祭物として歩まれる江利川会長

お父様のみことば   「牧会者の道」

本来、信仰生活というものは、歴史路程が立証しているように、祭物の道を引き継いでいく道です。祭物の道を引き継いで、それだけで終わるのではなく、この祭物が民族を連結させ、天の前にその結実を取り戻さなければならないのです。それが祭物の使命です。言い換えれば、私自身の救いだけで終わるのではなく、自分自身の救いのほかに、全体の救援になるように連結しなければならない責任があるというのです。それだけではなく、祭物として立たせてくれた主人、言い換えれば、神様なら神様の目的を解怨してあげなければならない、解いてあげなければならない、そのような蕩減的な立場もあるのです。 p85

a103.jpg


今月12日に江利川会長を大分にお迎えしました。
その時の様子をお知らせしたいと思います。
その日の朝、5時半には電車に乗られたとのメールを受けました。家を出る前には家族の食事を準備されてこられたそうです。
大分空港に9時50分到着され、軽のミラ・イースで迎えに行ったのは私の家内と姉妹でした。車中では大分のみんなの声を聞きたいという心情があふれて、慕わしい気持ちがこみ上げておられました。
ちょうど、別府湾からの蒸気で霧が立ち込めていました。真っ白で先が見えなくなるような状況の中で、今の摂理を見るような、暗雲たちこめる中を切り抜けるサンクチュアリであるとの話をされながら、会場までの1時間15分でした。
会場はローカル線の音の響く、田舎の景色の中でみんなが待っていました。

IMG_5665.jpg

会長が会場に入られると霊的にぱあっと明るくなったと後で話をする婦人もいました。
礼拝はとても、導かれて、神霊と真理に満ちたひと時でした。一時間半の時間があっという間に流れて行きました。
そのあと、休みなしで質疑応答の時間、午後4時過ぎまで続き、めったに会えない会長との時間を惜しむように、みんなここが天国と思うような、心地のいい時間がすぎていきました。
前に座っておられる江利川会長の横にお父様がにこにこと、微笑んでおられるお姿を幻で見た姉妹もいました。
そのあと、祝福候補者の二人の青年の面談をそのまま続行され、結局、昼食をとることなく5時過ぎまで。
そして、空港に向かう車中で、おにぎりを一個、そして婦人が持ってきたとうもろこしを喜んで口にされました。
その時、お父様はとうもろこしがとてもお好きだったと、懐かしく思い出されながら、お父様と一緒に召し上がっておられるかのように喜んでおられたことがとても印象的でした。
そして、空港についてやっとうどんを召し上がられて、東京に向かわれました。
お父様が朝食も、昼食も取られないで訓読会や講話をされるそのお姿を彷彿させられる一日でした。
本当に会長、ありがとうございました。

P1030985.jpg

まさに、祭物として最先頭で戦っておられるお姿に感謝いたします。

同感の方はクリックを
お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

お父様を慕う心情

お父様のみことば

皆さんが神様に会うためと、イエス様に会うために、どれほど目が腐るほどに慕わしく思ってみましたか。それが問題です。先生から言えば、神様が慕わしく懐かしくて、一週間以上寝ずに夜を明かしながら祈る時もありました。そうして、朝に太陽を見るため目をしかめて……。そういう時もありました。そのように、懐かしさがしみ通るようでなくてはならないのです。そうしなければ、皆さんは死んでいるのか生きているのか、私が人間として、生きるのか死ぬのか、という生死の問題を完全に解決できない深刻な場に入るようになります。しかし死ぬことはできないのです。価値なく死ぬことはできないというのです。ゆえに、生死の問題を根本的に、どこで解決するのかという深刻な問題に入って、神様と談判する場に入っていかなければならないのです。「牧会者の道」p623

066.jpg

お父様が神様を求めて、涙された心情に神様は臨まれ、ともに歩まれたことを私たちは知っています。
今、亨進様は激しくお父様を求め、涙を流されておられます。

亨進様と国進様1

昨日、はじめて大分に江利川会長をお迎えしました。
神様の愛の懐に包まれたひと時でした。
神様とお父様の愛を実感した時間となりました。

大分の田舎の会場に集まった兄弟姉妹は、お父様がともにおられることを確信しました。
質疑応答の時、江利川会長の座っている隣に、笑顔で座っておられるお父様の幻を見た姉妹もいました。
とにかく、みんな納得し、神様の心情に包まれた時間となりました。

P1030985.jpg

P1030980.jpg

同感の方はクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

金栄輝先生に電話しました

統一原理 総序

先生は、幾十星霜を、有史以来だれ一人として想像にも及ばなかった蒼茫たる無形世界をさまよい歩きつつ、神のみが記憶し給う血と汗と涙にまみれた苦難の道を歩まれた。人間として歩まなければならない最大の試練の道を、すべて歩まなければ、人類を救い得る最終的な真理を探しだすことはできないという原理を知っておられたので、先生は単身、霊界と肉界の両界にわたる億万のサタンと闘い、勝利されたのである。そうして、イエスをはじめ、楽園の多くの聖賢たちと自由に接触し、ひそかに神と霊交なさることによって、天倫の秘密を明らかにされたのである。

 

 062.jpg


今年の2月に

お父様の側近中の側近である三弟子のお一人、金栄輝先生に電話をすることを私の家内に提案しました。

本当はお会いしてお話できればと考えていましたが緊急を考え、お電話することとしました。

家内は金栄輝先生御夫妻と以前から交流がありましたので、今回の件をどうしても確認して欲しかったからでした。

家内は尊敬する金栄輝先生御夫妻に失礼ではないかと躊躇しながらも、4日間の条件をたてて、つまりながら先生の自宅に電話をかけたのです。

すると金栄輝先生ご本人が電話にでられました。

そして要件である韓オモニの独生女発言について聞くと、「そのことは間違っています。罪がないということはありません。お母様は堕落圏からお父様が復帰されました。私はそのことに対して既に幹部に抗議をしています。」とはっきりと言われました。

 

183.jpg 


統一原理を学んできたものは誰もが分かることではないでしょうか。復帰歴史は罪なきひとり子を求めて、多く犠牲をはらってきました。

「メシヤのための基台」を絶えず繰り返し立てながら、復帰歴史をたどってきたことをお父様は見事に解き明かされたということを私たちは知っています。

しかしながら、

世界家庭2015.12P8に「キリスト教2千年歴史は聖霊の降臨、聖霊の役事によって導かれてきた歴史でした。それはどういう意味かと言えば、独り娘を探し出すための基盤であったということを知らなければなりません。」

と語られる韓オモニの発言は根本的にお父様が解かれた原理の内容ではない、別の原理となること表しています。

もし、それが真理であるならば、お父様がご生存されておられる時に、お父様がみことばで語っておられるはずです。

しかし、そのことを語っておられるみことばはありません。

三弟子であり、最高の原理講師である金栄輝先生も独生女の問題を否定しておられます。

 

今日、家庭連合(旧統一教会)には多くの原理講師がいると思いますが、それに対して何の疑問も持たないのが不思議で仕方ありません。

お父様の血と汗と涙の結晶である統一原理を知る者は、はっきりとした姿勢を示すことが今、願われているのではないでしょうか。

 

これが私の退会届けを出すに至った理由(その3)となりました。

P1030941.jpg 

続きを読む»

私が家庭連合(旧統一教会)に退会届けをだした理由、その2

聖句 ヨハネによる福音書第一章

1)初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。

 :2)この言は初めに神と共にあった。

:3)すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。

 :4)この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。

 :5)光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。

 

DSC00965.jpg 

私が家庭連合(旧統一教会)に退会届けを出すに至った理由のもう一つにみことばを冒涜していること。お父様を侮辱し、傲慢な姿勢に明らかに、これは間違った方向に動いていると実感したからでした。

私はみことばを聞いて、これを解かれた方は、神様の内情に通じるお方であると思わされました。神様の心情の世界を伝えることができるということは、神様が特別に臨んでおられるお方だから、メシヤであると実感しました。

 

今年の正月、県外の友人から真の父母経があるから読んだらいいと言われて送られてきたそれに、一応目を通してみて驚きました。

DSC00968.jpg 


天一国経典 真の父母経P1506 

「例えば、原石があるとしましょう。いくら原石でも、磨いて光が出るようにしなければなりません。お父様のみ言は、一言で言って、原石は原石ですが、精製されてない原石と同じなのです。私(韓氏オモニ)までそのままにしておけば、誰がこれを磨きますか。・・・・それは、私にしかできません。」

とあります。


この話は、みことばを変えるということを、明言しているわけです。神様であるみことばを変えるということは、サタンしかすることができません。

お父様のみことばの背後にある奥深い心情の世界を否定し、破壊する行為を正当化していることに、憤りを覚えました。

DSC00967.jpg 

 

家庭連合の幹部はお父様とお母様は一体化しているからそうしてもいいと言われていますが、一体化していないからそうしているんであって、その動機は明らかです。

 自分(韓氏オモニ)はお父様の上の位置に立っているということを述べていることばであることは間違いありません。


今、家庭連合はサタンに操られる状況になっています。時間が経つほど悲惨になることになります。

早く、神様が臨在されるところに行動することがお父様の願いであることを知ってほしいと思います。

a176.jpg 

続きを読む»

神の国とその義のために、お父様を求める

 お父様 のみことば

 

 今日、この地上に生きている数多くの人間は、神が預告され御国とその義を捜し求められないでいます。それで御国とその義を捜し求めることが今日我々人類の所望であり、また今までの数千年の歴史過程の人間におきましても、一つの所望であったことを、皆さんは知らねばなりません。

 

それでは、このような所望の御国、所望の義がどうして我々の最後の目標として残るようになったのか。それは人間が堕落したからです。人間の堕落によって、御国とその義の中心になる神と人間が、何らの関係も結べないままにおかれているのです。即ち御国とその義の中心であるアボジに対し、詳しくは知らない人間になってしまったので、神様はこのように無知な民と人類を目覚めさせ、アボジがどんなお方かを知らしめるために、今までの歴史路程で苦労されてきたのです。それで御国とその義を捜し立てることが、未だに我々の所望であり、目標として残るようになったのです。

 このように、御国とその義を地上に捜し立てるアボジがおられるなら、アボジのみ旨が地上に必ず残ることを、皆さんは知らねばなりません。

 

 それでは、このように人間が所望とする神の国、神の義を捜し立てるために、皆さんはどうしなければならないのか? 今までの歴史路程において人間と関係を結んで、御国とその義を捜し立てるために苦労されてきた、アボジを捜し求めなければなりません。まずそのアボジを求めなければ、御国とその義は捜し立てられません。ですからこの世の中に生きている人間は、誰もがどんな歴史過程を経てきているとしても、まず御国の主人公であるアボジを捜し求めなければなりません。ところでもしも人間が、アボジを求めなかったなら、アボジの栄光が地上に現れないばかりか、人間が所望とする神の国と神の義を、この地上に捜し立てることができないのです。


 そしてイエス様以前まで、この地上で天と地に向かって「わたしが御国の主人公だ」とする人間は現れなかったのです。言い換えれば、イエス様が来られる前までは、御国の義を代身して、その義に従ってゆき、その義の実体であると自信をもって叫び出る人間が、いなかったのです。 1957.10.13

a103.jpg 
神の国とその義のために私たちは生活することが目標です。
そのためにお父様を求めることがその中心とならなければなりません。
復帰歴史の目的は、すべてそのためにありました。
そして、すでに神の国は、始まっています。亨進様は如何なる迫害の中であろうとも、絶対的にお父様中心の歩みをされておられます。
今、韓氏オモニはみ言を改竄し、自分が独生女だとして、お父様のお姿を消そうとしています。それはまさしく、神の国を破壊し、サタンの王国をつくる道を歩んでいるのです。
早く、気づかなければなりません。神の国の主人は誰であるのかということを。
私たちは、知っているので正々堂々と邁進しなければならないことを感じます。
IMG_5644.jpg 







続きを読む»

亨進様のみことば集が発刊されました

お父様のみことば

共産党が今まで世界を制覇したのは、本をもってしたのです。分かりますか。皆さんは、今までこれを考えることができなかったというのです。今まで伝道したけれど、本をもって伝道する方法は知らなかったというのです。本で伝道すれば、多くの数が広がるので、三千万復帰は本でしなければならないということを、皆さんは知らなければなりません。一パーセントだけしてもいくらですか。統計的に見れば、日本の場合、今四パーセントが食口になっています。それを見るとき、一年に十人を伝道できないというのは、成立しないというのです。これは、科学的数字によっても確認したことなのです。分かりますか? 教会長たち、分かりますか? (はい)。今回帰れば、この運動をするのです。

 そうすれば、私たち統一教会の一般の食口たちはただでいられますか? ただではいられないのです。今から、一般の食口たちは、一人が原理の本を三十冊買わなければなりません。日本では、原理の本を一冊五百円ずつ原価で与えるというではありませんか。ですから、二十万冊以上は出さないといけないのです。

これは皆さんが宣伝することにかかっているのです。皆さんの三弟子がいれば、必ず読ませるべき本だと宣伝しながら、早朝から歩き回り、貸してあげるのです。一日に一冊ずつ貸してあげ、一冊ずつ回収するのです。そうなるでしょう? 原理の本三十冊を持って、人に貸してあげ、一カ月に一度ずつ回収するようになれば、一年なら三百六十冊です。三百六十人が本を読むということになるのです。これを二週間に一冊ずつ貸してあげるようになれば七百二十冊、七百二十人という人が原理の本を読むようになるというのです。 「牧会者の道」の中から


066.jpg 


江利川会長の配慮で、亨進様のみことば集が発刊されました。歴史的な出発点となりました。

お父様が語っておられることをその如く、実践すれば天が働いて、必ず勝利します。

これからサンクチュアリが爆発的に発展するために、本を活用することが必要だと思います。

イエス様は地上で本を出すことはできませんでした。

真のお父様は多くの本を出されましたが、今、曲げられようとしています。

亨進様を通して、イエス様、お父様の恨を解いて差し上げましょう。

一冊400円。「沈黙を破って」をはじめとして12種類のみことばが130ページに整理されています。

日本サンクチュアリ協会のブログhttp://www.sanctuary-jp.org/に紹介されています。


 亨進様ご夫妻



三代王権 亨進様国進様のみ言(一)の映像



 

続きを読む»

神山威元会長への手紙

5月のはじめ、江利川会長より、神山会長のお話を聞きました。その時、私が信仰の出発をしたとき、神山会長より多くを教えていただいたことが脳裏によぎり、その晩、徹夜をして神山会長宛の手紙を書きました。
この手紙を公開することに、いささかの躊躇がありましたが、神山会長の功績を少しでも伝えることが出来ればと思い、そうすることにしました。

021.jpg

尊敬し敬愛してやまない神山会長様

 

日本サンクチュアリ協会所属 阿南信義

 

大分の片田舎で密かに、神山会長をお慕い申し上げております。

つたない小さき者ですが、今になって胸の内を明らかにする無礼をお許しください。

私の事は多分ご記憶にないかと思います。

 

私は1971年11月に名古屋の栄で伝道され、即献身させていただきました。おりしも名古屋教会は神山地区長の時代でした。

当時、豊田市の大手企業に就職していたのですが栄の地下街で伝道されて、二日後に守山修練所の地区修練会(三日修)に参加しました。まだできたばかりの守山修練所でした。

 後で、先輩から聞いた話ですが、守山修練所を建設するときも、神山会長が先頭を切って、献身者とともに汗を流されながら、金山の安藤さんから献納された土地を開墾されながら木の根を掘るとき「この根は誰の罪の根かなあ」と冗談を言われながらみんなを引っ張っていかれたと聞いていました。

 

私は守山での修練会を終わる時に初めて、神山会長にお会いしました。その時の印象は何か光り輝く方で情熱と自信に満ちておられる様子に感動を覚えました。

 その時に会長が修練生に語られた内容で「皆さんはこの三日間で終わりと思っているかもしれませんが、これからが始まりです」と言われた言葉を覚えています。

 この三日間で終わったと思っていた私の考えを修正する必要がありました。そうしてそのまま宝塚の修練所の14日修練会に参加することとなりました。当然ながら就職したばかりの会社を辞めて。

 そうして、当時神山会長が地区長をされていた千種区の名古屋教会に献身することとなりました。

18歳の時でした。

 

まだ原理を聞いて間のない私のメシヤ観は未熟で神山会長がメシヤではないかと思っていました。それはなぜかというと神山会長の語られるみことばの素晴らしさ、みんなに対する愛の深さを見ていたからでした。

神山会長の語られた内容で45年たった今でも覚えているのは、献身した時に地区長室で「今、天国の入口に来ましたね。これから離れると一番最後の所に行きますよ。先祖の功績で一番前に来たから、決して最後にならないようにしましょう」。と言われたこと。また何人かいるときに、「今日も無事に終わりました。ありがとうございます」。と祈った兄弟に対して「無事がいいことではない、事を起こさなければならない」。と怒ったと言われたことを思い出します。

またある時に神山会長がみんなを集めて、「神様の姿を描こう」と言われ、各自がその作業を行いました。足の裏の絵を描いたり、太陽の絵だったり、また白く長い髭をもっている老人の姿を描いたりと色々な絵の展覧会となりました。そうした中である兄弟が真のお父様の似顔絵を描いていました。神山会長はその兄弟をとても褒められて、「あなたは神様に近い所にいる」と言われたことが忘れられません。そのようにして信仰の教育をして下さり、感謝にたえません。

 

ちょうどその当時の名古屋教会はお父様の願いを神山会長が受けられて150名の献身者を名古屋から全国のために人事された直後でした。日本統一教会の土台となる人材をお父様の命令の中、無条件で従って、全体のために祭物として捧げたと伺いました。

ほとんどの献身者を送り出すというお父様の願いに対して絶対的な信仰で応えていかれた神山会長の信仰の姿勢には驚嘆します。

その時お父様から「一年たったら元に戻るよ。」とみことばを頂いたと神山会長が言われたことを記憶しています。

当時の名古屋教会は神山会長の指導の中、伝道が強烈に推し進められ、朝の8時から夜の9時まで名古屋駅や栄で行われ、時には夜の12時、徹夜で路傍伝道をしたこともあります。

それは強制ではなく、本人の自由意思の中でやっていました。愛があったからでした。

特に、伝道の企画の中で、絶えず中心としていたことは毎週の原理修練会でした。とにかく毎週金土日の三日修練会を行い、それに向けて伝道するという明確な目標でありました。

その結果、71年末には殆どいなかった献身者が、72年4月の十字軍結成の時には80名を送り出し、11月までには150名を越える献身者となり、お父様のみことばを見事にその如く成就することとなりました。

 

その時の体験が私の信仰の根本となり、誇りとなっています。

信仰の初期に、神山会長から指導を受けたことが私の誇りです。それが宝となっていて、それは今後においても、永遠に変わることのない財産であると思っています。

名古屋教会の礼拝堂の中で宿泊している男性たちを見回る神山会長の姿。

献身に反対してくる親たちに土下座して謝っておられる神山会長の姿。

お父様のみことばを暗記されて、みことば集「忠孝の源」をもって説教される姿。

責任者としての姿の理想にまじかで接し、ともに体験したことは信仰生活の基本となっています。

 

 それから、72年からアメリカを中心としてお父様が摂理をなされるようになりました。神山会長はその中心として選ばれ、多くの名古屋の兄妹もアメリカに渡りました。

お父様に対する絶対的信仰では神山会長の右に出る方はいないと思っております。だからこそアメリカでの摂理を担当され、お父様の完全な相対圏の中で活躍されたことは誰もが認めるところです。

ニューヨークのヤンキースタジアム大会を前にしてお父様のみことばがあります。


もしも、そういうヤンキースタジアムに勝利しなかったら、今月の七月。短縮すればする程、それはマジソン・スクェア・ガーデンとそのヤンキースタジアムが、時間が近い程それは効果的であるんだね。だから日本のメンバーが、今からそういう覚悟でもって、今まで自分達の願うように天的な大目的を中心として、我々は任命された使命が、いかばかりか大きいかということを自覚しなければなりません。

 

神山はいないの?神山。あれはかわいそうよ、かわいそう。神山ね。先生に会うのに面目ない姿ね。四月まで三千人というような先生の厳命を受けたにもかかわらず、これなんだ。これなんだ。それで生きている、生きている。死を覚悟して、そういう使命を果たすのに、全力を捧げてもなさなければならないにもかかわらず、今の状態は何もならない。伝道は日本人が責任持っているだろう。そうでしょう。(ハイ)         1975.3.16 使命を持つ ベルベディア 


マジソン大会、ヤンキー大会、ワシントン大会、そして76年10月4日天勝日の宣布の勝利はどれほど人類に希望を残されたことでしょうか。その勝利の恩恵で家庭教会の摂理が私たちに与えられたということは言うまでもありません。

そして84年のダンベリーの時においても、メシヤとともに十字架に行かれたのは神山会長のみでありました。

 お父様のみことばにこのようにあります。

 

怨讐を愛さなければなりません。それで、先生がアメリカに行ってやったことは何ですか。レバレンド・ムーンだけは、ダンベリーに入れられながらも、怨讐を生かすために苦心して闘うのです。自分の死を恐れることなく、再び死亡線が交差されるのです。先生は霊的に敏感で、人を見る目があります。それで陰謀を知っているので、その前にみんな会って、もみ消す手腕があったのです。六カ月間、眠りませんでした。それで神山が四カ月間、先生が眠っている時間、見守ったのです。それが終わるや否や、神は先生を保護すべき責任があるのです。  1986.1.1 天国創建の意義

 

神山は今回、日本の責任者となりました。先生が監獄で神山を徹底して教育したのです。神山は、四か月間先生のために見張番役を果たしました。そして先生が神山が出ていく前に見張り番を代わりに立てなさいと言いますと、二名を立てました。彼は、監獄の中でも伝道をしたのです。 

1991.10.13 世界はどこへ行くのか

 

お父様が自ら神山会長のことを証されておられます。どれだけ大変であったのでしょうか。

牢獄の中でお父様の命を狙ってくる輩たちからお父様を御守りすることがどれほど深刻だったでしょうか。そして見事にその使命を全うされ、全人類を代表した立場でお父様を愛し、支え、守られたそのことの功績は計り知れないものだと思います。

 

そしてそのダンベリー刑務所の時に、お父様とともに訓読されたみことばが「み旨と世界」の中にある内容であり、お父様の40年荒野路程の総決算としてのみことばを我々にくださったと思っていました。


訓読会を通して、統一教会の祝福家庭がどうあらねばならないか、皆分かりましたか? 『御旨と世界』は、先生とダンベリー刑務所に入った神山を通して、日本のメンバーたちを教育するために特別、先生がみ言を選んで作ったものです。

 訓読会をして、これを丸暗記しなければなりません。そうすれば、日本は失敗しないのです。峠を越えてしまえば、このような教育は再び必要ではなくなります。きちんと教えてあります。統一教会の祝福家庭は荒野路程に立っています。荒野路程に立った者には所有権がありません。 

        1998.3.2839回真の父母の日敬礼式後のみことば


この重要なみことば「御旨と世界」はお父様が神山会長を通して、日本のメンバーにくださった特別のみことばであると明言されておられます。

そして、この時、神山会長がお父様から「みことばを勝手に変えてはならない」、と真剣に語られたと言われたことも私の中に深く残っております。

 

尊敬し、敬愛してやまない神山会長様。

今、私はサンクチュアリ協会の中に所属しております。

「み旨と世界」の中にある「創立以前の内的教会史」みことばで

 

先生は何度も思ったことがあります。「私はまだ死ぬことができない」と。残念ながら自分が第一線をあとにする時、使命を託すべき後継者がまだいないということです。「この者に、自分の使命を残して行くことができる、死ぬことができる」という確信を先生に与えてくれる者はまだ一人もいないのです。「誰が、私が神を愛したほどに神を愛してくれるだろうか、私が死んだのちに誰が私の神を見てくれるだろうか。親孝行してくれるだろうか」とそれだけが心配なのです。誰か「私が神様を見ますから、先生は後ろに立って見ていてください」と言う人がいるとすれば、その人こそは歴史においても私たちの教会においても主流的人物となり、永遠に滅びることなく、その子孫はアブラハムの子孫のごとく栄えることでしょう。 1977.5.1 創立以前の内的教会史  


とあります。

 

私自身、今まで何回となく「御旨と世界」を訓読しながら、思っていたことは、このみことばがお父様の心情の中心ではないかと感じておりました。

 そして実際に今年の4月に亨進様にお会いして、お話を聞く機会に恵まれました。まさしく、このお方が真の後継者だと確信させていただきました。それは理論理屈をこえた心情の世界で確信したのです。

亨進様はアメリカでの天勝日の恩恵、78年のフレーザーとの闘いでの勝利の後、誕生されておられます。神山会長が立てられた信仰の結果であるとも言えるかと思います。

亨進様はお父様を愛する心情の世界が極めて、崇高でそこには何の疑う余地がありません。

神山会長は日本を代表するお父様との因縁が深い方であることは誰もが知るところです。お父様と心情が一番近い方であると思っております。

ですので、亨進様の心情に一番通ずる方であると思うのです。

 

まことに恐縮ですが、再度確認していただけないでしょうか。どなたが真の後継者であるかを。

日本統一教会の土台を築き、アメリカでのお父様の摂理の勝利を支えてこられたお方だからこそ、その影響は甚大であります。

お父様はアメリカでイエス様のローマ時代を蕩減するためにご苦労の道を歩まれました。その内容を一番ご存知なのは神山会長であると思います。

今、亨進様は33歳の時よりアメリカの荒野におられます。イエス様の心情であり、お父様の心情の中で闘っておられます。

お父様の身近で一番信仰を立てられた男性の神山会長と女性の江利川会長がひとつとなれば、お父様がどれだけ喜ばれるでしょうか。

江利川会長よりお話を伺い、アメリカに帰られると聞いております。

是非とも、亨進様の元を訪ねていただけないでしょうか。

 

最近の家庭連合を取り巻く状況をみて、熟考したあげくこの手紙を書く事といたしました。失礼を承知のつたない者の願いですが、よろしく懇願申し上げます。

                     2016年5月11日


亨進様祈りの時 




続きを読む»

イエス様のみことばを不信し、御旨を排斥する現象

お父様のみことば


 イエス様はこのような神の切ない心情を抱いていたので、新しい天倫の法度を持って、これを条件として地上の人間と永遠の理念の関係を結ぼうとされたのですが、当時の人間たちの不信によりこのようなみ旨を成すことができず、悲しくも悔しく十字架に架けられていったのです。

 それでは、今日このように悲しく逝かれたイエス様を求めている皆さんは、どんな環境に面しているのか。今日も、イエス様の御言を不信し、イエス様の仕事を排斥したと同様の現象が起こっているのです。即ち今日の皆さんもこの地上で迫害され、万人から捨てられ、人ごとではないこの道を行っているのです。それゆえ皆さんは、このように捨てられる悲しみを払い除け、必ず天と地が喜ぶ勝利的な条件を立てるために努力しなければならず、また我々の集まりが、このようなみ旨を成してゆく集まりであるなら、すべてが一心同体となって、イエス様が行かれた歩みの跡に付いて行かねばなりません。

 今日皆さんが排斥され、迫害される悲しみ、あるいは教会によって捨てられる悲しみを沢山受けても、皆さんは蕩減復帰原則に従い、その悲しみを踏んで成さねばなりません。即ち統一教会のすべての食口たちは、神の心情とみ旨を感じて悲しむだけの人間、従うだけの人間、良いというだけの人間になっては駄目であり、越えて行くべき道、絶つべき道をみな絶ち、さらにはアボジの復活の栄光に参与しなければなりません。1957.10.4

P1030930.jpg 

2000年前と同じように、今、お父様のみことばを改竄し、不信し、お父様のお姿を消し、お父様の仕事を排斥しようとしている現実があります。


イエス様を不信したイスラエル民族の行くべき道は悲惨な姿となりました。

私たちは、捨てられたイエス様の心情を知り、イエス様の歩みの跡について行き、

お父様のみことばを信じ、亨進様の跡について行くことが天命であると信じます。



続きを読む»

江利川会長を大分にお迎えします。6月12日に。

お知らせします。
6月12日、大分に初めて、江利川会長をお迎えします。

江利川会長の礼拝説教、そのあと質疑応答の時間です。
県外からの参加も大歓迎です。
お忙しい江利川会長と直に接する貴重で有意義な時間となること間違いありません。

県外より参加を希望される方はsanc16ooita@yahoo.co.jp まで連絡ください。
詳しい内容をお知らせします。
157.jpg 


私が家庭連合(旧統一教会)を退会するに至った最初の理由

私の家庭が天一国経典(赤色)の天聖経を貰い受けたのは(献金して)2013年の11月でありました。早速、それを一読した時に、その異変に気付いたのでした。

 私は以前から家庭教会摂理がいかに重要であるかを感じて、そのみことばの整理をしていました。古いファミーを引っ張り出して、お父様のみことばを何度か読み直していました。

その中で、1981年1月1日にお父様が教会と家庭教会の関係を具体的に語られていました。教会は事務所のようなもので、天国の鍵は家庭教会であり、それは天国の基地となるという内容が明確に語られていたので、その関係性をとても納得し、本来の天の願いであると確信していたところでした。

ところが赤色の天聖経を読めば、家庭教会が事務所ということに変わっているではありませんか。前後を読めばだいたい同じことであるにもかかわらず、肝心な家庭教会に対する位置が全く逆に記されていることに、驚き、不信をもつこととなりました。

以下はそのみことばです。

 

1981.1.1「家庭教会は私の天国」ワールド・ミッションセンター お父様のみことば

ここで、先生は同じような状況にいます。先生は地上天国の鍵を与えなければなりません。すると、その鍵を与えた後、私はイエス様のように十字架へ行くのでしょうか。(いいえ)。それをすでに確保したので、違う方向へ、違った状況へと向かって行くのです。大きな希望と期待をもって、より高い次元の働き、すなわち完全な天国へと向かって行きます。イエス様が地上を去ったとき、彼は自由に、思い通りに、また帰ってくることはできません。この点でも私は異なっています。弟子に鍵を与え、地上を去った時、また戻って来たければ戻ってくることもできます。

私が戻ってくるときは、統一教会に戻ってきますか。それともホーム・チャーチに戻ってきますか。(ホーム・チャーチ)なぜですか。教会は家庭のための、社会のための事務所のようなものです。それはちょうど中間のようなもので、事務所です。しかし、ホーム・チャーチは神が働くことができる所、父母様が働くことのできる所、息子、娘がすむことのできる所、一生涯ともに暮らすことのできる所です。真の兄弟がそこに住み、真の氏族がそこに住みます。それがホーム・チャーチです。

 

天一国経典天聖経(赤色) 第一節家庭教会の摂理的意義 P941

3 先生は、統一教会の教会員に天国の鍵をあげるのです。先生は、死ぬために十字架に行くのでしょうか。死ぬために行くのではありません。希望をもって、より高い所に行くのです。イエス様は、行って帰ってくることができず、何千年の間、来ませんでしたが、先生は、行けばいつでも来ることができ、思いのままに行ったり来たりできるのです。

帰ってきてからは、統一教会を訪ねていくのではなく、家庭教会を訪ねていかなければなりません。先生が訪ねるべき所は家庭教会ですが、家庭教会は神様が臨在できる所であり、父母様が臨在できる所であり、息子、娘が暮らせる所、一族が暮らせる所です。家庭教会は、家庭のための社会的事務所です

 

かつて、ダンベリー刑務所でお父様が神山元会長にみことばを訓読させながら、まとめられた「み旨と世界」を出版された時に、お父様のみことばを一字一句変えてはならないと強く指導されたことを思えば、このような改竄はあってはならないことであります。

 なぜそうなったのかということに対して、2015年になってからその意図が明らかになってきました。お父様のみことばを改竄するということは、サタンの仕業としかいいようがありません。お父様のみことばを変えることはお父様本体を曲げ、その姿を否定することとなります。

 

結局のところ、1976年9月ワシントン大会を勝利した真のお父様は、翌月10月天勝日を宣布されて、すべての勝利の恩恵を子女たちに与えるとして家庭教会の摂理を開始されたのですが、今に至るまで、その目的は成就することなく、40年経ってしまいました。

 その背景には、教会と家庭教会の関係を意図的に転換して、曲げてきた教会側の姿勢があったからと気づかされました。絶えず、中央集権体制をとり、食口と家庭教会を下の下においてそれを利用してきたからにほかなりません。

 そして、みことばを改竄することにより、お父様の心情の奥深くにある人類をいかにして救い、天国を実現して、神様を慰めようとする摂理を永遠に破壊しようとする今の体制は、サタンの機関となってしまいました。

今の家庭連合(統一教会)は悲しいかな、その道を突き進んでいます。

私が退会することに至った最初の理由がそれです。

                   大分教会 阿南信義

P1030887.jpg 

続きを読む»

2016年4月訪米、亨進様のもとでの天の恩恵

訪米の恩恵

大分教会 阿南信義  2016.4.14

 

かねてからの念願でありました今回、亨進様が主催されるの一連の行事(4/84/12)に参加できましたことを、天のみ前に心より深く感謝申しあげます。

 

個人的に到着までの時間がかなりあるのでどう過ごそうかと思い、決めたことは飛行機の中、ホテルで時間のあるときにお父様の御聖婚以前に語られたみ言を持参して、訓読しようと計画しました。それは御聖婚以前のお父様のみことばの中に多くイエス様の心情を語っておられ、それは今、亨進様がイエス様の心情ではないかと考えたからでした。そしてちょうど亨進様の年齢もお父様のその時と重なると思ったのです。

それで今まで収集していたイエス様に対するお父様の説教が22編ある中で4編を出発前日にプリントアウトして、あとはパソコンを持参することにしました。

胸に染みる感動的なみことばが多くありましたがその中で

「捨てられたイエス様のものを捜し立てる新婦になれ」 1957年10月4

の説教に

またイエス様は家庭において、自身のみ旨を立てることができなかったので、社会を通して、あるいは教団を通して、自身のみ旨を知らしめることを願ったのです。しかしイエス様はユダヤ教のまえに、またイスラエル民族のまえに歓迎されず、捨てられたのです。このようにイエス様の一身が排斥されたのみならず、さらにはイエス様がされた御言も排斥され、イエス様の生活、イエス様がされようとされたその事が、すべて排斥されたことを、皆さんは知らねばなりません。それゆえ皆さんは、このように見捨てられたイエス様の心情、捨てられる時のその寂しさ、心に受ける苦痛がどれほど大きかったかを、推し量ってみなければなりません。もしもこのようなイエス様の苦痛を知らない者になったなら、皆さんは四〇〇〇年の歴史に責任を負ってきたイエス様の人生、その理念、その生活、その仕事と御言を知る者として、到底現れることはできません。

とあるみことばが痛く胸に響きました。

 

今回の三日目(4月10日)の質疑応答のとき、亨進様のみ言を語られる姿は深刻な表情となりました。まさしく天の怒りの心情を訴えられるようにしてみ言を下さいました。

皆さんが偽りの天一国国歌を歌っている時に、私たち勝利したカインとアベルは子供たちをつれて真夜中に自然の中に入って、お父様が作られた天一国国歌を涙ながらに歌っていました。お父様を裏切らなかったたった二人だけがそこにいました。お父様のカインとアベルがそのような状況の中でお父様を想い、涙を流しながら、心が引き裂かれる思いでその歌を歌ったその心を皆さんは知らないでしょう。皆さんがお父様の存在や姿を少しずつ削除しているそのことに同参している時に、私たちは精誠を立て、お父様を思い焦がれていました。

と語られ、アメリカの山中にたった二家庭で出発された時の心情を吐露されたときに、本当に申し訳なく、何も知らないで私がそうさせてしまったという思いに胸が詰まりました。

まさに捨てられたイエス様のように捨てられたお父様とともに出発された亨進様と国進様の心情にふれて、心が痛くなりました。十字架の道にいかれたイエス様がローマで迫害の中で出発されたと同じ路程を第二代王亨進様と国進様が歩んでおられるのを痛感させられました。

その最後にみんなで天一国国歌を歌いましたが、亨進様が涙を流しながら手を上げて歌われておられるお姿は忘れることができません。どれほど悔しく悲しくともお父様の王権を受け継がれた立場において決意され、生きてはたらいておられるお父様とひとつとなって出発されておられたかを思うと感謝せざるを得ませんでした。

私自身、新しく出てきた天聖経の改竄に一昨年より気付いていたものの、傍観者であった期間があったことを悔い改め、家庭連合を責めることよりも、自分を責めることを考えなければならない立場であることを認識しました。また自分がお父様を捨てた立場であることを自覚して、悔い改めて再出発しなければならないと思わされました。

亨進様歌われた時 


 

そして今回第二代王亨進様ご夫妻国進様ご夫妻との質疑応答の機会が3度も持たれ、その場に参加できたことは将来において忘れることのできない出来事となりました。

3日目(4月10日)のその時には感想を発表する機会を与えられ、私が述べたことに対して、国進様がとても喜んでいただけたことに対して嬉しく思うと同時にそれを成就することに対して責任を果たさなければならないと自覚した次第です。

4日目(4月11日)の時にも重生について質問させていただきました。これから祝福を拡大するために明確に理解する必要を感じていたことでしたので、直接お伺いできたことは恵みでした。

特にその時の質疑応答は皆さん熱心で4時間を越えても終わらない雰囲気で「私たちはお父様でないのでこれで終わりにします」と国進様が語られる中で、江利川会長がみんなの天一国憲法冊子へのサインを亨進様に求めていかれるやり取りはお見事というしかありません。貴重な楽しい時間であり、お父様と共に過ごしていると実感する時間でありました。

また終わって帰られる車の運転は亨進様、国進様が自ら、なされておられる姿は印象的で感動しました。天国は逆ピラミッドの組織となるという理想を率先しておられるからです。

 

そして4月12日帰りの成田に向かう飛行機の中で、整理しようとみ言を訓読していました。すると1965年1月31日東京南平台で語られた「イエス様の最期と我々の覚悟」のみことばの中に

だから、まずここに立っている先生以上、日本を愛しなさい。世界を先生より以上に愛しなさい。天の父を先生より以上愛しなさい。もしも、君の側に先生が倒れた場合、先生のその死体をつかんで泣くな。涙を流すな。先生が愛するその天を誰が愛する? 先生が愛する人類、愛するその天宙を誰が愛する? 責任は誰が持つか。そういう神に対して涙を流す。それは先生が残したい言葉である。

お父様の残したい言葉というみ言に触れたとき、熱いものがこみ上げてきました。

まさに、第二代王亨進様、国進様がすでにその心情と信仰を勝利されておられて、実体的に生活しておられて、そこにお父様が生きて共にいらっしゃること、私はそれをいかに相続するかという事が最重要であると、今回の期間を通して感じたからでした。

そして今回、天一国の理想はどういうものであるのか、ということが心情的にも具体的にも見えてきました。第二代王様や国進様がアメリカの食口と自由に接しているお姿やヨナ様チエ様が献身的に奉仕されておられるお姿を見たときに、天一国がここに成就されているとさらに自信を得ました。

私は自営の農業を山の中でやっていますがそれに対して誇りと自信を持つことができたことも大きな収穫でした。国進様の語られた天一国のビジョンをわずかながら実践しつつあるからです。

 

今回、ホテルの同室で名古屋の佐竹さん、東京の澤田さんと過ごして交流を深めることができたことはこれまた恵みでした。三人で毎朝、敬拝と家庭盟誓、み言の訓読と祈祷を捧げて出発していました。最後の日のみ言訓読は私の担当になりました。それで開いたみ言は平和神経の中の平和メッセージ14「停止は死亡に通じる」という箇所でした。天上世界と地上世界の統一に向かい停止することなく、前進しなさいとお父様から命令を受けての新たな出発となりました。

 

最後に、私は飛行機の関係で成田に一泊して14日に自宅に到着しました。その夜、感想文を書いているときに熊本が大地震に襲われました。私のところの大分も何度も大きく揺れました。

本当に避けることのできない審判が既に始まっています。そうせざる得ない天の心情に立って、備えなければなりません。それは第二代王亨進様、国進様と完全に一体となって天のみ旨に責任を持って歩むことであるので、その心情を忘れることなく、絶えず焦点を合わせなければと実感しました。

今回の路程はあまりにも恩恵が多くあり、ことばで表すことのできない多くの心情があります。それをこれからの生活に展開しようと決意を新たにいたします。

そして江利川会長には先程のことを含めて、色々とお世話になりました。日本より参加した一人一人を第二代王様に繋げようと必死に動いてくださいました。感謝申しあげます。ありがとうございました。

協会本部1 

続きを読む»

プロフィール

sanctuaryooita

Author:sanctuaryooita
日本サンクチュアリ協会大分教会
 阿南信義  080-8375-0337
大分の山奥で農夫をしています

       sanc16ooita@yahoo.co.jp
お気軽に連絡ください。お待ちしています。

ランキング参加中
恐れ入りますが、 同感の方はクリックをお願いします
リンク
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
02 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR