしょうか。食物を食べるために、あなた方はいろいろな植物を無慈悲に切り倒し、それからそれを歯でかみ砕き、それらを飲み込まなくてはなりません。そうしてもサラダの中にある野菜は、あなた方に反抗しません。なぜならば、それらは宇宙的な法を知っており、自分たちはより大きな目的のために存在している、と思っているからです。それらの食物がそういう姿勢をもっているので、人間が公的な目的に向かって奉仕するために、それらの食物を食べたとしても、彼らは感謝するわけです。ここでは目的が調和しています。
私たち自身を知ろう 1979.9.30

DSC00967.jpg



私は農業をしています。
その過程で、例えばナスを育てていますが、害虫を捕殺したり、名前も知らない草を引き抜いたりしています。
彼らにも創造目的があるはずと思いつつ、ただナスのために彼らを犠牲にしていました。

宇宙的な法があります。すべてはより公的な目的のために存在しているという法則があります。

今、サンクチュアリは完全に真のお父様中心の公的目的をもって、前進しています。すべての存在はそのために犠牲になることを喜んで、感謝しています。

私たちは原理を知っているゆえに、神様を中心としているかどうかは祈れば教えられます。宇宙的な法に合っているかどうか。目的が調和しているかどうかを尋ねて見るときに、どこが真実であるかを教えられると思います。

IMG_5825.jpg

よろしければクリックを
お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

祝福を得るための神様の犠牲

真のお父様のみことば  御旨と世界 689p

このように考えてみる時、堕落した人間が祝福を得る一日を迎えるために、神御自身が長い歴史を犠牲にして、努力してこられたのです。そしてその間、個人が滅び、家庭、氏族、民族、国家と数千数百万の犠牲を払ってきたのです。それでもこのような神を中心とした祝福の位置を迎えることができませんでした。

 君たちは祝福される前に、自分の存在はこのような歴史的な中心性をもっているということを考えなければなりません。神の摂理が今までずっと数千年の犠牲的歴史を通過してきたのは、結局自分を救うためだったのです。そこに神が動員し、数多くの預言者とか先駆者とか多くの犠牲を払ってきた各宗教とか、そのすべては自分を一人の勝利者として立たせるための、神の愛だったのです。

祝福を迎える一日 1978.9.22

a184.jpg


祝福を迎える一日
堕落した人間に祝福を与えるためにどれほどの蕩減の歴史があったかを私たちは原理を通して知っています。

メシヤの目的は祝福を与えるためです。
イエス様の成すことのできなかった救いの完成を果たすために再臨のメシヤは降臨されました。

しかし、真のお父様の祝福された基台は奪われてしまいました。

今、真のお父様の祝福の権能は第二代王亨進様に継承され、世界人類に向けて祝福がなされています。
祝福を受けることのできる特権がすべての人々に与えられています。

私たちはその権能を相続させていただいています。とてつもない恵みです。

本日、こちらの教会で祝福を迎えた一家庭があります。奇跡的な祝福でした。
神様の愛によって、選ばれ、導かれました。
その恩恵が大きく拡大することを確信しております。

P1030760.jpg

よろしければクリックを
お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

自己のでき得る最大の基準まで

真のお父様のみことば   御旨と世界 478p

これでヤンキースタジアム大会のタイトルは、「アメリカ建国二〇〇年、神よアメリカに祝福あれ」という。天国へと越えていくということである。そのようにして第二番目の峠を越えていくのである。君たち、寝る時、手も足もヤンキースタジアムに向けて、押し込む気持ちで寝なさい。そのように思っていればなるものである。

 そのように皆さんが成功を収めていけば、皆さんは上に上がっていくのである。イエス様も頭を下げる。神様もそうであるし霊界もそうである。

皆さん一人一人が、六〇〇〇年の歴史を集結して、神様の歴史自体において、聖人先人たちが信じていた、あるいはすべての我々の先祖たちが信じていた復活体となって、イエス様以上に精誠を尽くす時なのである。
摂理歴史において間違いなく、あとにも先にもない歴史の最頂点に立ってあらゆる力を尽くして、私が神様の前に立って「君はそれ以上できなかったのか」と聞かれた時、「自己のでき得る最大の基準までやりました」と言えるようになれば、皆さんも先生も、責任を免れるのである。

歴史の転換点  1975.12.1

a176.jpg


アメリカでの長成期の大会としてヤンキー大会を決定されて、語られたみことばです。
深刻な真のお父様の心情が理解することができます。二数はイエス様の数です。長成期の峠を越えるためにどれだけ深刻なお父様だったでしょうか。

今また、第二代王様の時代を迎えています。この時に二数を越え、長成期を越えるためにイエス様が協助できる摂理となっているがゆえに、亨進様はイエス様のこと、聖書を重要視されておられると思います。
長成期を越えるために、亨進様、国進様の深刻なお姿があります。

私たちの決意はどうあるべきか。
ヤンキー大会の前に語られたみことばが今、真のお父様から私たちに語られているのではないかと感じます。
外的には暑い毎日ですが、摂理的な季節の深刻な状況を考えながら、自己のでき得る最大の基準を求めて、前進したいと思います。

亨進様歌われた時

同感の方はクリックを
お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

勇気ある行動

真のお父様のみことば   御旨と世界 615p

このような破滅へと運命づけられているかのような世界をあとに残すのでなく、何としても復活していく世界を残したいと願っている先生ですから、生きているうちにこの運動の基盤を完成していくために、自分の生涯においてありとあらゆる苦難、頭の痛いこと、苦々しいこと、嵐のごとき非難、迫害等良くないことのすべてを一身に受けることを決意して、「どうか我にすべての重荷を負わしめ給え」と祈っている先生です。

 そうすれば、あなた方の時代、あなた方を中心とした時代が来る時には、もはやそれらを過去のものとして、この運動は興隆していくことでしょう。
あなた方も迫害の中にあって、「これ以上迫害されるのなら去ったほうがましだ」と考えるか、それとも「迫害が大きければ大きいほど、より大きな責任や使命をもつことであるし、より大きな挑戦をしてより大きな実績を上げ得るということだ、よし私が全部引き受けて処理しよう」と考えるか、いずれか二つの立場があります。

創立以前の内的教会史  1977.5.1

152818 (2)


お父様の生涯路程は、試練があればもっと多くの試練を求め、迫害があればもっと強い迫害を求めて歩まれてこられた生涯でありました。
どこからその力がでてこられるのでしょうか。
神様をあまりにも良くご存知だから。もっと悲惨な神様の心情と事情に通じておられたからでした。
真のお父様の行動の結果が私です。

今の私たちの本心も真のお父様の心情に近づこうとします。お父様に似たいのが本心であることがわかります。
お父様のごとく行動しなければなりません。決して、現実から逃げることなく、神様の方向性を信じて、挑戦しなければなりません。
それが発展し、勝利する道であることを知っています。

サンクチュアリにあってその思想と理念が本当に実践できます。本心に忠実に歩むとき、試練と迫害を越えて行くことができます。
自分の人生に誇りを持つことができます。
そして、教会を大きく発展させることが出来ると思います。

協会本部1

よろしければクリックを
お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

神自体が解放、神自体が自由になる

真のお父様のみことば  御旨と世界 450p


このようにして神を解放しましょう。先生自身は解放されているの? (いいえ) 。そのような解放を誰がするの?神様がするの?

 神様はできません。君たちと先生以外にはできません。君たちと先生以外に人がいません。これは、アメリカ自体もできないし、他の数多くの国でもできません。だからすべてが滅んでも、我々は神様を残したい。

 神自体が解放、神自体が自由になる。こういう考えをもった宗教、こういう考えをもった思想、こういう考えをもった人が、今までいなかった。まさしく今私たちは、こういう考えをもっているだけでなく、行動して、世界に向かって号令をかけている。こういう基準を、神様は望まざるを得ないよ。

私自身 1975.7.13

103442.jpg


世の中の人々は神様の解放、神様の自由とは、程遠い生活の中にあります。
それは神様を知らない無知からきています。人類始祖が誤ったことを通して、神様とは関係を持つことのできない存在となってしまいました。

