家庭教会・氏族メシヤ摂理の目的はイエス様の解放

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家庭教会・氏族メシヤ摂理の目的はイエス様の解放

お父様がご聖婚されたのが1960年でした。その時から三次7年路程が出発しました。世界的カイン圏を復帰するためのヤコブと同じ21年路程でした。
その前の1950年代後半、真のお父様30代の時に、イエス様のことを深く語られているみことばが多くあります。キリスト教の不信によって、蕩減すべき路程が出発したのが興南でした。その十字架を越えながら、世界路程を出発する前にイエス様の内情を切実に訴えておられます。

1960年からの世界路程の目的は何であったでしょうか。それは私たちに氏族メシヤとしての特権を与えるためでした。それはまた、イエス様の十字架を蕩減することのできる恩恵であり、2000年の間、苦労されてこられたイエス様、クリスチャンを解放し、神様の悲しみの心情を慰めることのできるというとてつもない恩恵でした。

真のお父様のみことば
 神様はアダムとエバが堕落することによって、創造理念を失ってしまい、言うこともできない哀しい心情を感じられたのです。それで神様は人間にイエス様を信じさせ、ご自身の哀しい心情が慰められる所望の一日を迎えようとされたのですが、イエス様を十字架に釘打って殺す、悲惨な事情をまたも見ることになったのです。四〇〇〇年の間、苦労してイエス様おひとりを立て、ご自身の悲しみを解き、またこの地上に天国を建設されようとしたのですが、このようなすべてのみ旨が一時に挫折する時、その神の心情がどうであったでしょうか?

 このときの神の悲しい心情は、昔アダムとエバが堕落する時に感じたそれ以上の悲しみであったのです。アダムとエバが堕落する時は、天と地がすべて壊されるような悲しみを感じられ、イエス様が十字架につかれる時は、神様は四〇〇〇年の間、血と汗と涙で積んだ精誠の塔が一時に壊され、もう一度再創造の歴史を始めなければなかったので、神様は堕落同時の悲しみに加重された言うに言えない悲しみを感じ、嘆息するしかなかったのです。

 それでは、今日皆さんはどんな立場におかれているのか? 皆さんは堕落することによって神様に悲しみをもたらした、アダムとエバの後孫なのです。また皆さんは神の悲しみを解いてあげるために来たイエス様を殺し、神の悲しみを加重させた者たちの、後孫であることを知らねばなりません。

 神様は人間がご自身に、悲しみをもたらした背反者である事実を忘れ、また再びその後孫たちを抱いて、摂理してこられたのです。神様は人間と、すべての被造万物が一つになり、この地上に神の国が出来るその一日が、どうかすぐに来ることを待ちわびておられるのです。

1957.10.25 神の悲しみを知る者となろう

結局、神様が愛したイエス様の心情を解放する使命を担っていたのが、第三イスラエルでしたが、その立場を放棄している状態が家庭教会・氏族メシヤ摂理を実体として構築していない姿と言えます。

最終的に韓氏オモニの不信、反逆によって、韓国の選民としての資格は喪失して、摂理はアメリカに移行しています。イエス様を解放することを核とした家庭教会・氏族メシヤ摂理はキリスト教の復興に繋がっていきます。
新しい選民としての資格は家庭教会・氏族メシヤ摂理を勝利することであることを肝に命じて、その基準を立てることを目的として前進したいと思います。

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フランシスコ大友宗麟公没後430周年記念礼拝を終えて想うこと

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先の大友宗麟公没後430周年記念礼拝の講師としてお招きした宮本さんから丁寧な感想文をいただきました。公開させていただき、恩恵を交換したいと思います。

フランシスコ大友宗麟公没後430周年記念礼拝を終えて想うこと

 16世紀後半、日本に来て豊後国の国主大友宗麟と接したカブラル神父、ルイス・フロイス神父、ラグーナ神父らイエズス会の宣教師たちは口を揃えて「日本国の(キリスト教への)改宗は、神(デウス)に次いで大友宗麟に負っている」と言い、彼を国家に匹敵する人物であると評価していました。

その大友宗麟がなくなってちょうど430周年目にあたる今年(2017年)6月28日、大分サンクチュアリ教会の主催により「フランシスコ大友宗麟公没後430周年記念礼拝」をゆかりの地・津久見市で挙行できたことは、日本の摂理史に残る記念的なことであったと思われます。参加者は地元大分を中心に山口、そして長崎と、これもまた当時のキリシタン時代を牽引したゆかりの地の食口たちであり、時代を超えて先祖と子孫が交流し、これを再臨主お父様の摂理につなげる時間であったことでした。

 講師としてこれに臨むにあたり、これまでほとんど触れることのなかった宗麟公のキリシタン信仰について宣教師たちが書き残した原史料をもとにあぶり出す作業をすることになったのですが、一番に恵みを受けたのは私本人であったようです。と言うのも、宗麟公はイエス様の十字架による贖罪の神秘を深いところで受けとめていたし、キリシタンになることは決して人間の能力に依るのではなく、神の救いの御業であることを理解していたこと。そして、旧約時代のヨブのような信仰を持っていたことを確認できたからでした。

 多忙な中、祈りを持って諸準備をされた大分サンクチュアリ教会の皆さん方に、心から感謝申し上げます。と同時に、記念礼拝を終えた今、その続編として、ある事実をお伝えしたいと思います。
それは、宗麟公なきあとの豊後の国が辿った悲惨な歴史に由来するものですが、宗麟公のもとでキリシタン信者になりながら、信仰の次元が至らなかったために苦難を甘受することのできなかった周囲の人たちの悲しみ、宗麟公を誤解した人たちの哀しみが隠されていた、ということです。礼拝の講話を終えて宿に戻り、疲れも出てぐっすり休めるはずのあの日の夜、私は何故か悲しくて哀しくて、眠ることができませんでした。その悲しみが尋常なものではなかったので、何処から来るものなのか、この2~3日、ずっと考えていました。

 島津に攻められて国を失ったというような、単純な構造の敵に対する恨み・悲しみではないのです。同じくキリシタン信仰を持ちながら、悲惨な運命を信仰で受けとめることができなかった一族と家臣たちの内的な、不十分な信仰に起因するものなのか、それとも豊後の国のほとんどの住民約7万人をキリシタンに改宗し、キリスト教精神を中心とした神の国づくりに着手したにもかかわらず、宗麟公が昇天することによってその理想が実現できなかったことに対するイエス様、神様の哀しみであるのかわかりませんが、とにかく宗麟公にまつわる深い悲しみが隠されていたという事実です。

宗麟公自身は、講話の中でも紹介しましたように、あらゆる困難、ヨブが受けたような苦難に対して敢然と対峙し、「豊後の国についてのこうした労苦は、デウスの神様が私の罪ゆえに(授けることを)許し給うたものです。私の罪をお赦しください。」と、神に向かって悔い改めることができました。また「どんな苦難の中でも私はキリシタン信仰について一点たりとも疑いの念を抱いたことはありません。それのみか私は、私の大いなる罪人であるために神がこうした苦難をこの国に許し給うたことを知っています。」と神父に涙ながらに告白しました。つまり、如何なる状況に置かれても神を恨むということではなく、あくまでも私の罪ゆえです、とその一切の責任を負い、消化することのできる絶対信仰が彼にはありました。

 ところが、周囲の家臣、一般信者たちはそのような強い信仰、絶対信仰に至ってなかったわけです。したがって艱難を消化することが難しかったのではないか、と思われます。短時間に改宗された幼いキリシタン信仰と、急激に襲った悲惨な歴史に由来するものであれば、どうしようもありません。また、イエス様の哀しみ、神様の哀しみであるなら、私たちはその哀しみ・恨みを解く作業に取り組まなければならないと思われます。

このような現実に遭遇して、私はいったい、これをどうしたらいいのだろうか、と祈り自問したことですが、一つには、宗麟公の信仰の世界を深い次元で理解することが上げられます。歴史の結実として私たちが今、それを分かってあげるなら、先祖の悲しみが解けるということです。二つには、成約の食口として神の悲しみ、お父様の恨(ハン)を心情の世界で理解し、「氏族メシヤ摂理」に取り組むことではないか、と思われます。

 ともあれ、このたびの大友宗麟公430周年記念礼拝は、次のステップに進む上で画期的なことであったと認識します。宗麟公自身も、家臣たちや一般住民たちの恨が解けないかぎり、ひとり喜ぶことはできないだろうと思われます。彼は、そのような大きな人物でした。豊後の国の「慈父」でした。同じような立場にあられる阿南教会長ご夫妻の苦労が偲ばれます。
 私にも、もう少し宿題が残っているようです。宗麟公に従った大友家一族、キリシタン家臣たちを訪ねていきたいと思います。
あのような場を設けてくださった大分教会の皆さん、ありがとうございました。一人ひとりに御礼を申し上げたかったのですが、もうその体力もありませんでした。申し訳ありません。この場を借りて感謝申し上げます。
                    2107年6月30日、宮本次人記

先の真のお父様のみことばの続きです。
神様は愛するイエス様を立てられて、信仰のイエス様を通じて、あるいは真理のイエス様を通じて人間を愛することを願っておられるのです。皆さんを愛することを願っておられるのです。

今日私たちは信仰のイエス様を手本としなさいと言う時、心だけでも、「はい。そうします」と言えなければなりません。勝利されたイエス様を手本としなさいという時、「はい。そうします」、責任持つイエス様を手本しようとする時、「はい。そうします」と言えなければなりません。

皆さんがこのような人となれないならば、今まで何時いかなる時も休めなかったイエス・キリストはどうして休むことができるでしょうか。だから神様が誇りとして立てられたこのような条件を、皆さんが代わって担当しなければならないのです。そして霊界に行かれたイエス様の誇りの条件をこの地上で成し遂げる皆さんとならなければならないのです。そして神様が誇ることのできる皆さんとならなければならないのです。
 1956.5.16 神様の誇りになったイエス・キリスト

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イエス様の解放とフランシスコ大友宗麟公没後430周年記念礼拝の実施

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イエス様の解放とフランシスコ大友宗麟公没後430周年記念礼拝の実施

先月の28日、大分県津久見市において大友宗麟公没後430年記念礼拝を行いました。礼拝の前に、津久見市の宗麟公園内の墓地で祈祷と献花をみんなで捧げました。その後、近くの公民館で礼拝を長崎からキリスタン研究家の宮本さんをお迎えして行いました。

 今回この礼拝を準備している期間に真のお父様のイエス様に関するみことばを訓読していて多くの心情を教えられました。

430年前に昇天された大友宗麟公ですが、時はメシヤ再降臨準備時代のはじめの頃でした。宗麟公はイエス様を誇り、愛し、キリスト教の理念を中心とする相当な基盤を確立されました。

また昇天された後のキリスタンの辿る姿を見ながら、イエス様と同じような苦悩の世界を味わっておられた宗麟公であられたことを感じました。
家庭教会摂理、氏族メシヤの目的はイエス様の解放でありますから、当然宗麟公の解放につながることを思うとき、この摂理を早急に勝利しなければならないと決意させられました。

真のお父様のみことば
今日終末のこの時に聞こえて来ることは、「私の生命の叫びを聞く者は誰か?」という言葉です。しかし、神様の生命を引き継いだイエス・キリストの生命の訴えを聞き入れる者は誰か! 天はこのような人を捜しておられるのです。

今までイエス様は万民のために神様の右側で祈って来られました。ところがイエス様が休めず今まで祈っておられたのは、イエス様に何か過ちがあってそうなのではないのです。またイエス様が父の御前に出られない立場に立っておられたからでもないのです。そのすべては私たちのためです。

それ故二千年間苦労して来られたイエス様のため、皆さんは何よりも生命を切ってでも、生命の責任を完遂しなければなりません。イエス様が十字架上で亡くなることによって、生命の責任がこの地上に残っているのです。

この残された生命の責任を完遂すべき時が再臨時代であります。この生命の責任を完遂できる人が現れることによって再臨時代は始まるのです。彼は歴史的な生命の責任と未来的な生命の責任を成し遂げる人であるために、皆さんは最後の戦いで彼と共に戦わなければならないのです。
 1956.5.16 神様の誇りとなったイエス・キリスト

津久見市の墓地で讃美歌「いつくしみふかき」をみんなで讃美
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代表による献花
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近くで記念礼拝を捧げました
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新たな出発の基点として

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ながらくご無沙汰していました。久方ぶりの更新です。

4月10日、キリスタン研究家の宮本さん御夫妻を大分に迎えることができました。
そして、宮本さんから貴重な証をいただきました。新たな出発点として、ここに記載いたします。


大分サンクチュアリ教会訪問記
 「父ならびに御子キリストとの交わり」
         ―キリシタン霊人再臨復活の証し―
                         長崎県島原市・宮本次人

 桜が満開の季節、4月9日から10日にかけて夫婦で大分に出かけ、サンクチュアリ教会(阿南信義教会長)の食口たちと再会した。10日午前10時半から約2時間、座談会形式で豊後のキリシタン史について話したあと、雨の中、土屋チエ子さんの案内で野津のキリシタン遺蹟を訪ねた。
 それらの交わりを通して、私はキリシタン先祖たちが食口たちに再臨し、復活する現象を多々、目撃した。具体的にどのようなことであるのか―阿南教会長夫人は座談会後、その事例を伝えてくださったが、野津のキリシタン遺蹟地を訪ねたとき、案内してくれた土屋チエ子さんの霊の親・吉田映子さんが、道すがら直接話してくださった。
 「…先ほど(教会で)宮本さんがキリシタン時代に(記録に)出てくる大分の地名とキリシタン武将たちの名前を上げられましたね。そのとき、たくさんの霊人たちが来て、私は体を揺らさないと座っておられないほどでした。そして霊たちが、『よくここに来てくださいました。このような時が来るのを長く待っておりました。わたしたちのことは今まで誰も理解してくれませんでしたが、今ようやく分かってくださって、…』と言って、涙を流されるのです。その感動でいっぱいになり、いたたまれなくなって私は隣の部屋に行って泣いていました。」と―。
 同教会の先駆的サンクチュアリアン・上野涼子さんと会話しているときも、同じようにキリシタン先祖が来て、復活している姿を目撃した。集った食口たちは、みなさんがとにかく熱心だった。数えきれないほどのキリシタン先祖たちが共にいて、お父様の聖霊の役事を受ける、恵み深いひとときだった。

 今回の大分訪問の第一の目的は、100家庭復帰を勝利した同教会の運勢に触れること、そして、地元の食口たちから直接、地元のキリシタン史の伝承を聴くことだった。
去る2月3日、福岡のアメリカ領事館訪問のとき、熱心に私にそのことを話してくれた土屋チエ子さんが、このたび、実家がある野津町の「東光寺」集落の、おそらくキリシタン時代にキリスト教会が建てられていたと思われる場所―地域住民が大切に守ってきた「東光寺(じつは神社)」―を案内してくださった。そこは山の斜面に40軒ほどが美しい自然とともに生活している静かな集落―「サンダーラ」や「ヒランコン」、「オバネ」、「ハンノクボ」など異国的な地名が遺り、13人が(統一教会に)復帰されるという奇蹟の地であった。わたしはその場を散策し、佇みながら、ここは禁教時代、秘かに集会(礼拝)を持ち、コンチサンの祈りを捧げた場所である、と思った。また、土屋さん、吉田さんとしばらく話し、主の祈りを捧げた。そこでもまた、吉田さんが「宮本さんの声を聴いて、霊たちが来て喜んでいます。」と証した。
 原理講論・復活論にある「キリスト教を信じて他界した霊人たちの復活」が、そのまま成就している現象に、私はなかば驚きと感動を覚え、これは一体どうなっているのだろうか?と自問した。2月12日、東京のサンクチュアリ本部教会で講話をしたときも、同じような出来事に遭遇した。

 三重町の宿所に帰り、熱心に案内してくれた土屋さんに感謝のメールを送った。「ご丁寧に案内していただき、ありがとうございました。野津のキリシタン史の風景が(私の)目に焼き付きました。素晴らしいふるさとです。…」と―。すると、すぐに土屋さんから電話があった。「自宅に着いた途端、わたしの背中の方から〃ああ、よかった!〃という先祖たちのうれしい想いが来て、土間に座り込んでしまいました。安堵感でいっぱいになりました…」。
                  
 
 阿南教会長ご夫妻が準備してくださった大分のサンクチュアリ食口たちとの「交わり」を通して、私は、地上の聖殿食口たちの交わりは、そのまま先祖霊人たちとの交わりであり、再臨主に仕える地上「聖徒」たちを通した「霊人の再臨復活」の場であること。そこには天の父とイエス様、再臨主お父様が共におられることを、強く実感した。

 「あなた方が地上で解くことは、すべて天でも解かれ、地上で結ぶことは天でも結ばれる」(マタイによる福音書18章18節)の聖句を抱いて、長年そのことが成ることを願いつつキリシタン史を訪ね歩いて来たことだが、今、その聖句が実際に成就している奇蹟のような現実を見て、驚きと感動を覚えます。と同時に、このような者を用いてくださる天の父、再臨主お父様の愛がひしひしと感じられます。
 一夜明けた今朝(4月12日)、そんなことを考えていたら、亨進様が4月5日のキングス・レポートで用いられた次の聖句が飛び込んできた。
 「わたしたちの交わりは、父ならびに御子イエス・キリストとの交わりのことである。」(ヨハネの第一の手紙1章3節)。
 サンクチュアリ食口たちとの交わりは、御子イエス・キリスト、真の血統の親であられる再臨主お父様との交わりであると、本当にそう思います。
 貴重な体験をさせていただいた大分の食口のみなさん、ありがとうございます。6月28日に、またそちらに向かいます。よろしくお願いいたします。
                        2017年4月12日記。
 


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いつお父様のみ前に私は立つのか

お父様のみことば

今日までキリスト教は、聖書の中の神様のみを信じてきました。しかし神の中にも信仰があったのです。神様ご自身も無限なる創造の理念がある限り、この理念を実現させるための信念があるのです。神ご自身も信じておられる何かがあるのです。それゆえ我々は無限大の信仰を、追究してゆかなければなりません。我々がこのような信仰を所有すれば、聖書の中のすべての御言を信じることができるのです。
 また聖書の中のすべての御言を信じるならば、イエス様がこの地上に来て語られなかった御言までも、考えることができるのです。それでイエス様が語られなかった部分を、皆さんが捜し求めることによって宇宙的な疑心の峠を越え、宇宙的な死亡と苦難、そして宇宙的な罪悪歴史を経てきた先祖を、慰めることができるのです。

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 皆さんが今、信仰の主体である主様を信じているのですが、イエス様を信じることのみに止まっていては駄目です。皆さんはイエス様を信仰によって、その信仰の条件を通して永遠の生命において、イエス様と関係と因縁を結ばねばなりません。そして皆さんはイエス様と信仰の関係を結ぶその基の上で、神の実存まで感じなければなりません。皆さんが真にイエス様を信じるならば、このようになることができるのです。
 無限なる信仰の路程を探究してゆく人々は、無限なる発展を成すことができるのです。今日一般キリスト教徒たちは、こんな事実を知らないでいるのです。このような無限の信仰の理念のとりこになって、天国が成ることを願う真の信仰者を、天は待っておられるという事実を、皆さんは知らねばなりません。1957.9.8

亨進様笑顔

亨進様は聖書を学ぶことを重要視されておられます。
聖書の中の悲惨な歴史の中にある神様の心情を知ることによって、本来の信仰を取り戻すことができるとされます。
特に、日本人は仏教の中においても、空海、日蓮、といった人間を信仰する体質が強く残っています。また、組織を重要視する体質があり、神を見ないで、人を見る信仰となっています。
「八甲田山」の映画のごとく。

今、世界が混乱する情勢の中にあることは、天の摂理において、混乱する状況を迎えているからであり、私たちはその責任において本来の信仰を取り戻すことを願われています。
根本に帰らなければなりません。
まだ、様子を見るといったシックも多いかと思いますが、一人の行動で世界が変わります。
様子を見るといった姿勢ではなく、
問題の本質を見抜き、どこにお父様はおられるのかを、早急に判断しなければ取り返しのつかない事態となります。

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聖書に精通され、イエス様を慰めておられるお父様であり、聖書をいつも重要視される亨進様は神様の摂理の一直線上に立っておられます。
私たちも決してずれることなく、もとに集いましょう。


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イエス様の心情を慰められる真のお父様

真のお父様のみことば

今皆さんは自分が信仰生活をしていて、どの程度にイエス様が願う新婦の資格を得ているか、反省して見なければなりません。皆さんは生活において、真にイエス様のことを求めていますか? 真にイエス様の理念を実践するために、努力していますか? 即ち、言葉においてか仕事において、皆さんはイエス様の言葉と仕事を代身しようと骨折っていますか? これを皆さんは、反省して見なければなりません。

 そうして皆さんは自分の生活が、その当時のイエス様の理念と関連している生活、その当時のイエス様の仕事と関連している行動をしなければならず、また天を代身して地上に来られたご自身の理念のすべてを失って行かれたイエス様の、内的な悲しみをすべて受け継ぎ、さらにはその悲しみを解いてあげなければなりません。このような使命が皆さんそれぞれに与えられていることを、はっきりと知らねばなりません。1957.10.4

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真のお父様はイエス様の願いが何であるのかを切実に訴えておられます。誰よりもイエス様の心情をご存知であられるからです。それはイエス様と同じような悲しみ、苦労、犠牲の道を通過されたお父様であったからです。

 私たちはイエス様の心の内をかくも明白に語られるお父様をなんの疑いもなく再臨のイエス様と確信することができます。

そのようにして、私の命を神様に繋げて下さるお父様に只々感謝申し上げる次第です。

 今、後継者は誰であるか。

イエス様の心情を誰よりも証し、慰められたお父様の如く、お父様の心情を誰よりも証し、慰める方が代身者、相続者であることに間違いありません。

 ましてや、自分を誇ることを第一義に考える方がそうであるということは有り得ない話です。イエス様のとき、イスラエル民族はイエス様の心情に立つことができず、自分たちの観念の中でイエス様をみて、結局は十字架にかけてしまいました。背後のイエス様の心情、神様の心情に立つことができなかったことを私たちはお父様のみことばから知っています。

 今再び、お父様を不信し、亨進様を不信し、十字架に追いやっている事態となっています。

そのことを、いかに打開して、本来の姿を取り戻すか。

そのために、

 私の生活がイエス様の理念と実践し、お父様の理念と伝統に完全に一致することが最重要な課題であることを自覚します。

亨進様と国進様1 

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イエス様が願う新婦の理念を立てる

お父様のみことば

 

天が任されたみ旨をおいて、イエス様が当時の弟子と、イスラエル民族と、ユダヤ教を愛する心には変わりがありませんでした。しかし無知な民衆、無知な教団、無知な弟子たちでしたから、イエス様はサタンと闘う先鋒者として、独りすべての弓矢を受けられ、彼らに生きる道を開拓してあげるために、受難の道を歩まれたのでした。即ち、ご自身の心のおく深くひそむ心情、天の新郎・新婦の理念を明かして語れる環境を持つことができなかった哀しいイエス様であったことを、今日皆さんははっきりと知らねばなりません。


 それでは、イエス様が行かれて、この地上の我々が喜びの一日を迎えることができる希望の標的として「あなたがたはわたしの新婦」という御言を語られたのですが、今日この新婦の理念はどうなったのか。今だに数千年の歴史過程を経てきて、サタンとの凄まじい闘いに勝利し、このようなイエス様の新婦の立場に立つ者がいないのです。それゆえ皆さんは、二〇〇〇年前に天を代表して選ばれたイスラエルが立てず、愛する弟子たちが立てなかった、イエス様が願う新婦の理念を代って立てなければならず、皆さん自らイエス様の心情に接することを知る人間にならねばなりません。


 それではイエス様の御言は、どんな立場で語られた御言か? 新婦の理念を完成できなかった立場をおいて語られた御言なのです。彼の御言は新郎の立場で、信じる人々が本当の新婦の資格を得て、イエス様の懇切なる事情に通じるために残しておかれた御言であったのです。ですから今日の皆さんは、イエス様がなされた御言の真の意味を解し、イエス様が願った新婦となり、新郎の御言によって立たなければならず、また当時イエス様が感じられた内的な心情を、体恤する場までゆかねばなりません。もしもこのような場までゆく者がなかったら、イエス様が三〇余年の人生路程にわたって語られた、その御言の目的は果たされないということを、皆さんは知らねばなりません。 1957.10.4


私たちはイエス様の懇切な事情に通じるということが一番の願いであります。

そのためにイエス様が願う新婦の立場に立つ生活を実践できるかということです。

また、

新婦の理念を頭で知るだけでなく、心で知り、体で実践することが私たちの目的です。

お父様のみことばから私たちは、イエス様の奥深い心情の世界を知ることができます。キリスト教2000年の歴史の中において、誰ひとりとしてその世界を教えた人も知ったものもいません。


今、私たちは地上にいながらにして、とてつもない事実をしり、それを実践できる位置に立っているということは奇跡的なことです。

亨進様と国進様ご家族 


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イエス様の心情と事情を知る努力

お父様のみことば

それゆえ皆さんは、イエス様が語られた御言の中で、その当時の人々のまえにアボジのみ旨のすべてを打ち明けられなかった事情、天倫の秘密のすべてを明らかにして語れなかった、無限に苦しい心情があったということを、知らねばなりません。もしも皆さんが、このようなイエス様の事情と心情を知らなかったなら、イエス様の御言を本当に理解することができないのであり、その御言を立てるために生きたイエス様の生活も理解できないのであり、地上の万民を救援するために努力されたイエス様のその仕事も、理解できないのです。

 当時のイエス様の心情と、対する人間の心情には、無限の差異がありました。イエス様は自身の心のおく深く染みた御言を語ることができず、その無知な人々を目覚めさすための勧告の御言のみを語られたのです。 1957.10.4

 


イエス様の心情を完全にご存知であられるお父様のお姿があります。
私たちもそうですが、自分の心情を伝えることができる人は自分を越える人にしか心情を吐露することができません。
お父様は神様の心情からイエス様の心情を知って慰めておられます。
私たちはお父様のみことばの背後にあるイエス様の心情、神様の心情を悟りながら今の生活の中で、みことばを実体化することができる恩恵の中にあります。

亨進様笑顔 

捨てられたイエス様の心情と亨進様の心情

お父様のみことば

人々が今まで信じてきたイエス様、また今この時代において多くの人々が歓迎し、キリストと呼び、主と呼んでいるイエス様はその時、地上に来られてそんな栄光を受けられなかったことを、皆さんはよく知っています。

 今日信じている我々自身は無論ですが、当時の人々の中にはイエス様が残していかれた御言を、天の御言として信じた人間がなく、その御言を自身の命を代身する御言として信じる人間が、まるでいなかったのです。

 このように地上に来られたイエス様でしたが、地上の人々からは歓迎されなかったのです。個人を代身して、彼を心から歓迎した人間が一人もなく、家庭を代身して、彼を歓迎した人間が一人もいなかったということを、皆さんは知らねばなりません。

 イエス様は三〇年の歳月を、ヨセフとマリアの家庭で生きたのですが、その家庭では誰もがイエス様が抱いているその心、イエス様が願っている所望、イエス様の生活とやるべき事が何であるかについて、無知であったのです。のみならず、イエス様がされた御言の深い意味を理解し、イエス様をキリストとして迎える者がいませんでした。むしろイエス様を不信して捨てる立場をとったのが、イエス様の家庭であったのです。

 家庭において捜し立てるべき摂理的使命があり、個人に対して捜し立てるべき使命があり、また生活を通して、仕事を通して捜し立てるべき使命が、イエス様にはあったのですが、その当時のユダヤ民族の中には、そんなイエス様の使命を自身の命と感じる人間が、一人もいなかったのです。1957.10.4


2012年は真のお父様93歳、亨進様33歳の時です。

真のお父様が37歳の時に語られたみことばの中に、イエス様の奥深い心情の世界を語られています。

神様の一人息子として4000年準備してきたお方を十字架に道に追いやってしまったユダヤ民族でした。

今また、その悲劇が繰り返されています。

私たちは、地上におられたイエス様の使命を自身の命として感じる人間としての道を貫かなければならないことを感じます。

亨進様と国進様2 


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プロフィール

sanctuaryooita

Author:sanctuaryooita
日本サンクチュアリ協会大分教会
 阿南信義  080-8375-0337
大分の山奥で農夫をしています

       sanc16ooita@yahoo.co.jp
お気軽に連絡ください。お待ちしています。

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