祭物として歩まれる江利川会長

お父様のみことば   「牧会者の道」

本来、信仰生活というものは、歴史路程が立証しているように、祭物の道を引き継いでいく道です。祭物の道を引き継いで、それだけで終わるのではなく、この祭物が民族を連結させ、天の前にその結実を取り戻さなければならないのです。それが祭物の使命です。言い換えれば、私自身の救いだけで終わるのではなく、自分自身の救いのほかに、全体の救援になるように連結しなければならない責任があるというのです。それだけではなく、祭物として立たせてくれた主人、言い換えれば、神様なら神様の目的を解怨してあげなければならない、解いてあげなければならない、そのような蕩減的な立場もあるのです。 p85

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今月12日に江利川会長を大分にお迎えしました。
その時の様子をお知らせしたいと思います。
その日の朝、5時半には電車に乗られたとのメールを受けました。家を出る前には家族の食事を準備されてこられたそうです。
大分空港に9時50分到着され、軽のミラ・イースで迎えに行ったのは私の家内と姉妹でした。車中では大分のみんなの声を聞きたいという心情があふれて、慕わしい気持ちがこみ上げておられました。
ちょうど、別府湾からの蒸気で霧が立ち込めていました。真っ白で先が見えなくなるような状況の中で、今の摂理を見るような、暗雲たちこめる中を切り抜けるサンクチュアリであるとの話をされながら、会場までの1時間15分でした。
会場はローカル線の音の響く、田舎の景色の中でみんなが待っていました。

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会長が会場に入られると霊的にぱあっと明るくなったと後で話をする婦人もいました。
礼拝はとても、導かれて、神霊と真理に満ちたひと時でした。一時間半の時間があっという間に流れて行きました。
そのあと、休みなしで質疑応答の時間、午後4時過ぎまで続き、めったに会えない会長との時間を惜しむように、みんなここが天国と思うような、心地のいい時間がすぎていきました。
前に座っておられる江利川会長の横にお父様がにこにこと、微笑んでおられるお姿を幻で見た姉妹もいました。
そのあと、祝福候補者の二人の青年の面談をそのまま続行され、結局、昼食をとることなく5時過ぎまで。
そして、空港に向かう車中で、おにぎりを一個、そして婦人が持ってきたとうもろこしを喜んで口にされました。
その時、お父様はとうもろこしがとてもお好きだったと、懐かしく思い出されながら、お父様と一緒に召し上がっておられるかのように喜んでおられたことがとても印象的でした。
そして、空港についてやっとうどんを召し上がられて、東京に向かわれました。
お父様が朝食も、昼食も取られないで訓読会や講話をされるそのお姿を彷彿させられる一日でした。
本当に会長、ありがとうございました。

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まさに、祭物として最先頭で戦っておられるお姿に感謝いたします。

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真の道は祭物の道

お父様のみことば  「牧会者の道」 p70

イエス様がこの地上に来て、もし祭物をささげて勝利していたならば、大祭司長になっていたのです。ところが、大祭司長になれずに、祭物になって亡くなってしまったのです。それゆえに、今日私たちは、大祭司長になる前に何をしなければならないのでしょうか? 祭物をささげなければなりません。祭物をささげようと思えば、どのようにしなければなりませんか? 血を流さなければなりません。裂かなければならないし、犠牲にならなければならないのです。それが原則です。犠牲にならなければなりません。
 このようにして、私たちがある基準をなして、この民族が私たちによって、天の前に立てられるようになる時に、イスラエル十二支派は、ユダヤ民族は、このレビ族が正しくなせるか、なせないかによって、その民族の興亡が左右されたというのです。祭司長たちが腐敗すれば、その国も滅びるのです。祭司長が忠誠を尽くせば、その国も栄えるというのです。過去の歴史がそうだったというのです。(一五五・二七六)

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イエス様は祭物となって、キリスト教2千年の歴史の中で生きてこられました。
お父様はまさに祭物の路程を通過され、最後も祭物となっていかれました。

亨進様はアメリカの荒野で3年間祭物の路程を通過されて、真の基元節を勝利されました。そして今尚、祭物としての歩みをなされておられます。

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私たちはイエス様の、お父様の、亨進様の祭物の精神を相続して、世界を生かす歩みをしなければならないと思います。


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食口に王様のように侍りなさい

お父様のみことば  「牧会者の道」 p903

来る人に、王様のように対し、王様のように侍り、王様のように接待してあげなさいというのです。それで教えてあげて「私の先生が、このように何でもない私に王様のように対してくれ、王様のように奉仕してくれるのですが、その人こそ高い王様のような方であり、どのように侍ろうか」と言えるようにしなければなりません。そのような伝統を立てなければなりません。神様の息子の資格は、そこで与えられるのだということを知らなければなりません。(八九―二九〇)


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 人に王様に対するように侍ることも蕩減です。すべて蕩減法だというのです。その人がどんなに悪くても、王様に対するように侍るようになるならば、その精誠の心を、その人が受けることができなければ、神様が受けてくださるというのです。その人が統一教会を信じず離れていくならば、その人の善なる先祖が積んだすべての福を、私が根こそぎ引き継ぐのだというのです。これは恐ろしい作戦です。全体の福を、万民のものを私が探し求めるのです。収穫するのです。取り入れるのです。同じことです。アメリカがレバレンド・ムーンに反対すれば、どうなりますか? 同様の原理が適用されるのです。それは何の話か分かりますか? (はい)。

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亨進様のみことば 三代王権(一) p118

天一国ではキリストと共に共同相続し統治するのです。天一国民は歴史的に王様だけが持つことができた権利を所有します。国民もその領地をもち主権を有します。そして外部からそこに税を課するものはありません。そして自分の王国を守る手段を持つのです。そこが重要です。人権条項の2番目です。天一国は多くの王からなる王国なのです。
天一国はひとりの王がいて、そこに貴族がいて国民はそれらに仕えるというものではないのです。それはこれまでのサタン世界の王国です。神様の王国はそれとは180度反対の王国だということです、全く逆転したものなのです。
天一国には多くの王がいますが、王の王が存在します。王が建てた王権と法律があり、その王権が法を守ります。わかりますか。では天一国の王とは何でしょうか。王は国民だというのです。お父様が「我々は百姓(ぺクソン:農民ではなく一般民衆の意)にならなければならない」とよくおっしゃいました。教会員ではなく市民です。
今までの王国では王と言えば権力の独占者でしたが、神様の王国では王はその国民であるというのです。


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亨進様はお父様のみことばをそのまま体系化されて、天一国合衆国憲法とされておられます。
お父様の心情と伝統を完全に相続されて、天一国の実体がすでに出発しているこの時です。
基元節は天暦2015年7月17日(陽暦8月30日)
天一国合衆国憲法は2015年10月11日に発令されています。

食口を下にして、公職者を上にしている家庭連合(旧統一教会)はお父様のみことばとは逆の方向に動いていることは明らかです。
王様を下僕が主管する構図となっている状態です。
家庭連合の食口の皆様は「腐った祭司長」(お父様のみことば)によって主管されているという最悪の体制となっています。
一刻も早く、判断し、行動せねばなりません。

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誰がお父様のみことばを守っておられるのか。誰がイエス様のみことばを実践され、神の御国を求めておられるのかを真剣にたずねてほしいと思います。

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真の基元節の恩恵

お父様のみことば  
                「牧会者の道」

アベルはどのようにしなければならないのでしょうか? 最初に神様と一体にならなければならず、二番目に天使長を愛さなければなりません。それでサタンである天使長に「あなたは神様の息子であるため間違いなく相続者です」と認定を受けられなければなりません。この時、天使長の立場にいる人はカインであり、アダムの立場にいる人はアベルになるのです。これをはっきり知らなければなりません。p845

神様はアベルをどんな位置で決定するのですか? サタンの讒訴を受けない位置で決定するのです。それではサタンの讒訴を受けない立場とはどんな位置でしょうか? 神様と一致した位置ですが、その位置はどんな位置であるかといえば、うれしい位置ではなく一番悲しい位置、一番難しい位置です。言い換えれば、死のうとする位置、一番悲惨な位置で神様と一体になることができるというのです。p846



私たちは原理を通して、カインとアベルが一体化することを通して、堕落性を脱ぐための条件を立てることができ、メシヤのための基台が確立されて、メシヤを迎えることができると知っています。
しかし、その道がいかに困難な路程であったかは繰り返し失敗してきた歴史を見て、明らかです。

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今回、見事に真のご家庭において歴史的なカイン・アベルの勝利が決定し、基元節として、天一国が出発したことは人類にとって、限りない希望となりました。

亨進様と国進様ご家族


お父様の聖和3周年の期間、暗黒の苦痛の路程を通過されて、勝利されたその背後にある亨進様、国進様の心情を尋ねながら、お父様を慕い求めていきたいと思います。


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真のカインの信仰と真の基元節

お父様のみことば

アベルが、カインすなわち兄と共に供え物をささげた時、神様が自分の供え物だけ受けて兄の供え物を受けなかったとしても、兄に純粋に対さなければなりませんでした。
兄のことを考えなければなりませんでした。そして「ああ、お父さん、なぜ私の供え物だけ受けたのですか?」と言って泣きわめいて、兄のところに行って「私の供え物だけ受けた神様は嫌いです」と言ったなら、神様はどうされたでしょうか? 間違いなくカインを愛さずにはいられなかったでしょう。
「牧会者の道」p837




お父様の聖和3周年の時、真の基元節が宣布されました。
その勝利の背後にある真のカインの信仰を私たちは知らなければなりません。
その姿にお父様はどれだけ喜ばれたことでしょうか。
神様がどれだけ待ち焦がれた勝利でしょうか。
そして、そこにサタンが侵入することのできない絶対的原理の条件が確立されました。

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私たちはその方の信仰の一端を相続することが、天の恩恵を受ける道であると思います。


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真の牧者と偽りの牧者

お父様のみことば

皆さんの前には、真の牧者も偽りの牧者もいるのです。ですから今や皆さんは、それを正しく分別しなければなりません。真の牧者は「自分が真の牧者だ」と言いません。いつの時であれ、黙々と神様のみ旨と、すべての万象を自分の心に抱いていくのみであって、自分の立場を弁明しません。ですから、イエス様もピラトの法廷に立った時、悪党たちは自分たちが正しいと主張しましたが、イエス様は自分を弁明しなかったということを、皆さんは振り返ってみなければならないのです。

 ところで、終わりの日には、どちらが真であるか、偽りであるかを分別することができない時があるのです。それで神様は、そのような時を迎える人間に、「頭に油を塗って密室に入って祈祷しなさい」と言いました。互いに自分が正しいと主張していけば、極度な混乱と混沌が起こり、誰が真の牧者であるか、偽りの牧者であるかを区別できないので、静かに密室に入って自ら祈祷し、判断しなさいと教えてくださったのです。

 真の息子は、父親が自慢してくれない以上、自ら自慢することはせず、自分を弁明することもしません。父親の栄光の座に立ったとしても、それを自慢せず、むしろ自らを低くするのです。ですから今日、皆さんもそのような人になるために絶えず努力しなければなりません。 「牧会者の道」p96


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私たちはみことばを通して、神様がどのようなお方であるのかを学んでいます。
それは栄光の神様でなく、悲惨な神様、苦痛の神様であったということを原理を通してお父様から教えられました。
そのような神様を知られるイエス様は、決して自分のことを誇ることなく、十字架の犠牲の道をたどられました。
お父様は考えられない苦痛の生涯の路程の中にあったとしても、神様を慰めてこられました。
子女様たちの犠牲があったとしても、天の御旨のためにひたすら神様のことを先に考え、行動されてこられたことを、知っています。

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自らの苦痛以上の神様の苦痛をご存知であられたが故に、いつも弁解なく犠牲に道を歩まれてこられました。
今、私たちは誰が真の牧者であるのかを、祈祷し、判断しなければなりません。

亨進様と国進様2

イエス様の心情、お父様の心情の伝統をもっておられる方がどなたであるのかを。
そして気付いたならば、本心に従い、勇気をもって行動しなければ、生涯に悔いを残すことなります。
そして、自分がその牧者に繋がり、その如く、生きなければならないと思います。

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江利川会長「新しい真の基元節」映像6月12日礼拝

江利川会長が6月12日のサンクチュアリ大分の礼拝で「新しい真の基元節」という内容の礼拝をなされました。
真の基元節は天暦2015年7月17日(陽暦8月30日)と発表。

そして詳しく、今の摂理的背景を説明してくださいました。

お父様の願い、亨進様の心情をより近くに感じることができます。
是非とも、多くの方に知っていただきたいと思います。




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お父様を慕う心情

お父様のみことば

皆さんが神様に会うためと、イエス様に会うために、どれほど目が腐るほどに慕わしく思ってみましたか。それが問題です。先生から言えば、神様が慕わしく懐かしくて、一週間以上寝ずに夜を明かしながら祈る時もありました。そうして、朝に太陽を見るため目をしかめて……。そういう時もありました。そのように、懐かしさがしみ通るようでなくてはならないのです。そうしなければ、皆さんは死んでいるのか生きているのか、私が人間として、生きるのか死ぬのか、という生死の問題を完全に解決できない深刻な場に入るようになります。しかし死ぬことはできないのです。価値なく死ぬことはできないというのです。ゆえに、生死の問題を根本的に、どこで解決するのかという深刻な問題に入って、神様と談判する場に入っていかなければならないのです。「牧会者の道」p623

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お父様が神様を求めて、涙された心情に神様は臨まれ、ともに歩まれたことを私たちは知っています。
今、亨進様は激しくお父様を求め、涙を流されておられます。

亨進様と国進様1

昨日、はじめて大分に江利川会長をお迎えしました。
神様の愛の懐に包まれたひと時でした。
神様とお父様の愛を実感した時間となりました。

大分の田舎の会場に集まった兄弟姉妹は、お父様がともにおられることを確信しました。
質疑応答の時、江利川会長の座っている隣に、笑顔で座っておられるお父様の幻を見た姉妹もいました。
とにかく、みんな納得し、神様の心情に包まれた時間となりました。

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いつお父様のみ前に私は立つのか

お父様のみことば

今日までキリスト教は、聖書の中の神様のみを信じてきました。しかし神の中にも信仰があったのです。神様ご自身も無限なる創造の理念がある限り、この理念を実現させるための信念があるのです。神ご自身も信じておられる何かがあるのです。それゆえ我々は無限大の信仰を、追究してゆかなければなりません。我々がこのような信仰を所有すれば、聖書の中のすべての御言を信じることができるのです。
 また聖書の中のすべての御言を信じるならば、イエス様がこの地上に来て語られなかった御言までも、考えることができるのです。それでイエス様が語られなかった部分を、皆さんが捜し求めることによって宇宙的な疑心の峠を越え、宇宙的な死亡と苦難、そして宇宙的な罪悪歴史を経てきた先祖を、慰めることができるのです。

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 皆さんが今、信仰の主体である主様を信じているのですが、イエス様を信じることのみに止まっていては駄目です。皆さんはイエス様を信仰によって、その信仰の条件を通して永遠の生命において、イエス様と関係と因縁を結ばねばなりません。そして皆さんはイエス様と信仰の関係を結ぶその基の上で、神の実存まで感じなければなりません。皆さんが真にイエス様を信じるならば、このようになることができるのです。
 無限なる信仰の路程を探究してゆく人々は、無限なる発展を成すことができるのです。今日一般キリスト教徒たちは、こんな事実を知らないでいるのです。このような無限の信仰の理念のとりこになって、天国が成ることを願う真の信仰者を、天は待っておられるという事実を、皆さんは知らねばなりません。1957.9.8

亨進様笑顔

亨進様は聖書を学ぶことを重要視されておられます。
聖書の中の悲惨な歴史の中にある神様の心情を知ることによって、本来の信仰を取り戻すことができるとされます。
特に、日本人は仏教の中においても、空海、日蓮、といった人間を信仰する体質が強く残っています。また、組織を重要視する体質があり、神を見ないで、人を見る信仰となっています。
「八甲田山」の映画のごとく。

今、世界が混乱する情勢の中にあることは、天の摂理において、混乱する状況を迎えているからであり、私たちはその責任において本来の信仰を取り戻すことを願われています。
根本に帰らなければなりません。
まだ、様子を見るといったシックも多いかと思いますが、一人の行動で世界が変わります。
様子を見るといった姿勢ではなく、
問題の本質を見抜き、どこにお父様はおられるのかを、早急に判断しなければ取り返しのつかない事態となります。

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聖書に精通され、イエス様を慰めておられるお父様であり、聖書をいつも重要視される亨進様は神様の摂理の一直線上に立っておられます。
私たちも決してずれることなく、もとに集いましょう。


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家庭教会は私の天国

お父様のみことば

イエス様が来るまで天国はありませんでした。イエス様は、天国の鍵をペテロに与えましたが、イエス様はどこに行ったのでしょうか。彼は十字架に行かれましたか。それとも真っ直ぐ、天国に行きましたか。十字架に行かれましたね。天国の鍵はなんでしょうか。それはホーム・チャーチです。それ以外ありません。では、ペテロはどうすべきだったのでしょうか。今、私たちは彼がその体的天国、つまりホーム・チャーチを開くべきだったということを知っています。そして、私たちの言葉で言う、環境を確保できるのです。その後に氏族の編成がなされます。イエス様が「あなたが地上でつなぐことは天でもつながれ、地で解くことは天でも解かれるであろう」マタイ16:19と示されたように、私たちも地上で天国を実現しない限り、霊界での天国も実現されません。
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ここで、先生は同じような状況にいます。先生は地上天国の鍵を与えなければなりません。すると、その鍵を与えた後、私はイエス様のように十字架に行くのでしょうか。(いいえ)それをすでに確保したので、違う方向へ、違った状況へと向かっていくのです。大きな希望と期待を持って、より高い次元の働き、即ち完全な天国へと向かっていきます。イエス様が地上を去ったとき、彼は自由に、思い通りに、また帰ってくることはできません。この点でも私は異なっています。弟子に鍵を与え、地上を去ったとき、また戻って来たければ戻ってくることもできます。

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私が戻ってくるときは、統一教会に戻ってきますか、それともホーム・チャーチに戻ってきますか。(ホーム・チャーチ)。なぜですか。教会は、家庭のための、社会のための事務所のようなものです。それはちょうど中間のようなもので、事務所です。しかし、ホーム・チャーチは神が働くことのできる所、一生涯共に暮らすことのできる所です。真の兄弟がそこに住み、真の氏族がそこに住みます。それがホーム・チャーチです。

ホーム・チャーチは誰のものでしょうか。それはあなた方のものであり、あなた方がそれに本当に一生懸命働くとき、あなた方の先祖、協助霊を含めて、あなた方を取り巻くすべてのものは、それを達成するために降りてきて、あなた方を助けます。あなた方は霊界の助けを大変多く見出すでしょう。あなた方はそれをするまでは本当には分かりません。
ホーム・チャーチをしていると、あなた方は、それがまさにイエス様の働きの本当の目的であったことがわかるようになるでしょう。イエス様はかくも懸命に働き、弟子たちを集められ、説教をされましたが、彼はそれを何のためにされたのでしょうか。それによって、弟子たちと自ら自身をホーム・チャーチに送るためです。さあ、この価値をどれほど多くわかってもらえるでしょうか。このホーム・チャーチのために神が苦労し、イエス様が命を亡くし、私も苦労し、数多くの宗教家たちが犠牲になり、そして数多くの戦争歴史を今日まで続けてきました。

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 ホーム・チャーチさえすれば、自動的に人格形成がなされ、国ができあがります。私たち統一教会の信者たちが、ある一国の民族よりも多く、たとえば5千万人になると考えてみましょう。それを統一教会の原理でみるならば、その国は統一教会に対してカイン的立場に立つとみるのです。統一教会を歓迎しなければそのよう立場になります。そして、その国の集めた税金よりも、統一教会の信者たちが出すお金の方が多かったとしたら、その国は神の方向に回りますか。回りませんか。どうでしょう。(回ります)。そしていろいろな国々が神の方向に回り、10カ国が完全に神の方向に向かうようになるでしょう。そのように考えれば、天国はまだ遠くにありますか。それとも近いですか。(近いです)。 1981.1.1 家庭教会は私の天国

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お父様のみことばからはっきりしているのは
・天国の鍵は家庭教会である
・霊界に聖和されたお父様は家庭教会に戻ってこられる
・教会は単なる事務所である
・イエス様、お父様の目的は弟子を家庭教会に送ること
・家庭教会で人格完成ができる
・家庭教会で天国建設ができる

今から、35年前にこのように明確に神様の摂理を語っておられます。
そのことを教えるために、お父様はどれほどのご苦労をなされてこられたでしょうか。
イエス様を十字架に追いやったイスラエル民族はイエス様の心情からみことばを聞くことができず、人間的に判断しました。
お父様のみことばをどれだけ、深刻に受け止めてきた私たちでしょうか。
亨進様は繰り返し、天一国主人は家庭であること。王様は家庭であり、個人であることを語っておられます。
家庭連合(旧統一教会)は体制を維持するために、必死に教会長、基台長、区域長の流れを強調し、中央集権を強めようとしています。
家庭教会の摂理を破壊するための方針で動いています。

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亨進様はお父様の心情を奥深く、いつも尋ねながら、その方針どおりの生活をしておられます。
原理講論の創造原理に
「無形にいます神の神性を、我々はいかにして知ることができるだろうか。それは、被造世界を観察することによって、知ることができる。」
とあります。
行動、現象を通して、内容を知ることが出来るように、誰がお父様のみことばを相続しておられるかを知らなければなりません。

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自分の責任分担でどこが真実であるかを判断し、行動しなければならないと思います。


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プロフィール

阿南信義 Nob..Anan

Author:阿南信義 Nob..Anan
大分サンクチュアリ教会
 阿南信義  080-8375-0337
大分の山奥で農夫をしています

sanc16ooita@yahoo.co.jp
お気軽に連絡ください。お待ちしています。

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