今、家の近くにある子供用につくられた河川プールの監視員をしながら、そんなことを思い巡らせています。
ほとんどが親子で来られるこられる方たちは、楽しく過ごしていますが、神様を讃美することも、喜びをお返しすることもできない状態です。
誰も神様を讃美し、解放しようとするものはいません。
それは人類の悲劇の姿です。

今までの歴史の中において、神様の解放、神様の自由を考え行動されてこられたお方はイエス様と真のお父様しかおられません。

特に、私たちは真のお父様を解放して差し上げなければなりません。
韓オモニの背信によって、どれだけの悔しい、無念なご心情であるかを思うときに、第二代王亨進様の立場に立って、考え行動することが必要であり、そのことがお父様を解放する道であると思います。

亨進様祈りの時

よろしければクリックを
お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

万物を通して人間の再創造が始まる

お父様のみことば  御旨と世界  937p

 本来、すべての万物の所有は、真なる愛をもつ人がするのが原則です。「君(サタン)は真の愛をすることができなかったけれど、私は真なる愛をしたので、このものを私に渡してくれなければならない」と言うときには、サタンも仕方ありません。サタン世界の所有として愛する以上の愛する心で愛さなければなりません。
私を中心とした父母と子女と万物世界 1983.6.5

074.jpg


今朝6時ごろから畑に行ってラッキョを掘ってきました。
本当は5月から収穫してもいいのですが、6月は大雨が続いてできず、今頃、収穫している状態となっています。

そのラッキョは
とても頼もしいものです。
草がぼうぼうとなったところでも決して負けることはありません。
草を焼くときに間違ってラッキョの葉が燃えてしまいましたが、それでもまた、新しい葉が出てきます。
土の上に置き忘れても、決して枯れることなく、生き伸びています。

ラッキョを植えたのは一年半前に冬でした。普通は冬には作物は植えないのですが、どんな季節でも植えることができるのはラッキョぐらいです。
色々とやっていると時期をずれることの多い私の性格にあっています。一粒植えた種が一年で30粒ぐらい、二年経つと100粒をこえる株となってきます。

ラッキョを見ていると、どんな環境でも勝ち抜いていく姿に感動させられます。そして、その繁殖力は驚きです。

今のサンクチュアリとラッキョが重なります。
どんな環境でも、負けずに繁殖する、神様の愛の姿をあらわしています。

ラッキョに恥ずかしくない伝道の基盤を作らなければと思わされました。

158.jpg

よろしければクリックを
お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

生涯において何をなすべきか

お父様のみことば   58p 

歴史上から見て、善人たちは常に打たれてきました。聖人たちも常に打たれてきました。ただそれだけを見ると彼らはみな負けたような姿でありました。しかし、彼らは決して負けたのではありません。彼らは必ず最後の勝利を勝ち取るようになっているのです。これが天の戦法です。
イエス様もそのような戦法をとられたのです。それゆえに、我々の歩む道は決して平坦ではありません。苦痛と受難があふれている道を我々は歩いていくのです。平坦な道を歩もうとする者――そういう人は、天に対しては反逆者であると考えて間違いではありません。

生涯において何をなすべきか  1970.9.27

a103.jpg


生涯において何をなすべきか。
私は18歳の時に三日間の修練会に参加して感動したものの、次の二週間の特別修練会に参加するかどうか迷っていました。それに参加することは就職したばかりの会社を辞めることになるからです。
その時に、思い出したのが高校時代に読んだ三浦雄一郎氏の本の中にあった言葉でした。冒険家の三浦氏は「後悔を先に立てて、今に挑戦する」という生き方を当時から実践していたのでした。
三日間の原理講義を通して感じたことは神様がおられるということでしたが、そこで人生を大転換するかどうか徹夜して悩んでいた時に、ふと、ここでやめたら後悔をすることになるだろうと思わされたのでした。
後悔するぐらいなら、今挑戦したほうがいいと思ったのです。
それで会社を辞めることにして、二週間の修練会参加のために宝塚に行くことにしました。


今、またその状況に遭遇しています。
残りが少なくなった人生に後悔をしないような生き方をしなければならないということを痛感しています。
そのためには何を残すことができるか。私は2009年まで家庭連合(旧統一教会)の公職者として活動していました。
しかし、信仰生活を実践していく中で様々な出来事や矛盾があり、希望がないと感じていました。
また、還故郷をしてもたくさんの試練がありました。

しかし、今、サンクチュアリの方向性に真実なお父様の方針を見出して、希望と誇りを実感しています。
イエス様のように価値ある人生、お父様のような神様を感動させる人生を約束できるところはサンクチュアリしかありません。
後悔を先に立てて、今に挑戦する人生を通過できる道はここしかないと思っています。

IMG_5644.jpg

よろしければクリックを
お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

全生涯は神様の解放という一点に

お父様のみことば  448p

だから先生は、神の解放という一点に、生涯をかけてきた。神のほうに心を向けて、神の国に帰る。今まで人間は、民主主義を中心として、人間の自由を主張してきた。人間解放を主張した。それと同じように、今は神の自由、神の解放を願って、天宙を主管し得る神につくり変えなければならない。神様は自由になっているの。人間解放、自由を主張する前に、神様の解放、自由を主張しなければならない。その問題を解決することによって、人間解放はもちろん、人間の自由主義は生まれてくるのだ。

 きょうの題である私自身は、この私自身は、神を解放し、世界を解放してやるために、生まれてきたという自覚をもたねばならない。

私自身 1975.7.13

a106.jpg


お父様の全生涯は神様の解放のためでありました。
如何なる迫害や試練の中にあろうとも、その姿勢はブレることなく、命をかけて投入されてこられました。

私自身は何のためにあるのか。神様の解放と自由のためにあると更に、自覚しなければなりません。
今、世界は大きな試練の時を迎えています。
その時において、何を主張すべきであるかは、お父様の原点に立ち返ることであることを痛切に感じます。
「アメリカ第一」主義を掲げるトランプ氏の出現は世界を混乱させることでしょう。
私たちは「神様第一」主義を掲げ、神様の解放と自由のため、みことばを伝播し、祝福を全国民化するために、投入することがお父様の願いであると確信して、前に進みたいと思います。

亨進様と国進様1

よろしければクリックを
お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

父子の関係が宇宙の根本

お父様のみことば  御旨と世界  781p

霊界における天国は、私たちの究極的な目的地であり、この地上における私たちの肉体をもった生活は訓練にすぎません。私は、宇宙の中核となる真理を発見したとき、このことを見つけました。

地上生活は永遠の生活のための準備にすぎず、私たちがそれに合格するか失格するかは、この地上で決まるのです。そうした認識を得て、私は、さらに宇宙の根本原理を取りたいと祈りました。

すると解答が与えられました。……父子の関係が宇宙の根本なのです。それは被造物(自然)とあなた方との関係であり、両親とあなた方との関係であり、そして神とあなた方(人間)がもつ関係です。

 私たちは地上にいる間、あらゆるものの内で最も大切な訓練に参加しているのであり、究極的に天にある私たちの目的地に到達し、永遠に神と父子の関係を満喫できるように、この原則を学んでいるのです。

私たち自身を知ろう 1979.9.30

a184.jpg


大分教会で今週、4夫婦をサンクチュアリの入会に導かれた伝道師(食口)がいます。
ある一人の方はその伝道師の夢を続けて二回見ていて、「何か自分に伝えたいことがあるのではないかと、気にかけていた時に、電話がありました。」と言われ、すぐにその話を受け入れ、即入会されました。

大分教会では各自が伝道対象者をリストアップして、霊の親子関係などの心情の基台で祈っているところもあります。
今回の伝道師は3人の基台で、祈り合っていました。

「あまりにも導かれて、天の計らいを実感せざるを得ません。私が伝道しようと思う前にお父様が伝道されているということを教えられました。」とその伝道師は語っています。

私たちはこの地上でどれだけお父様と父子の因縁を結ぶことができるかということがその根本目的です。

「今、私は、世界中の人々に、祝福を与える橋になりたいと思います。そして皆さんにもそのような橋になってほしいと思います。私は、世界中のすべての祝福に関与したいと思います。」お父様のみことば

お父様は世界中のすべての人々を祝福したい心情です。どこがそのことをなして差し上げることが出来るかというとサンクチュアリしかありません。お父様からの最高の訓練を受けています。

そこで、お父様との父子の因縁を結ぶことができます。
そして、私たちは最高の財産を永遠に蓄積することができると思います。

第二代王様夫妻1

よろしければクリックを
お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

牧会者、教会長は天使長の立場です

お父様のみことば  御旨と世界 198p 

発展の段階を見た場合、神はそもそも、実体界を造る前に天使界を造った。その天使界は、実体者としての理想を授けるところではない。それは目的に向かって過程を通過する期間と同じである。
それが、神を中心として、天使と一つになって、実体の相対圏を造り出したのが、それが万物世界である。

そして、天使と神が一つになって人間を造った。 神が霊的基準において相対圏を求めて造ったのが天使界で、実体者である人間が、神に向かって何かの感覚を授け、価値の刺激を与える立場ではない。
その道がないから、中間的天使界を通して、人間を創造する過程において、刺激されたいとして、天使を相対の立場に立たせて、あるいは讃美の立場に立たせ、あるいは相談する立場に立たせて人間を造った。 

天使は、人間が造られていく段階ごとに、相対的な感謝とか、刺激を神に与えることによって、人間を造る過程の喜びを得ることができる。自分なり消耗の立場に立っておりながら、天使長の神に対する讃美、あるいは慰めの刺激、喜びの条件を(もってして) 、神に刺激させ、人間を造る過程において喜びを得るようになっていた。

そういうふうにして、天使と共に人間を造った。そうすれば、人間というものは、天使的価値、目的を完成させるような立場に立たなければならない。あるいは、神の目的をかなえるような、二重の価値の基準に立ったのが人間である。だから、神は人間を目的としている。天使長は人間に対して希望をもって援助してやる。こう見れば、アダムという存在は、天使長の理想の完成者にならなければならない。そしてアダムというものは、神の理想の完成者にならなければならない。

我らはなぜ苦労をしなければならないか 1972.9.11

142629.jpg


先日の会議で江利川会長の報告の中で、国進様が「牧会者、教会長は天使長の立場です。王様は家庭の長である夫です。」と語られたと伺いました。

神様がなぜ、天使界、天使長を創造されたかという根本的な内容をお父様のみことばから再度学んでみますと、人間創造のために中間位置として天使界を創造され、人間創造の喜びと刺激を天使界を通して得るためであったとあります。

本来の神様が天使界を創造されたのは、神は人間を目的としているので、人間に対して希望をもって援助する立場であります。

今、天一国主人の家庭の長はアダムの立場であるとすれば、牧会者、教会長は天使長の立場であるということを明確に理解することができます。
サンクチュアリは本来の位置を守ろうとしています。

天使界は
人間を創造される過程において、神様に喜びと賛美を返しながら、人間に援助し、協助する立場であることを思えば、牧会者、教会長は各家庭に対して、当然のことながら、援助し、天一国主人となることのできるよう協助する立場であることを理解します。

中央集権はサタンの体制であると亨進様は語られています。
堕落した天使長は人間を主管する体制としました。それで今日の世界は中央集権の体制となってしまいました。

家庭連合もまさに、その体制となっています。それは堕落した天使長の流れの中でつくられきたものです。
牧会者、教会長は父母の代身でも、アベルでも、神に近い人でもなく、天使長の立場です。


私たちは、本来神様が願われる天一国の姿を目標としているがゆえに、天一国主人の家庭の王を多くこの地上に生み出すために、本来の天使長としての役割を果たす必要があると思います。

IMG_5930.jpg

よろしければクリックを
お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村
プロフィール

sanctuaryooita

Author:sanctuaryooita
日本サンクチュアリ協会大分教会
 阿南信義  080-8375-0337
大分の山奥で農夫をしています

       sanc16ooita@yahoo.co.jp
お気軽に連絡ください。お待ちしています。

ランキング参加中
恐れ入りますが、 同感の方はクリックをお願いします
リンク
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
06 | 2016/07 | 08
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR